【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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1年生投手

 

『2番セカンド、比企くん。背番号、4』

「……しゃす」

 

 ボソボソとした声とともに打席に入った、2番打者。高校球児としてばかりか、一般的な高校生と比較してもかなり小柄だ。160cmないのではなかろうか。

 

(2番だしな。小せぇからって油断はできねーけど……)

 

 ウチだって小さい組が屋台骨なのだ、そこはいい。……ただそれが些末なことに思えるほど、陰鬱な雰囲気を発する少年である。目の下にくっきり刻まれた隈など、徹夜でもしてきたのだろうかと思わせる。

 そんな彼がとったのは、バントの構え。これに動揺してか、大河の投球は上方向に大きく逸れた。

 

「っ!」

「ボール!」

 

(っ、ベース空いててもバントか……。ウチの新米(newbie)相手ならそれだけで掻き回せるってか)

 

 悲しいかな、その考えは的を射たもので。ひねているようで大河は根っこに素直なところがあって、搦め手で攻められると弱い性質なのだった。

 ならば、その素直さを前面に出していけばいい。

 

「オーケーオーケー、打たせてけ!」

 

 そう声を張り上げつつ、返球する。果たして大河はずれた帽子を元に戻しながら、小さく頷いた。ワンナウトとったことで幾らかはマシになっただろうが、緊張が残っているのだろう。

 二球目。先ほどよりは戻ったが、これも外れてボール。次いで、三球目。

 比企は強く押し出すように、バントを仕掛けた。バウンドしたボールが、投手正面に襲いかかる。

 

「っ、大河!」

「!」

 

 咄嗟にグラブを突き出そうとする大河だったが、なかなかに難しい打球である。結局届かず、右肩越しに抜けてしまう。

 

(しまっ……)

 

 振り向く大河だったが──そこにまた、小柄な影がよぎった。遊撃手、泉だ。

 

「っ、泉!!」

「言われなく、てもっ!!」

 

 素早く一塁めがけて送球する泉。比企が到達するより寸分早く寺門がそれを受け取り、アウトが宣告される。

 

「ドンマイ大河!後ろは俺らに任せとけ!」

「あ、あざっす!」

 

 助かった、と思った。二遊間が抜けないというのは、投手としては非常に有難い。大河だけでなく、吾郎もそれをひしひしと感じていた。

 

「ツーアウトツーアウト!このまま三者凡退いくぜ!」

 

 声を張り上げつつ、

 

(実際、ツーアウトはでかい……。多少打たれてもバックがフォローしてくれるってわかったんだ、大河も少しは気がラクになったろ)

 

『3番ショート、三浦くん。背番号、6』

 

 続く三浦。途端、鎌実側の観客席から黄色い悲鳴が上がる。応援のブラスバンドに負けないほど、魂燃やした女子の一群。三浦は慣れた様子で軽く手を振ってみせた。ますます歓声が甲高いものになる。

 

「な、なんやアイツ……腹立つやっちゃな」

 

 三宅などが思わずそう毒づいてしまうのも無理からぬこと。とはいえ3番遊撃手──ここまでの試合では揺るがぬアベレージヒッターぶりと堅守とを見せている。端正な顔立ちと体躯も相俟って、プロからも注目される選手である。

 

(さて……ここまで見てきた限りじゃ、平凡なストレートにカーブ、チェンジアップか。コントロールは悪くないが)

 

 初心者投手としては、むしろ十分すぎるほどの才覚である。リトルやシニアで経験を積んでいれば、プロも視野に入るような選手になれただろう。

 だが、過去は変えられない。今の清水大河()は、先の試合で戦った相手投手より──弱い。

 

 初球、ストレート。三浦は早速スイングを繰り出した。──鋭く飛翔するボール。

 

「!!」

 

 思わず振り向く大河。後ろは気にするなと言われても、あれほどの打球は目で追うよりほかにない。幸い、ボールはファールラインを大きく越えていったが。

 

(っ、ぶねー……このコースはダメか。もっとマジメに研究しときゃ良かった)

 

 いちおう彼らも鎌実の試合ぶりは観察しているのだが、格打者の大雑把な特徴は捉えてもコースや球種の得手不得手までは気にしていなかった吾郎である。後者はほぼストレート……もといジャイロボールしか投げるつもりはないし──ジャイロフォークはできれば対厚木まで隠しておきたいと思っている──、前者は寿也の目と自分の野生のカンで十分だと思っていたのだ。

 だが捕手は、野生のカンだけでは到底務まらない。

 

(いっぺん、ボール球で仕切り直すぞ)

 

 頷く大河。二球目は指示通り、大きく外に外してボール。悠々と見送った三浦は、三球目に何がくるか予測をつけていた。

 彼が投げたのは、

 

(やはり、チェンジアップってね!)

 

──かぁんっ!

 

 三塁方向、ファールラインぎりぎりに直線的な飛行……というより滑空を見せる打球。一瞬の躊躇もあってか、三宅の手はあと一歩届かない。そのまま外野へと抜けていく。

 

「ああっ……」

「っ、レフト!二塁だ急げ!」

 

 丸山が走り、打球を確保する。以前草野にも称賛された意外な肩の強さを見せたものの、走者はなかなかに速くて。

 

「っ!」

 

 ベースカバーに入った国分がボールを確保するのと、スライディングを仕掛けた三浦の足がベースに触れるのが傍目には同時。判定は、

 

「──セーフ!!」

 

 称えるブラバンの演奏ともども、きゃあぁぁ、と歓声が上がる。当然の結果だとばかりに悠々と立ち上がる三浦の姿はなかなかに業腹なもので──敵味方問わず。

 

(二塁打か……。まァ、これで押し出しへの抵抗もなくなるか)

 

 そう考えれば、かえって僥倖かもしれない。国分からボールを受け取る大河に、吾郎は「オーケーオーケー!作戦通りにいくぜ!」と声をかけた。「作戦?」と相手が疑心暗鬼に駆られるのを見越して……というほどの考えがあるわけではない。単に、知られても問題のないような策だというだけだった。

 

『4番ファースト、和田くん。背番号、3』

「っしゃあァっす、来い!!」

 

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声に、それに見合った大柄な体躯。本塁打か三振かという、典型的なパワーヒッターだ。自分が投手なら、むしろ勝負に燃えるところだが。

 刹那、球場は一瞬どよめきに覆われた。──さも当然のように、吾郎が立ち上がったのだ。

 

「な、何ィ!?」

 

 いちいちオーバーリアクションな奴だと内心毒づきつつ、大きく外れたところで大河の球を受け止める。──これも事前に練っておいた作戦のひとつ。本塁打の危険がある……裏を返せば鎌実にとってポイントゲッターである4番をとことん敬遠する。吾郎にしては良く言えば慎重、率直に言ってしまえば臆病ともとれる方策だが、そうではない。

 

(4番が勝負させてもらえねえっつーのは、本人もチームもイヤなもんだろ)

 

 相手チームが嫌がると思えば、自らはバント嫌いにもかかわらず嬉々としてスクイズを仕掛ける吾郎である。その、率直に言ってしまえば性格の悪い部分は、ある意味捕手向きともいえた。

 

「ボール、フォア!」

「〜〜っ、くそぉっ!!」

 

 露骨に悔しがって、和田は一塁へ走っていく。──ツーアウト一・二塁。

 

『5番センター、八田くん。背番号、8』

 

 続く5番。和田のように見るからに筋骨隆々、というふうではないけれど、袖から飛び出した両腕にはみっちり筋肉が詰まっている。4番を敬遠された直後にもかかわらず、その瞳は冷静そのもの。自分が打てば良い、と考えているのだろう。

 

(連続敬遠もアリっちゃアリだが……これ以上は大河に甘えを作っちまうかもしれねえ。リスクはあるが、ここは勝負だ)

 

 サインに頷く大河。少なからず緊張はあるようだが、ここを乗り切ろうという気概は感じられる。今はそれで十分だ。

 

「ストライーク!」

 

 一球目──チェンジアップは、見送ってストライク。三浦が打った球がどれほどのものか、自らの目で見極めようという様子だった。

 

(……こりゃダメだな、二度は通じねえ)

 

 投手としての本能で、吾郎はそう判断した。大河のチェンジアップは誠実というか、折り目正しいというか、それなりにセンスのある打者には軌道が読みやすいのだ。吾郎や涼子の教えを素直に受容した結果だから、到底大河を責めることはできない。一年生だし、初心者だ。まだまだ発展途上なのはしかたがない。

 二球目、ストレート。ボール球になってもいいつもりでクサいところに入れさせたが、これが功を奏してもうひとつストライクとなった。

 

(っし、追い込んだ!一球外すぞ)

 

 三球目はふたたびチェンジアップ、ボール球。軌道が読めているといっても、流石にこれに手を出すほど八田は焦ってはいなかった。

 

(決めるぞ、カーブだ)

 

 きっちり習得させたカーブ。これで打ち取れれば、大河に自信をもたせてやれる。──ただそういう善意でのリードは、やはり捕手としては未熟と言わざるをえないもので。

 

──かあぁんっ!

 

「──!」

 

 力強い当たりだった。左中間に飛んでいくボール。走者たちが一斉に動き出す中、草野と丸山が打球処理に走る。

 

「草野くん、任せて!」

「っ、ああ!」

 

 吾郎が「バックホーム!」とミットを掲げる。ここで早くも二度目、丸山の肩が活かされた。中継なしで送球し、三塁からの生還を阻む。

 

「丸山、ナイス送球!」

 

 ファインプレーを見せた丸山に称賛の声をかけつつ、吾郎は改めてフィールドを見渡す。ツーアウト満塁──自分なら闘争心が沸騰する展開だが。

 

「オーケー大河、次打ち取って終わらせようぜ!」

「……っす」

 

 小さく頷きつつ、ボールを受け取る大河。尤もこの状況を楽しめるほど、まだ彼の肝は据わっていない。

 しかし次の6番は、クリーンナップに比べれば平凡な打者だ。飛球を上げさせれば。

 

 吾郎の判断はぴたりと嵌り、6番左翼手・安達の放った打球はセンターフライに終った。

 

「アウト!──チェンジ!」

 

「お〜し、0点や!」

「よく抑えた、大河!」

「いい投球だったぞ!」

 

 皆から激励の言葉をかけられ、多少は気分も持ち直す。あくまでバックのフォローでぎりぎり踏みとどまった──その認識は揺るがないけれど。

 

(あそこでホームラン決められてたら一気に4点だぞ……。やっぱり、ピッチャーなんて柄じゃない……)

 

 この試合、コールドは厳しいだろう。つまりこれがあと8回も続くと思うと、正直気が滅入る。しかし自分で言い出したことだ。──何より己の失敗を償うには、投げ抜くしかない。チームのためにも、寿也のためにも……そして、美穂のためにも。

 

 

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