【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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ホントのエース

 

 私立江良高校。神奈川の片隅に位置する、なんということはない平凡な私立高校である。とりたててアピールポイントもなく、少子化の昨今では生徒集めにも苦慮している。

 それは運動部といえばいの一番に挙げられることの多い──実質の人気はまた別の話である──、野球部に関しても例外ではなかった。部員数は常に定数ぎりぎりで、なんとかチームとしての体裁を保っているような状況。しかもくじ運も悪いのか、公式戦では毎度格上──そもそも弱小なのでその数も多いのだが──と当たり、向こう十年は一回戦敗退が常態化していた。

 

(今年の新入生は、5人か……)

 

 もうサイクルの一部分として当たり前になっている新学期、昨秋から新主将となった太田を筆頭とする新三年生たちはため息混じりに新入部員たちの自己紹介を眺めていた。

 5人という人数もさることながら、質も推して知るべし、というところだろう。初心者が3人、つまり過半数。もうひとりは中学で野球部だったそうだが、あまり自信のなさそうな態度だし、出身中学の名前も聞いたことがない。

 

 だが──最後のひとりだけは、違っていた。

 

「た、高見(たける)、です。横浜シニアで投手をやってました、よ、よろしくお願いします!」

「!?」

「横浜シニア!?」

 

 神奈川で野球に携わる者で、その名を知らない者はいない。神奈川のシニアリーグ一の名門、全国大会の常連校でもある。そんなチームの投手が、何故この高校に?疑問は当然湧いたが、それでもなお少年たちは色めき立った。

 

「あ、でも、ベンチ入りが精一杯の控えだったんで……」

「控えでもすげーよ!横浜だぞ!?」

「オレらみたいな弱小からしたら自慢にしか聞こえねーよ、このこのっ」

「なんでわざわざウチみたいな弱小に?」

 

 入部早々先輩たちに取り囲まれ、右往左往する高見。総じて好意的な意味合いなのが救いか。

 

「お前らー、初日から後輩いじめんなよ」

 

 監督の冗談めかした注意で、先輩たちは慌てて離れていく。その一味であった太田はしかし、途中で呼び止められた。

 

「こいつの球、受けてやってくれ。様子によっちゃ再来週の練習試合から早速使ってくかもしれんから」

「あ……はい!」

 

 いちおう、二・三年生にも投手はいるのだが。しかし負けが込んでいる彼らは苦笑いするばかりで、高見に対してライバル心を燃やしたりはしていないようだ。いじめなどがあっても困るが、それはそれでどうなんだという気持ちもないではない。

 しかしそれ以上に気になったのは、高見のどこか遠慮がちな、萎縮したような目つきだった。

 

 

 軽くキャッチボールをしてから、太田は片膝を地べたにつけた。

 

「よし、じゃあまずはストレートから。全力でいいぞ!」

「は、はい!」

 

 まだ緊張が残っているのか、やや動きが固い。新入生だから……と言うより、性格的なものが原因だろう。出逢ってまだ十数分だが、観察眼にはいちおうの自信がある太田だった。

 それでもいざ投げる、となると、高見の目つきは鋭い、投手らしいものとなった。思わずごくりと唾を呑み込む太田。

 

 投球動作に入る──大きく振りかぶって、勢いよく、おろす。

 風を切って飛ぶ白球が刹那、スパァン!と力強い音をたててミットに納まった。

 

「お、おぉ……」

「ど……どうですか?」

「え、ぁ、は、速ぇよ!球威もあるし……もう一球投げてみてくれ!」

「は、はい!」

 

 そこから何球か投げさせてみたが、少なくとも太田の捕手人生においては最上級の球であることは確定的だった。コントロールだって、悪くない。

 

「凄ぇじゃん、高見!おまえ、そんな球投げられるのにベンチだったのかよ!?」

「……ありがとう、ございます」

 

 感謝の言葉とは裏腹に、高見は俯いてしまう。どうしたのかと訊く前に、彼は掠れた声で続けた。

 

「でも……シニアじゃこの程度、ざらにいましたから」

「……そうなのか?」

「ええ……。その中じゃ僕は、落ちこぼれだったってことです」

 

 自嘲めいた笑みを浮かべる高見を前にして、太田はああそういうことかと合点がいった。十分な実力を備えている高見が、こうも自信なさげに振る舞っているのは──名門に所属するがゆえの挫折を、彼が味わってきたからだ。

 

()()()()、敗けたのか。でも──)

 

──自分たちとは違うステージで、この少年は戦ってきたのだ。傷だらけになって、疲れきって。それでも野球がやりたくて、こんな高校野球の辺境にまで辿り着いたのだとしたら。

 

(こいつを勝たせてやりたい。こいつを正真正銘、ウチのエースにしてやりたい……!)

 

 三年間燻りっぱなしだった炎が、胸の中でごうごうと音をたてているのを感じる。高校最後の春、太田は初めて、勝利への渇望を胸に抱いたのだ──二つ年下の、翼の折れたエースのために。

 

 

 それから三ヶ月。あまりにも短い期間だったけれど、気安く話せるようになったし、高見のほうから積極的に意見してくれるようにもなった。バッテリーの間に必要な信頼関係を築くことができたと、信じている。

 でも、捕手としてだけではまだ足りない。主将として──4番打者として、彼をもっともっと援けてやらなければ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 だからこそこの本塁打は、たとえ11点差が10点差に縮まったというだけであっても、雄叫びを上げてしまうほどに嬉しかった。

 

 

(やられた……!)

 

 一方で、打たれた側(夢島ナイン)は少なからず焦りを覚えていた。たとえ大きく点差が開いていようが、趨勢というものは時にそれさえも凌駕するのだ。このまま打ち崩されれば、5回コールドどころではない。

 

「──児玉っ、大丈夫?」

 

 思案するまでもなく、寿也はマウンドに駆け寄っていた。

 

「あ、ああ……すまん……」

「いや、僕のほうこそ……。──まだ、投げられるかい?」

 

 気遣われているのはわかる。それでも児玉はますます自分が気弱になるのを感じていた。吾郎に対してなら寿也も、こんな聞き方は絶対にしないだろうから。

 ただ、ここで退くわけにはいかないという意地もあった。本塁打を喰らったとはいえ相手は江良の4番であるし、1点入れられただけだ。13vs3──どう考えても夢島の勝利は揺るがない。ここから立て直せば、という条件付きではあるが。

 

 所詮は弱小にすら届かない、同好会だった頃のエース。自ら立候補したからその座を仕立ててもらっただけで、本来その適性があるかどうかさえ怪しいものなのだ。

 だがそれでも、ボコボコにされてマウンドを降りるなんて嫌だ。いっそここを放り出してラクになりたいという気持ちを抑えつつ、児玉は小さく頷いた。

 

 

 *

 

 

 

 しかし彼のなけなしのプライドなど、球場の魔物を前にしては無にも等しいもので。

 

「ボール、フォア!」

 

 この回、二度目の四球。江良のベンチから「よく見たー!」「ピッチャーバテてるぞー!」と援護の声が飛ぶが、図星を突かれたと言わざるをえない。

 

(これでワンナウト満塁……。次は投手だし、押し出しだけは避けたい……)

 

『9番、ピッチャー高見くん』

 

 薄い唇を引き結んで、打席に立つ高見。気合の入った表情だが、これまでのバッティングでは特別見るものはなかった。とすればこの打席、スクイズで確実に1点を取りにくるだろう。最悪それは許すにしても、確実にアウトは取りにいく。疲弊した児玉に無理をさせるわけにはいかないんだ、自分が──

 

 一球目は、あえて外させる。──と、案の定スクイズの構え。ボールの軌道を見て咄嗟に引っ込める反射神経は流石だったが。

 

「ボール!」

「………」

 

 寺門や三宅を筆頭に、内野手たちがじり、と前進してくる。その様子をベンチから見つつ、太田は口角を上げていた。

 

(いいぞ高見。ここまではピッチングのことも考えて堅実にやらせてきたけど、ホントはなんでも器用にこなせるんだってとこ、見せてやれ)

 

 名門シニアで鍛えられているだけ、ピッチング以外の能力も磨かれている高見である。投手以外の道を模索したことだって、一時期だがあるのだ。

 そんな彼は、チームを勝利に導くために今、最善を尽くすつもりだった。

 

(勝負する……!オレの、責任で!!)

 

 投じられた低めのストレート。スクイズの構えをとっていた高見は、ぎりぎりのところで通常のスイングに切り替えたのだ。

 

「なっ!?」

(バスター!!?)

 

 その方策は果たして功を奏した。力強く打ち抜かれた低い弾道の白球が一度地面をバウンドして跳ね上がる。咄嗟に飛びつこうとする国分だったがあと一歩、手が届かない。──抜かれた!

 

「っし……!」

 

 走りながら、高見は……否、江良の面々は勝利を確信していた。この作戦の成功が、大逆転の契機となる──そう信じて。

 しかし彼らに味方しつつあった魔物は、食物連鎖の頂点に立つ獅子によって喰らいつかれた。

 

「思い通りに──させっかよ!!!」

 

 既に前進してきていた右翼手──本田吾郎。その右腕から放たれるは、最高速度100マイルのレーザービーム。

 

「捕れよ、トシィっ!!」

「!!」

 

 ぎょっとする寿也だったが、すぐに表情を切り替えてミットを構えた。矢のごとき送球が、構えたところに突き刺さる。

 

「っ、」

 

 ビリビリと腕に痺れが走る。この距離でも──それがどこか心地よい。だが浸っているわけにはいかない、寿也はすかさず飛び込んでくる走者めがけてミットを叩きつけた──

 

「……!」

 

 双方のチーム……いや会場全体が、固唾を呑んで見守る。魔物か、獅子か。勝者はどちらか。

 主審の手が、す、と掲げられて。

 

 

「──アウトっ!!」

 

 うおぉぉぉぉ、と、あちこちからどよめきと歓声が響き渡る。結果がどちらであっても、それは変わらなかっただろう。──朱夏の陽炎よりも熱い、デッドヒートが齎したモノなのだから。

 

「す、すげぇ……!」

「なんだあのライト!?」

 

(っ、やっぱりあいつがエースピッチャーか……!)

 

 観客席が驚愕に陥る一方で、太田たち江良ナインは唖然とし、改めて背番号1に注目した。あの送球が投手としてのものに変わったとき、果たして自分たちなどの手に負えるのだろうか。

 一方でその投手兼右翼手は、今マウンドに立っている男へと発破をかけていた。

 

「児玉ぁ、怯んでる場合じゃねーぞ!曲がりなりにも元エースだろっ、この回くらい抑えてみせろ!!」

「っ!」

 

 その叫びに、児玉は熱湯をぶっかけられたような錯覚を覚えた。汗ばんだ皮膚が、血液が、沸騰していくのを感じる。

 

「っ、てめぇに言われなくても、そうすらぁ!!」

 

 そうして気づけば、彼はそう怒鳴り返していた。その光景を見て内野手、そして外野手──と言っても吾郎を除けば草野と丸山しかいないが──たちが、お互いに顔を見合わせて笑い合う。

 

「よし、ツーアウトツーアウト!まずはあと1つ、堅実に取っていこう!」

 

 流れを、彼らは取り戻した。

 

 

 

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