【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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われら凱旋の時

 

 吾郎と寿也、今や夢島の要となった黄金バッテリーを前に、鎌実が擁するクリーンナップ3人はなすすべなく凡退に追い込まれた。

 一方夢島側の攻撃も、5番寺門からはじまる打線が沈黙させられた。気力体力ともに十分な吾郎に対して、ここまで一貫して投げぬいてきた義希もまた折れずに喰らいついている。それを如実に示す8回で。

 

 そしていよいよ、イーブンの状態で迎える9回。勝利の女神は未だ、その口元さえも伺わせてはいない──

 

 

『6番、レフト安達くんに代わりまして──代打、大江くん。背番号、11』

 

 ここまで温存されてきた鎌実代打の切り札が打席に立つ。三浦ほどではないが整った顔立ちの、すらりとした長身の青年である。

 

(ここで代打か……。大江は本当の意味での最終兵器だ。どちらに転ぶかわからない勝負、あるいはコールド目前のとき……そこで現れて、決着をつけてきてる)

 

 守備はまったく未知数だが、打撃においてはクリーンナップの面々にもひけをとらない──いわば仕事人だ。

 

(初球は……そうだな、まず全力ド真ん中を見せていこう。仮に捉えられても、その球と大江のパワーなら長打にはならない)

 

 サインに頷く吾郎。自分でもどこにどう投げるのが良いか、イメージくらいはもっている。しかしそれを具体化する作業は、想像以上に骨だった。しかも球速も球威も吾郎とは比べるべくもない大河の球だったのだから、もっと"打たせてとる"ことを考えるべきだった。

 まあ、反省はあとだ。今の自分は、ふたたびマウンドに戻ってきたのだから。

 

(いくぜ──っ!)

 

 9回表、初球。この試合の勝敗を決めるかもしれない重大な局面、大江は悠々と見送った。

 

「ストライィク!!」

「………」

 

 黙って姿勢を微調整する大江。その落ち着き払った様子は、とても薄氷の勝負をしている身には思えない。真ん中に全力、を最初から予想していたか。

 

(なら次は、インローならどうだ)

 

 二球目。しつこいようだが吾郎の球筋は精緻そのものである。寿也のまったく指示したとおりに球が飛んでくる。

 それは裏を返せば、寿也のリードの癖を把握していればコースも読めるということだった。

 

──かぁんっ!

 

「!!」

 

 当てられた。とはいえ後ろに弾道を逸らす形でのファールには終わったが。

 

(うおっ、当てた!やるな、こいつ……)

 

 吾郎の球に二球目で当ててくるとは、大した打者である。とはいえコースを的中させたのにファールにしてしまったのは、大江にとって不本意な結果にほかならなかったが。

 

(実際に打ってみると、球威が普通とは段違いだ。……さすがに、ホームランは容易じゃなさそうだな)

 

 明らかにしたらば場がざわつきかねないような思考を漂わす大江。無論そんなことは知るよしもない寿也は続いて、ぎりぎりボールになるインハイを狙わせた。逸る打者なら振ってしまうところだが、これも見送ってボール。

 

(やっぱりだ!僕の配球を徹底的に研究してきてる。ここは定石ならアウトコースに入れたいところだけど、読まれてるなら……)

 

 一瞬、吾郎の新たな決め球──ジャイロフォークの存在が脳裏をよぎる。しかし検討の卓上に乗せるまでもなく、寿也はそれを却下した。あれは3回戦で使うには早すぎる。

 

(もう一球インハイ、今度はストライクゾーンに入れるんだ)

 

 うまくいけば見逃し三振、でなくとも芯で捉えられなければボテボテのゴロだ。大事なのは、結果。

 

「────ッ!!」

 

 砂塵を巻き上げ、吾郎の直球が放たれる。その、並の打者なら腰が引けてスイングもできないような一発を、

 

 大江は、芯で捉えた。

 

「!!」

 

 飛ば……なかった。規格外の球威は、打球をせいぜい地面とすれすれに走らせるのが精一杯だった。

 

「!三宅、フェアだ!」

「!」

 

 ファールになるかと思われた球は、その言葉通りかろうじて白線の内側にとどまった。慌てて処理にかかる三宅だが、そのわずかなタイムロスが相手にとって大きなチャンスとなる。

 結果──大江はみごと、出塁することに成功した。

 

(ふぅ……予定通りとは言えないが、とりあえず仕事は果たしたな)

 

 ノーアウト一塁。盗塁は流石に難しいだろう。となるとここから義希の言う通り1点とれるかは、後続次第だ。

 

『7番キャッチャー、北条政斗くん。背番号、2』

「しゃす!」

 

 一礼し打席に入る政斗。予見されていることは織り込み済みなのだろう、彼は最初からバントの構えをとった。腕に強烈な衝撃を感じながらもボールを投手と三塁の間に転がし、大江を二塁へと進める。

 続く義希も同じだった。大河相手にも一度バントに失敗している彼だったが、今度ばかりは気合が入っていたのだろう、うまく一塁寄りへ転がす。

 

「寺門!」

「っ!」

 

 寺門に拾わせ、自らがカバーに入る吾郎。──これで、ツーアウト三塁。

 

(ここまで順調に進められた……。でも、吾郎くんの球なら)

 

 しかし、ここでまた代打のアナウンスが入った。9番右翼手・足立に代わって、中原。

 

(やっぱりここはまた代打か……。この人は今大会、ここが初出場。実力は未知数だけど、油断は禁物だ)

 

 今度は様子見から入ろうとボール球を指示した寿也だったが、

 

──かんっ!

 

「!」

 

 躊躇なく繰り出されるスイング。捉えたとは言いがたい打球は、なんの疑いもなくファールと判定された。

 

(振ってきた?見逃せばボールになったのに……先走った感じでもない)

 

 このとき寿也は、抜け目なく三塁走者の様子を一瞬だが確認していた。──それゆえ彼の意識に問題があったのではなく、走者・大江のリアクションが完璧だったということだ。

 

(よし、気づかれてないな)

 

 そう何球も外してくるバッテリーでないことを、中原は確信していた。2回戦の試合について彼は全打席を刮目して研究してきたのだ。ほぼ、三球三振。すべて回転の激しいストレート。コース運びで手玉にとるのは、投手のコントロールを信頼した捕手の器量か。

 それらを打ち破るために自分が今ここにいるのだと、中原は気合を入れ直す。

 

(この大会、出番がこれしかなくても構わない。絶対に、大江を還す……!)

 

 そこからの中原は不本意な球を徹底的にカットしにかかった。ファール、ファール、ファール──ボール球でもお構いなしだ。元々気短のケがある吾郎などは、いい加減うんざりしてくるというものだ。

 

(俺を疲れさせようってか?8回から登板のピッチャーにそれは意味ねーだろ……)

 

 となると、狙いは別にあるか。寿也はそれを悟っていた。

 

(狙い球を絞ってきてるのか。ボール球にも手を出してくるのは、吾郎くんの球を打てるって自負があるから……か)

 

 仮に四球を選んで一・三塁を埋めても、次の梶原が凡退すればそれで終わりだ。1番打者より自分が打てるというのは、大した自信である。

 

(ならもう一度、ボール球を挟んで……)

 

 初球と同じサイン。──しかし吾郎は、首を縦には振らなかった。思わず目を見開く寿也。

 

(め、珍しい……。勝負したいの、吾郎くん?)

 

 対する吾郎の内心は、

 

(このままウダウダ付き合ってやることはねえ。俺の全力なら打たれない……いや打たれて1点入れられたとしても、ウラの俺とおまえで返そうぜ、トシ)

 

 本場で磨き上げた100マイル・ジャイロに喰らいつける打者は、絶対数こそ少なくとも日本にも存在する。この一年で吾郎はその事実を学んだ。しかしその蟻の一穴を埋めるだけのものを、吾郎も夢島ナインももっている。

 

(……わかった。押し切ろう、正面突破で!)

 

 寿也が頷く番だった。真ん中にミットを構えると同時に、吾郎が両腕を大きく振りかぶる。

 

──刹那、大江が三塁を蹴って走り出した。

 

(ホームスチール!?いや、ヒットエンドラン!!)

 

 よもやツーアウト三塁で!?しかし吾郎の手を離れたボールはミットめがけてまっすぐ向かってくるしかない。そこに中原は狙いを定め、バットを振った。

 たとえジャストミートだとしても、吾郎の全力は痛烈な当たりにはしがたい。よほどパワーのある打者でなければ、内野ゴロがせいぜいだ。

 

 だから中原は、ボールを投手正面に叩きつけようと試みた。処理にかかるグラブで弾くなり、その肩口を越えて二塁方面へ飛べば、内野安打にだってできる。当然その間に、大江が生還できるのだ。

 

(オレの足ならいける……!1点、貰ったぜ!)

 

 一塁めがけて一心不乱に走りながら、ほんのわずか口元に笑みを浮かべる中原。勝利を確信した彼の耳に刹那、信じがたい宣告が飛び込んできた。

 

「あ、アウト!」

「──は?」

 

 アウト?なぜ?何が起きた。

 大江が捉まるなどありえない。仮に落下したボールを投手が拾えたとて、そこから捕手に渡すまでの間に余裕で生還できるはずなのに。

 なんであれ、これで3アウトだ。足を止め、呆然とベースラインを去る中原。同じくせっかく辿り着いた本塁を無得点のまま離脱せざるをえない大江と合流し、なんでアウトになったのかを尋ねる。

 

 帰ってきたのは、思いもよらぬ答えだった。

 

「アウトにされたのはオレじゃない……おまえだ、ナカ」

「は……?でもファーストは──」

 

 一塁の守り神こと寺門は、当たり前だがなんのアクションも起こしてはいない。一塁にボールを送られてアウトになったのでないとすれば、

 

「あのピッチャー、ボールが落ちる前に無理矢理捕っちまったんだ」

「な、何──!?」

 

 マウンドからは離れた位置に叩きつける打球だったはずだ。スイングから走り出すまでの一瞬で垣間見た白球は、確かにその弾道を描いていたはずなのに。

 だが中原は、その瞬間の吾郎の動きまでは目に入れていなかった。スイングの瞬間、吾郎は半ば反射的に飛び出していた。そして地面に向かって斜め45°に落下する打球めがけて、スライディングキャッチを仕掛けたのだ。

 

「〜〜っ、痛てて……」

「ご、吾郎くん!」

 

 「大丈夫!?」と真っ先に駆け寄る寿也。攻守交代の局面ゆえ、野手たちも続々と集まってくる。

 

「あー……ちょっと擦りむいた、肘んとこ」

「な、なんやねんビビらせよって!」

「ムチャする……。おまえが怪我したら交代要員はもういないんだぞ」

 

 泉の言葉に、「わかってるっての」と唇を尖らせながらも立ち上がる吾郎。──1点やっても裏で2点とる。その考えはもっていたが、それでいいやと諦めたわけではなかった。

 

「せっかく後輩が7回まで7失点で粘ったっつーのに、エースのオレが最後に1点とられちゃカッコつかねえからな」

「吾郎くん……」

 

 それは皆で踏みとどまった結果でもある。結果論は宜しくないが……ここで勝ち越しを許さなかったことは、確かに大きかった。

 

「よし……!本田も佐藤もがんばってくれたんだ。攻撃も本田からだけど……とにかく、がんばろう!」

 

 引き締めるよりむしろ場を弛緩させるような主将の鼓舞により、夢島ナインは最後になるかどうかの攻撃に移った。

 

 

 *

 

 

 

『9回裏、夢島学園高校の攻撃──』

 

『──8番ピッチャー、本田くん。背番号、1』

 

 左肘にガーゼを貼った状態でふてぶてしく打席に立つ吾郎を、双子は鋭く睨みすえる。

 

(あの絶好機をつぶすなんて……でも、まだイーブンだ。ここを乗り切って、延長で勝つ……!勝つぞ、義希!)

 

(わかってる、政斗。……甲子園に行くのは、オレたちだ)

 

 必ず、頂点へ駆け上る。そんな志とともに投じられた一球を、

 

(悪ィな、)

 

 

「──あばよ」

 

 

 吾郎のひと振りが、スタンドへと叩きつけた。

 

 

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