[追記]打順が寺門と三宅逆になってたので修正しました
「よ、横浜帝仁と練習試合!?」
めったなことでは動じない泉が思わず大声をあげてしまうほどには、その"決定事項"は驚きをもって受け止められていた。
「横浜帝仁といえば、去年の県大会ベスト4の……」
「そないなとこと試合して勝たな、ワイら潰されてまう言うんか!?」
三者三様の反応だが、一同の表情に絶望と諦念が張り付いているのは共通していた。それを伝える側である、国分のほうも。
例外がいるとすれば、彼をおいて他にはなかった。
「ビビる必要なんかねえ、勝ちゃいいんだよ」
「……そらジブンが三振とりまくればどうにかなるかもしれへんけどなぁ」
実際、並の打者では何打席回ってこようが吾郎の球を捉えることなど不可能だろう。しかししつこいようだが、相手は県下でも有数の強豪校である。高校野球の世界では名の知れた強打者だっている。
「本田は速球一筋だし、ノーノーってわけにはいかないだろうね」
「打たれて点とられたら厳しい」と泉。打者だけではない、守備だって抜きん出ているのは明らかだった。帝仁相手に安定してヒットを打てるのも、やはり吾郎だけだ。
「ま、そこはひと月あるしゆっくり考えようぜ。な、国分?」
「……そうだね。決まったことだしどうにかするしかない、か」
吾郎の目標に乗っかった時点で、余程無茶をしているのだ。それが早速顕在化したというだけのこと。ここを乗り越えられないようなら、最初から甲子園など夢のまた夢だ。
「ってわけだから、草野と佐藤も協力してくれる……?」
おずおず問いかける国分。前者は兼業というかこちらが副業のようなものだし、後者はただ籍を置いてもらっているだけの助っ人だ。少なくとも、今の段階では。
「わかってるさ。俺もこの会がなくなるのは惜しい。できる範囲でにはなるが、力は貸す」
「あ、ありがとう……!」
頷く草野。対する寿也は微妙な表情を浮かべていた。
「……佐藤は、気乗りしない?」
「あぁいや……そういうわけじゃないよ。でも……僕が協力できるのは、この同好会を守るところまでだ」
「!」
皆が思わず顔を見合わせる。部になってから──甲子園をめざすことには関わらない。今まで曖昧な態度をとってきた寿也が、初めてそう言明したのだ。
「な……なんだよ寿クゥン、つめてーじゃねえの。一緒にキャッチボールした仲だろぉ?」
引き攣った笑顔とともに肩を組もうとする吾郎だったが、寿也はそれを冷たく撥ね退けた。
「……こんなこと言いたくないけど、吾郎くん、そもそもきみが撒いた種だろう?絶対に勝てるって保証がない以上、もう少し責任を感じるべきだと思うんだけど」
「なっ……」
鼻白む吾郎を一瞥することもなく、寿也は去っていった。
*
幼なじみふたりの間に気まずい空気が流れる中でも、練習は続けられた。他の部活から白い目でみられていることを自覚しながらというのは苦しいものがあったが、背に腹は代えられない。
そうしてほとんどのメンバーが多くの不安とわずかな期待を抱えながら過ごした一ヶ月はあっという間に経過し、いよいよ練習試合当日。
「いやぁ、すいませんねぇ若松先生。ウチの連中のために貴重なお時間とらせてしまって」
挨拶に来た南雲の下手に出た態度に、帝仁野球部顧問の若松ははははと笑って応じる。
「なぁに、あんたの頼みだからねぇ。その代わり酒の一杯でも奢ってくれよ?なにせこっちは生徒らに詰められちまったんだから」
仮にも県内ベスト4の自分たちが、なぜ弱小の括りにすら入れないような同好会と試合をしなければならないのか。大人の都合だけで決められたも同然なこの練習試合に対して、帝仁側の生徒たちが反感を抱くのも当然だった。
「で、本当に手加減なしでやっていいんだね?」
「ええもちろん。全国制覇とかぬかしてるヤツが約一名いますんで、目ぇ覚ましてやってください」
──そんなやりとりがなされているとは知らず、夢島チームの面々は帝仁のシートノックの練習を緊張の面持ちで見つめていた。
「さっすがベスト4やなぁ……わしらとはレベルがちゃうで」
「あれでベスト4なのか……優勝校はどれほどなんだ?」
「──ちぇっ、ベスト4ベスト4うるせぇなぁお前ら」
手近にいた三宅と寺門の背中を強く叩きながら、吾郎が吐き捨てる。
「俺らがめざしてんのは全国ナンバーワンなんだぜ。一年……いや半年後には、俺らがそう言われる側になるんだよ」
そう宣言する吾郎の目には、たしかな闘志と自信が漲っている。そのさまを間近で見てしまえば、それが現実となりうる気がしてくるから不思議だ。
ただ相変わらず助っ人の立場に甘んじている彼の幼なじみは、目を眇めたまま彼を見つめていたのだけれど。
*
「よろしくお願いしまーす!!」
儀礼的な整列と挨拶をかわし、先攻をとった夢島ナインの面々がベンチに戻っていく。一部のメンバーはポジションすら明確に決まっていないような状態で、主将の国分が吾郎や泉と相談しながら以下の通りオーダーを決めた。
1(中)草野
2(遊) 泉
3(補)国分
4(投)本田
5(一)寺門
6(三)三宅
7(二)児玉
8(左)丸山
9(右)佐藤
『1回の表、夢島学園高校の攻撃は、1番センター、草野くん』
わざわざ帝仁側が用意してくれたウグイス嬢──帝仁の女子マネージャーがマイクで読み上げているだけだが──の声とともに、リードオフマンを任された草野が打席に立つ。陸上部の彼はチームでずば抜けて足が速いし、打撃も初心者としては悪くない。とにかく出塁を期待されての抜擢だった。
「頼むぞ草野ー!」
「ジブンの足でビビらせたれ、陸上部〜!!」
皆の応援の声を受けても、草野の表情が変わることはない。徹底的にマイペース──こうした格上との試合において、それは悪いことでは決してない。
とはいえ流石に彼も緊張はしていた。自らの去就が、このあとの皆のアクション、すべてを決める。
審判による「プレイ!」の掛け声とともに──審判も当然ながら帝仁側の用意である──、いよいよ試合がはじまる。
相手ピッチャーがゆっくりと両腕を振り上げる。一球目、張り詰めた空気が流れる。
そして、
「ストライ〜ク!」
審判の声が響き渡る。矢のようなストレートは一瞬にしてキャッチャーミットに納まっていた。
(っ、速いな……)
当然といえば当然か。草野は改めて、相手が一流、少なくともそれに準ずるチームであることを実感した。
「何やっとんねん草野ぉ、
これでもかと野次る三宅。しかしそれを聞いた吾郎は満更でもなさげな表情を浮かべつつ、「いや」と否定から入った。
「
「??どういうことや?」
「……変化球だろ」続けたのは意外にも児玉だった。「どっかの転入生みてぇに速球一本でやろうなんてバカ、そうそういねぇよ」
「っ、」
眉を顰めた吾郎だが、反論はしなかった。実際本格派の投手でも、タイミング外しにある程度変化球を習得しておくのが普通だ。吾郎もまったく覚えていないわけではないのだが、基本的に使うつもりがない時点でないも同然だった。
ベンチでそんなやりとりがなされている間に、草野はツーストライクまで追い込まれていた。
「くっ……」
「………」
流石に表情を険しくする草野に対し、帝仁投手の葦原は内心ため息をついていた。
(こいつ陸上部とか言われてたな……。足は速いかも知らんが、そもそも打たせねえよ)
慎重派の
そうして投げ込まれた三球目──やや高めに浮いたボール球だ。これならと見逃そうとした草野だったけれど、
「──!?」
一瞬、何が起きたかわからなかった。ボールが打者の寸前で直角に見えるほどの急勾配で湾曲したかと思うと、太腿ほどの位置でミットに納められていたのだ。
「──ストライク、バッターアウト!!」
「……っ!」
ボール球ひとつ挟まない、三球三振──
「な、なんや今の……!?」
「フォークだ」
「フォーク?確か縦に落ちる変化球だったか……」
「そ。しかもあの変化量、なかなか見られねえぜ」
吾郎の言葉に、皆がごくりと唾を呑む。そんな球を果たして自分たちが打てるのか、改めて格の違いを見せつけられた気分で。
そんなベンチの様子を、背中越しに泉は感じていた。
(やっぱり弱気になってるな……。俺がなんとかしないと)
『2番ショート、泉くん』
(こいつ、どこかで見覚えが……)
捕手の柿本は名前とその小さな体躯に既視感を覚えた。しかしその正体まではわからず、ひとまず一球目は先ほどと同じく葦原の思ったとおりに投げさせる。先ほどと同じ、球威のあるストレート──
(これだ!)
力いっぱいバットを振る泉。果たして正確に捉えられたボールは、大きく弧を描いて飛翔した。
「──!」
葦原が目を見開き、ボールの行方を追う。一方で夢島チームのベンチは「おおっ!」と歓声をあげた。泉が初撃で命中をとったのだ。
しかし、
「ファール!」
ボールはファールラインを越えたところを転がった。柿本がふぅと息を吐き、対照的に泉が歯噛みする。
(っ、やっぱり、イメージどおりにはいかないか……)
シニア時代ならそんなことはなかった。そこから明らかに停滞しているのだ。強豪校を相手に戦うには初心者組と変わらない、自分でも力不足──
そこからもう一球で泉はボールを左翼方向に飛ばすも、帝仁遊撃手の葉柴に捕られて凡打に終わる。続いて国分が打席に立ったが、
「──ストライク、バッターアウト!スリーアウトチェンジ!!」
「っ、くそ……!」
果敢にバットを振った国分だったが、結局は一度も当てられぬまま三振となってしまった。とぼとぼとベンチに戻ってくる彼を後目に、攻撃に移るべく帝仁メンバーが引き揚げていく。
「思ったよりはまともだけど、しょせんお遊びでやってる連中だな」
「ちっ、でもあのチビに当てられちまった。全員三振とるつもりだったのに」
葦原には能力相応のプライドがあった。同好会の半分素人相手に、思い通りの結果が出ないなどまぐれでも許せない、と。
それを宥めるように声をあげたのは、一年生ながらスタメン二塁手の橘だった。
「仕方ないですよ。あの人たぶん、素人じゃないですし」
「……何か知ってるのか、橘?」
「はい。あの人、横須賀シニアで1番ショートだった泉さんで間違いないと思います」
「横須賀シニアで!?」
横須賀シニアといえば、神奈川の中学硬式チームの中では強豪の部類に入る。それを聞いた柿本は、ようやく既視感の正体を知って手を打った。ただそうなると、別の疑問が芽生えるわけで。
「なんでシニアにいたようなやつが、あんな素人集団に混じってんだ?」
「さぁそこまでは。俺も大会で何度か顔合わせただけなんで……」
とにかく、それなりに野球ができるやつも中にはいる。だからといって負ける気は微塵もないが、1点でも取られればベスト4の名折れである。気を引き締めなければ──
一方、夢島側のベンチでは。
「……国分くんのスイング、なんか変じゃなかった……?」
「ヘンって何がや、丸山?」
「何がって言われると、わかんないけど……」
ただそこはかとない違和感、と言うしかなかった。深く追及する前に国分が戻ってきて、守備用意を始めてしまう。──児玉だけは何か言いたげにしていたのだが、それに気づく者はなかった。
「ごめん本田、おまえに回せなかった……」
「ん?あぁ気にすんなよ、まだ一回だしな」
「ここでブチかまして、相手ビビらせてやらぁ」──そう宣言する吾郎の瞳は、これ以上ないほどの闘志に満ち溢れていた。