【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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初陣!

 

 夢島学園高校vs江良高校──

 

──試合、開始。

 

 

『1回表、夢島学園高校の攻撃は、1番、ショート清水くん。背番号10』

 

 この試合、両チーム合わせていちばん最初の打者となる清水大河。「……しゃス」と遠慮がちに一礼してから、左打席に立つ。

 対する江良捕手の太田がその背中を一瞥しての感想は、(小せぇな、)というものだった。

 

(去年練習試合したときにはいなかったし、一年か?舐められたもんだ……)

 

 と、普通ならそう考えるところだが。

 

(ま、そんなこと言ったらお互い様か)

 

 程なく主審から「プレイ」と号令がかかり、いよいよ試合が動き出す。──初球。

 

「ストライィク!」

 

 審判の判定がかかる。真ん中寄りの直球だったが、己の役割を心得ている大河はまず見送った。

 

「──お、結構ええ球放るやんあのピッチャー」

 

 ベンチで感心の声をあげる三宅。昨年の練習試合のときにあんな投手がいただろうか?記憶にない。

 

「あー……ありゃ一年だな。中学じゃ県大会でそこそこいいとこまで行ってるらしいぞ」

 

 端末をカチャカチャと弄りながら、南雲。なるほどその実力を買われて、一年生ながら先発出場しているというわけだ。初心者だが類まれなセンスで──お試しとはいえ──1番遊撃手に起用された大河とは、好対照かもしれない。

 

「あれに変化球も織り交ぜてこられたら、大河にはまだきついんじゃねえか」

「かもな。──でも大事なのは、そこで焦らず1番のシゴトまっとうできるかだぜ」

 

 「こればかりは肚の問題だからな」と、吾郎。大河がこれから先プレイヤーとして大成できるかどうか……この試合にかかっていると言っても過言ではない。

 

「──ストライクツー!」

「……っ、」

 

 二球目。スイングを試みる大河だったが、上手く当たらず空振り。

 

(追い込まれた……でも……)

 

 ちら、と一塁方面を見る。その傍らに立つ泉と視線がかち合った。頷く彼──シニアでリードオフマンとして活躍し、その極意を知っている。

 自分は、その教えを受けたのだ。

 

「ボール!」

「………」

 

(ちゃんと、見ていく)

 

 四球目──湾曲するボール。今度はバットをより短く握り直し、確実に命中させた。

 

「ファール!」

(見極める、)

 

 「いいぜ、振ってけ大河ー!!」と、ベンチから声援が飛ぶ。それを冷静に受け止めながら、大河はバットを振り続けた。

 

──かぁんっ!

 

 そうして十球目に差し掛かった頃、外野めがけて打ち上げた飛球を捉えられ、惜しくもアウト。

 

「………」

 

 ベンチに帰る途上、ネクストバッターズサークルから出てくる国分とすれ違う。その際、ぽんと肩に手を置かれた。

 

「お疲れさま、よく粘ったね」

「……っす。ストレートより、カーブと……あと手元で落ちてくる感じの遅いボールを主で投げてきた、と思います。際どいところに入ってくるのも多かったかと」

「チェンジアップか。──わかった、ありがとう!」

 

 グッと親指を立て、バッターボックスへ向かっていく主将。彼は人をノせるのが上手だと大河は思う。それも過剰なおだてやへつらいではなく、素直に思ったままを述べているのが心に響くのだろう。

 理屈っぽい大河であるが……つまるところ、褒められて嬉しいのだ。

 

「よく見た、1番!」

「いい仕事したね、大河」

「次は打ってこーぜ!」

「お疲れさま、清水くん」

 

 ベンチに戻ってからも、先輩たち、そしてマネージャーから称賛と激励が口々に飛んでくる。胸を張りつつ、確かに満足はしていられないと思い改める大河であった。

 一方、2番打者として打席に立つ国分。大河が1番の仕事をこなしてくれたおかげで、ピッチングの大枠は掴むことができた。

 

(確かに良いピッチャーだ。なんで江良に……なんて、僕らが言えた義理じゃないな)

 

 有望な選手があえて弱小校に入る理由はいくつか考えられる。

 ただ少なくともここまでは、捕手を尊重した真面目なピッチングだ。同好会時代はかりそめながら捕手を務めていた国分なればそれがわかる。そこからは吾郎のように一から全国制覇を目指そうという気概の持ち主だとか、あるいは似ているようでその逆──己の力を際立たせて優越感に浸りたいだとかいう自己顕示欲めいたものは感じ取れない。となるとなんらかの事情でそこに進学するしかなかった──ということもあるかもしれないが、国分はそこで思考を打ち切った。相手の出方を分析するにしても、これ以上は失礼というもの。

 それに、

 

(どんな事情があろうと……勝つのは、僕たちだっ!)

 

 投じられた一球を、国分は全力のスイングで捉えた。

 

「!!」

 

 内野の頭上をほぼ平行に飛ぶボールは、球場の内壁に弾かれる形で地面を跳ねた。外野手にとっては難しい打球だ。国分はためらいなく一塁を蹴って二塁へ走り──ベースコーチ()の指示もある──、余裕をもってそこに到達した。

 

「お、ツーベース!」

「ナイバッチ、キャプテーン!!」

 

 皆で声を合わせて声援を送る。人のまばらな夢島側の観客席からも、「おぉ、」と小さなどよめきが起こった。

 

「いつもながら長打も打てるんだよな、国分(あいつ)は」

「あやかりたいもんだ」

「ま、真打ちはここからってね。──点入れろよ、トリプルスリー!!」

 

『3番、サード三宅くん。背番号5』

「しゃーっス!よし来〜い!!」

 

 威勢よくバットを掲げるトリプルスリーこと三宅。「打て」ではなく「点を入れろ」という吾郎の掛け声。狙うは国分に続き、最低でも二塁打。

 今の彼には、それを為せるだけの実力があった。

 

──かあぁんっ!

 

 今度はライト方向への痛烈な打球。捕球しようとする右翼手だがグラブは届かず、ボールは勢いよく地面を転がっていく。

 

「いいぞ!」

「まわれまわれーっ!!」

 

 国分も三宅も俊足を自負している──流石に陸上部の草野には及ばないが──。全力で駆け抜け、まず三宅が二塁へ。そして、

 

「1、点っ!!」

 

 本塁を力強く踏んだ国分が、夢島ナイン勝利への火蓋を切った。

 

「っ、………」

(動揺するなよ……高見)

 

 捕手の太田が「ワンナウトワンナウト!」と声をかける。昨年の練習試合における惨憺たる結果を思えば、早々に先制されるのは予想しえたこと。それをバネに九ヶ月余、努力してきたし、半ば棚ぼただが高見という優秀な一年生投手も手に入れた。今年こそなんとしても一回戦を突破するのだ。

 その志に真正面から立ちはだかるかごとく、あの男がコールされた。

 

『4番、ライト本田くん。背番号1』

 

 来た、と太田は思った。先立っての練習試合では9番打者だったが、この男に煮え湯を呑まされた記憶は色濃く残っている。打席に立つたびに本塁打、本塁打、本塁打──あのときとはこちらの投手も違うとはいえ、果たして一年生の高見に通用するかどうか。

 

(最悪歩かせてもいい。慎重にいくぞ)

 

 一球目、クサいところを狙って放つカーブ。しかし吾郎には、このバッテリーの思考回路は完全にお見通しだった。

 

(悪ィな、──歩かされるつもりは、ねーんだよっ!!)

 

 これが完全な敬遠ならば、吾郎も不承不承受け入れざるをえなかっただろう。しかし太田が5番打者(寿也)を警戒し、割り切った判断をなしえなかったことが災いした。

 芯に捉えられた白球は打者の腕力でもってひしゃげる勢いで弾き飛ばされ、虚空を高く飛んでいく。追う外野はしかし、その軌道の果てがどこになるかを予見せざるをえなかった。

 

──ボールはスタンドの、さらにその向こう側に消えていった。

 

 

(うそ、だろ)

 

 夢島側の歓声をどこか遠い世界の出来事のごとく聞きながら──投手・高見は、呆然と立ち尽くしていた。

 相手が新興チームでありながら圧倒的な実力をもっていることは事前にくどくどしいほど教えられた。それでも自分なら踏みとどまれるという自負があったし、一回戦くらい乗り切ってみせるという意気込んでいた。それが初回から、3点も──

 

「っ、タイム!」

 

 動揺する投手を見かねて、女房役がマウンドへ駆け寄っていく。

 

「ぁ、先輩……」

「しっかりしろ、高見。言っておいただろ、あの4番は危険だって……」

「………」

「……すまん、オレの判断ミスだ。はっきり歩かせるべきだった」

「そんな……」

 

 二学年も上の、それも主将に頭を下げさせてしまっていることに、高見はさらに罪悪感を募らせていく。公式戦の、よりによって最初の試合で、こんな姿を晒させてしまうなんて。

 

「次の5番もホームランバッターだ。……今度こそ歩かせるぞ」

「っ、……はい」

 

 

 相談の通り、寿也が打席に入るなり太田は立ち上がった。そのままボールを受け止め、四球。

 

「ボール、フォア!」

 

 一塁へ向かっていく寿也。その姿を眺めながら、吾郎が鼻を鳴らす。

 

「なんだよ、臆病風に吹かれやがって」

「誰かさんが初っ端ホームランかますからやろ」

「でも実際、有効な策ではあるよ。──なんでだと思う、大河?」

「えっ……」

 

 いきなりの指名に戸惑う大河。ただ国分が主将として、今後のために色々と気を回してくれているのはわかる。だから、考える。寿也を塁に出して、相手が得をすること。本塁打のリスクは避けられる……が、それは誰にでも思いつくことだ。

 

『6番、センター草野くん。背番号8』

「!」

 

 そのとき草野の名がアナウンスされたことで、大河はひとつの推論に思い至った。

 

「……草野先輩が打ち損じれば、ゲッツーとれる可能性がありますよね」

「そうだね、他には?」

「最悪ヒットを打たれても、佐藤先輩が二塁にいれば盗塁を防げる……っすかね」

 

 無論それは、江良の面々が草野の俊足を知っていることが前提ではある。ただ寿也を敬遠する判断からして、彼らが昨年の練習試合の反省を活かそうとしていることは明らかだった。

 

「正解!じゃあ、それがうまくいかないのはどういうパターンが考えられる?」

「えーっと……寺門先輩から先、下位打線を打ち取れない。草野先輩にツーベース以上を打たれる、あとは──」

 

 大河が考え込んでいる間に、状況は動いていた。正確には、出塁した寿也が動かしたと言うべきか。

 走ったのだ、二塁めがけて。

 

(スチール!)

 

 受け止めたボールを咄嗟に二塁めがけて放る太田。警戒はしていたけれど、実戦での盗塁対策に彼は不慣れだった。

 それに寿也の足も、昨年のデータより圧倒的に速くなっていたのである。

 

「セーフ!」

「っ!」

 

(しまった、)──そう思った。これで草野に出塁されたら、さらに盗塁のチャンスまで与えてしまうことになる。なんとか打ち取る以外に打開策はない。

 だがその"なんとか"が、新米の一年生投手と万年一回戦負けの捕手とでは荷が重いとしか言いようがなかった。──草野が、セーフティバントを仕掛けたのだ。

 

「っ、サード!!」

 

 太田の判断も三塁手の反応も決して遅くはなかったが、草野の健脚にはかなわない。三塁手の手からボールが離れたときにはもう、草野は一塁に到達していた。その間にも寿也は、三塁へ。

 

「ナイバン、草野ー!」

「いいぞスプリンター!!」

 

 その瞬発力ゆえ、バントでほぼ確実に出塁できる草野の強み。──さらに、盗塁も。

 当然それを警戒し、幾度となく牽制を挟む高見だが、結局阻止することはかなわなかった。これでワンナウト二・三塁。

 

(くそっ……でも下位打線だ、このでかいのを打ち取れば!)

 

──と、考えているのだろうな。寺門には、相手の思考などお見通しだった。

 

(確かに俺は器用じゃないし足も遅いが……アメリカに行ってまで、腕を磨いてきたんだっ!)

 

 そのチーム一太い腕が躍動し、バットが風切音を立てた。──同時に、白球が弾け飛ぶ音も。

 

「!!」

 

 寺門の放った一撃はそのままフェンスを飛び越し、観客席のすぐ脇に落着した。ファールラインぎりぎり、判定は。

 

 

──す、と、高く掲げられる右手。その意味するところに、グラウンドは静寂に包まれ……そして次の瞬間、歓声に湧いた。

 

「寺門……!」

「ナイスホームラン!!」

 

 皆の称賛を受けながら、寺門はこみ上げるものをこらえてダイヤモンドを廻る。先に生還していた寿也が、その先で待ってくれていた。

 

「先、越されちゃったね。──おめでとう、寺門」

「佐藤……──ああ!」

 

 パシッと、小気味良い音が響き渡った。

 

 

 

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