というわけで一回戦終了
※元々ダイジェストのつもりだったので成績表つくってません
吾郎のレーザービーム送球が功を奏し、残りワンナウトは凡打でとることができた。
結局この回、1点を返すのが精一杯だった江良。その原因をつくってしまった高見は、とぼとぼとした足取りでベンチに戻ってきた。
「……すいません……、せっかくのチャンスだったのに」
「まぁ、そう落ち込むな。ライトがあんな球ブン投げてくるとは誰も思わなかったんだ」
それに、バスターなどという器用な芸当ができるのは江良では高見くらいなものだ。彼を責められる者など誰にもいなかったのだが、高見はどうしても気に病んでいるらしい。
ならばと次に目を向けさせようとした太田だったが、
「でもっ!」
「!?」
「次、絶対、抑えます!!」
頬を赤らめながらもそう主張する高見に一瞬呆気にとられながらも、太田はその頭をわしゃわしゃと撫でた。
「よーし、頼むぞエース!」
「っ、は、はいっ!」
果たして高見の決意を後押しするかのように、5回表、夢島側の攻撃は8番丸山からのスタートとなった。
意外な手先の器用さゆえ送りバントなどの小技でチームに地道な貢献をしている丸山だが、自分が先頭打者となるとなかなかに厳しいものがある。まして相手は、気合の入った元横浜シニアの投手ともなれば。
「アウト!」
次ぐ児玉はともかく……一度は良いバッティングを見せた大河も。
「ストライク、スリー!」
「っ!」
(なんだよこれ……さっきと全然違ぇ)
向こうもこれまで必死に投げてきて疲れているだろうに、なぜ今になって。
追い込まれた餓狼がどれほどの命灯を燃やすか、15年そういった世界とは無縁だった大河は知らない。ただこれが敗北なのだということは、刹那的に理解していた。──自然と、拳に力がこもった。
一方、その光景を刮目していた吾郎は。
「児玉、あとは俺に任せろ」
「!本田……」
児玉の投手としての出来不出来はこの際関係ない。
いや……本当は、それさえもどうだっていいのだ。こいつらを相手に戦いたい。そんな闘士としての貪欲さが、吾郎を突き動かしていた。
*
『──夢島高校、守備の変更をお知らせします。ライトの本田くんがピッチャー、ピッチャー児玉くんが、ライトに入ります』
マウンドに降り立つ、
『5回の裏、江良高校の攻撃。2番、センター竹下くん』
小柄な2番手が打席に立つ。児玉相手にもヒットは出しておらず、もっぱら送りバントで繋ぎ役を務めてきている。
(すげぇ球放るってのはわかってる……。でも、なんとかして塁に出ないと!)
まずはこの回、最低1点でも詰める──だがそれだけでは足りない。最終的には11点以上とらねば、この試合に勝つことはできないのだ。一打席も、ムダにはできない。
逞しい両腕を大きく振りかぶる、吾郎。会場に奔る、刹那の緊張。
そして──投げる。
(絶対、打──っ)
思考すら遂げないうちに、
「……え?」
「──、」
「ス、ストライィク!!」
主審さえも一瞬言葉に詰まるほどの速球──ジャイロボール。先ほどの送球は前座でしかなかったのだと、球場全体が思い知らされる。
その中心で、吾郎は不敵な笑みを浮かべていた。
「──ストライク、スリー!」
「っ、く……」
結局2番ばかりか3番も掠ることすらできず、三球三振に打ち取られてしまった。プロ顔負けの100マイル、彼らのような平凡な打者たちでは目で追うことさえ困難としか言いようがない。
それは4番としてコールされた太田にもわかっていることだった。
──それでもその目は、闘志を失ってはいない。
「いいね。ホンキで投げる甲斐、あるぜっ!!」
一球目。グオォ、と風が唸る音の直後、ボールがミットに納まる。
「ストライィク!!」
「っ、………」
まったく掠る気のしないボールだった。スピードもさることながら、コースが絶妙なのだ。ひょっとしたらボール球になってくれるかも、などという淡い期待は、あっさりと打ち砕かれた。
(このキャッチャーもキャッチャーで、よくこんな球を平然と捕れる……)
投手が化け物なのは明らかだが、それに付いていける捕手がいなければ試合は成立しない。自分が彼の立場なら──と、同じ捕手としての性で考えてしまう。捕手としても打者としても──野球には関係ないが容姿の面でも──徹底的に敗けているというのは、わかっていても認めがたい事実で。
気を取り直して、二球目。今度こそと力いっぱいバットを振る太田だが、大きく振り遅れてしまう。ストライク、ツー。
(っ、次は遊ん……いやダメだ、こんなザマじゃまた三球で決めに来られる……!)
あと一球で、試合が決まる。──終る。夏が。……オレたちの、高校野球が。
(まだだ、)
(終わって堪るか……!高見を、最高のエースに育てるまでは……!!)
そのためには一秒でも長く、一球でも多く。マウンドに立たせてやりたい、戦わせてやりたい。どこか白けたものだった太田の高校野球を、鮮烈な真紅で彩ってくれた高見の為に。
(オレは、敗けらんねぇ────っ!!)
恐れなどとうになくなっていた。迫りくる弾丸を、ただ一心に打ち返すのみ──!
──スパァン!
響くは……白球が、ミットを打ち鳴らす音。
「……っ、」
(当たら、ねえ……っ)
想いだけでは、届かないものもある。太田少年がそれを思い知ると同時に、三振を告げるコールが為される。
5回裏の終焉、10点差は覆せず。──ゲームセット。
江良高校の夏は、これで終った。
*
「「ありがとうございました──っ!!」」
整列し、互いに精一杯の声で健闘を称え合う。幾年もの夏、幾度となく繰り返される光景。しかし勝者にも敗者にも、それぞれに万感の想いというものはある。
「……さ、荷物纏めろ。次の試合もあるんだ、すぐ出るぞ」
対照的だったのが、バッテリーを組む主将と一年生のふたりだった。てきぱきと仕度をする太田に対して、高見は立ち尽くしたままでいる。
「……高見、突っ立ってんじゃねえ」
「太田……先輩、」
ぐしぐしと、鼻を啜る音が響く。
「ごめ……なさ、おれ、オレ……っ!」
「っ、謝んな!バカ!」
高見は全力で投げきった。それでも敵わなかったのはただ一点、チームそのものが夢島ナインに及ばなかったからだ。
「オレもっと、皆といっしょ、に……っ!」
「っ、オレたちだって!」
がばりと、太田は未だ自分より幾分か小さな身体を抱きしめた。
「おまえにもっと投げさせてやりたかった……!おまえと一緒に、野球したかった……っ!」
「う、う゛う……っ、う゛あ゛ああああ……!」
子どものように泣きじゃくる高見。彼を受け止めながら太田もまた、涙を流していて。気づけばそれは奔流となって、江良を呑み込んでいた。長年務めてきた監督でさえ、こんな光景は見たことがないほどに。
「………」
その姿に大河が呆気にとられていると、不意に武骨な手が左肩に置かれた。
「!」
「あいつら皆、それだけ本気でやってきた。だから……負けたら、辛いんだ」
当然のことと言ってしまえば、それまでかもしれない。しかし戦場痕の片隅で繰り広げられるその光景は、自らもその渦中に身を置く者になったのだという自覚を大河に促した。
「敗けたあいつらの夢は、勝った俺らが背負うしかない。──勝って勝って勝ち続けるっきゃないぜ、最後までな」
それが勝者の責務。けれどそれを重圧とは、吾郎はとうに思わなくなっていた。