【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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粘り打ち

 

「ナイバッチ、丸山ー!!」

 

 三塁走者が還り、ツーアウト一塁。丸山の出塁は、夢島ナインにふたたび青信号を灯した。

 

『9番、ライト児玉くん。背番号、9』

「っしゃあ、続くぜー!!」

 

 勢い込んで打席に向かっていく児玉。しかしこのパターンを幾度となく見てきているベンチ勢は、いちおう声援は送りながらも微妙な表情を隠せずにいた。

 

「ストライ〜ク!アウトっ!」

「あ、あるぇー?」

 

 案の定である。「くっそーあとちょっとだったのによー」などとぼやきながら戻ってくる児玉にもはや誰ひとりツッコミすら入れず、攻守交代となった。

 

 

 *

 

 

 

 とはいえ8回裏は下位打線からのスタートである。吾郎はなんの苦労もなく8、9番を三球三振にとり、初回で内野安打を成功させた多岐川も、

 

「ストライ〜ク、アウトっ!」

「っ!」

 

(ま、また速くなってやがる……!どうなってんだよ!?)

 

 実際の球速はそれほど急激に伸びたわけではなくて──元々160キロ前後なので当然だが──、吾郎の尻上がりぶりが如実に発揮された結果だった。イーブンというひとつのミスが命取りの状況ゆえ、勝利への貪欲さが彼に全力以上の全力を発揮させているのだった。

 

「よし最終回だ、ここから点入れていこう!」

「頼むぜ上位打線ズ!」

 

 その言葉通り、この回は1番から始まる好打順。三者凡退さえしなければ、吾郎に回る。

 無論それで必ず勝てるなどとは、いかに自信満々な彼でも確信には至っていないが。

 

 一方、

 

「なんとかイーブンに持ち込みましたね」

「ええ。あとは草野くんたちがどこまでやれるか……ツーアウトでもゴローに繋げれば──」

「でもその本田くんでも、香取くんのスライダーは打てなかった」

 

 小森がそう言うと、涼子は渋面をつくった。しっかり表情に出てしまう人だなと、改めて思う。そういうところは彼女のボーイフレンドとよく似ているともいえるが。

 

「……確かにさっきは打てなかった。でも次は打つわ、絶対に」

「信じてるんですね、本田くんのこと」

「それだけ長く見てきているもの」

 

 なるほど説得力のある言葉だ。自分にはそうと断言できるほど長きをともにした者はいない。ただ期間の長さなど問題にならないほど、濃密な日々を過ごした相棒がいるという自負はあったが。

 

 

 *

 

 

 

──夢島側の最後になるであろう攻撃は、順調とはいえないスタートとなった。

 

「っ!」

「アウト!」

 

 KKコンビの巧みな配球により草野がバントで打球を打ち上げてしまい、あえなくアウト。想定の範囲内ではあるが、やはり元の期待の大きさがあるだけに皆の落胆も大きかった。

 

(ま、こんなものか。多岐川(うちの)よりはマシなバントだがな……)

 

 多岐川はバントが下手くそなうえ興味もないゆえ、せっかくの足の速さを活かしきれていないのが残念なところだった。そのぶん通常の打撃で強引に出塁してしまう強さもあるのだが。

 

『2番、ショート泉くん。背番号、6』

 

 そんな多岐川と同じ、遊撃手の泉が打席に入る。俊足という意味ではかのふたりには劣るが、バッティングセンスでは圧倒的に分がある。守備も足頼みの多岐川と比べて実に堅実だ。一方で身体が小さく、パワー不足を課題としているのも明らか。

 

(こいつは打たせてやれ。ついでに多岐川に処理させて、名誉挽回させてやろう)

 

 唐沢の意図を察し、香取はくすりと笑った。自らに失策(エラー)という不名誉な記録が付いたことを、彼はとかく悔しがっている。普段はややもすれば少々面倒な男だが、血の気の多さがときに良い方向に作用することも試合ではある。

 

「ストライ〜ク!」

「っ、」

 

(オレにはスライダーはいらないってか!?くそっ、舐めやがって……!)

 

 一瞬激しかけた泉だが、持ち前の性格ゆえに彼は自分自身にも冷や水を浴びせた。

 

(……そりゃそうか、犠打もやったとはいえ俺はこの試合ノーヒット……。これじゃ少なくとも、香取には手も足も出ないと思われたって仕方がない……)

 

 試合中、一度も塁上の駆け引きに参加できないのは実にもどかしく、口惜しい感覚だった。九分九厘最後になるこの打席でこそ、絶対に出たい──!

 

「っ!」

「ファール!」

 

 続く球を三塁際に飛ばした泉だが、これでツーナッシングに追い込まれた形となってしまう。

 

「焦るな泉ー!狙い球絞ってけ!」

 

 ベンチから指示が飛ぶ。最も彼は──明確なサインは別として──そういうものを良くも悪くも気にしない性質なのだが。

 

(ナニ打とうが関係ねえ。こっち飛んできた時点で今度こそオレがアウトにしてやる……!)

 

 左翼方向は多岐川が手ぐすね引いて待ち構えている。それに比べると、一・二塁間はやや鈍いか。

 

(引っ張るのは苦手……なんて、言ってる場合じゃないな)

 

 そもそも打撃自体が得意でない丸山が、破れかぶれでも出塁したのだ。2番打者の自分が無安打無打点では、皆に顔向けができない。

 そんな強い意志に突き動かされるようにして、泉はひたすらに粘った。相手の配球は巧みで、一分の隙もない。しかしこの打席の投球数が二桁に届かんとすれば、どこかで必ず──

 

(ちっ、流石にシニア上がりか。……ボールからストライクゾーンに入るシュート、これならどうだ)

 

 果たして、ちょうど10球目。唐沢のサイン通りに外して投げられたボールは、少しずつ軌道を変えてゾーンへ入ってきた。

 

(入る!)

 

 これこそはと、引っ張りを意識して泉はスイングを敢行した。極めて低い弾道、ちょうど一・二塁間の狭間だ。抜けろ、抜けろと念じながら、もう走るしかない。

 

「──っ!」

 

 二塁手が飛び込む。グラブがボールを捉え──

 

「──抜けたあああっ!!」

 

 すかさず前進してきていた右翼手が処理にかかる。しかし泉の足なら、内野を抜けた時点で勝ちは決まったようなものだ。

 

「っしゃあ!」

 

 出塁できたというだけでガッツポーズなど、No.3──国分には悪いが、実力的にはそうだと泉は思っている──のとるべき行動ではないかもしれない。しかしこれが勝利の足がかりになると思えば、やはり喜ばずにはいられなかった。

 三宅が打席に入る。このまま二盗を成功させてさらにチャンスを拡げたいところだったが、相手も最大限警戒しているのかしつこく牽制を入れてくる。そして打者に投じられたのは、案の定高く外したボール球。

 

(あ、っぶねー……。走らなくて良かった……)

 

 走ったら確実に捉まっていた。ほ、と息を吐く泉。

 

「さすが、泉くんは判断が的確ですね」

「そうね、いちばん安定感もあるし。あれで体格があればとは思うわ」

「あはは……」

 

 身も蓋もないことを言う涼子に、小森は苦笑するしかなかった。体格で言えば、彼は泉よりさらに小柄だ。筋力をつけてパワーは保持しているが、もとより体躯に恵まれた人間には敵わない。しかも身軽さを引き換えにしてしまうから、走塁などではリーチの短さが如実に出てしまうのだ。

 

「それでいくと三宅くんは細いけど上背がありますし、バランスがとれていて良い打者ですね」

「ええ……。でもなんていうかこう、」

「ああ……」

 

(イマイチ、尖ってない……)

 

 言葉にせずとも通じてしまうくらい、ふたりの共通認識だった。久里山バッテリーの警戒も、走者の泉に向けられているようだった。

 ただ、ベストではなくともベターな仕事をする3番・三宅である。送りバントで自らと引き換えに泉を二塁へ送る。ほ、と息をつきつつ、彼は踵を返した。

 

(ツーアウトにしてもうたのはアレやけど……こういう場合のワイは、実質2番みたいなもんや)

 

 続くは吾郎、そして寿也である。彼らふたりなら、あとを託しても問題はなかろう。

 

「満足してんなよ、三宅」

「!?」

 

 すれ違いざまにかけられた言葉に、三宅は思わず足を止めた。

 

「……何が?」

「何って、バントだよ。俺かトシだったら、でかいの一発打ってたぜ」

「………」

「ま、()は頑張れよ。トリプルスリー!」

 

 挑発的な言葉を残すと、吾郎は悠々と打席に入っていく。──それはもちろん三宅を叱咤激励するためのものだったが、同時に自らを鼓舞する意味合いもあった。

 

『4番、ピッチャー本田くん。背番号、1』

「っしゃあ!」

 

 気勢を上げ、構える。どちらにとっても、ここが正念場。とりわけKKコンビの気合の入りようは、これまでとも一線を画していた。

 

(こいつだけは絶対に打ち取る……!──初球からスライダー行くぞ、香取!)

 

(わかってる。こんなやつに、あたし達の3年間を破らせはしない!)

 

 そんな気迫のもと放たれた一発。これまでで最も鋭いスライダーに、吾郎は躊躇なく手を出した。

 

「っ!」

「ストライ〜ク!」

 

 外した。だが、球筋は見えている。表情を引き締めたまま、次に臨む。

 二球目。

 

──かぁんっ!

 

 今度は当たった。しかし弾道は大きく逸れ、あえなくファールとなる。

 

(またツーナッシング……。でも大丈夫だ。吾郎くんならきっと、あのスライダーを捉えられる!)

 

 ウェイティングサークルにて。祈るような気持ちで、寿也は"その瞬間"を待っていた。

 

「ボール!」

「………」

 

 ストライクゾーンぎりぎりを突いたチェンジアップを、吾郎は微塵も動揺することなく見送った。これがもしストライクゾーンに入っていたら、それこそスタンドに叩き込まれていたかもしれない。

 

(その気になればホームランにできるというのは、強ち大言壮語でもないらしいな……)

 

 腹立たしいが、そうである以上は余計な策を弄する必要もない。香取と吾郎、ふたりの技量の純粋なぶつかり合い。捕手である自分は、ただ前者を支えるだけだ。

 

「ファール!」「ファール!」「ファール!」──主審が壊れたテープレコーダーのように繰り返す中、香取はこぼれる汗を拭った。中盤までのエコロジカルな投球とは裏腹に、ここにきて彼の投球数は一気に増加している。もとより特別スタミナに秀でているわけではない彼では、疲労がみえるのも仕方のないことだった。

 そしてそれが、誰の目にも明らかな形で顕在化した。

 

「……っ!」

 

 香取の投じたスライダーが大きく右に逸れ、唐沢にも捉えきれずに後逸してしまったのだ。

 好機と捉えた泉がすかさず二塁を飛び出し、唐沢が投げようとしたときには三塁に達していた。

 

「っし……ラッキーラッキー」

「な……ナイス判断っす、先輩」

 

 三塁コーチの大河の言葉に、「まぁね」と泉は鼻を鳴らしてみせた。やはりこうしてダイヤモンド上の駆け引きに参加してこそのアベレージヒッターだ。あとはこの三塁から、捕手の守る"四つめ"に到達できるか否か。

 

(頼むぞ、本田……)

 

 奇しくも唐沢も、己の相棒に対して同じことを思っていて。

 

(香取、頼む……!決勝まで、あと一歩なんだぞ!)

(っ、わかってるよ……唐沢、)

 

(皆を……球ちゃんを、甲子園に連れていくんだからッ!!)

 

 文字通り、一球入魂。これでマウンドを降りることになってもかまわないという気持ちで、香取は己の最高と信ずるスライダーを投じた。ボールがまるで意志をもったように、華麗な弧を描いてミットに吸い込まれていく。

 

(すげぇ。これが香取の、ホンキのスライダー……!こんなの、アメリカでもお目にかかれなかったぜ)

 

 それでも、

 

(オレは、敗けねえ──!)

 

──かあぁぁんっ!

 

 ひときわ激しい打突音とともに、吾郎のひと振りがスライダーを捉えた。

 

「!!」

 

 高く飛んでいく打球。外野が追い、落ちてきたところにスライディングキャッチにかかる。半ば破れかぶれの行動だ。

 事実グラブは届かず、ボールは壁際へと転がって。

 

「──2、点っ!」

 

 その間に泉が生還を遂げ──夢島ナインは、勝ち越し点を獲った。

 

 

 

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