【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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きょうだいの絆

 

 本田吾郎のひと振りが白球をスタンドに叩きつけた瞬間、勝敗は決まった。

 

「──ゲーム、セット!!」

 

 主審の宣告により、正式にそれが確定する。呆然とする鎌実ナイン。一方で夢島ナインは、殆ど前後不覚の状態の大河も含めて歓喜に湧いた。正味4時間にわたる激戦を、彼らは制したのだ。

 

 

「8vs7、夢島学園高校!礼!」

 

 「ありがとうございました!」と互いに負けじと声を張り上げる。そうしてセレモニーが終わり、互いがベンチに引き上げようというとき。

 

「……佐藤(そいつ)が、出てこなければ」

「!」

 

 背を向けた比企が呻るように呟いた言葉が、夢島ナイン──無論、寿也自身にも届いた。

 

「お、おいヒッキー、よせよ」

「っ、だって……」

「──本部が認めて、監督が追認したんだ。俺たちはそれに対して作戦を立てた。敗けたからって文句を垂れるのは、はっきり言って美しくないぜ」

「………」

 

 黙り込む比企だが、発した言葉を取り消せるわけではない。そのマイナスを塗り替えられるのは、やはり主将たる彼をおいてほかにいなかった。

 

「すいません、夢島の皆さん……。これも実力のうち……ってか、佐藤くんが出てくるまでに引き離せなかったのが悪いんだ」

「は、はぁ」

「そりゃそーだな」

「本田!……こちらこそすいませんでした。でも、佐藤は大切な仲間なんです」

「わかってます。──俺たちに負けず劣らず、良いチームですね。活躍、楽しみにしてます」

 

 そう言って爽やかに笑う政斗。敗者とは思えないその表情を目の当たりにした一同は、揃ってこう思った。

 

(いい人だ……)

 

 一方で、

 

「清水くん、」

「!」

 

 もう立っているのもやっとの状態の大河に声をかけたのは、なんと義希だった。これには夢島組以上に、鎌実の面々が驚愕をもって迎えた。義希が自ら相手チームの者に声をかけることなど、今までなかったからだ。

 

「きみ、高校から始めたんだろ。……良いピッチングだった」

「あ……」

 

(よ、義希が……)

(褒めたぞ……相手を)

 

 なかなかの衝撃、これが夢島の連中に伝わっていないのが惜しいところだった。

 流石にフィールド上でいつまでも話し込んでいるわけにもいかず、戦士たちは今度こそ戦場を去っていった。尤も勝者たる夢島チームには、グラウンド整備の役目が割り振られている。午後の試合予定が詰まっている、しゃべってしまったぶん迅速に済ませなければ。

 

「佐藤くん!」

 

 そのときフェンスの向こう側から呼ぶ声を、寿也は聞いた。

 声の主はわかった、涼子だ。だがその隣に立つ少女の姿を目の当たりにして、寿也は目を見開いていた。

 

「!……美、穂……」

 

 美穂が、こちらを見下ろしている。泣きそうな瞳で。その姿かたちは、幼いあの頃と何ひとつ変わっていなくて。

 ああ、どうして自分は、三ヶ月も一緒にいて気づけなかったのだろう。

 

 しかし美穂は動揺したのか、半ば涼子を突き飛ばすようにしてその場から逃げ去ってしまった。「美穂!!」と思わず手を伸ばす──しかし当然、届くわけもなく。

 

「行けよ、トシ」

「!でも……」

 

 吾郎の申し出に反対する者は誰もいなかった。むしろ、

 

「グラウンド整備くらい、()人いりゃ十分だからさ」

「行ってこいよ、佐藤」

「今行かなきゃ、後悔するぜ」

「皆……」

 

 背中を押されて、ようやく覚悟が固まった。ありがとう、と口の中で呟いて、ベンチ裏へと駆け込んでいく。

 

「……ずっと言わんかったんやけど、」

「何、三宅?」

 

 口をムズムズさせながら、三宅は続けた。

 

「あんなかわええ妹おるとか、羨ましいのぉ〜……なんて」

「はぁ?」

「……そーいうとこだよ、おまえ」

 

 泉以下、大多数の面々に冷たく睨まれ、やはり空気の読めない発言だったかと反省する三宅なのだった。

 

 

──取るものも取らず球場の外へ飛び出した寿也。3回戦ともなると観客席同様、外もそれなりの人数でごった返している。午後の試合と入れ替わるタイミングだから、尚更ということもあるだろうが。

 そんな中で寿也は、必死に視線をめぐらせて妹の姿を探した。高校生くらいの少女──なんて、高校野球の試合の場なのだからいくらでもいる。

 

 それでも、見つけなければと思った。

 

(美穂は、勇気を出して僕のところに来てくれたんだ。だったら今度は、僕が)

 

 人混みを縫って走る、走る、走る。──その想いを、神というものがあれば確かに聞き届けた。

 

(!美穂……!)

 

 遠いけれど、間違いない。鼓動が速まり、息が上がるのを感じながら、寿也は彼女のもとへと走った。

 

「美穂!」

「!お兄、ちゃ……」

 

 後ずさる美穂。そのまま面を伏せるのを目の当たりにして、思わず寿也は足を止めてしまった。手を伸ばせば、届く距離だというのに。

 

(何、やってんだ……僕は……)

 

──昨夜、自分は妹を拒絶した。記憶は朧げだけれど、その事実だけは覚えている。

 今さら手を伸ばす資格などあるのかと、そう思ってしまう。

 

『今行かなきゃ、後悔するぜ』

 

 わかってる。わかっているけれど──

 

『チームのために、今は彼女の力が必要よ』

 

(チームの、ために)

 

 兄として……佐藤寿也として動けないなら、せめて。

 

「っ、……小野寺、さん」

「!」

 

 弾かれたように顔を上げる美穂。その瞳が不安に揺れるのを見て、寿也は懸命に笑顔をつくった。

 

「美穂に……僕の妹に伝えてほしいんだ」

「え……」

「酷いことを言ったならごめん、僕は……おまえのことが、今でもちゃんと大好きだから、って」

「……!!」

 

 その想いが口だけのものでないと示すように、美穂の手を握る寿也。呆気にとられた様子だった彼女の胸に、てのひらを通して真心が染み渡っていく。

 やがて彼女もまた、泣きそうな微笑を浮かべて頷いたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 先に撤収した鎌実ナインを乗せて、バスが走り出す。

 車内は重苦しい沈黙に包まれていた。──彼らの夏は、これで終ったのだ。三年生たちにとっては、高校野球そのものの終焉でもある。あるいは野球じたい、これで最後という者もいるかもしれない。

 

(終わっちまった。大学、どうすっかな……)

 

 政斗もそのうちのひとり……というわけではないけれど、ただ、今後のことを決めかねているのは確かだった。高校まで義希と組んできたけれど、彼はプロ入りを希望していて、自分はひとまず大学野球に進もうかと思っている。そこだけは意見の一致をみないまま、ついにこの日を迎えてしまった。

 

(義希以外と組むなんて、考えたことなかったな。今日でやりきった感もあるし、いっそ野球じたい……)

 

 バスの揺れに乗じ、そんな捨て鉢な思考に囚われかけた刹那、隣から「政斗、」と呼ぶ声がかかった。

 視線を遣ると同時に、ハンカチを差し出してくる双子の弟の姿。思わず、首を傾げる。

 

「な、なんだよ」

「……政斗、泣いてるから」

「泣いてる?ははっ、なんでおれが──」

 

 笑って否定しようとしたそのとき、ふいに、目尻から熱いものがこぼれ落ちた。

 

「あ、あれっ……かしーな、オレ……オレさ……っ」

「………」

「なんでだよ……もっと上へ行けたよ……っ。おまえの球なら……!」

 

 悔しかった。認めたくなかった。相手は7回まで新米の1年生投手──しかも専業でない──がマウンドに立っていて、それでも勝ちきれなかった。こちらの打点のことは置いておくにしても、もっと自分が、義希の力を引き出せていれば。

 気づけばバスの中は、すすり泣きの声でいっぱいになっていた。冷静沈着な梶原も恨み言を言った比企も、剛毅な和田も……皆が、涙を流している。

 

「う゛、うううう……っ、うううう……!」

 

 気づけばハンカチに顔を埋め、政斗は誰よりも激しく嗚咽を溢していた。義希の手が、その逞しい背中をさする。思えば昔から、この手のかかる双子の弟はそういう形で兄に優しさを分けてくれていた。

 

「18年、本当にありがとう」

 

 真心のこもった言葉とともに、義希もまたひとすじの涙を流していた。

 

 

 *

 

 

 

 およそ半刻後、本田吾郎は"大荷物"を背負ってタクシーを降りていた。それも人間の形をした、推定50キログラム強の荷物である。目的地に着くまでに再起動させられないか試みたが、充電切れはよほど深刻なようだ。

 

(流石にフルイニングはムチャだったか……。それにしたってよくこんなになるまで投げたもんだぜ)

 

 9番投手・清水大河。勝利投手の称号こそクローザーの吾郎に譲ったが、精鋭揃いの鎌実ナインに対して7回7失点で抑えて夢島ナイン勝利の土台を守りきったのだ。佐藤兄妹のことで責任を感じて、というのはあるかもしれないが、本当によく頑張ったと思う。まあ、こうして先輩におぶられるだけの資格はあるというところか。南雲は部員を学校へ送り届けるマイクロバスの運転の役目があるし、涼子は今日の試合の総括に必要不可欠だ。というわけで吾郎が大河を家まで送り届ける役目を買って出たのである。

 ただ、問題がひとつあった。だいたいの住所は南雲から聞き出せたのだが、明確な資料が手元になかったために番地まではわからないのだ。

 

「清水、清水……っと。あ、こっから三丁目か……」

 

 頭を搔きたくなったが、大河をおぶっていることを思い出し堪える。日本は住宅が密集しすぎていて、家探しは実に難度が高い。こればかりはアメリカの広大な大地が懐かしくなる吾郎である。大河が見学に来たときにもやった5人野球くらいなら、当時住んでいた家の敷地でもやれたくらいだ。

 まあ、とは言ってもこれが愛すべき祖国の姿である。トレーニングの一環だと割り切って──通行人の奇異の目に気づかないふりをしながら──歩き回っていると、不意に背後から「大河?」と呼ぶ声が飛んできて。

 

 振り向くとそこには、吾郎と同年代の少女の姿があった。どこかの高校の制服らしきリボン付きのシャツとスカート。大河とどこか似た顔つき。──そういえば、背中ですやすやと眠っているこの少年には姉がいると聞いたことがあった。

 

「あ、あんた……もしかして、本田吾郎!?」

「んぉ?」

 

 向こうは向こうでこちらを知っているらしい。大河が話しているだろうし、おかしくはないか?──そう思った矢先、彼女はいきなりずずずいっと迫ってきた。

 

「!?」

「さ、さ……サインくださいっ!」

 

 目を輝かせる大河の姉と思しき少女に、吾郎はたじたじになった。

 

 

 *

 

 

 

「す、すいませんねー取り乱しちゃって、オホホホ。あ、あたし、大河の姉で薫っていいます」

「俺はホン……って知ってんならいいか。同い年だろ、タメ口でいいぜ」

 

 「やだ〜♪」と腰をくねくねさせる薫。ただ生憎、吾郎は知っている。彼女、弟と性別が逆なのではないかというくらい──大河も特別女々しいわけではないが──男勝りでがさつなのだ。姉がいると知ってしつこく紹介しろと迫っていた三宅や児玉に対して大河が吐き捨てるようにそう言っていたので、よく覚えていた。

 それは置いておくとして、ここで大河の家族に遭遇できたのは僥倖だった。おかげで家も見つかったし、大河のバッグから拝借した鍵で不法侵入するようなまねも避けられた。

 

「今日の試合、勝ったんだってね。おめでと!」

「おっ……なんで知ってんだ?」

「なんでって、検索すればもう出てくるもん」

 

 「ほら、」とスマートフォンの画面を見せつけてくる薫。果たしてそこには午前の試合結果が既に詳報という形で掲載されていた。マウンドで投球に臨む大河の写真もある。

 

「アイドルみてーな角度だな」

「顔だけはいいからねぇ、うちの弟は」

 

 これはまた手厳しい。

 

「ま、大河は頑張ってくれたぜ。あんなあとがないような試合で、イーブンに抑えるくらい粘ってくれたんだ。こいつが崩れちまったら、あとから俺が出たところで追いつけなかった」

「へぇ……」

 

 薫は思わず感嘆していた。既に神奈川の有名人になりつつあるこの大エースが、大河をそこまで評価してくれているなんて。

 年齢を重ねるごとに顔と口先だけの、薫がいちばん嫌いなタイプに育ってしまったと思っていた弟。それが野球部などに入部したというだけで腰を抜かさんばかりに驚いたものだが、存外に頼りにされているらしい。こんな赤ん坊のような寝顔だって、見るのは十数年ぶりだ。

 

(良い先輩に出会えてよかったじゃん、大河)

 

 ベッドに転がしても起きる気配のない弟の頬をふにふにとつつきながら、薫はくすりと笑うのだった。

 

 

 




長かった鎌実戦もこれにて終了
成績表は例によって編集してもうまく揃わないのであきらめました

   1 2 3 4 5 6 7 8 9 R  H   E
鎌実 0 1 3 1 0 1 1 0 0 7 15  1
夢島 1 0 0 1 3 2 0 0 1 8 11  0

鎌倉実業    打数 安打 打点 本塁打 打率   
(三)梶原    5  4  2   0  .800 
(二)比企    4  1  0   0  .250
(遊)三浦    5  4  1   0  .800    
(一)和田    1  0  1   0  .000     
(中)八田    3  2  3   1  .666  
(左)安達    4  0  0   0  .000
[左]大江    1  1   0   0  1.000 
(補)北条(政)  4  3  0   0  .750    
(投)北条(義)  3  0  0   0  .000    
(右)足立    3  0  0   0  .000
[右]中原    1  0  0   0  .000    
       34  15  7   1  .441

夢島
(中)草野   4  3  0   0  .750      
(遊)泉    3  2  0   0  .667
(三)三宅   3  1  1   0  .333      
(二)国分   3  1  2   0  .333
(一)寺門   4  1  1   0  .250
(左)丸山   3  0  0   0  .000     
(右)児玉   4  0  0   0  .000         
(捕)[投]本田  4  3  4   3  .750
(投)清水   3  0  0   0  .000
[補]佐藤    ―   ―   ―    ―   ―
      31 11  8   3   .355             
    


鎌倉実業※/以降は対吾郎
(三)梶原  ↓1二直 ・  中2①・↓4安打 ・↓6中2 ・  安打①
(二)比企    遊ゴ ・  中飛 ・  安打 ・  捕犠 ・  凡打
(遊)三浦    左2 ・↓3中安 ・  安打 ・  中安①/↓8三振
(一)和田    四球 ・  四球 ・  右犠①・  四球  /  三振
(中)八田    左安 ・  右本③・  四球 ・  四球 /  三振
(左)安達    中飛 ・  遊飛 ・  遊併 ・  右飛
[左]大江     ↓9三安
(補)北条(政) ↓2中安 ・  中安 ・↓5遊直 ・↓7安打 /  三犠
(投)北条(義)   補邪 ・  三犠 ・  凡打 ・  三振 /  一犠
(右)足立    一犠 ・  凡打 ・  中飛 ・  飛球 ・
[右]中原       投直 

夢島
(中)草野  ↓1捕安 ・  三安 ・  投安 ・  投ゴ    
(遊)泉     投犠 ・  中安 ・  左安 ・↓7遊ゴ
(三)三宅    投犠①・↓4三安 ・  凡打 ・  飛球
(二)国分    三振 ・  捕犠 ・  中2②・  左飛
(一)寺門  ↓2凡打 ・  中安①・  三振 ・↓8凡打
(左)丸山    凡打 ・  三犠 ・↓6三振 ・  凡打 
(右)児玉    凡打 ・  中飛 ・  右失 ・  三振        
(捕)[投]本田↓3三振 ・↓5左本①・  右本②・↓9右本①
(投)清水    三振 ・  凡打 ・  三振 
[補]佐藤

   投手    回  打  振  球  責
鎌実 北条(義)  9  34  7  0  8
夢島 清水    7  38  1  5  7
   本田    2  7  3  0  0
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