【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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挑戦者

 

 初回、2度の本塁打もあり一挙に5点を獲得した夢島ナイン。惜しくも丸山・児玉のふたりが凡打に終り、二巡目には入れず終わった。

 

「っし、こっからはオレの独壇場だぜ!」

「マジで頼むぞ児玉……」

「5点とっても6点とられたら意味ないからな、しっかり守ろう!」

 

 フィールドに飛び出していくナイン。最後尾の大河の背中を、留守を預かる泉が押した。

 

「怖がらないでいい。全力でやってこい!」

「……うっす!」

 

 

 野球の醍醐味はとにかく得点を挙げることにある。10点取られても11点取ればいい──それもまた、ひとつの考え方である。実力の拮抗している相手なら、そういう勝ち方も考えただろう。

 だが彼らはあの厚木学園を倒し、全国に駒を進めるつもりなのだ。ここは吾郎が投手でないというハンディキャップがあるのを承知の上で、完封に抑えたい。

 

 ただ昨年の練習試合がそうであったように、児玉の球では三振は難しい。それを処理しやすくするという仕事を捕手が果たし、野手たちが失策なく処理を為すのが相手に得点を挙げさせない方策となる。

 尤も、児玉のコントロールがぶれ、四球で出塁させてしまうということも当然起こりうるのだが。

 

『3番、ライト石塚くん。背番号9』

 

 2番打者への四球により、ワンナウト一塁。今度は多少甘くなってもストライクをという捕手からの指示に従い、児玉が投げ込む。

 ただ甘くなれば当然、江良の中では比較的優秀な打者である3番にはそれだけ打ちやすい球になる。スイングがボールを捉え、二・三遊間へ鋭い打球が飛んでいく。

 

「っ、ショ──」

 

 ショート、と呼びかける寿也の声は、半ばで途切れた。素早く反応した大河が、みごと白球をグラブに納めたのだ。

 

「フェア!」

「大河!!」

 

 審判と国分の声が重なる。大河はグラブに乗せたボールをそのままトスした。強すぎればあさっての方向へ飛んでしまうし、弱すぎれば国分の待つ二塁へは届かないかもしれない。()()()()()()()()()反射神経が発揮されるという事実に、大河はぞくぞくした。

 

「アウト!」

 

 意識がくわっと狭まる中、響く塁審の声。成功、したらしい。でもここからだ。自分が泉と肩を並べるだけの遊撃手たりうるためには、そこからさらにもうひとつ。

 

「っ!」

 

 そのまま素早く身体を捻り、今度は国分が一塁めがけて送球。走者が塁へ達するのと、寺門が捕球するのがほぼ同時。

 

「………」

 

 皆が固唾を呑む。──判定は、

 

 

「アウトっ!!」

 

 二個目の、アウト。──ダブルプレー。

 

「や、やった……!」

 

 思わず口に出してしまい、はっとする。流石に素直に喜びを表しすぎたか、自分らしくない。

 ただそれでも、先輩たちは喜びを共有してくれた。

 

「やったな、大河!いいトスだったよ!」

「いや……先輩方の教えのおかげっすよ」

「なんや謙虚やのぉ。ここからなら泉に聞こえへんで、ホラ!」

「……何言わせようとしてんすか」

 

 皆から口々に称賛される……それを悪くないと思えるのは、こうしてグラウンドに立っているときくらいだ。褒められるのには慣れている──しかしこの3ヶ月の努力に裏打ちされたものは、その事実だけでまったく価値が異なる。

 

「大河、」

「!」

「次もおまえからだ。──打てよ」

 

 一方で、吾郎などはこうして発破もかけてくれる。「わーってますよ」と応じるのが、自分らしくて(生意気で)良いかもしれないと思った。

 

 

 相手を無得点で抑えての、2回表。5回コールドを目指し、夢島ナインは2回目の攻撃に臨む。

 

(やってやる。次は……打つ!)

 

 それが二巡目からの、1番打者の使命なのだから。

 その使命を、大河は為した。

 

──かぁんっ!

 

 低い打球が、三遊間を抜けている。上背にだけは恵まれなかった大河──それが顔立ちと相俟ってひとつの武器にもなりえているのだが──には、長打を放つだけの腕力は今はまだ、ない。ただこればかりは天賦の才としか言いようのない動体視力と器用さで、彼は甘く入った球を選んでみせたのだ。

 

「大河のヤツ、ホンマ打ちよったでぇ!」

「ぼ、僕らより凄いかも……」

「"ら"って、しれっとオレも混ぜんな!」

「言ってないで、アレやるぞ」

 

 寺門の言葉に、丸山と──しぶしぶ児玉も──参加し、

 

──ナイバッチ、大河ー!!

 

 

『2番、セカンド国分くん』

 

 我らが主将が打席に立ったところで、太田はポーカーフェイスに努めながらも引き結んだ唇の奥でぎりりと歯を食いしばっていた。

 

(くそっ、1番にも打たれちまった……。これじゃマジで一巡されちまうぞ……)

 

 「リーリーリーリー、」と、ベースコーチの声がやけに響く。喧しい、と感じるのはそれだけ思考が手詰まりになっているからだろう。しかし初回で5点も取られたことに気を揉んでいる高見に、これ以上プレッシャーをかけるわけにはいかない。

 迷わずチェンジアップのサインを出した太田だが、これは不注意と言わざるをえなかった。

 

 国分が動かず「ストライク!」の声がかかるのと同時に、ベースコーチ()から「ゴー!!」という指示がかかったのだから、一塁走者へと。

 

(しまっ……!)

 

 慌てて二塁へ送球する太田だが、捕球と同時にスライディングで飛び込んできた大河の足先がベースに接していた。「セーフ!」と声がかかる──盗塁成功。

 

「……っし!」

 

 思わずその場で小さくガッツポーズをとる大河。はっと慌ててベンチを見ると、()()()()先輩方がにやにやと笑っている。慌てて背中の土埃を払うふりをして誤魔化しつつ、改めて一塁方向を見遣る。指示を出した泉は流石に笑うことはせず、グッと親指を立てて大河の吶喊を称えてくれた。

 

──この展開は、試合前から定められていたことだった。

 

『大河。一回戦、出塁したら盗塁も仕掛けるぞ』

『えっ……い、いきなりっすか?』

『最初だからだよ。試合で何打席回ってくるかなんて、蓋を開けてみなきゃわからないんだ。やれるうちにやっておかないと』

『………』

 

 流石に躊躇する大河の肩を、先輩遊撃手は軽く叩いてくれた。

 

『失敗してもいい。──挑戦だよ、大河!』

『──!』

 

 

 挑戦──ある意味大河にはハードルが高いものだった。けれど今、彼はそれを成し遂げた。

 

(そして、これからも)

 

 

 野球を、続けていく限り。

 

 

 *

 

 

 

 その後、江良も意地で2点を返したものの、夢島側はそれ以上に得点を積み重ね──4回表が終了した時点で、スコアは13vs2。既に勝負は決したも同然だったが。

 

「やっぱり、思ったほどは取れないね」

 

 冷静な寿也の言葉に、皆が厳粛な面持ちで頷く。──3、4回は高見が調子を上げ、打線を繋げさせないことで被打点を最小限に抑えてきたのだ。

 

「あの一年生投手、なかなか見どころあんじゃねーの」

「ピッチャーだけじゃないよ。野手の人たちも皆、去年よりずっと動きが良くなってる」

 

 夏の公式戦という、高校球児にとっては命に等しい場ということもあろうが──実力派ながらチームをもり立てようと一生懸命な一年生エースの存在が、求心力をもたらしているのだろう。

 

「ま、あと2回乗り切ればコールドやろ。多少打たれてもオモテで取り返せばええんや」

「だからってバカスカ打たれてくれるなよ、児玉?」

「うっせー、わーってるっての!」

「たまには俺が投げてもいいんだぞ」

 

 寺門の言葉が妙に重々しく響く中で、一同は守備につく。

 

 

 一方、攻撃に移る江良ベンチ。

 

「はっきり言って、状況はかなり厳しい」

 

 監督の言葉にレギュラー一同、言葉もなくうつむいた。拳を握りしめている者もいる。相手が本気の布陣ですらない状態でこれでは、客観的に見てそう言わざるをえなかった。

 そんな中で反駁するように声をあげたのは、捕手兼主将の太田だった。

 

「でも、まだ終わったわけじゃありません!勝負はゲームセットが宣告されるまではわからない、そうでしょう?」

「太田……」

「去年の練習試合に比べたら、点差は半分に抑えられてるんです──高見ががんばってくれてるおかげで」

「!」

 

 名指しされた高見が目を見開き、先輩女房役の顔を見遣る。

 

「9点差まで縮めれば、5回コールドはなくなる。──高見と向こうが今出してきてる投手なら、高見のほうが上だ」

 

 ならば勝利への糸口は、まだある。──9点差に詰める、そう、9点差だ。まずは、あと2点穫れば。

 

「次の打席、俺からだ。……見てろよ、高見!」

「太田先輩……──っ、はい!」

 

 頷く高見。尊敬と期待に塗れた眼差しがじりじりと背を焦がすのを感じながら、太田は打席へと向かった。

 

『4番、キャッチャー太田くん』

「………」

 

(さっきまでと明らかに雰囲気が違う……。要警戒だな)

 

 投手が吾郎ならともかく、この試合は一貫して児玉が投げている。彼も決して体力が無い訳ではないが、公式戦のマウンドは練習試合とは次元の異なるプレッシャーがかかっているだろう。強がっていても、疲労は隠しきれない。

 

(ここは慎重に行こう、歩かせてもいい)

 

 "歩かせても"──明確に敬遠しようとは、如何に寿也といえども決断できなかった。二桁の点差をつけている状況が、それを許さなかったのだ。観客席の反応など今さら気にしてはいないけれど。

 一球目──ストライクゾーンから、やや外れたボール球のストレート。しかし太田は躊躇なくバットを振った。パァン、と弾けるような打突音とともに、ボールがフェンスを直撃する。

 

「ふぁ、ファール!」

 

 審判が一瞬口ごもるような、鋭い当たりだった。児玉もそちらに釘付けになっている。

 

(際どいところは振ってくつもりか……厄介だな)

 

 

 寿也の読んだ通り、太田は明らかな外れ球以外は徹底的にカットし続けた。一気に十球近くも投げ込まされ、焦りも相俟って児玉の疲労は加速する。

 

「……これ、まずいんじゃねーか?」

「!」

 

 思わず泉が腰を浮かせようとしたところで、南雲からそう声がかかる。基本的にやる気のない南雲であるが、夢島側に不利な状況を"まずい"と形容するだけの感情移入はしているようだ。

 

「次、伝令入ります」

「あ、あぁ、そうだな」

 

 既に児玉は投球動作に入っている。次の一球がまたボールなりできればファールになってくれればという望みを託したのだが、それを無情にも裏切るように、児玉の手からボールがすり抜けた。

 

「!?」

(失投!)

 

 しまった、と寿也は思ったが、投手の手を離れたボールは如何ともしがたい。せめて相手に気づかれなければというのは、捕手の太田を前にしては儚い願いだと言わざるをえなくて。

 

(待ってたぜ──こういう球を!!)

 

 チャンスは今しかないとばかりに、太田は全力でバットを振り抜いた。

 

 

「あ、」

「──!」

「ああ……っ」

 

 高く舞った打球が、そのままフェンスを越えて球場の外へ。追う丸山が途中で立ち止まってしまうほど、それはみごとな本塁打だった。

 

 

 

 

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