【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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厚木vs帝仁

 

 時間は巻き戻り、準決勝第1試合から数時間後。

 自らの試合を勝利で終えた夢島ナインの面々は、"次"に備えてスタンド上にいた。

 

「いよいよやな〜……なーんか緊張してきたで……」

「いやその言葉は決勝にとっとけよ」

 

 すかさず突っ込みを入れる泉。とはいえ緊張する、と言うのもわからなくはない。その決勝の相手が、ここで決まるのだ。

 

──厚木か、帝仁か。

 

 

 サイレンが鳴り響き、両チームがフィールドに駆け出してくる。いずれのメンバーも、以前に練習試合をしたときと変わりはない。皆、見知った者たちばかりだ。

 一塁側のベンチから出てきた帝仁の面々──そのリーダーたる櫻内が、不意に足を止めてこちらを見た。

 

「!」

 

 挑戦的な笑みを浮かべる櫻内。首を洗って待っていろ、とでも言いたげだ。厚木学園に勝利し、自分たちと決勝を戦う未来を現実のものとして思い描いている──それを悟って、吾郎もまた笑い返した。

 

 

 *

 

 

 

 先攻、帝仁。トップバッターは昨年の練習試合と同じ、右翼手の蘭。

 対する厚木の投手は──

 

「今日の先発、やっぱり眉村か……」

 

 予想はできてたけど、と寿也。厚木は眉村を筆頭に、阿久津・市原の計3人をローテーションで登板させている。準々決勝までは中継ぎ限定で2年生も起用していたが、この試合では見当たらない。ちなみに半年前の練習試合で先発を務めた渡嘉敷は、既にスタメン二塁手として定着しているようだった。

 

「あいつのピッチングをがっつり生で見られるなんて、こんなありがてーことはないぜ」

「……本田はやっぱり、厚木が勝つと思う?」

 

 国分の問いに、「地力を考えりゃあな」とにべもなく答える吾郎。ただその言葉には続きがあって。

 

「っつっても、帝仁だって雑魚じゃあない。──ジャイアントキリングが起きてくれたほうが、ここも決勝も面白ぇけどな」

「けっ……流石違ぇぜ、エース様はぁよ」

「なに拗ねてんすか、元エース先輩?」

「拗ねてねーし!つーかてめーがそれ言うな大河!」

 

 結果がどうあれ、吾郎は構わないのだ。順当に厚木が勝てば、眉村&小森バッテリーや4番薬師寺を中心とする強者たちとやりあえる。

 

 いずれにせよ、既に勝負は始まっていた。

 

「──プレイ!」

 

(初球を叩く!初球叩いて、勢いをこっちに……!)

 

 ひたすら自分に言い聞かせ、バットを握りしめる蘭。対する眉村は、眉ひとつ動かさずに初球を投じる──

 

──スパァン!

 

「ストライィク!!」

「っ、」

 

 スイングを仕掛けた蘭だったが、盛大に空振ってしまう。(は、速い!)──それが率直な感想だった。

 

「いいぞ蘭!」

「振ってけ振ってけ!!」

「夢島の本田のほうが速かったぞー!!」

 

 最後の言葉はとりわけ、最もベンチに近い小森の耳に残った。思わず、笑みをこぼしそうになってしまう。

 

(さすが本田くん……。帝仁(彼ら)からも評価されてるなんてね)

 

 俄然、決勝が楽しみになってくる。──帝仁の面々には申し訳ないが、早々に決着をつけねば。

 

「眉村くんの強みは、ゴローと同じジャイロボールの球速と球威……でも、それだけじゃないわ」

「そうですね。要所で挟んでくる変化球も、一流のプロ並みだ」

 

 そして打者の裏をかく絶妙な組み立てを差配しているのが、女房役たる小森だった。ナイン一の小柄な体躯でありながら、彼は初回にして戦場のすべてを握らんとしている──

 

 結局、蘭は一球も触れることができず三振にとられ、続く2番セカンド・橘、3番レフト・麻柄もあえなく打ち取られてしまった。

 

「………」

「ナイスピッチ、眉村くん」

 

 攻守交代のためにベンチへ引き上げる相棒に声をかける小森。果たして彼は名字に反して眉ひとつ動かさず「当然だ」と応じただけだった。まあ、いつものことではある。

 しかし今日は、それだけでは終わらなかった。

 

「──"本田のほうが速い"。奴ら、そう言っていたな」

「え、あ、ああ……そうだね。でもピッチャーは、速さがすべてじゃないから」

「わかっている」

「………」

 

 悪いとは思いつつも、思いきって訊いてみることにした。

 

「……気になるの、本田くんのこと?」

「奴のストレート……いやジャイロボールの球速が俺に勝るのは、データに基づいた客観的な事実だ」

 

 その一点をとっても、眉村にとっては今までに相まみえたことのない投手だった。

 それに何より、

 

小森(おまえ)が、特別な関心を抱いている」

「!」

 

 小森は目を丸くした。眉村というか、投手陣の前ではデータレベル以上には吾郎のことを話題にしてこなかったつもりなのだが、流石にお見通しだったか。

 

「そうだね、僕も気にはなってるよ。さっきの試合でも、とんでもないものが見られたしね」

「………」

「だけどそれ込みでも、きみが劣るとは思わない。……決勝でそれを客観的に証明できないのが、惜しいけどね」

 

 この試合、計算通りに進めば眉村ひとりで完投できるはずだ。決勝では阿久津、市原の出番となる。吾郎との直接対決の機会は訪れない──

 

「……それは、どうかな」

「え、」

 

 鼻の穴をひくつかせる眉村。その意味を知る数少ないひとりである小森は、言葉を失うばかりだった。

 

 

 *

 

 

 

 1回裏。マウンドには帝仁のエース・葦原が立つ。昨年の練習試合より、随分と体格がよくなった。見違えるようだ。

 

(葦原も俺たちもこの大会、最高のコンディションで戦えてきた。たとえ厚木が相手でも、通用するはずだ)

 

 一塁からバッターボックスを睨みながら、櫻内はそう確信していた。この準決勝に至るまでも、強豪と呼ぶべき相手と対戦してきた。葦原は一歩も行かずに守護者としての役割を果たし、既にプロからも注目される逸材となりつつある。

 櫻内自身もまた、プロを見据えていた。常勝無敗と謳われた厚木学園を打ち破れば、その目標を一気に実現まで引っ張り込むことができる──

 

 入学当初からの相棒(女房役)である柿本のサインのもと、葦原は初球を投じる。

 対する1番ライト・矢尾板は、

 

──かぁんっ!

 

 あっさりと、それを打ち抜いた。

 

「!!」

 

 腕力はないゆえ、本塁打にはならない。もとより狙っていない。矢尾板に課せられたのは出塁だけ──単打であれば、このあとに仕事がもうひとつ。

 

『2番、セカンド渡嘉敷くん』

 

 背番号4を与えられた、小森に次いで小柄な渡嘉敷が右打席に入る。元々よく言えばさっぱりとした気性、悪く言えば物事を深く考えない性質の彼は、スタメンであるという一点において今の立ち位置を受け入れている。まあ、眉村などという化け物投手を身近にしている時点で、投手として一花咲かせようなどという気概はなくなるというものだ、まともな感性なら。

 そんな彼の2番打者としての使命は、走者を確実に送ることである。──その号砲を切ったのは、彼自身ではなく矢尾板だった。

 

「ボール!」

「っ!」

 

 矢尾板の能力を鑑みれば、予測はできていた。だから初球は高く外し、すかさず二塁に送球したのだが。

 

「──セーフ!」

 

 矢尾板の足は想像以上に速く、余裕をもって二盗をされてしまった。

 

──対厚木における勝利の道筋において、重要なスタートラインがふたつあった。

 先制点と、初回で相手を無得点に抑えること。いきなり二塁に進められてしまったことで、一気に暗雲が立ち込め始めている。

 

(いや、まだだ……!コイツに送りバントを失敗させれば……!)

 

 アウトコース、ストライクからボールになるスライダー。定石通りの要求、それゆえに渡嘉敷は悠々と見送った。

 

(ピッチ悪かねーけどさぁ……フツーなんだよね、正直)

 

 ベスト4といえど、所詮この程度。ならばこちらもセオリー通りに、粛々と、勝ちに行くだけだ。

 

 二球目も似たようなコースでボール。ならば次は、ぎりぎりでもストライクゾーンに入れてくる。

 そんな予想はぴたりと的中し、カーブがわずかにゾーン外側の縁に入ってくる。──渡嘉敷には、それで十分だった。

 

──コンっ!

 

 軽やかな打突音とともに、渡嘉敷は見事投手と一塁の間にボールを転がした。

 

「っ、一つ!」

 

 苦しいながらも、柿本は素早く判断を下した。一塁を取り、渡嘉敷をアウトにする。

 とはいえ──これで、ワンナウト三塁。

 

 それにまだまだ、こんなものは序の口に過ぎなかった。

 

『3番、キャッチャー小森くん。背番号、2』

 

 チームの頭脳でありながら、クリーンナップの先頭という実働の要も務める小森。その肩書きに見合わぬ風貌であるからこそ、彼は最大限の警戒をもって迎えられた。

 

「……こうして上から見ると、やっぱり小さいな」

「誰が言うてんねん」

「俺らより小さいから言ってんだよ」

「しーっ、静かに!……色んな意味で」

 

 あまり背丈の話をされるのは嬉しくない我らが主将。それだけに彼は、自分はもちろん泉より小柄な小森の活躍を純粋にすごいと思っていた。

 

(主将としてあのクセの強そうなチームをしっかり纏め上げつつ、参謀(ブレーン)でもあって、打撃でもクリーンナップを打って……。本田は彼のことを「僕に似てる」なんて言ってたけど……正直、レベルが違いすぎるよ)

 

 あらゆる面で、彼は自分の上位互換だと国分は思った。主将としていま自分にできているのは、皆を叱咤激励することくらいだ。絶大なカリスマ性をもつ吾郎に、元々夢島学園に首席として入学するだけの頭脳をもつ寿也──野手に限定しても、事実上のリーダーは泉である。

 

(でも……夢島(僕ら)はそれで、ここまでくるだけのチームになったんだ)

 

 もとより、プロを目指して野球をしてきたわけではない。無論、まだ分別のつかなかった幼い頃はその限りではないけれど。

 もし決勝で厚木に勝つことができたとして──さらに言えば、最大の目標である全国制覇を成し遂げたとして。その先に自分がどうなっているかなんて、想像もつかない。

 

 ただ──取材に来た記者に忘れ去られるような主将ではだめだと、国分は拳を握りしめた。

 

 

 一方、国分と似ていると──あくまで吾郎の主観では──評された小森は、プロ入りを壮大な夢などではなく、目標のひとつとしてしか捉えていなかった。

 ならば彼が、最も大事にしているものは何か。

 

──それは"仲間"だった。今ここにいる大切な仲間たちと勝利の栄光を分かち合い、皆がより良い将来に進めるようにしたい。

 

 陳腐に過ぎる考えだと、自分自身強く思う。しかし幼少の頃から一貫してきたその信念だけが、小森を何処にでもいる平々凡々な捕手から、常勝校のリーダーへと上り詰めさせた。

 

(ここにいる皆のために、僕は──)

 

 迫りくる白球。自信と誇りを纏った、ノビのあるストレートだ。捕手としてそれを受け止めるなら、ナイスボールと言って返球してやりたいところだったけれど。

 

 

(僕は、全力を尽くす!)

 

 

──そして小森は、白球をスタンドに叩き込んだ。

 

 

 

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