【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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既に旧作ネタとなってしまいましたが鎌実ナインの名前の元ネタは昨年大人気だったアレです


スカウティング

 

 明煌大附属vs夢島学園。前年の県ベスト8と無名の新設校の対決、大勢は前者が当然のように圧勝するものと思い込んでいた。

 それが、結果はどうだ。

 

「……っ!」

 

──スパァン!

 

「ストライク、スリー!」

 

 7回表、ツーアウトで打者をいとも容易く三球三振に打ち取る吾郎。得点は9vs0──夢島側の9点リード。

 つまり、

 

「ゲーム、セット!」

 

 うおぉぉぉぉぉ、と歓声が上がる。ローカルテレビの中継向けの実況が、下馬評を覆すこの結果を声高に伝えている──それを為す中心となった、剛腕投手の存在も。

 

「ナイピー本田!」

「ホンマにパーフェクトゲームに抑えよってぇ!」

「おかげさまで外野はヒマでしたよ」

 

 有言実行、明煌大附属の誰ひとりボールにかすらせもしなかった吾郎である。点差こそ小さいが、試合の様相は江良のとき以上に一方的だった。──守備はもちろん、攻撃の面でも。

 

「ま、お前らもちゃんと打ってくれたからな。のんびり投げられたぜ」

「100マイルでのんびり、ね……」

 

 左手を見下ろしつつ、苦笑する寿也。捕り方は心得ているとはいえ、あの速度の硬球を何十球も受け止めていれば流石に多少痺れはする。試合中はアドレナリンが出ているのか、感知したことはないが。

 

 

 ともあれ夢島ナインは、自らが少なくとも県ベスト8を下せる実力があることを広く知らしめた。──それ即ち、この神奈川の地に君臨する実力者たちに目をつけられることと同義でもあって。

 

「ちゃんと撮れたか、カジ?」

「ああ。……明煌大を見に来たつもりが、とんだサプライズだったな」

「うーん、三浦にまた探らせないとなー……」

「ぼやきそうだな、アイツ」

 

 ビデオカメラ片手に球場を去る、ふたりの少年。彼らの提げたスポーツバッグには、"鎌倉実業"と書かれていた。

 

 

 *

 

 

 

 明煌大附属戦から次の三回戦まで時間はない。何せ神奈川は全国の中でも有数の激戦区である。200近い高校から、三週間足らずの間に頂点を決めねばならないのだ。

 ゆえにその短いインターバルの間、第一に必要なのは次なる対戦相手を知ること。決して多くはないデータを、徹底的に深掘りして。

 

──彼ら鎌倉実業高校はそうした分析作業、"スカウティング"を得意とするチームだった。彼らの部室には"敵を知り、己を知れば 百戦危うからず"と揮毫された墨書が掲げられている。野球部発足時の主将だったOBが寄贈したものだと言うから、相当昔からそういう方針だったのだろう。

 

 この日もまた、彼らは貸し切った視聴覚室に集合していた。その視線は挙って、スクリーンに映写された先の夢島の試合に集められていた。

 

『ストライク、スリー!──ゲームセット!』

 

 7回表での無慈悲な宣告。それを齎したのは紛れもない夢島ナインの実力だった。

 

「──さて、見てのとおり一方的な試合だったわけだ」

 

 主将で正捕手の北条政斗が至って冷静な口調で告げる。捕手としては内心、あの凄まじい速球を捕ってみたいという気持ちもないではないけれど、そんなものはおくびにも出さない。こちらにだって良い投手がいるのだ。

 

「一番は投手だが、明煌大相手に9点も入れてるんだ。バッティングも侮れない。──ってわけで、両方の観点からマークすべき選手をピックアップしてみた」

 

 北条の目配せを受け、慣れた手つきで端末を操作する三塁手・梶原。──と、四人分の顔写真が分割画面に表示される。生徒手帳などに使用される、実に鮮明でしっかりしたものである。

 

「一人目……これが投手の本田。何回も話したけど、推定160キロのストレートでほぼ全打席を三球三振で打ち取ってる。フライすら上げさせてない」

「全打席……明煌大っていえばそれなりに打てるやつもいるだろ?サードの石井とか、ライトの山口とか」

「そいつらもことごとく三振だったよ。まったくボールに掠りもしなかった」

「………」

 

 ざわめく部員たち。それが落ち着くのを待ってから、北条は続けた。

 

「で、こいつは打者としても優秀だ。全打席全安打、一本ホームランも打ってる。典型的なエースで4番、ってやつだな」

「そんなやつが、無名の新設校に……」

「というか本人も無名ですよね?シニアにしろ軟式にしろ、それほどの人が何も情報がないなんて──」

「その辺は俺が調べてきた」

 

 どこか気取った口調とともに立ち上がったのは切れ長の瞳が特徴的な、端正な顔立ちの少年だった。

 

「この投手、あの本田茂治の息子だ。夢島学園には去年の秋に転入してきたらしい。それまではアメリカで暮らしていて、そちらのシニアに所属してたとか」

「本田選手の!?」

「なるほど……それでか」

 

 であれば余程の情報通でない限り、知らないのも無理はない。狭い世界になりがちなアッパークラスの高校野球界において、思わぬ闖入者と言うべきか。

 

「で、そいつが入ってきて間もなく同好会だったものが部に昇格したそうだ。ま、典型的な冒険家気質なんだろうな」

「……いつも思うけど、おまえこの短期間でよくそれだけの情報仕入れてくるよな」

「そう難しいことじゃあない。ターゲットの高校の近くで制服着たおしゃべりそうな女子を捕まえて、親しくなっちまえばいいだけのことさ……お、マリちゃんからだ」

「………」

 

 事もなげに言いつつスマホを見る遊撃手・三浦の言葉に部員たちの大多数が冷たい視線を送るが、事実それがチームの役に立っているのだから是非もない。

 閑話休題。

 

「ま、まぁこいつが一番要注意ってことで……次がその球を涼しい顔でポンポン捕りまくる、こいつ」

 

──佐藤寿也。投手と並んで華やかな容姿の正捕手。しかしながらそのリードとフィールディングは極めて巧みであり、あの豪速球を絶妙なコースに放らせたうえ、捕逸することもない。極めて優秀だと、同業者の北条にしても評価せざるをえなかった。

 

「こいつもかなりの強打者だ。投手が野生のカンが鋭いタイプなら、徹底した策士ってとこだな」

「ちなみにこいつは横浜リトルの4番だったらしい」補足を入れる三浦。

「リトル?シニアじゃなくて?」

「ああ。ま、何かの事情で続けられなかったってとこだろう。ちなみに投手とは幼なじみらしい」

「………」

「で、次だけど──こいつらは二人まとめてで。ショートの泉とセカンドの国分」

「泉は顔合わせたことあるな。確か、横須賀シニアでもショートやってた」

「こいつも家庭の事情でリタイアした組だな。だが腕は衰えてない……正確には今の体制になってリハビリしたんだろうが、この小さい身体で駆けずり回って打球を抑えにかかってくる」

「へー。お前より上手いのか、三浦?」

「どうかな。ま、試合()れば自ずとわかるだろうよ」

 

 シニカル極まりない振る舞い。しかし自らの実力に自負がなければ、強豪校のスタメンなどやっていられない。

 

「で、セカンドの国分は主将、軟式野球の出身。中学じゃ一回戦負けだったようだが、当人はヘタじゃなさそうだ。──喋りすぎたな、どうぞ。キャプテン?」

 

 そろそろというところでボールを返され、苦笑しつつも北条は説明を再開した。

 

「守備のほうは投手がアレなんで見られてないけど、確かに動きはすばしっこそうだった。バッティングは……ふたりとも典型的な1・2番タイプだな。前回は1番泉、2番国分だったが、打率でそうしてるって感じだ。条件が同じなら、泉は確実にミート、国分のほうは長打を狙ってくる。とはいえバントもまぁまぁ、上手い」

「向こうが同じ打順でくるかはわからないが、こいつらのどちらかでも出塁させると厄介だぜ。3番はまあ平凡だけど、4・5番のバッテリーに繋がれたらいくらウチでも失点しかねない」

 

 それが何を意味するか、わからない鎌実ナインではない。明煌大附属をパーフェクトゲームに抑えるような投手相手では、こちらだって何安打出せるか。1点が命取りになるのは明らかだった。

 

「まずこちらがどうやってあの投手から0点を取るか、そのうえでどうやって1点をとるか……そういう観点で話し合いたいと思う。──つーわけでいい加減起きろ、義希」

「……んぁ?」

 

 最前列に座っていながら、堂々と舟を漕いでいた少年が薄目を開ける。まったく、とごつんと額をぶつけて彼をにらむ北条。──その行為は場に失笑を齎したが、その理由は明らかで。

 

 まるで鏡写しなのだ、ふたりの顔立ちは。あまりにも似すぎていて、一見するとまったく見分けがつかない。尤も表情の豊かさという一点において大きな違いがあるので、当人らと少しでも知遇があればどちらがどちらかはすぐにわかるのだが。

 

「おまえ、いつも言ってるけど守備の要なんだぞ。しっかりしてくれよ」

「……俺は別に、政斗の言う通り投げるだけだから……」

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさあ……」

 

 実際、彼らバッテリーの鉄壁の連携が今の鎌実の強さを生み出している。──北条兄弟。外見は瓜二つながら対照的な性格の彼ら双子は、リトルの頃から少年野球界の有名人であった。

 

 

 *

 

 

 

 清水大河が自分から広く友人をつくって遊びに出掛ける、というタイプでないことは今さら言うまでもない。野球部に入ったからといって性格が根本から変わるわけでもない。むしろ部活で消耗した、するであろう体力を温存するためにできるだけ省エネでいたいのだ。

 それでも珍しく他のクラスへ出向こうとしているのは、他ならぬその野球部のことで相談したいことがあったからだ。いつもなら部活で顔合わせたらでいいや、となるのだが、ただでさえ忙しい夏大の幕間である。そんなのんびりしたことを言っていると機を逸する──と考えるくらいには、大河も野球に染まってきていた。

 

 目当ての教室に辿り着き、中を覗き込む。授業の隙間の中休みなので、生徒の多くが残ってわあわあと騒いでいる。目当てのマネージャーの姿を探すが、見当たらない。非常に整った容姿のわりに控えめな性格をしているため、もとより大勢の中から探し出すのはひと苦労だろうと覚悟していたけれど。

 

「あれ、野球部くんじゃん」

「おっすー、どしたの?」

 

 と、大河を視界に入れた軽そうな女子生徒たちが声をかけてきた。面識はない……はずだが、二回戦の勝利で野球部はなかなか有名になってきている。一方的に知られていても不思議ではなかった。大河としてはあまり愉快ではないが。

 

「……野球部くんってのやめてほしいんだけど。つーか、小野寺って今日来てる?」

 

 一応それだけ確認して出直そうと思って訊いたのだが、彼女らの反応は奇妙なものだった。

 

「小野寺……?いたっけ、そんな人?」

「さあ?」

 

 首を傾げるふたり。おいおい、と大河は内心呆れた。尤もその責は一学期終わり間際になってもクラスメイトの名前を覚えていない彼女らに帰すべきなのか、記憶に残らないほど慎ましく生活している和香に問題があるのかは熟考の余地があるが。

 ともあれ感情を押し殺して、大河は問い直した。

 

「マネージャーだよ、うちの。このクラスだろ?」

「えっ……」

「う、うん……でも、」

 

 途端、彼女らの表情に小野寺の名を出したときにもなかった困惑が浮かぶ。その正体がわからず、大河は焦れた。苛立った、と言ってしまっても良いかもしれない。それでも女性相手にどやしつけるような教育は受けてきていないけれど。

 

「……何?」

「野球部のマネージャーって、ひとりよね?」

「そうだけど?」

「そのコって、小野寺じゃなくて──」

 

 示された名に、大河は当惑し、そして大きく動揺することになる。──それが野球部そのものを揺るがす事態になるとまでは、このときは予想もできなかった。

 

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