【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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投手戦

 

 決勝進出をかけた夢島・久里山両高校による準決勝。下馬評では夢島やや有利かと言われた試合は、両エースの好投により膠着状態に陥っていた。

 ヒット数には勝るものの打線が繋がらず、得点に至らない夢島高校。対する久里山高校は初打席の多岐川以降ノーヒットに終わっているものの、文字通りの全員野球で相手の得点を許さない。特に攻撃の要たる本田・佐藤バッテリーを、それぞれ一度ずつとはいえ凡退に追い込んだのは大きかった。

 

 そうして試合は流れるように進み、気づけば7回表──

 

『──4番ピッチャー、本田くん。背番号、1』

 

 ツーアウトランナーなしという状況で、ふたたび吾郎にお鉢が回ってきた。

 

「ようやっと本田の出番や……く〜っ、ワイらが出られとけば……!」

「……ほんとにな……」

 

 こればかりは三宅の言葉に完全同意するしかない泉である。長打力にこそ欠けるもののアベレージヒッターとして成績を残している現状。にもかかわらず、香取相手には未だ無安打という体たらく。これではチームが吾郎と寿也の2枚看板であると自ら証明してしまっているようなものではないか。

 泉が己の不甲斐なさに唇を噛みしめている一方で、

 

(本田先輩と佐藤先輩でも1コずつ凡退してる……。しかも相手はまだ切り札(スライダー)を見せてない。ヒット数だけじゃ、こっちが勝ってるなんて言えねーな……)

 

 三塁ベースコーチに入っている大河。なかなか仕事が来ないことに、彼もやきもきしていた。ただ吾郎、次に寿也が控えるこの局面が、打線を繋げる最大のチャンスだろう。ここで打てば、球場を一気に夢島色に染め上げられる──

 

「ストライク、ツー!!」

「………」

 

 しかし吾郎は、二度とも振ることなく簡単に追い込まれてしまった。「だあぁ!」とベンチの児玉が頭を掻きむしる。

 

「なんで見送っちまうんだよ!本田ならあれくらいの球打てんだろ……!」

「……待ってるんだよ、本田は」

「スライダーを……か?」

「うん。……本田がここで出塁()たとしても、僕らが繋げなきゃ点はとれない」

 

 実際それで、ここまで苦戦を強いられているのだ。初回の久里山よろしく、走者を得点圏(スコアリングポジション)まで進めるには至った。しかし生還できなければまったくの無駄足なのだ。相手もそれをわかっていて、打たせて良い打者とそうでない打者で緩急をつけている。おかげで球数も抑えられ、香取にはまだまだ余裕があった。

 実に、巧みだ。

 

(吾郎くんが打って、僕と国分が連続で……どこかで二塁打が入らないとそれでも満塁どまりだ。ただでさえ連続安打は阻止されてきてるのに……)

 

 次の出番を待ちながら、この回も厳しいという結論に至らざるをえない寿也。本能的にそれがわかっているからこそ、吾郎はスライダーを引き出そうと躍起になっているのだろう。

 

「ボール!」

「………」

 

(よく見たな。三球見逃し三振も怖くねえってか)

 

 唐沢は内心、吾郎を鼻で嘲っていた。スライダーを待って凡退してくれるなら、こんなに楽なことはない。

 

(だが、そんなに外側に目が行ってちゃあ──)

 

 捕手(唐沢)のサインに頷く香取。そして、投球へ──

 

(──この内角シュートには、手がでないでしょう!)

 

 打者の土手っ腹をえぐるような高速シュート。それでいてストライクゾーンには確実に入る代物だ。見逃すなら見逃して、今度こそ自分で終止符を打つがいい──

 

「ッ!」

 

 しかし吾郎は、完全に振り遅れながらもかろうじてボールを叩き落した。「ファール!」と、主審の声が響く。

 

「!……よく見たな」

 

 悔しさと驚きを表向き抑制しつつ、称賛の言葉を発する唐沢。対する吾郎の返答は、にべもないもので。

 

「ふん。こんな程度で褒めてもらっても嬉しかねーよ」

「何?」

「シュートもカーブもチェンジアップも、所詮は香取(あいつ)のウイニングショットでもなんでもねえ。その気になりゃいつでもホームランにできる、しょっぱいB級変化球さ」

「……!!」

 

 これ以上ない侮辱の言葉に、香取のこめかみがぴくりと引き攣る。

 

「ふ~ん……言ってくれるじゃないの、さっ!」

 

 今度は全力のストレートを放つ香取。暴走しているわけではない、唐沢の指示通りだ。これもミットに収まることなく、吾郎のひと振りによってファールゾーンに飛ばされたが。

 

(ちっ、サイン無視するほど馬鹿じゃないとはいえ、全力出させちまった。どうせはったりだ、現にこいつは単打(シングル)がせいぜいなんだ)

 

(……とはいえ、腹が立ってるのは俺も同じ)

 

 こいつにはもう、出塁だってさせてやるものか。吾郎を叩き潰すべく、ふたりは手を変え品を変え攻め続けた。無論それでも、スライダーは使わない。事前に出たハマスポーツの記事により、彼らがスライダーを決め球とする女性コーチの指導を受けているのはわかっていた。他の打者はいざ知らず、吾郎相手にはリスクが大きいことは口惜しいながら彼らバッテリーも承知していた。

 

(ご心配なく、球ちゃん。こんなやつ、スライダーなしでも仕留めてみせるわ!)

 

 しかし全力のふたりに対して、吾郎は粘りに粘った。ファール、ファール、またファール……それでいて漫然とカットしているのではなく、ボール球はことごとく見逃していく。

 

「ボール、スリー!」

 

 主審の宣告に険しい表情を浮かべたのは、久里山ベンチで見守る球太だった。

 

(っ、こっちが追い込まれたか。本田を打ち取るにはもう、手はひとつしかない)

 

 香取のウイニングショット──高速スライダー。

 万が一それが打たれるようなことがあれば、この膠着した試合の趨勢は一気に相手方へと傾いてしまう。

 

 それをよく理解している唐沢は、歩かせてもかまわないつもりでアウトローギリギリのまっすぐを要求した。捕手としてその判断は間違いではない。

 しかし香取は、首を小さく横に振った。

 

「!」

(投げさせて、唐沢。あたしのスライダーは、狙ってたって一度や二度で打てる球じゃないわ!)

 

 香取の矜持を感じ取った唐沢だったが、勝利のために日々皆とともに汗をかいてくれている二つ年上の監督を無碍にはできない。ちらりとベンチに目を向けたところで、球太はかすかな笑みを浮かべて頷いてくれた。

 

(!監督……)

 

 彼もかつては投手だった。同じ立場がゆえに、香取の気持ちもわかるのだろう。

 無論、ただの感情論で球太は首を縦に振ったりはしない。香取ならという信頼が、ふたりの間には醸成されていた。

 

(……ならいい。全力で投げ勝ってみせろ、香取!)

 

 笑みを浮かべ、ミットを構え直す唐沢。(来る、)と、吾郎は本能的に確信した。中途半端な安打では打ち砕いた、などとは到底言えない。ここはもう、本塁打か三振か──それしかない。

 

(いくぜ──!)

 

 力いっぱいバットを振る吾郎。その穂先は、ほぼ鋭角に曲がる高速スライダーを捉え──

 

──スパァン!

 

「……!?」

「────、」

 

「ストライィク!!」

 

 時間が止まったようだった。完全な、空振り。

 この戦いの勝者と敗者が、明確に決定づけられた。

 

「〜〜っ、くそっ!!」

 

 吾郎はやり場のない拳を、己の左手に叩きつけた。

 

 

(あのスライダー攻略を勝負のポイントにしてたらしいけど……やっぱりそう簡単ではなかったね)

 

 香取の高速スライダーは、それは見事なものだ。ウイニングショットと云うだけあって、スライダーだけなら眉村も含めた自分の相棒たちよりも上だろう。実際に彼らが聞いたら嫉心を明らかにしかねないような思い──これも眉村は気にかけないかもしれないが──を、小森は抱いた。

 

「小森くん?」

「!」

 

 不意に女性の声で話しかけられ、小森は弾かれたように顔を上げた。そこに立っていたのは、彼女がいたという"本場"でもひときわ輝くだろう美女で。

 

「あ……あなたは確か、夢島の──川瀬、コーチ?」

「あら、天下の厚木学園の主将に覚えていただけるなんて光栄ね。──隣、いいかしら?」

「は、はい」

 

 年上の女性には監督で慣れていると思っていたが、そこに明確な関係性がないとなるとまた事情は異なるのだと自覚した。どぎまぎしながら、左に詰め直す。混雑しているだけあってさほどスペースはとれず、小森は慌てて右手を引っ込めた。

 

「し……試合、スタンド(ここ)で見てらっしゃるんですね」

「Sure、残念だけど、コーチャーはベンチに入れないもの」

「なるほど……」

 

 事実上の監督である彼女がベンチで指示を出せないというのは、夢島ナインにとっては大きなハンデだろう──本田吾郎の存在ひとつで、それを補って余りあるといえるかもしれないが。

 

「午後はあなた達の試合でしょう。ここで主将自らビデオを回してるなんて、弱小校も真っ青ね」

「は、はは……言ってくれますね……」

 

 いきなり飛び出した皮肉に鼻白みつつも、

 

「これは殆ど趣味みたいなものですよ。次に対戦する相手の試合は、生で見ておきたいですから」

「随分な余裕ね」

「余裕なんてありませんよ。僕らの、今までやってきたことの結果を信じてるだけです」

「……I see.」

 

 虚勢ではない、その言葉には自信が満ち溢れている。涼子は小森に好感を抱いた。男の子に敗けたくないという一心で頑張ってきたのは、裏を返せばそれだけ真剣に戦う彼らを尊敬し、自分もそうありたいと思っているからだ。

 小森は己の才に胡座をかくことなく努力し、結果として今の地位に上り詰めている。下手な謙遜は、ただの卑屈でしかないと自分でもわかっている。

 

「じゃあその自信満々の小森くんに聞くけど、この試合、どう思う?」

 

 小森はいよいよ苦笑せざるをえなかった。表情を見る限りは皮肉や厭味というより、意気軒昂な年下の少年をからかってやろうという魂胆のようだが。

 

「……夢島(彼ら)はなんだかんだ、本田くん以外も"繋ぐ野球"をすることで着実に点をとってきてます。でもこの試合、香取くんと唐沢くんのバッテリーがうまくそれを阻んでいる。そして転機(ターニングポイント)になりやすい7回で、本田くんは香取くんのスライダーを打てなかった──」

 

 とにかく全力で三振をとりにいくスタイルの吾郎である。いかに無尽蔵のスタミナを誇ると言っても、この切迫した状況は肉体以上に精神を疲弊させることだろう。

 

「次はクリーンナップが攻めてきます。香取くんも唐沢くんも、そろそろ本田くんの速球に目を慣らしている頃──」

 

 

「──正念場、かもしれません」

 

 

 

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