【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
ポケットモンスター、縮めてポケモン。
この世界には100……200……いや、それ以上のポケモンが住んでいる。
……とまぁ、そんなことはこの作品を読んでいる読者諸兄ならばご存知だろう。
これはそんな世界における、ごく一般的などこにでもあるようなお話である。
ここはどこにでもいるような金持ちが住む、どこにでもあるようなお屋敷。
亭主であり大財閥の社長でもあるガウン氏によって、使用人の一人であるジャックが呼び出されていた。
仰々しいビジネス書の詰められた本棚や希少な絵画に囲まれた書斎にて、その密談は行われる。
「いやいや、忙しい中悪いねジャックくん。」
わかりやすく高級感のある織物でできた和服に身を包んだ初老の男性は、口ひげを右手で弄くりながら述べる。
「いえ。ご主人さまの命とあらば、当然のことです。」
そこに対峙するように、「休め」の姿勢で構えるスーツ姿の青年こそ、この家の使用人・ジャックであった。
銀髪とストレートヘアに紫色のメッシュという、使用人としてはあまりにもパンクすぎるヘアスタイルだが、それ以外は品行方正な好青年……といった印象の人物だ。
「さて、君を呼び出したのは他でもない。先日私の一人娘・トレンチちゃんが14歳の誕生日を迎えたことはご存知だろう。」
「えぇ、まさか街一つ貸し切って祭典を開くとは思いませんでしたが。」
一人娘の誕生会としては明らかに規格外のものであるが、まぁこの家は何もかもスケールが通常の枠組みに収まらないので……ぶっちゃければいつもどおりなのだ。
この屋敷に務めて10年。
ジャックは既にツッコむことは諦めた。
「だがまぁ……トレンチちゃんは非情に内気な娘でね。それにいかんせん世間知らずなところがある。……そこでだ、『かわいい子には旅をさせろ』というだろう。」
「なるほど……?」
ジャックは表情を変えずに話を聞く。
この後の話の流れをおおかた察したからだ。
この流れからして、『娘にポケモントレーナーとして旅をさせたい』と言うのだろう。
まぁ14歳という年齢は少し遅すぎる気はしないでもないが、親としては至極真っ当な考えだ。
「そこでだジャックくん。キミには保護者として娘の旅について行ってほしい。」
「………は?」
思わずそう発したジャックの頭には疑問が2つ浮かんでいた。
1つ、普通そういうのは一人旅として行うものでは?
2つ、なぜ自分が?
「……お言葉ですがご主人さま、そのような旅は例えお嬢様であったとしても1人で行かせることにこそ意味があるのです。」
「えー、でもほら……うちって大財閥じゃん?トレンチちゃんいつどこで誘拐されるか分かったもんじゃないし……」
親バカの抜けきらないガウン氏にため息をつきつつ、ジャックは続ける。
「………そして次。なぜ私なんでしょう。もっと手練のSPや屈強な使用人はたくさんいるはずです。」
「うーん。ホラ、キミあれじゃん。絶対草食男子じゃん。うちの娘を預けても安心だと思ってさ。はははは。」
「えぇ………」
ガウン氏は冗談交じりに高笑いをする。
言うまでもなくジャックは舐められている。
が、この程度の部下弄りはいつものことなので誰も気にしない。
そしてほんの少しの沈黙をはさみ、ガウン氏はニヤリと口角を上げる。
「……ま、ホントはキミを選んだ理由なんて言わなくても分かっているんでしょ?」
「……だからこそ疑問なんですけどね。」
再び、長い沈黙が流れる。
「……でもどうせ断らないでしょ、キミ。」
「……えぇ。というかハナからそんな選択肢を与えるつもりもないでしょう?」
ガウン氏はニヤリと笑う。
「よろしい。ではこの件についてトレンチちゃんと話をつけておこう。」
「……わかりました。では私は仕事に戻らせていただきますね。」
そう言ってジャックは立ち上がり、書斎を後にした。
彼の胃は不思議と痛む。
ちょうどジャックはこの後、トレンチ嬢の部屋に届け物をする用事があったのだ。
ジャックは自身の名義で玄関から配達物を受け取ると、人目を伺いつつトレンチ嬢の部屋へと向かう。
小さな包み紙に入った荷物を抱えて歩く彼は少しだけ不格好だったかもしれない。
そして目的地に着いた彼は小気味の良い音で、大きな縦長の扉を4回ノックする。
これは自身の存在を知らせるためにトレンチ嬢と取り決めておいた独特のノック法だ。
するとしばらくして中から扉が開かれた。
「ジャーーーック!!!」
桃色のウェーブロングの髪が綺麗な令嬢は、その外見に見合わぬほど活発に部屋の外へと駆けてくる。
そしてジャックの手元に抱えられている荷物を手際よく奪い取ると、そのまま包み紙を剥がしてゴミ箱へ投げ捨てる。
更に流れるように靴とソックスを脱ぎ捨てると、ベッドへダイブして先程の荷物の中身……漫画本を読み始めたのだ。
「あーー、これよこれ!もう新刊を2ヶ月も待ってたんだから!!」
そのものぐささ、もといガサツさはとても社長令嬢のそれとは言えないものであった。
しかもこの漫画本、というのも7~10歳の男子向けに描かれた児童向けコミックである。
低レベルな下ネタやパロネタが満載の、アレである。
「……お言葉ですがお嬢様、少しは次期当主としての自覚をですね……」
「ププッ……あ、見てみてジャック!エビワラーがエビフライにされてるわ!!」
トレンチ嬢は全くもって話を聞く気がない。
それどころか漫画本を見せつけながらゲラゲラと大笑いをしている。
だがジャックとしても、今日は大事な話をしなくてはならない。
ひとまず話を聞いてもらおうと、ジャックは枕話のタネになりそうなものを周囲から見出す。
右側の壁に、スタンドに飾られた油絵を見つけた。
「……こちらの絵画は先日の絵画教室で描かれたものでしょうか。とても素敵ですね。」
「……!でしょう!?さすがジャック、見る目があるじゃない!」
「えぇ、とても素敵なバニリッチの絵だと思います。」
「違うわ!これは白いうんk……」
「わかりました。結構です。」
このままこのお嬢に何かを喋らせるとロクな事が起こらないと察した彼は、無理やり彼女の話を中断させた。
そう、このトレンチ嬢、内気で無口な令嬢だと思われているが実際はそうではない。
内情がこの有様なので、ジャックが口封じをしているだけなのである。
所謂『黙っていればいい子なのに』というやつだ。
このような状態の彼女を旅に連れて行かなくてはならないのだから、ジャックの胃痛は加速度的に増していく一方である。
埒が明かないと判断したジャックは咳払いの後、すぐに本題に入る。
「……お嬢様。この後ご主人さまからお話があるかと思われますが、お嬢様にはポケモントレーナーの旅に出ていただくことになりました。」
「へ……?」
「つきましてはこの1週間以内に身辺整理を行った後、この屋敷より30kmほど東にあるイジョウナ地方へと出向いていただきます。」
「あら、旅行かしら?素敵じゃない!」
その脳天気な返答は、彼女が何も分かっていないことを示すのに相応しいものであった。
が、そこらへんの認識の違いは後々自覚してくれるだろう、とジャックは半ば投げやりに話を続けた。
「……本来であればこのようなものはお嬢様一人で行っていただくのですが、ご主人さまの意向により私めがご同行させていただくこととなりました。」
「ジャックも一緒なの?なら特に困ることはなさそうね!」
トレンチ嬢は特に嫌がるような様子は見せない。
まぁ、元々彼女自身、厄介なしきたりの多い家のことは窮屈に思っていたぐらいだし、ついてくるのが気の置けない仲のジャックだけとあればそうなるだろう。
ジャックは胃の痛みを堪えつつ、部屋を後にする。
「ご理解が早くて助かります。では私はこれにて。……その漫画はちゃんと所定の場所に隠しておくように。」
「言われなくてもわかってるわ。来週からの旅が楽しみね!」
トレンチ嬢は満面の笑みでジャックを見送った。
ーーーーーー翌週。
屋敷の玄関では当主・ガウンと従業員が総出でトレンチ嬢とジャックの旅立ちを見送っていた。
黒スーツの屈強な男やエプロン姿の女性が数百人規模で並ぶ姿はまさに圧巻である。
「いやぁトレンチちゃんもいよいよトレーナーの旅に出るのかァ……寂しくなるなぁ。」
ガウン氏はわざとらしく涙を拭う動作をしながら、娘の門出を祝う。
「………。」
トレンチ嬢は何も答えず、ただニコニコとしていた。
直前にジャックから『何も喋るな』と釘を刺されているためだ。
その笑顔は昨晩の『アレ』がまるで嘘であるかのような可憐さであった。
「……では、行きましょう。忘れ物はないですね?」
「……。」
トレンチ嬢は黙って頷く。
「それでは……行ってらっしゃいませッ、お嬢様!!」
「「「「「行ってらっしゃいませッ!!!」」」」」
従業員たちによる凄まじい共鳴音に背中を押され、お嬢とジャックの冒険の旅が今、幕を開けた。。
「あ、見てみてあの雲!形がうんk……」
「素敵なソフトクリームですね、ええ。」
……大丈夫かこれ。