【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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チーム解散!?

 

 

 表向きようやく9人が揃ったというだけの夢島学園高校野球同好会だが、その練習には相当熱が入っていた。

 

「──っ、しゃあっ!!」

 

 ワインドアップから放たれる100マイルの白球。弾丸のようなそれめがけて、国分篤は左腕を突き出していた。

 

「──ーッ!」

 

 スパン、と小気味よい音が響き渡る。見事ミットに納まったボールを、顔を歪めながらも国分は認めた。

 

「ナ〜イスキャッチ、主将(キャプテン)

 

 不敵に笑う吾郎。自信に満ちた表情を浮かべるだけの投手力が、間違いなく彼にはある。なにせ100マイル、即ち時速約160キロの速球(ファストボール)を軽々と放ることができるのだ。

 

「そっちこそ、ナイスボール!」

 

 そう応じて、ボールを投げ返す。そうしてふたりが投球練習に勤しんでいる間、野手たちはというと地道にノックと捕球練習である。本職の遊撃手(ショート)である泉の指導が功を奏し、素人組も明らかなエラーや大暴投は少なくなってきた。

 

(皆、確実に上手くなってる。まだ甲子園には程遠いレベルだけど、それでも)

 

 秋の地区大会には残念ながら間に合わない。来年の夏が最初にして最後、唯一の公式試合となる。それまでに練習の量も質も高めてゆけば、ひょっとするとこのチームは化けるかもしれない。そのためにも、まずは吾郎のワンマンチームから脱しなければ。

 

 ただ……ピンチヒッターでしかないかの秀才は仕方ないにしても、ひとり扱いに困っている男がいた。

 

「………」

 

 皆の輪から外れたところで、黙々とバットを振る児玉。今までは投手として国分とバッテリーを組んできた彼だが、彗星のごとく天才が降ってきた今、彼が投手を外れることは既定路線とみられている。かといってチームは上述の秀才を含めてようやく9人であるから、控えではなく別のポジションを宛てがわなければならない。それが野手のどこかになるのはほぼ間違いない以上、泉たちとともに練習するのが良いに決まっているのだが──

 

 とにかく頑なな友人をどうすべきか、主将も考えあぐねていた。叱りつけるのは簡単だが、意地っ張りな児玉がそれで納得してくれるとは思えない。かえって態度を硬化させてしまい、辞める!なんてことになってしまったら。

 ぐるぐる悩む女房役に対し、吾郎は良くも悪くもとことん突貫型であった。

 

「──おーい、児玉!」

「!」

 

 いきなり呼びかけたかと思うと、ん、と国分の傍ら──つまりバッターボックスにあたる位置を指し示す。

 

「素振りなんか家でもできんだろ?どうせなら打たせてやるよ、俺の球」

「打たせてやる、だぁ?」

 

 挑発するような……否そのものの物言いに、児玉のこめかみがぴくりと引き攣った。一気に張り詰める場の空気に、泉たちも練習の手を止めてこちらを見守っていた。

 

「上等だ!てめぇの球なんざホームランにして、このチームのエースはオレだって証明してやる!」

 

 ただこういう負けず嫌いなところは、困りものではあるが間違いなく美徳でもある。彼が気概を見せてくれるぶんには、周囲の士気も上がる。

 

──のだが、

 

「うおぉ!!」

 

 ぶん、

 

「だあぁ!!」

 

 ブンッ、

 

「くそおぉ!!」

 

 ブンッ!!

 

 バットがむなしく空を切る音ばかりが響く。彼の脳がバットを振るという動作を腕に伝達し終えた頃にはもう、吾郎の球はキャッチャーミットに納まっているのだ。

 

「ハァ、ハァ……く、くそが……」

「手ぇ出るだけ立派だぜ。あとは速球に目ぇ慣らすこったな」

「ッ、うるせえな……!」

 

 上から目線でアドバイスなんかしやがって──と、内心吐き捨てる。だいたい、それを当然のこととして許容どころか後押ししている国分にも腹が立つのだ。主将は誰なんだ、と。

 そんな思いもこめて国分を睨みおろした児玉は……刹那、何かに気づいたように目を見開いた。

 

「よぉし、次いくぜー」

 

 ふたたび投球の構えをとる吾郎。しかし児玉は、彼の予想だにしない行動に出た。

 

 バットをその場に捨て、踵を返してしまったのだ。

 

「あ、おいおまえ……」

「──ヤメだヤメ」

「!?」

 

 そのままグラウンドを去っていく。国分が慌ててそのあとを追っていったものだから、吾郎はマウンドに独り取り残されることになった。

 

「な、なんだよ……」

 

 そんな彼の背中を眺めつつ、

 

「児玉のやつ、悪いくせ出ちゃったよ」

「しかし哀愁あるのぉ、女房とられたピッチャーの背中ゆうんは」

 

 クラスメイト兼チームメイトの不躾なやりとり。吾郎は「聞こえてんだよ……」と唸るしかなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──児玉っ!!」

 

 他部と兼用の部室に戻ったところで、児玉は主将に呼び止められた。渋々足を止め、振り返る。

 

「……なんだよ」

「なんだよじゃないよ!本田が気に入らないのはこの際しょうがないけど、あの態度は主将として見過ごせない!」

「主将?」フンと鼻を鳴らし、「何が主将だよ。おまえも他の連中も、みんなあいつの言いなりになってるだけじゃねえか」

「言いなりって、そんな言い方……」

「──じゃあこれはなんだよ」

 

 そう言って、児玉はふいに国分の左手首を掴んだ。それほど握力を込めたわけではない……にもかかわらず、彼は思わず「い゛……っ!?」と声を洩らした。

 

「……やっぱりな。痛めてんだろ、左手」

 

 「あんな球しょっちゅう取ってりゃ当然か」と、口の中で呟く。是非を述べないながら、気まずげに俯く様子から答は明らかだった。

 

「たかだか週二、三回球取ってこれだろ。こんなん甲子園どころかひと試合でも受けきれんのかよ」

「っ、なんとかするしかないだろ……。他にキャッチャーできるやつなんていないんだから」

 

 捕手というのはただ単に投手の球を捕れば良いというものではない。相手チームの得点を如何に防ぐか──そのために投手に投げさせる球種、またはコースの指示を出すことはもちろん、フィールドを見渡せるポジションであることからチーム全体への指揮も重要な役割になってくる。まして監督不在、かつ経験不足のこのチームでは、捕手が逐一指示を出さなければあっという間に空中分解してしまう。本職がどこであれ、主将である彼がその役目を務めるしかないのだ。

 

「エースピッチャー様はそれに気づきもしねえでドヤ顔かましてるってか?いいご身分だよなあ」

「っ、このこと言うなよ……本田には」

 

 説得どころではなくなったのだろう、国分は踵を返して部室を出ていく。児玉は小さく舌打ちしたが、わざわざ吾郎に告げ口するつもりもなかった。

 あの様子では遅かれ早かれ、行き詰まるに決まっているのだから。

 

 

 *

 

 

 

 しかし彼らの行き詰まりは、国分のそれとは無関係に表面化した。

 

「な、は──」

 

「廃会ぃぃぃ!!??」

 

 職員室に呼び出された国分と吾郎は、目の前の教師の言葉に声を揃えて叫んでいた。

 

「そう、野球同好会は今学期いっぱいで廃会。もう決まったことだから」

「な、なんでだよ……センセー!?」

 

 先生──吾郎がそう呼ぶ相手は、紛うことなき担任教諭の南雲だった。彼は書類上、野球同好会の担当顧問であるらしい。らしいと言うのは入会届を提出したときにやりとりしただけで、練習に顔を見せたことも一切ないからだ。

 それ即ち、野球同好会に対する思い入れなどないわけで。彼は煎餅をぼりぼり齧りながら、その問いに答えた。

 

「わんうぇって……ごくん、なんでって本田、おまえが原因だよ」

「お、俺?」

 

 自分がいったい何をしてしまったというのだろうか。授業だって今のところは真面目に受けているし、チームメイト含め誰かと学校で問題になるようなトラブルを起こしたことだってない。ない……よな?本当に?

 自分に自信がなくなる吾郎だったが、提示されたのは彼にとって思いもよらない理由だった。

 

「他の部から抗議があったんだよ。おまえの球が速すぎて、万が一事故があったら命にかかわるってな」

「お、俺の球ぁ!?」

「ま、待ってください!そういうことがないように僕らもできるだけ他の部活と距離をとってますし、せっかく9人揃って、これからってところなのに……」

 

 国分の縋るような言葉に、南雲は小さくため息をついた。廃会を残念がっている様子は微塵もない。当然、顧問としてそれを阻止するために動いてくれた……ということもないのだろう。

 それを思うと、吾郎の中にふつふつと怒りが湧いてきた。

 

「……あんたそれでもティーチャーかよ。生徒が目標に向かって励んでるってのに、その態度はねえんじゃねえの?」

「なに?」

「おい、本田……!」

 

 いきなり啖呵を切りはじめたチームメイトを慌てて押し留めようとする国分だが、勢いに乗った彼に掴まったところで振り落とされるのは既定路線だった。

 

「目標ぉ?」

「ああそうさ。──このスクールを、甲子園優勝校にしてやるんだよ!」

 

 その大声は職員室中に響き渡った。いや、わざと聞こえるように吾郎は声をあげたのだ。当然、教師たちの視線が彼らに集中する。

 

「こ、甲子園優勝?」一瞬目を瞠りつつ、「……いやな本田。夢を見るのは悪いことじゃない。ウチも夢島なんて校名だしな。でも物事には底があるように天井だってある。それこそ甲子園優勝校の球児たちが東大受験したって合格する確率はナッシング、ゼロだ。わかるだろう?おまえが言ってるのはその逆のパターンだ」

「………」

 

 教師としてその物言いはどうなんだと国分は思ったが、頷ける部分もないではなかった。部員が規定ぎりぎりの9人しかいなくて、経験者はその三分の一。練習もろくにできない同好会が甲子園優勝なんて、誰もまともに取り合わないだろう。吾郎の球を見ていなければ、自分だって。

 でも──吾郎の球は、速いなんてものではない。あれを定期的に見せられたら、夢が現実になるのを夢見てしまうのだって仕方のないことなのだ。

 

「……先生、せめてチャンスをいただけませんか。僕……いや僕らはまだ、本田の球を試合で見たこともないんです」

 

「お願いします」──そう言って深々と頭を下げる国分は、誰がどう見ても折り目正しい優等生だった。もとより国分は野球だけでなく勉学にも真面目に励んでいるし、人当たりも良いと周囲からは評価されているのだ。そんな彼を無碍に扱っては、いくら野球同好会廃止が既定路線であっても南雲個人が悪者にされてしまう。

 まあ、いい。彼らの言うことにも一理はある。無謀な夢を諦めさせるため、教師としてひと肌くらいは脱ごうではないか。

 

「……仕方ない、そこまで言うならチャンスをやる。俺がここの前に赴任してた高校、そこの野球部と練習試合を組んでやる。勝てたら廃止を取り消してくれるよう頼んでやるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「なんだ、いいとこあんじゃんセーンセ♪」

 

 ぱっと表情を輝かせるふたり。高校生という年齢を考慮しても、単純なことである。大人は悪知恵が働くのだ。

 

「それで、先生の前の赴任先ってどこなんですか?」

「ん〜、横浜帝仁」

「えっ」

「横浜帝仁」

 

 笑顔のまま固まる国分。その表情がみるみる引き攣っていくのを見て、吾郎は首をかしげた。

 

「よよよ、横浜帝仁って……」

「なんだよ国分。そのヨコハマテージンになんか問題あんのか?」

「も、問題あるなんてもんじゃないよ!」我に返ったように声を張り上げ、「横浜帝仁って、去年県大会でベスト4まで行ったチームなんだよ!?」

 

 過疎地域ならまだしも、激戦区神奈川のベスト4である。強豪校であることに間違いはなかった。少なくとも、ほとんど初心者で占められた同好会とは月とスッポンである。

 

「全国制覇するんだろ?だったら県のベスト4くらい倒してもらわなきゃ、証明になんねえなぁ」

 

 そう言って南雲は小馬鹿にしたように笑う。ぎりりと歯を食いしばる国分だが、彼の言うことにも理はあった。ベスト4はベスト4──彼らを凌ぐ実力の高校は、全国といわずこの神奈川にだって存在する。

 

「確かにそうだな」

 

 国分とは対照的に、微塵も動揺することなく吾郎は頷いた。

 

「わーったよセンセー。そのヨコハマテージン完膚なきまでにブッ倒して、俺らの力を証明してやる!!」

 

 

 

 

 

 

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