先ごろの取材記事が、ハマスポーツの一面に載った。いちばん大きく取り上げられている本田吾郎──これは前提のようなものなので致し方ないとして、やはり皆、自分の扱いがどれほどのものかは気になっていた。とりわけ練習風景の写真などは、はっきりそれが現れるところでもあるので。
「お、丸山写っとるやん」
「え……どこ?」
「ほらココ、ワイと泉の間の奥」
「こんなんで写ってるって言えんのかよ」
「そういうきみは一枚も写ってないな」
「……一塁側はお留守だな……」
部室の組み立て式の机にそれを広げ、大の男どもがひしめき合っている姿は実に滑稽と言うほかない。多少は華のある面々は、その騒ぎからはみな一歩引いていた。
「お前らさ……子どもじゃないんだから、自分たちの写りの良し悪しより気にすることがあるだろ?」
「フン!内野のリーダー様にワイら脇役の気持ちがわかってたまるかっちゅーねん!」
記事にしっかりと刻まれてしまった称号を目ざとく睨めながら、毒づく関西人。(めんどくさ、)と内心毒を吐き返した泉だったが、口には出さない。三宅ばかりか他の野手陣まで敵に回してしまうと、本当に面倒なことになるからだ。
まあ泉がこれ以上でしゃばるまでもなく、我らが主将がペーパーを取り上げてくれた。
「あ゛っ、何しやがる国分!」
「横暴や!」
「うるさいバカ!!」
いつになく容赦ない国分に鼻白む野手一同。やはり主将でありながらスルーされたのをなんだかんだ引きずっているのだ。無論、そういう一方的な感情だけで取り上げたわけではないけれど。
「僕らのことはいいとして、読み込んでおくべきなのは残りのベスト4の3チームだよ。厚木と帝仁、それと次の対戦相手──」
──久里山高校。間もなくに迫る、準決勝で戦う相手である。
「久里山か……。確か俺たちと同じ、下馬評には上っていなかったチームだよな」
「うん、部員は20人。バッテリーの香取と唐沢は、プロからも注目される有望株だって」
「なんやうちの幼なじみコンビの2Pカラーみたいやな」
「タイプは違うけどね」寿也が口を挟む。「香取はストレートの球速と球威は驚異的ってほどでもないけど、140キロの高速スライダーが強力な武器だ。ある意味軟投派の完成形みたいな投手だよ」
ここまで5試合の奪三振数は、吾郎のそれと遜色ない。というか1回戦、3回戦とこちらは終盤しか登板していないので、合計数だけ見ればあちらのほうが上だ。
「んな記録、すぐに追い抜いてやるっての」
我らが大エース様は相変わらずこんな調子であるが。
「捕手の唐沢は……打者としての功績が大きい。特に4回戦は、全打席全安打」
「全打席って……確か4回戦、延長11回までやったんじゃなかったか」
「うん、最後はサヨナラホームランを決めてる。5回戦じゃ2ホーマーだ」
それは──寿也にも匹敵するかもしれない、極めて危険な強打者である。その恵まれた体躯が、事実を裏付けていて。
「特筆すべきはこのふたりだけど、他の選手も皆中堅校以上のレベルはあるとみていいと思う。あと、何よりうちとかぶってるのは……監督かな」
「監督?」
そもそも夢島野球部に"監督"の肩書をもつ指導者はいない。事実上、という意味なら涼子が該当するが、彼女は試合でベンチに入れないので、サイン出しはもっぱら国分が吾郎や寿也と相談したうえで行うことが多い。
「ほら、ここ」
寿也が紙面を指差す。果たしてそこに写っていたのは、一見すると部員のひとりとしかみえないユニフォームを着た青年だった。他の部員と昼食をともにし、楽しそうに談笑している。
「これが監督……?」
「若ぇな……って、川瀬コーチと同い年!?」
「大学生か……」
かつてリトル・シニアで投手として活躍したものの、肘を壊し久里山高校へ進学後はマネージャーに転向、その頃から事実上の監督として采配を振るっていた──と、雑誌には書かれている。
「この人が監督に就任してから、久里山高校は一気に実力を付けたらしい。数年前までは万年1回戦敗けだったのが、今年はベスト4だ。いよいよ甲子園出場だって、意気軒昂だろうね」
「ま、そこへいくとウチは1年でベスト4やけどな」
「なんでおまえが偉そうなんだよ」
まあ、三宅の言葉はもっともだと思う吾郎である。ひとつ付け加えるなら、ここから必ず甲子園、ひいては全国制覇を成し遂げるということか。久里山戦は、その通過点にすぎない。
(とはいえ、ユダンはキンモツってね)
回されてきた雑誌を掲げ、つまらなさそうに見上げる。そこに写る誠実そうな青年は、たしかに監督という肩書は不似合いに見える。
(宇佐美球太、ね)
*
──数日後 久里山高校
「130キロ、いきまーす!」
掛け声とともに1年生部員がピッチングマシンを動かす。その前方には、もはや少年とは形容しがたい大柄かつ強面の打者の姿。
射出口からまっすぐに放たれた球を、唐沢は寸分の狂いもなく捕捉した。鋭い打突音とともに、打球がグラウンドの際まで運ばれていく。
「次、140!」
「は、はい!140キロ、いきます!」
時速140キロメートルの直球が射出される。高校生としては十分なスピードだが、これも唐沢は一蹴した。この程度のストレートなら、今までの試合でもことごとく打ち砕いてきたのだ。
「す、すげぇ……」
「軌道がわかってるとはいえ、寸分の狂いもなくホームランにしちまうなんて……」
やはりこの人は化け物だ、後輩たちは熱い視線を唐沢へと送った。主将も務める彼は、強面らしく気さくとは言えないが、面倒見は良いし、めったに声を荒げることもしない。その人柄と実力ゆえに、彼は畏敬ともいえる支持を集めていた。
一方、投手の香取。長く伸ばした髪を後ろでひとまとめにした、どこか中性的な面立ちが特徴的である。言葉遣いやしぐさに至っては、女性より女性的といえるかもしれない。無論その体躯は鍛えられた球児のものだが。
「ナイスボール、香取先輩!」
「ふふ、サンキュ。あんたもまあまあまともに捕れるようになってきたじゃない、高橋」
香取が珍しく後輩を褒めていると、
「よーし、そこまで!ダウンして、今日はもう上がりにしよう」
手を叩きながら部員たちに声をかけたのは、彼らとそう歳の変わらない青年だった。彼が中学で肘を壊してから久里山野球部のマネージャーとなり、卒業後そのまま監督に就任するまでには紆余曲折あったのだが、それも過去の話。選手としての未練は微塵も窺わせず、指導に励んでいた。
「言うまでもないけど、明日は準決勝だ。ここを勝てれば、いよいよ厚木学園との決戦が見えてくる。……もちろん、帝仁が上がってくるかもしれないけどね」
部員たちから微かな笑いがこぼれる。唐沢も彼も大声を出して叱責するようなことはしないためか、部の雰囲気はいつも和やかだ。無論、弛んでいるわけでは決してない。過ちがあれば説諭し、どのように修正していくべきか一緒になって考える、というのが宇佐美監督のスタイルだった。
「相手は創部一年でここまで勝ち上がってきた夢島学園高校。油断ならない相手だけど、チームの総合力なら決して負けてないと思う。──香取、唐沢」
「はい」と、バッテリーの声が重なる。
「こっちも向こうも、バッテリーがいちばんの注目株だ。どちらがよりプロにふさわしいか、品定めにくるスカウトの人たちにも見せつけてやろう」
不敵な表情を浮かべて、ふたりは頷いた。
*
部員たちを帰したあとも、球太はひとり部室に残っていた。既に幾度となく閲覧した夢島ナインのデータを、その四角ばった瞳で改めてくまなく見やる。
中でもやはり彼の目が釘付けになるのは、背番号1を背負うエースその人で。
(本田吾郎……。本田茂治の愛息子、か)
英語で検索するだけで、その実績はごまんと出てくる──未だ高校生であるにもかかわらず。
活き活きと投球に臨むその顔立ちは、野球が好きだと雄弁に語っている。愛している、と言い換えても良いかもしれない。
もちろん球太だって、野球は好きだ。だから肘をだめにした今も、監督という形で関わりをもち続けている。
──けれど自らの野球人生を振り返ったとき、球太はどうしても胸を張ることができない。プレイヤーだった頃の自分は、他人の意志に従って野球をしているだけのロボットにすぎなかったから。
球太が指導している高校球児たちとて、厳しい練習に耐えている。しかしラクではなくとも、彼らは心から野球を楽しんでいる。それが、羨ましい──
「──おすそ分け♪」
「うひゃっ!?」
突然、首筋に冷たいものを押しつけられ、球太は思わず間抜けな声を発してしまった。反射的に振り向けばそこには、久里山のエースにして球太の愛弟子の姿。
「か、香取……。まだ帰ってなかったの?」
「ちょっと忘れ物しちゃって、うふふ」
本当だろうか。視線が妙に妖しい……のは、いつものことだが。
「やっぱりまた見てるのね、本田吾郎のこと」
「……そりゃあ、群を抜いて警戒すべき相手だからね。それこそ厚木学園のスタメンに混じっていたっておかしくない選手だ。投手としても、打者としても」
「それだけ?」
日ごろ惚けた言動の多い香取だが、その観察力には球太ですら驚かされることがある。元と現役の違いはあっても同じ投手、自分の考えなどとうにお見通しなのかもと思った。
「ま、何考えてようと自由だケド……球ちゃんの遺志を継ぐのはアタシなんだから。こんな奴、踏んづけてやるッ!……なーんてね」
「遺志って……死んだ人みたいに言うんじゃない。あと球ちゃんはやめなさい」
しなだれかかってくる愛弟子をそっと押し返しながら、球太は力ない苦笑いを浮かべるのだった。