【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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ストックが切れつつあるので、3月は週2更新に戻します。
ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。


先制点

 

 1回の裏、夢島学園高校の攻撃──

 

『──1番センター、草野くん。背番号、8』

 

 久方ぶりにリードオフマンを任された草野。左打席に立ったその長身を見上げて、捕手・北条政斗は(ふむ、)と思考した。

 

(二回戦には出なかったヤツだな……。背番号一ケタだし、1番だし、控えってわけじゃなさそうだが)

 

 何はともあれ、データがない。表の守備の様子を見てわかったのは、足が速そうということくらいだ。その点も含め、詳細はこの打席の中で見ていくしかない。まずは義希の得意とする、内角低めのストレートで様子見だ。

 ところが、

 

「──っ!」

 

 草野は初球からバントを仕掛けた。弾かれた打球はそのまま正面、斜め左寄りに転がっていく。

 

(いきなりバントかよ!?初打席だぞ!)

 

 流石に度肝を抜かれた政斗だったが、相手がセオリー通りに動いてくれない試合などいくらでも経験している。すかさず打球処理に入り、一塁へ投げようとするが──

 

「──セーフ!」

「!?」

 

 既にベースを踏み抜いた草野。彼が短距離走の選手も兼ねているとは知らない鎌実一同は、その俊足に唖然とした。

 

(いくらなんでも速すぎだろ……!)

(ちっ、ノーマークはまずかったか)

 

 背番号8が欠けていることは前の試合の記録からわかっていたことだった。数日、それも練習の合間しか時間がなかったとはいえ、己の情報収集不足を率直に反省した三浦だった。……もとより、彼の手法は高校球児としては常道とは言い難いものだが。

 

『2番ショート、泉くん。背番号、6』

 

 「しゃす、」と一礼しつつ、さりげなく捕手の表情を窺う泉。投球を見るそぶりもなくいきなりバントを仕掛けてきたこと、さらにはそのあとの韋駄天ぶりに、少なからず動揺していることは読み取れた。無論、そこまで含めて作戦のうちだが。

 

(兄貴のほうは顔に出やすいな。できれば逆のほうがありがたかったけど)

 

 鏡写しかと思うほど同じ顔かたちをしているにもかかわらず、投手の弟は一貫して能面のような表情で、喜怒哀楽というものが感じられない。草野のバントにも無反応──当然、打球処理とは別の話である──だったのは彼くらいだ。自己主張しない投手というのは、それだけで不気味なものがある。

 と、義希が牽制を仕掛けた。すかさずベースコーチに入っている寺門が「バック!」と声をあげ、草野が一塁に飛び込む。

 

「セーフ!」

「………」

 

 まぁ当然かと泉は考えた。草野の走塁を目の当たりにしたなら盗塁を警戒するのは当然だし、実際そのつもりだ。

 それから二度、三度と牽制を繰り返す義希だが、草野は捕まらない。その時点で、勝敗は決したようなものだ。

 

「ゴー!!」

「──!」

 

 義希の投球動作と寺門の指令が重なり、草野が走り出す。それを見越して大きく高めのストレートを投げさせた政斗だったが、

 

「セーフ!!」

(〜〜っ、マジで速いなおい!)

 

 思わず二塁を睨む政斗だったが、その中間地点に立つ己の片割れが視界に入ってきて咄嗟に首を振った。三盗を狙ってくるか……単に足の速さだけでいえばないとは言えないが、状況を考えれば、確率は低いだろう。溜めもなしに初回から点を取りに来ている以上、それをフイにするようなリスクは負うまい。

 なら試合前は要注意選手としていたこのシニア上がりの2番の、とりうる方策は。

 

(……バント、か)

 

 サインに頷き、二球目を投げ込む義希。対する泉は動かなかったが、それで疑心暗鬼になったりはしない。兄の予測に従うだけだと、彼は割り切っている。その点、あれこれ思慮をめぐらすだけ政斗のほうが揺らぎやすいと言えるかもしれない。

 一方の泉は、バッテリーの間を源流とした内野の空気が変わりつつあることを肌で感じていた。読まれてる、と本能的に察知する。

 

(ゲッツーはないし、普通に打ったほうがいいか?いや、ハンパな凡打かまして草野を進めてやれなかったら、それこそこいつらの思う壺だ)

 

 夢島随一のアベレージヒッターとして腕を鳴らす泉だが、チームのために確実な手段を選ぶ慎重さとある意味での割り切り方は同好会時代から一貫している。ならばここですべきはひとつと、三球目でバントの構えをとった。縦に鋭く落ちるフォークだったが、ギリギリのラインで捉えきる。

 

「義希!」

「………」

 

 正面に転がってきたボールの処理にかかる義希。草野の迫る三塁には目もくれず、一塁へ送球する。

 

「アウト!」

「っ、」

 

 全力で駆け抜けたが、やはり間に合わなかった。セーフティにできれば、2点目も窺えると思ったのだが。

 

「寺門、もうすぐ出番だろ。コーチャー代わるよ」

「!ああ、すまん。頼む」

 

 5番打者である寺門と交代し、一塁ベースコーチに入る。と、次なる打者のアナウンスが入った。──3番三塁手三宅、3が3つ揃った男。

 

「シャーッス、よし来い!!」

(……色気出すなよ、三宅)

 

 内心そう呟いてはみたが、実のところさほど心配はしていない。三宅がなんだかんだ空気を読める男であることは、泉も理解していた。

 実際、

 

(スクイズ、スクイズ……。トリプルスリーはなんでもやったるで……)

 

 とはいえ、打ち上げてしまったらどうしようという不安がないわけではない。大阪出身らしくいつもおちゃらけてはいるが、不安や緊張を感じないほど図太い神経をもっているわけではない。吾郎のように、それをすべて闘志へと変換してしまう強さも。

 

(でもなぁ……ココでスクイズ失敗するほど、ダサい3番とちゃうで!)

 

 どうせ読まれているならばと、初球から仕掛ける。高めのボール球だったが、三宅もすかさずバットを高く構えた。

 

──かぁんっ!

 

 なんとか、当てた。しかし一塁方向に転がすつもりが、軌道がぶれて投手の目前に叩きつけてしまう。

 

(あかんピッチャー真正面……!でも草野なら!)

 

 義希がボールを捕り、すかさず一塁から三塁までのラインを見渡す。ここは本塁を塞いで、生還を阻止するのが定石。しかし政斗と視線が交錯した瞬間、彼は迷わず一塁へと送球していた。

 

「アウトっ!」「セーフ!」

 

 塁審と主審の声が重なる。──夢島ナイン、1点先取。

 

「ふぃー……」

「……まったくあんな危ないスクイズかますなんて、草野じゃなかったら捕まってたぞ」

「なっ、なんやねん泉!こういうときくらい褒めてくれてもええやんけ〜……」

「いいから早よ戻れ」

 

 唇を尖らせてベンチへ帰っていく三宅──同道する草野にも小言を言われる姿がなんともである──の背中を見送りながら、泉はぽつりと呟いた。

 

「……ま、あの球でスクイズ成功させたのは褒めてやるけど」

 

 三宅に対してはどこまでも素直になれない泉なのだった。

 

 

『4番セカンド、国分くん。背番号、4』

 

 さて走者が先制点と引き換えに去り、ツーアウトで仕切り直し──ここからさらなる活路を切り開くべく、攻めの華形が打席に立つ。

 とはいえそれが高校球児としては小柄な170cm足らずの童顔の少年ともなると、事情を知らない観客席には訝しむような空気が広がった。

 

(1点は穫れた。ここからチャンスを広げないと……!)

 

 意気込む国分に対し、

 

(こいつが4番ね……。まあ見た目よりは長打力もあるんだろーけど……)

 

 エースで4番が、今日は8番まで下げられている──捕手の"頭脳面での"激務に配慮してのことだろう。その影響での玉突き人事だが、急場凌ぎと言うほかあるまい。

 

(ここから本領発揮だ。おまえの力ぁ見せてやれ、義希!)

 

 頷き、大きく両腕を振りかぶる義希。走者はいない以上、目の前の打者に集中するだけだ。

 初球、直線軌道。ストレートと捉えた国分はそこに狙いを付けてバットを振るうが、

 

「──っ!?」

 

 射程圏内に入った途端、ボールの軌道が変わる。鈍角に折れるようにして落下し、足元に構えられたキャッチャーミットに納まったのだ。

 

「ストライィク!!」

 

 完璧な空振り。危うく尻餅をつきそうになる国分だったが、意地でかろうじてそれは堪えた。

 

(今の、シンカーか……!それにしたってストレートと全然軌道が変わらないなんて……)

 

 いよいよ相手も本領を発揮してきたというところか。軌道の読めない変化球、ぴくりとも変わらない茫洋とした表情──手強い。

 二球目、今度はふわっと高く浮く球。

 

(ボール……いや、落ちる!)

 

 咄嗟に手が出る。今度は当たったが、後方に弾いてしまった。観客席を覆うフェンスが、がしゃんと音をたてる。

 

「ファール!」

「っ、」

 

 歯噛みする国分。──ベンチの児玉が「だあぁ〜っ」と頭を掻き毟った。

 

「何やってんだよ国分のヤロー、結局ツーストライクじゃねーか……!」

「……国分もきみに言われたくはないと思うがな」

「うぐっ!」

「うるせーぞ、静かに見てろ」

 

 児玉を叱り飛ばすと、吾郎は改めてフィールドを睨んだ。実際、自ら背負った4番の重責をようやく実感が湧いてきたというところだろう。1〜3番で先制点を得てリスタートというこちらの計画は成功したのだ。実質1番としての仕事をしてくれるのが、上策ではあるのだが。

 ふと隣を見れば、大河はまんじりともせず相手の投手を睨みつけている。当然、何か個人的な怨讐があるわけではあるまい。同じ立場になった身として、何か掴もうと躍起になっているというところか。

 

(エースも4番もいっぱいいっぱいか……。こりゃ、一波乱ありそうな気がするぜ)

 

 吾郎の悪い予感を裏付けるように、国分は遊び球ひとつ挟んで三振に打ち取られてしまった。

 

「大河、出番だぜ」

「!……はい」

 

 立ち上がる結成初日の急造バッテリー。一方の、生まれながらのバッテリーは。

 

「ナイピー、義希!」

「……それほどでも。──政斗、」

「ん?」

 

「打席、政斗からだよな。……がんばって」

「!」

 

 義希は淡々と、それでいていつも自分の欲しい言葉をかけてくれる。まったく末恐ろしい弟だと思いつつ、政斗は彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

 

──本当の勝負は、ここから。

 

 双方が同じ思いを抱きながら、試合は次のステージに進む。

 

 

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