【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
感情に任せ、家を駆け出したテイラー。
ヒッチハイクでアサギシティの港まで逃避行し、僅かな所持金で船のチケットを買う。
行き先は遠い北の大地・イジョウナ地方だ。
もちろん、無作為にこの場所を選んだわけではない。
彼女は彼女で宛があった。
ノロポートに着き、そこから向かったのは田舎町のカナシバタウン。
そう、スモック博士の研究施設がある場所だ。
彼の研究所の門をたたき、トレーナーになることを希望する旨を伝えたのである。
「……なるほど。確かにエプロン兄さんは頭が固いフシがあるからね。君の言うことはよく分かるよ。」
「ホンマか?いやぁ、悪いなスモックのおっちゃん。」
テイラーは持ち前の明るい笑顔で、スモックに返事をする。
しかし彼の表情は対照的に、重苦しいままだった。
「……だけどね、テイラーちゃん。もう一度聞かなきゃいけない。『君はなぜトレーナーになりたい』?」
それは彼が、彼女に確認しなくてはいけない事であった。
兄と共に危惧していた、ある事項のために。
テイラーは答えた。
「それはもちろん、多くの人に注目されるトレーナーになって……みんなの記憶に残り続けることや!」
全く曇りのない表情で、自信満々に返答する。
その言葉には、偽りも企みもない。
純粋な彼女のあこがれが、そこには綴られていた。
「……そうか、わかったよ。キミにポケモンをあげよう。是非その足で、イジョウナリーグの王座を目指すと良い。」
「おお……ありがとな、おっちゃん!」
期待に胸を膨らませる彼女。
その様子は、「希望に満ち溢れた若きルーキー」のようにでも映るのだろう……普通は。
「……。」
しかしスモック博士は、彼女に対して未だ蟠りを抱えていた。
一つだけ、どうしようもない懸念事項がある気がして……
スモック博士は、旅立つテイラーを見送った。
そこはかとない不安はあったが、それでも笑顔で彼女を応援するのがポケモン博士の勤めである。
しかしそんな彼を心配したのか、足元からあるポケモンが覗き込んできた。
「…………まね?」
この研究所に住んでいる、マネネというポケモンである。
外見も至って普通の、どこにでもいるようなマネネだ。
「はは………大丈夫さ。あの子ならきっといい旅をするよ。」
「まね……?」
スモック博士はそんなマネネに、精一杯の笑顔で返答した。
……しかし悪い予感とは……悲しいかな、よく当たるものである。
ーーーーートレーナーとしてデビューしたテイラーは、ゆっくりではあるがバッジを集めていた。
実戦経験が足りなかった彼女は、多くのストリートバトルを仕掛けて経験を稼いでいた。
いきなりジムへとたどり着くのは愚の骨頂……とばかりに、リーグまでの帰還のうち最初の半年を、ポケモン捕獲とストリートバトルに費やしたのである。
彼女の築く先頭理論自体は完璧で、パーティ構成の完成度で言えばその年の新人の中ではトップクラスと言われていた。
実戦でそこそこの勝率を得られるようになってきた彼女は、イジョウナ地方の中央部にある科学の街・フウジシティを訪れる。
ここであれば、多くの学者たちが積み上げてきたバトル関係の資料を得ることが出来るからだ。
彼女はこの街で、更なる知見を得るために書店へと赴いた。
文庫本や学術書を多く取り揃えた、アンティークな雰囲気のおしゃれな店である。
そこで彼女は、衝撃的なものを目にすることになる。
目の前に飛び込んできたのは、自分と同い年くらいの少年だった。
紫のストレートヘアにベレー帽が似合う、中々の色男であった。
サンドを膝に抱え、窓際のソファーに座っている。
しかし彼女が注目したのはそこではない。
……彼はあろうことか、漫画を読んでいたのだ。
それも7~10歳の少年向けの、児童向けコミックを。
「………次のページ行くぞ、サンド。」
「……うぃる。」
「………ぷっ。っははははははは!何だよこれ!『奥義・巻【自主規制】ソの構え』って!!!」
「うぃるるるっ!」
少年とサンドは、年甲斐もなく笑い転げている。
「いやぁ、こんな面白いものがあるんだなぁ!漫画ってすげぇなサンド!」
「うぃるるっ!」
あまりに異様なその光景に、テイラーは口を開けて呆然とするしかなかった。
しかし……だ。
彼女は少年に話しかけざるを得なかった。
ひと目見て分かったのだ。
共に連れているサンドが、ただのポケモンではないということが。
テイラーは彼に近づき、隣に座りこむ。
「……なぁ、アンタ。ちょいといいか。」
「ハハハハ……ん?何だよ、いま良いところなのに。」
少年は本から目を離し、テイラーの方へと顔を向ける。
「……なぁ、アンタ。さては物凄く強いトレーナーやな?」
彼女は確信を持って、少年に問いかける。
しかし彼の返答は、予想外に気の抜けたものだった。
「……いや、分からねぇ。」
「は?」
「だって俺、昨日トレーナーデビューしたばかりだし。」
そう言うと少年は本を鞄にしまい、店を後にしようとする。
「じゃあ、買いたいモンは手に入ったし……俺は帰るわ。」
「ちょ……待って……!」
去りゆこうとした彼の肩を、テイラーが引っ張った。
「な、何だよ?」
「あのな……ウチとバトルしてくれへんか?何かが見えそうな気がするんや。」
「は、はぁ……」
ーーーそう言って彼女は、半ば強引に街の広場へと彼を駆り出した。
「そういやアンタ、名前は何や?」
「……ヒルミヴィレッジのジャックだ。」
「なるほどな……ウチはテイラー。コガネシティのテイラーや。」
互いの自己紹介を終えた彼らは、戦いのために距離を取る。
「バトルは1on1でどや?」
「……何でも良いよ。おいサンド、さっさと終わらせて漫画の続きを読むぞ。」
「うぃる!」
気だるそうに、ジャックはフィールドに赴く。
だが、テイラーには分かっていた。
このジャックという青年とサンドが……今までに会ったどの人物よりも強いことが。
……事実、フィールドに立った彼らは顔つきが違っていた。
彼らが今からやろうとしていたのは「ポケモンバトル」ではなく、「命のやり取り」なのではないかと……
そう錯覚するほどに。
ーーーー結果、この勝負はジャックの圧勝で終わる。
テイラーは手持ちポケモンを6匹用いて挑んだが、その尽くがサンド1匹にコテンパンに伸されたのだ。
「う……嘘やろ……」
「いや……そりゃそうなるだろ。」
ジャックは『さも当然』というような顔をして、サンドと共にテイラーを見つめていた。
「第一、お前の戦法はあまりに強気すぎる。サンドが『ころがる』を使ったんなら、それはもう正面からは止められない。」
「でも、サンドからそんな力が出るとは思わんやん……」
「それは普通のサンドだろ?俺のサンドにそれは通じないよ。」
ジャックの説明は、テイラーにとっては納得しがたいものだった。
彼女の信条は、あくまでも数字と理論に忠実に……だったからだ。
しかし具体性はないにせよ、その説明は結果に基づいたものであった。
彼は「センス」で、その戦場における正解を導き出していたのだ。
「ほな、どないすればよかったん?」
「俺なら、時間稼ぎをされるのが一番困る。転がっても追いつけないほど速く逃げられたら……面倒かな。」
身振り手振り話すジャックの姿を見て……テイラーは興味が湧いた。
彼の視点から見えるものに、非常に関心を寄せたのだ。
その実践的な考えを完全に理解すれば、更に頂点への道が近づいていく……そう思ったからだ。
「んじゃ、俺はネカフェに帰る。漫画があるんでな。」
「うぃるる!」
そう言って彼らは、颯爽とその場から立ち去ろうとする。
「あーー待って!待ってーな!」
去りゆく彼らの背中を追い、テイラーは腕にしがみつく形となった。
「な、何なんだお前、俺に着いてくんな!」
「なぁ一生のお願い!もっかいウチと勝負してくれや。」
「うっせぇ、まずポケモンセンターに行け!」
そんなこんなで口論を交わしつつ、彼らは街中を歩いていった。
ーーーーーー以後、テイラーは頻繁にジャックと行動を共にすることとなる。
行く先々で、何度もバトルを仕掛けた。
「あーーー、もう!また負けたわッ!」
「いや、今回は惜しかったんじゃないか?大分『リスクを背負う』大切さが分かってきたみたいだし。」
「も……もう一回や!」
「……しゃあねぇな。んじゃ後一回な。」
諦めの悪いテイラーの我儘に振り回されつつも、ジャックは何度も戦った。
また、時には共に同じジムへと挑戦したりもした。
「っしゃ!勝てたわ!」
「だろ?俺の言った通り、『10まんボルト』を重点的に対策してよかっただろ?」
「いやぁ流石やわ!アンタがいればカモネギにながネギやわ!」
「うっせぇ!次くらいは自力でクリアしろ!」
傍から見れば、彼らは非常に相性のいいコンビだったかも知れない。
テイラーの作戦の粗をジャックがそのセンスで監督・補完し、ジャックの知識不足をテイラーが補った。
前者は誰かに教えを受けたことなど殆どなかったし、後者は誰かを客観的に見たことがなかった。
そこの凹凸は見事に合致し、両者を研鑽していった。
まさに切磋琢磨する『ライバル』とでもいう関係だったのだろう。
……しかし『ライバル』という見方……それは曲解に過ぎない。
ライバルだなんてとんでもない……同じ時間を過ごしても、ジャックの強さは圧倒的であった。
行く先々で目にした戦法は全て自分のものにし、どんなポケモンであれその特徴や相性を理解して戦略に昇華する……
この才能は、実戦においては最強であった。
そしてその「才能」は事実、結果として圧倒的な戦績を叩き出していたのだ。
一方のテイラーは、何処まで行ってもジャックの後追いでしかない。
知識だけは彼をも上回る量があったが、それも所詮……トレーナーを構成する一要素でしかない。
しかもその応用技術は雲泥の差……テイラーはジャックに比べ、あまりに見劣りするトレーナーだった。
それでも……ジャックはテイラーを尊敬していた。
自分よりも勝利に貪欲で、知識は自分の数十倍もあった。
もしかしたら、いずれはこの女に追い抜かされるのではないか……という恐怖すら内心では感じていたのだ。
しかしテイラーは、そんな事は知らない。
リーグが近づいてくるにつれて、自身とジャックの差を如実に感じるようになってしまっていた。
その感覚はやがて劣等感へと変わっていき、畏怖へと成り果てる。
そしてその醜い感情は、決戦の場……リーグ会場で花を開いてしまった。
ようやく出場できたイジョウナリーグ。
その初戦の相手は……
「なっ………!?」
「……奇遇だな。まさかお前と戦うなんて。」
そう、誰よりも彼女に近い場所を歩み……誰よりも彼女から遠くなったジャックであった。
「正直、俺は怖いよ。ここに来て、お前にだけは負けそうな気がするんだ。」
ジャックはやや俯きながら、テイラーに本音を漏らす。
それは正真正銘、彼の偽りなき本心であった。
「……ッ!」
しかしテイラーの耳にはそうは聞こえない。
負の感情で歪み始めていたテイラーにとって、それは嫌味のようにしか捉えられぬ言葉であった。
彼女は言葉を呑み、無言でフィールドの方まで駆け抜けていった。
「あっ……ちょ、ちょっと待てよ!」
ジャックの制止も虚しく、彼女の姿は会場の人混みの中へと消えていった。
そしていよいよ始まったイジョウナリーグ一回戦。
この年のルーキーであるジャックとテイラーは、同じフィールドへと立つ。
そこには多くのものがあった。
湧き上がる歓声……期待の眼差し………
………それらは全て、テイラーには向けられていなかった。
全ては、無敗のトレーナーの無双劇を期待するだけの声であった。
彼女がこのフィールドに求めていた観衆の注目は、一切得られなかったのである。
その事実が最後のひと押しだったのだろう。
ここでテイラーの心の歪みは、何より大きくなってしまったのである。
彼女は自分が、引き立て役にすらなれていないことを自覚した。
自覚して、少しずつ溜まっていた劣情が………滝のように溢れて彼女を壊した。
「他人に注目されたい」という、対外的な目標を抱く彼女の弱点はここであった。
他人の評価の変動で、こうも脆く崩れ去るのである。
……エプロン氏もスモック博士も、彼女のそんなところを警戒していた。
特に前者は、だからこそ彼女を止めたのだ。
自分本位で動けぬ者に、トレーナーは向いていない。
そう言いたかったのだ。
もちろん……そんな状態で勝負など出来るわけもない。
元よりその実力には、大きな隔たりがあった。
死物狂いで戦ってようやく届くか否か……そんな隔たりが。
少なくとも、ハナから勝負を諦めているような者に……勝利を許されるような状況ではなかったのである。
しかし彼女は諦めた。
しがみつくその手を離したのだ。
………そして彼女は負けた。
あまりに迅速で、あまりに無慈悲に。
逆転やどんでん返しなど、そんなご都合主義は起こらない。
ただただ一方的に、彼女は蹂躙されたのである。
「お、おい……どうしたんだよテイラー………お前、もっと………」
ジャックはあっけない勝利に驚愕していた。
あれほど自分に噛み付いてきたテイラーが、明らかに自分の意志で勝負を投げたように見えたからだ。
しかし彼の震えた声は、既にテイラーには届かない。
「ハハ……ハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハーーーーーーッ!」
「て、テイラー!?」
敗北を喫した彼女は、笑い声を上げる。
とても乾いていて、とても満ち足りていて……そして哀しい笑いであった。
自分を「弱者」と認めてしまった、絶望の笑いであった。
ーーーーーーそれ以降も、テイラーは他の地方を巡って戦い続けた。
その隣に、ジャックはいなかった。
彼女が距離を置いたのだ。
だからというか、しかしというか……彼女の戦いは散々なものであった。
あまりにも勢いがなく、あまりに執着がなかった。
まるで自らを、ハナから敗者だと認めているかのような……そんな様子であった。
結果的に、次の年のイジョウナリーグが開かれる前に……彼女はトレーナーを辞めた。
その時になって、彼女の頭にはあの言葉がリフレインしていた。
「……お前にトレーナーは無理や!お前は医者になるべきなんや!」
……それは彼女が最後に聞いた、父・エプロン氏の言葉であった。
結果的に彼の言う通り、彼女は理想のトレーナーにはなれなかったのである。
そう、エプロン氏は正しかった。
自分に期待すべきことを期待し、そうでないことを期待しない……そんな正しい親であった。
少なくとも……今のテイラーはそう感じていた。
「(せやな……家に帰って、父さんに謝ろ。……心配してるんかな。それともウチのことなんか忘れてるか?)」
そんな事を考えていた矢先であった。
エプロン氏の訃報が届いたのは。