【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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9回裏、1点差

 

 9回表、勝ち越し点。

 重大な局面で功績を挙げ、走者となった本田吾郎はというと。

 

「くっそ〜ホームランにできんかった……!イタミワケってヤツか……」

 

 盛大に悔しがっていた。「いやヒットを打っておいて痛み分けはないだろう」という、草野の反論もどこ吹く風である。

 

(ほんと本田って……)

(なんつーか……)

 

「野球バカ、だな……」

 

 南雲の声に出した呟きが、皆の総意だった。

 一方で、

 

「っ、タイム!」

 

 平静さを失いかけながら、マウンドへ飛んでいく唐沢。自分より今は、香取のことだ。ふたりを中心に、内野手たちも集まってくる。

 

「……打たれた……。あたしの、スライダーが……」

 

 今まで誰にも打たれたことのない──これから先、厚木のクリーンナップにだって打たれるつもりだってなかったウイニングショットが。

 呆然とする香取に我を取り戻させることができるのは、唐沢しかいない。

 

「うらあああっ!!!」

「ッ!?」

 

 グラウンド中に響きわたる怒声に、スタンドの端に至るまでが驚愕に包まれた。主審が何事かと駆け寄ってこようとしている。

 しかし唐沢のそれは、十分に戦略的な意味をもつものだった。

 

「唐沢……」

「目ぇ覚めたか、香取?」

「え、ええ……ごめんなさい、取り乱しちゃったわ」

 

 「あたしってば、カッコわるーい♪」と香取。この様子なら大丈夫そうだが、念には念をと唐沢はミットで口元を隠した。

 

「佐藤は敬遠するぞ。……勘違いするなよ、おまえの調子を完璧に整え直すためだ」

「……わかったわ」

「次の国分をスライダーで抑えて、裏で返す。いいな、皆も」

 

 頷く野手陣。たとえ何点差を付けられようと、この結束は揺らぐことはないと唐沢は確信している。──皆、自分たち以上に球太を、甲子園出場校の監督にしてやりたい。その一心で戦っている限り、折れることなどありえないのだ。

 

 

 *

 

 

 

「ストライ〜ク、アウッ!」

「っ、」

 

 予定通り寿也を敬遠し、久里山バッテリーは国分をスライダーで打ち取ることに成功した。完全に態勢を立て直したことは、誰の目にも明らかだった。

 

「ドンマイ、キャプテン!果敢なスイングだったぜ」

「どうも……。裏は確実に唐沢まで回るし、頼むよ!」

「うん。しっかり守って、決勝へ行こう!」

 

 一方、久里山ベンチ。最後の攻撃を迎えるところで、彼らは円陣を組んでいた。

 

「ここで勝ち越し点を獲られたのは、正直言って痛い」

 

 球太の言葉に皆、厳粛な面持ちで頷いた。そして彼の続けるであろう言葉が叱責の類でないことも、誰もがわかっている。

 

「まずはこの裏、最低1点獲ろう。ちょうどいいことに、唐沢までは確実に回る」

「ええ。今度こそホームランにしてやりますよ」

「はは……それがいちばんいいけど、チャンスは確実に拡げていきたい。──森、バントでなら出塁()られるか?」

「……やってみせます!」

 

 一瞬の逡巡は消しきれなかったが、それでも良い返事には違いなかった。続いて球太は香取に目を向ける。

 

「香取、きみは──」

「──あたしも打つわよ。ラッキーヒットとはいえ、一度は当ててるんだもの」

「!……」

 

 そうだった。香取にはバッティングセンスもあると認めて、3番に抜擢したのは自分だ。投球優先で打つなと命じるは、託した信頼を自ら否定するようなものだ。

 

「……わかった。香取はマルチヒット、狙ってみてくれ」

「はぁーい」

 

 勝利への道筋は定まった。改めて皆を見渡し、球太は口を開いた。

 

「皆……苦しい局面だけど、そんなもの僕らは何度だって経験してきた。ここも乗り切って、必ず甲子園へ行こう!神奈川に久里山ありと、全国に知らしめるんだ」

「──久里山に球ちゃんあり、もね♪」

 

 香取のウインクを苦笑とともに流しつつ、球太は打者をフィールドに送り出したのだった。

 

 

 *

 

 

 

『2番、レフト森くん。背番号、7』

 

 覚悟の面持ちで打席に立つ森。この試合、特筆すべき成果は何もない。しかしだからこそ、自分に対する警戒は薄まっているだろうと彼は考えた。

 

(当てたら走る……。当てたら、全力で走る!)

 

 幾度となく己に言い聞かせているうちに、吾郎はモーションに入っていた。力強いワインドアップ──来る!

 

「──っ!」

 

 バントの構えをとろうとする前に、吾郎のジャイロボールはキャッチャーミットに納まっていた。

 

「ストライ〜ク!」

「っ、」

 

(て、手が出なかった……!)

 

 吾郎のそれが球速も球威も段違いであることは、これまでの打席でわかりきったこと。頭の中では何度となく迎え撃つイメージを繰り返してきたというのに。

 現実は、あまりに険しすぎる。二球目こそはと思うが、内角一杯を攻められやはり手が出ない。「ストライクツー!」の宣告に、森は絶望的な気持ちに囚われた。

 

(やばい、ツーストライクだぞ……!どうする、ヒッティングに切り替えるしかないか!?でもオレじゃ、振って当たる確率なんて──)

 

「森!!」

「!」

 

 そのとき、ベンチから響く呼び声。はっと顔を上げた森が見たのは、球太監督の力強い瞳だった。

 ──彼は森の打席(ここ)を諦めてなどいない。その事実を認めて、森は奮い立った。

 

(どうせ振っても当たらないってんなら……バントミスっても同じこと!)

 

 むしろ、意表を突けるだけチャンスが広がったと捉えるべき。──そうして、三球目。

 

(アウトロー!いける!!)

 

 いよいよ森はバントの構えをとった。スピードには反応しきれていないもののきっちり軌道上に落とされたバットは、標的の勢いをそのままに押し返す。両腕の骨が軋むような感覚を味わいながらも、森はそのまま一塁へと走り出した。

 

「三宅!フェアだ!!」

 

 叫ぶ寿也。ボールは三塁寄り白線の際で、その動きを止めた。確かにフェアだ。

 

(狙い通り……!セーフになるんだっ、セーフに!!)

 

 打球処理がどこまで進んでいるのかさえもわからないまま、森は一塁に飛び込んだ。砂埃が大きく舞い、彼の姿を一瞬覆い隠す。寺門は捕球に成功している。

 判定は、

 

「……セーフっ!」

 

 森の接触のほうが、確かに寸分早かった。──セーフティバント、成功。

 

「や、やった……!やったよ監督……!」

 

 ずっと1番多岐川の影に甘んじてきたけれど、図らずも先頭打者として最高の仕事ができた。野球をやってきて良かったと、初めて心の底から思えた。

 

(っ、やるな……2番はノーマークだった)

 

 逆転サヨナラの可能性をわずかでもつくってしまったことに、歯噛みする寿也。吾郎も思いは同じだろうが、どこか愉しそうにも見える。

 続く香取。先ほど当てたのはインハイの、ゾーンぎりぎりの球だったと記憶していた。寿也がそれを覚えていれば、外してくるだろうと予測してバットを振ったのだが。

 

「っ!?」

「ストライ〜ク!」

 

 寿也が選んだコースは、またしてもインハイだった。

 

(香取の得意コースはインハイってわけじゃない。あれは本当に偶然のヒットだ。なら下手に避けずに、むしろ積極的に狙っていく……!)

 

 二球目、寸分の狂いなくまたインハイ。三球目も……と見せかけて、今度はさらに高く浮いたボール球。

 

(っ、厭らしいリードするじゃないさ。その意地の悪さがもう少し顔に出てれば、まだ可愛げがあるってのにね……!)

 

 これだから美形はと苛立ちつつ、香取はバットを短く持ち直す。先ほどのようなラッキーヒットはもう期待できない。ならせめて、次善の策を。

 

──四球目。バッテリーがとどめと定めたのは、

 

(ド真ん中!?っ、これなら……!)

 

 絶好球、というにはあまりに激しい弾丸のような一球。しかし香取は臆せず力いっぱいバットを振った。

 結果はジャストミート。それでも内野を抜けるほどの力はなく、ボテボテに終わってしまう。すかさず泉が飛び出し、捕球にかかった。

 

「泉、一つだ!」

「っ!」

 

 寿也の指示通り一塁に投げ、香取を刺すことには成功する。しかし中途半端にフライやライナーにしなかったことが功を奏し、森は二塁に進んでいた。

 

「ふぅ……これこそ本当に痛み分けってやつね」

「そうだな」

「──任せたよ、相棒」

 

 頷き、打席へと入っていく唐沢。球場がしんと静まり返るのは、彼の発する強烈な闘気ゆえか。

 

「……ワンナウト二塁……。ツーベースなら同点、ホームランなら……」

 

 その先は言うまでもあるまいと、小森は口をつぐんだ。涼子はもはや何も言わず、じっと趨勢を見守っている。

 

 寿也のサインに頷き、初球。

 

「──ヌゥンっ!」

 

 鋭い打突音とともに、打球がスタンドへ飛んでいく。とはいえ誰の目にも明らかなファールボールであったが。

 

(やっぱりだ……!もう完全に、吾郎くんの最高速度(トップスピード)に合わせてきてる……!)

 

 吾郎の持ち前の球威ゆえ、思う通りには飛ばせていないというだけだ。そして球数が100を越えた今、それが弱まることはあってもさらに伸びるということはない。現状維持が精々では、いずれ──

 

──寿也の懸念を立証するかのように、唐沢の打球は着実に本塁打へ近づきつつあった。

 

(いいぞ、唐沢……!)

 

 チームメイトたちが懸命に声援を送る中、球太もまた口元の笑みを抑えきれずにいた。唐沢の3年間を誰よりまっすぐに見つめてきた身ゆえに、その勝利の法則を彼は誰よりも理解していた。

 唐沢は、吾郎に勝てる。──きっと、厚木学園にも。

 

 そうして彼らを、夢の舞台(甲子園)へと連れていってやれる──肘を壊して裏方に転向してから、ずっと抱き続けていた夢が、ようやく叶うのだ。

 

「ファ……ファール!」

 

 そうして遂に、審判が一瞬判断に迷うほどの打球が放たれた。

 

(あ、あかん……!こらあかんで……!)

(っ、でかいのばっかじゃ手ぇ出せない……!)

(本田、佐藤……!)

 

 野手たちが焦燥を隠しきれなくなったときだった。吾郎と寿也が同時に「タイム!」と声をあげたのは。

 バッテリー、そして内野手の4人がマウンド上に集結したところで、ミットで口元を隠しながら寿也が言った。

 

「決勝までとっておくつもりだったけど、予定変更だ」

 

 

「使おう、ジャイロフォークを」

 

 

 

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