【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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1点

 

『7回裏、久里山高校の攻撃は──3番、ピッチャー香取くん。背番号、1』

 

(ちっ、俺でも一発で打てるようなスライダーじゃなかったってことかよ……。涼子ちゃん相手の練習じゃ、足りなかったってか)

 

 涼子のスライダーとて、男子にひけをとらない鋭いものだ。しかし彼女のそれは絶対の決め球というわけではないし、香取のそれはさらに強力だった。そういうことだ。

 

(来るのがわかってて、バットにかすりもしなかった。次なら……打てるか?でも、次があと2回で回ってくるか?)

 

 このまま延長にもつれ込めば、まだチャンスはあるだろう。打ちたい──打ち勝ちたい。

 そちらに気をとられた吾郎は、自分でも気づかないうちに投球がおざなりになっていた。無論、平凡な打者では球速に気を取られてそんなこと気づきもしないだろう。

 吾郎に……否、夢島ナインにとって不幸だったのは、香取が決して平凡ではなかったことだ。

 

「──!」

 

 バットが芯で投球を捉え、二遊間の頭上を抜けて外野へ落ちる。草野が駆け込むが、寸分のところで間に合わず。

 

「やっだ〜、当たっちゃった〜〜ん♪」

「………」

 

 無論打つつもりで振ったとはいえ、本当にラッキーヒットだったのだろう。くねくねと塁上で身体を揺らす香取に、風貌だけなら夢島の男代表ともいえる寺門は辟易した。ここでアウトをとれなかったのは、色々な意味でつらい。

 

『4番、キャッチャー唐沢くん。背番号、2』

 

 ノーアウト一塁。ここで迎える、最も恐るるべき打者。マウンドに行くことも考えた寿也だったが、タイムを使う局面ではないと思い直した。そうするまでもなく、吾郎の精神状態を確かめる術はあるからだ。

 寿也がサインを出すと、吾郎は目を見開いた。そして露骨に不愉快そうな表情を浮かべ、大きくかぶりを振る。それで寿也は、ほっと胸を撫でおろした。

 

(やっぱりここで敬遠はないよな。なら打たせてもいい、責任をもってここを乗り切ろう)

 

 ここで敬遠に頷くなら吾郎の精神状態を心配するところだったが、まだ大丈夫。そう判断して、寿也はサインを通常のものに切り替えた。

 

(トシのヤロー、俺を試しやがったな……。この程度で俺が折れるわけねーだろ)

 

 アメリカではさんざん強打者と当たってきたし、打線がうまく繋がらないという事態も経験してきた。大事なのは、負のループに陥らないこと。戦略という意味では、ここで1点くらいくれてやってもいい。

 

(もちろん、くれてやるつもりはねーけどなっ!!)

 

 今度こそ全身全霊を込め、投球。球速は100マイルに届くかどうか、というところ。化け物級には違いないが、トップスピードを思えばやや落ちていることは否めなかった。

 そこを、唐沢は突いた。

 

──かあぁんっ!

 

 鋭いひと振りとともに、打球がレフト方向へ飛んでいく。ひた走る丸山だが、彼の足では掴みきれない。草野では距離が遠すぎた。

 

「丸山、3つ!」

「──っ!」

 

 三塁には、丸山の肩ならノーバウンドで届く。それが幸いして、香取の2進塁を阻むことには成功した。

 

(っ、シングル止まりか……。だが初打席ならともかく、3巡目だ。木村と川口(あいつら)なら、香取は還せる)

 

──果たして唐沢の期待通り、5・6番のふたりがチームプレーに徹した堅実な送りバントとスクイズを成し遂げ、久里山が1点を先制した。思いもよらぬ展開に、ベンチがざわつく。

 

「先制、されちゃったか」

「香取・唐沢ペアはもちろんですけど、5番6番がやりましたね。あの球をきっちり転がすのは、うちでもスタメンじゃないと厳しいのに」

 

 久里山ナインの評価を上方修正する小森。一応、どちらが決勝の相手になっても良いように研究は怠っていない。

 ただそれを基に組み立てたプラン通りの試合ができるのは、間違いなく久里山の方だろうと思っている。夢島ナインとの試合は、正直予想もつかないようなことが起こるのではないかという怖さと期待が入り混じっていた。

 

「ここで先制点はつらいところですけど、夢島も次がチャンスですね」

「ええ。ワンナウトで丸山くんまで回れば、スクイズで1点は返せるわ」

「あるいは、盗塁か二塁打があれば──」

 

 トップバッターは既に吾郎に次ぐポイントゲッターとして名を馳せる佐藤寿也である。この局面、吾郎の心身を最も知り尽くした彼に凡退はありえない。

 その期待以上の何かを背にしながら、寿也は香取のストレートを捉えて出塁した。

 

「やだぁ、今度はあたしが当てられちゃった〜ん」

 

 他者を煙に巻くような言動をとる香取に対し、唐沢は眉ひとつ動かさず考え込んでいた。

 

(佐藤にストレートを打たれるのは想定内……。次の6番は2、4、5には劣るが打力はある。ここを落とせりゃ、抑えたようなものだ)

 

『6番、セカンド国分くん。背番号、4』

 

 打順のやりくりでこの試合、6番打者となった我らが主将。香取を相手にこれまで三振はしていないが、出塁もできていない。外野の隅へ落ちる球を打てず、遊撃手・多岐川の俊足でことごとく内野安打を阻まれてしまっている。

 

「国分、国分ねぇ……ここはおくバンがセオリーかねぇ?」

「……先生それ、もしかして送りバントのこと言ってます?」

「ソーダヨ。日本人なら略語使ってナンボでしょーよ」

「まあそれは置いといて……どうする本田、一応サイン出しとく?」

「ああ。──ただし、あっちにな」

 

 ニヤリと笑う吾郎。こういうときは大概、悪だくみが捗っているのだ。顔を顰める泉だったが、ただセオリー通りにやっていて通用する相手でないのも確かで。

 

 果たして吾郎のサインを確認した国分と寿也、そして一塁コーチの草野まで揃って目を見開いた。動揺が相手に伝わるとまずいので、咄嗟に何事もなかったふりをする程度の理性はあったが。

 

(そうくるか吾郎くん……。そりゃ、走れないわけじゃないけど──)

 

 寿也の足は野球部の中では平均より少し上くらいだ。一般に"足が速い"と形容される程度のものではあるものの、草野やチビふたりよりは一段落ちる。これまでの試合で盗塁を成功させたことはあるが、抜け目のないKKK(久里山の香取・唐沢)バッテリーを前にしてはあまりにリスクが大きすぎる。

 

(ここを落としたらいよいよ俺たちが不利になる……責任重大だな)

 

 草野が気を引き締める一方で、

 

(佐藤の盗塁が警戒されてるかどうか、はっきり言って五分五分だ。もし読まれてたら、確実に捉まるぞ)

 

 しかしここで寿也を還すには、犠打一本では厳しい。寺門はハマればでかい一発を打ってくれるが、掴みどころのない香取とは相性が悪い。丸山はその逆で、てんで長打は打てないし足も遅いが確実に送りバントを決める器用さがあった。

 

(そうだ、送るだけなら丸山が6番だって良いんだ。キャプテンとして、経験者として、僕はそれ以上の仕事をしないと)

 

 まずは吾郎の指示通り、寿也の二盗を成功させる。すべてはそこからだ。

 そう決心した国分はまず、やや高めにバントの構えをとった。低めに落とさせるのが狙いだが、果たして。

 

「──っ!」

 

 香取が一球を投じる──それと同時に、寿也が走った。

 

「!!」

 

 バントを阻止するためにKKコンビが選択したのは、比較的早く落ちるカーブだった。国分がすかさずバットを引っ込め、唐沢のミットにボールが収まる。判定も聞かずに彼はすぐさま二塁に送球したが、

 

「……セーフ!」

 

 かなり微妙な状況だったが、塁審の判定はセーフだった。それを為した夢島の捕手が笑顔を浮かべ、対する久里山の捕手が渋面をつくる。

 そして続く投球で、今度こそ国分はバントを行った。やや一塁寄りに転がっていく打球。二塁から三塁への送りバントとしては上々だったが、彼はそれだけで満足はしなかった。

 

「っ、あぁぁぁぁぁっ!!」

「!?」

 

 叫びながら、全力で一塁に飛び込む国分。特に意識することもなくカバーしようとしていた一塁手が、唖然としている。

 

「アウトっ!」

「〜〜っ、くそぉっ!」

 

 悔しさを隠そうともせず、地面を叩く国分。ワンナウト三塁、必要な仕事は成し遂げたにもかかわらずのこの行動。

 

(あら……仔犬みたいな顔して、なかなか根性あるじゃない。流石はキャプテンってトコかしら?)

 

 漫然としたプレーで終わらず、自らも生き残ってチャンスを広げようという姿勢。少なくとも香取は、そんな相手の主将を好ましく思った。もっともその直後、国分は背中、とりわけ臀部のあたりに怖気を覚えたのだが。

 

『7番、ファースト寺門くん。背番号、3』

 

 続く寺門が、厳つい顔立ちを引き締めて打席に立つ。前の国分とは対照的な風貌、バッティングも然りである。

 

7番(こいつ)のバント、スクイズは今大会一度もない。あるとしたら犠牲フライだが、パワーがあるだけで特別巧いわけじゃない。普通にやれば打ち取れる、が……)

 

 ここは確実を期したい。そんな意志のもと唐沢の出したサインに、香取は(あら、)と思った。

 

(7番相手に随分な警戒。ま、確かにここは1点もやりたくないものね)

 

 正直そこまで警戒する相手でもないというのが香取の考えであったが、ここは唐沢の慎重さを買った。そして、初球。

 

「ッ!」

 

 最初からフルスイングにかかる寺門だったが、完全に的を外す形となった。パシッという小気味良い音とともに、「ストライク!」と主審の声が響く。

 

(スライダー……!)

 

 先の打席の吾郎にしか使わなかったスライダーを、今ここで。寺門はもちろんのこと、夢島ベンチも少なからず驚きに包まれた。

 

「佐藤にも国分にも使わなかったスライダーを、寺門相手に……!?」

「……その驚き方もどーかと思うで?」

「寺門は当たりゃ飛ぶからな」凹凸コンビに割り込むように、吾郎。「バンゼンを……き、キス?つもりなんだろーよ」

「けっ、顔に似合わず慎重なキャッチャーだぜ!」

 

 だがその慎重さゆえに、寺門はあえなく三振に追い込まれた。スライダー、スライダー、一球大きく外したストレートで、またスライダー。

 

「……すまん、見極めようとしたが無理だった。丸山、頼む」

「う、うん……頑張るよ……」

 

 口ではそう言いつつも、自信なさげに打席へ入る丸山。彼の人となりを知らぬ者でも、打率を見れば一目瞭然だった。犠打で地道に貢献はするが、出塁の機会は殆どない。まして一流と言ってもいい香取が相手では──

 

(こいつ相手にスライダーを見せてやる必要もない。三球で終わらせるぞ)

 

 寺門相手には慎重にも慎重を重ねたが、本来ならできるだけスライダーは見せたくない。この試合における強打者相手にはもちろんのこと、今後のことも考えねばならないのだ。既に彼らは、勝利を見据えていた。

 

「っ、あぁ……!」

「ストライク、ツー!」

 

 必死にバットを振る丸山だが、到底、それこそまぐれでも当たりそうなスイングではない。唐沢は思わず鼻を鳴らした。

 

(ふん、やっぱりバントしかできねぇのか。7番と比べても相当劣るな)

 

 これはやはり、三球で仕留めてしまおう。そう考えていたところに、ベンチから吾郎の声が飛んだ。

 

「丸山ぁ、しっかりしろ!!おまえが打てば1点入るんだ!」

「……っ、」

「おまえなら出来る!基本を思い出せ!」

 

 基本──基本。その言葉を脳内で繰り返すうちに、丸山ははっとした。

 

(そうだ……!センター返し!)

 

 浅ければ俊足の遊撃手に捕られるかもしれない。でなくとも飛球で終わってしまうことだって。しかしこのまま三振で終わるよりは。

 奇跡を信じて、丸山は三球目に手を出した。

 

──かぁんっ!

 

(当たった!)

 

 もはや球種さえわからなかった。とにかく球の軌道に合わせて素直にバットを当てただけだ。それが結果的に、忠実なセンター返しになった。

 

(浅い、あれなら!)

 

 「ショート!」と叫ぶ唐沢。それに応え、揚々と走る多岐川。久里山ナインは統率がとれている、ゆえに中堅手は完全に足を止めてしまった。

 

「──!駄目だ間に合わない!センター走れ!!」

 

 球太がそう叫んだのと、多岐川が掴んだはずのボールを取り落としたのが同時だった。

 

「やべっ……!」

「!?」

 

 彼の想定より、ボールがわずか外側に落ちる軌道を描いた。ただそれだけのことで丸山は生き残り、

 

「1、点──っ!」

 

 寿也は、本塁へと生還を遂げた。

 

「え、あ……ぼ、僕、打った……?」

 

 記録は遊失(ショートのエラー)。しかし彼の一発が得点をもたらしたことは、まぎれもない事実で。

 

 ベンチから、そしてスタンドからも響く「ナイバッチ、丸山ー!!」の声に、彼は涙ながらに拳を掲げるのだった。

 

 




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