【完結】夢島ナイン   作:たあたん

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宣戦布告

 

 一年前の練習試合から、磨きに磨かれた葦原のストレート。

 

 それが小森の手によって、完膚なきまでに叩き潰された。

 

「あらら……予定が狂っちゃった。薬師寺くんに3ラン決めてもらうつもりだったのに」

 

 言葉とは裏腹の笑みを口元に浮かべつつ、若き女監督は呟くのだった。

 

 

 一方、帝仁の面々──初回から徹底的に良いようにされたことは、半ば覚悟していたこととはいえ選手たちの心に大いなる楔を打ち込んでいた。

 

「……皆、すまん……。オレの球が、通用しないせいで……」

「それを言うな、葦原」

 

 弱気になっている葦原を制するように、主将・櫻内が言葉を遮った。

 

「向こうは元々格上なんだ、厳しい戦いになるのはわかっていた。──とられた点差は俺たちで埋めるから、おまえはおまえのベストを尽くせ」

「……凡退しちゃってすいません、葦さん。でもオレも、次頑張りますから!」

 

 櫻内が、橘が──内野手たちが口々に、勝利の道筋を語っていく。そこに具体的な方策が何ひとつ盛り込まれていないのが、この一戦が如何に困難なものであるかを物語っている。

 だからといって最初から諦めるのは、自分たちの三年間に泥を塗るも同然だ。最後まで、皆でベストを尽くす──戦い抜く。

 

「皆こう言ってくれてる。……せっかく色々攻略パターンを考えたんだ。ここは割り切って、次に行くぞ」

「っ、ああ……!」

 

 葦原の瞳に戦意が戻る。それを認めた柿本は、内心胸を撫でおろした。夢島高校との練習試合における思わぬ敗戦を機に改善されたとはいえ、葦原にはプライドの高さに付随する脆さがある。初回本塁打で崩れるようなことがあっては、それこそ敗北まで一直線だ。

 大丈夫、戦いは始まったばかりだ。オレたちはまだやれる。それぞれが自らにそう言い聞かせ、大戦(おおいくさ)に改めて臨む。

 

──悲しいのは、対戦相手がこの試合を通過点としか捉えていないことだった。

 

 

 *

 

 

 

 それから、確かに帝仁ナインは善戦した。持ち前の連携プレーで被安打を防ぎ、大量得点を許さずに来た。

 その一点のみを取り上げれば、帝仁にも勝利の芽があるように思われるだろう。

 

──大量得点とはゆかずとも、7回の時点で7点差、帝仁側は未だ無得点という状況を知らなければ、だが。

 

「………」

 

 7回表、ツーアウト……走者なし。そんな状況においてバッターラップを言い渡されたのは──4番ファースト、櫻内。

 

(ここで俺が打てなければ、コールド敗け確定か……)

 

 皆がベストを尽くし、今大会最高のパフォーマンスを発揮してなお、この結果だ。現実はあまりに非情だと、いっそ乾いた笑いすらこぼれそうになる。

 

「ストライィク!!」

「っ、」

 

 初球はストレートと当たりをつけてバットを振った櫻内だったが、その読みはあえなく外れてしまった。──眉村自身の実力もさることながら、小森の配球がそれを最大限に活かしている。彼は打者ごとの得手不得手を頭に叩き込んでいるだけでなく、その時々の打者の思考回路まで完璧に把握しているかのようだった。

 

(っ、まだだ。ここで打ち勝てば、眉村を引きずり下ろす端緒になる……!)

 

 完全無欠、精密機械の眉村。しかし彼とて人間で、同じ18歳の少年であることに変わりはない。眉村の急所を突くことは、そのまま厚木の鉄壁の布陣に穴を開けることに繋がる。阿久津と市原もむろん強力な投手だが、特徴が明快なだけに付け入る隙もあるのだから。

 しかし、

 

「ストライク、ツー!!」

「くっ……!」

 

 またしても空振り。帝仁No.1の強打者たる櫻内が、たった二球で追い込まれてしまった──

 

「櫻内が、こうも簡単に……」

「これが眉村の……いや厚木の力だってのかよ」

 

 皆がただただ慄然とする中で、吾郎の心もまた櫻内に寄せられつつあった。

 

(イッシ報いろよ櫻内……!おまえ、ド真ん中一本とはいえ、オレの球をホームランにしてんだぞ)

 

 三球目にウエストを挟み、カウントツーワン。次で決めに来ることは、誰の目にも明らかで。

 

(今度こそストレート……本田よりはやや遅いそれに、的を絞る!)

 

 果たして櫻内の望むとおりのサインを、小森は出した。読み合いで上を行かれたわけではない。眉村の鼻がひくりと動いたのが、その証拠だった。

 ワインドアップ──そして、投球。砂塵を巻き起こすような凄まじいジャイロ回転が、ミットめがけて走り抜けていく。

 

「──っ!」

 

 もはや櫻内は獲物を目前にした餓狼のように、本能のままバットを振るった。自ら飛び込んでくる白球と、ごうっと音をたてながら芯で接触を遂げる──

 

「ぐぅ──っ」

 

 重い、なんという重さだ。櫻内はただただ驚嘆した。それでも、ここで押し負けてなるものか。いま彼の逞しい双肩には文字通り、帝仁野球部全員、そして応援してくれる家族や友人、関係者すべての想いがかかっているのだ。

 

(オレ達は──甲子園に行く!!!)

 

 そしてついに、櫻内の心身がバットを通じて眉村の直球を撥ね飛ばした。

 

「!!!」

 

 球場を埋め尽くす誰もが目を見開き、口から意味のない発声を溢していた。打った、櫻内が。

 

(入れ、)

 

 そう思ったのは帝仁の関係者ばかりではなかった。立場の上では中立であるはずの夢島の面々も、意図せずそう願ってしまっていた。

 それほどまでに櫻内は今この瞬間、球場においてヒーローで。

 

 

──そのヒーローを完膚なきまでに叩き潰す悪役(ヒール)が存在するのだ、現実には。

 

 

 球場の際の際へ翔んだボールは、それが摂理であるかのごとき自然さで中堅手のミットに納まっていた。

 

「あ……」

「!!」

「────、」

 

 

「アウト!ゲーム、セット!!」

 

 無慈悲な宣告が、球場に響き渡った。

 

 

 *

 

 

 

 勝者と敗者が定まった。敗者たちは涙をこらえながら、球場を去っていく。

 

「っ、う、う゛ううう……っ!ずい、ません!オレ、打つって言っだのに……!」

「言うな橘、打てなかったのは皆同じだ。……おまえにはまだ、来年がある。おまえが、これからの帝仁を率いていくんだ」

「キャプテン……っ」

「葦原、おまえもよく投げてくれた。おかげで最後の打席、あきらめずに勝負することができた」

「……何十点差あってもあきらめないだろ、おまえは」泣き笑いのような表情を浮かべる葦原。「オレも……楽しかったよ」

 

 葦原は入部当初、櫻内のことを嫌っていた。厚木野球部への入部を希望しながら選考に漏れた葦原にとって、スカウトされたにもかかわらずそれを蹴ってわざわざ帝仁に来た櫻内は理解しがたく、存在そのものが不愉快に思われたのだ。

 その櫻内を主将と仰いで戦ってきて、結局その厚木に敗けた。にもかかわらず、葦原の心は澄みきっていた。三年間、帝仁で、この面子でプレーしてきて、何ひとつ悔やむことも、恥じることだってない。

 

 彼らは間違いなく、帝仁の名を背負った主人公(ヒーロー)だった。

 

 

 *

 

 

 

 敗者たちのドラマが蛍火のように燃え上がる一方で、勝者たちは高揚とは無縁のままに球場を去ろうとしていた。

 

「あっ、出てきたぁ!」

「きゃーっ、薬師寺くぅ〜ん!!」

「やーん、ヘンなの入っちゃった!」

「眉村くんーっ、こっちみてー!」

「トカちゃんカワイイーっ」

 

 出待ちの少女たちの黄色い悲鳴(一部、罵声)と、カメラの作動するパシャパシャという音が不協和音を奏でる。声をかけられた面子はにやけることもせず、鉄面皮のまま専用のバスめがけて歩を進めていた。ただお調子者の渡嘉敷だけは、自分に対する声援に律儀に応えてピースまでしていたのだが。

 

 最後に出てきた小森も、上述の四人に比べれば目立たないとはいえファンから声がかかっていた。美形ではないが小動物のような容姿と、そこからは想像もつかないリーダーとしての振る舞いに深く入れ込む女性たちも少なからずいるのだ。

 いずれにせよ薬師寺たちのように彼女らを無視できる性格ではないので、困ったような微笑みを浮かべるしかない。結果、ますます甲高い悲鳴が上がる。

 

 それどころか、これはいけると"暴走"してしまう者までいて。

 

「こもりいぃぃぃん、アタシだけを見てぇぇぇん!!」

 

 留め役の厚木学園スタッフを押しのけて、飛び出してくる出っ歯の少女。小森を守るように投手の市原がすかさず射線上に割り込むが、彼を直接救ったのは市原でも阿久津でも眉村でもない──もっと言えば厚木のメンバーではない、第四の投手だった。

 

「ぎゃんっ」

 

 悲鳴とともに突き飛ばされる少女。彼女と入れ替わるように現れたのは、

 

「アタシだけを見て〜ん、こ〜もりん……なんてな」

「ほ、本田くん!?」

 

 次なる対戦相手──夢島の絶対的エース、本田吾郎。そしてその背後からは、彼の女房役である佐藤寿也も追いかけてきて。

 

「ちょっと、吾郎くん!女の子になんてことしてんだよ……!」

「あー、わりィわりィ。ごめんなそこの娘〜」渋々手を合わせて謝りつつ、「よ、小森。大勝利、コングラッチュレーション!」

「あ、ありがとう……。あの……何か用?」

 

 仲間たちの様子を気にしつつ、小森はやんわりと尋ねた。吾郎との関係について何も憚ることなどないのだが、彼の存在を皆がどう思っているかはまた別の問題である。

 

「なんだよつめてーなァ、俺とおまえの仲じゃん」

「──おいおまえ、さっきから何なんだ。馴れ馴れしいぞ」

 

 そう咎めたのは色黒で大柄な控え捕手だった。口に出す出さないはともかく、それが小森を除く大多数の意見には違いない。ただ吾郎は、敵意には敵意で返す男だった。

 

「別におまえに用はねーよ、よね……ヨネ、ヨネスケ?」

「米倉だ!!てめぇ馬鹿にしてんのか!?」

「ちょっと吾郎くん!!……すいません、彼、野球以外のことはちょっと……いやだいぶあれなので」

 

 すかさず寿也がフォロー?に入り、激昂した米倉のことも薬師寺が「こんな奴相手にすんじゃねえ」と押しとどめる。ひとまず一触即発の事態は避けられたが。

 

「……本田くん、悪いけどあとで……」

「あん?……まー、そうだな。おまえのお仲間、ピリピリしてるみてーだし」

 

 不承不承そう応じる吾郎を見て、寿也はほっと胸を撫でおろした。如何せん彼の闘争心の強さは試合以外の場でも発揮されてしまう。それがわかっているから、寿也も吾郎に(したが)うことにしたのだ。──小森とふいに目が合って、お互い苦笑を浮かべる。

 

 ともあれ、この場はそれで収まるはずだった。──"彼女"が、吾郎の存在に気づいてしまうまでは。

 

「こんなところで出待ちなんて、随分な余裕ね……大エースくん?」

「!」

 

 厚木学園の若き女性()()監督──早乙女静香が、影のある微笑とともに吾郎の前に立ちはだかった。

 

 

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