【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide   作:伊崎つりざお

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【第102話】理想郷の誘い、「先導者」の誕生

 エプロン氏の訃報は、彼の弟であるスモック博士を経由してテイラーに伝わった。

司法解剖の結果、死因は深酒によるアルコール中毒だったらしい。

どうやら過度なストレスから、酒癖が悪くなっていたようだ。

……心の拠り所であった娘に家出をされたことに、なによりも傷心したのだろう。

 

 

 

 否、それだけではない。

彼は後悔していたのだ。

自分の心配が行き過ぎたあまり「お前はトレーナーにはなれない」と、言葉選びを間違えたことを……彼はずっと後悔していたのだ。

その念は彼に更なる追い打ちをかけ、彼を帰らぬ人にしたのである。

 

 

 

 結局、テイラーはあの日の失言を……2年間の過ちを、父に謝罪することが出来なくなったのであった。

 

 

 

「…………。」

戻ってきたジョウト地方の葬儀会場で、彼女は立ち尽くす。

その表情はピクリとも動かない。

旅先で、彼女は自らの存在の無力さに気づいた。

あのフィールドで、彼女は無いものと同じであった。

そして今、自らの行いすらも過ちだと気づいた。

一回の過ちで、自らの大切な家族をも亡くした。

 

 

 

 ……全てを否定し、否定された彼女は、自分が何をすべきか分からなかった。

もう一度トレーナーに戻ることも出来ず、かといって今更この精神状態で医師を目指すのも無理がある。

結局、この後彼女はスモック博士の元に引き取られた……が、その後はまるで抜け殻のようだったという。

今までの好奇心旺盛で積極的な彼女は何処にもおらず、ただ『そこにいるだけ』といった感じであった。

兄のキルトはしばらく落ち込んだが、それでも1ヶ月もすれば「あのジャックに次こそは勝つ」と意気込み、元通り旅に出かけていた。

それを考えると、テイラーの傷心は甚大なものだったと言えよう。

 

 

 

 彼女はカナシバタウン研究所の空室の片隅で、ダンボールの山に埋もれたまま無為に時間を過ごす。

マネネがしきりに話しかけるが、テイラーはずっと上の空だ。

たまに医学書を読んだりしていたが……それは最早「読む」という行為ではない。

かろうじて自我が消滅しないように「縋っていた」という方が正しいだろう。

 

 

 

 そんな日々を送り続け、2年強が経過しようとしていた。

そんな彼女を見かねて、ついにスモック博士は声をかけた。

「……ねぇ、テイラーちゃん。少し面白いものを見に行かないかい?」

「………。」

「フウジの地下で面白いものが発見されたらしくてね。僕に調査の依頼が来ているんだ。」

「………。」

テイラーは何も返事をしない。

 

 

 

 そこへ追い打ちをかけるように、スモック博士のポケモン……マネネが近寄ってきた。

「ねっ……まねねっ!」

彼はテイラーの服の袖を引っ張り、彼女を連れ出そうと勧誘する。

「………。」

すると彼女は、無言でゆっくりと立ち上がった。

そして小さく、首を縦に振ったのであった。

 

 

 

 別に何を見ても何も感じない……が、それでも叔父を心配させていることは確かだ。

だったら少しくらいは彼の言葉を聞いてやってもいいだろう……と考えていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーー彼らが向かったのは、イジョウナ地方の中央部に位置するフウジシティ。

ここの地下では地下鉄の開発が行われていたようだが、その時に正体不明の物体を見つけてしまったのだという。

下方向に設置された天窓のような、二枚扉のような……未知の金属で構成された、そんな物体だ。

結果的に地下鉄の開発は急遽中止となり、その詳細な調査がスモック博士の所属する研究機関に委ねられた……というわけだ。

 

 

 

 そんな博士に連れられて、テイラーとマネネはフウジの地下鉄トンネル跡地へと赴いた。

鉄製の簡易ギャラリーの上から見下ろすその空間には多くの重機があり、さながら工事現場のような光景であった。

その中央に、件の物体がある。

「どうだい?中々に神秘的なモノだろう?」

「まねーー!」

「………。」

テイラーは何も言わずマネネを抱きかかえ、目前の扉を見つめる。

幅50m、奥行き100m以上の巨大な漆黒の平面は、何とも言えぬ禍々しさを放っていた。

扉の中央に6つ、くぼみのようなものがある。

 

 

 

 

 

「どうやら、この地方の起源に関わるものなんじゃないかって説が出ていてねぇ……。発掘してみたら『開きかけの扉』みたいなものだったんだ。」

「……これ、この後どないするん?」

「僅かな隙間が見えるだろう?そこを持ち上げて、扉の下に何があるかを調査しようと思うんだ。もしかしたら、昨今話題の『異世界』への新たな足がかりかも知れないからね。」

「まねね。」

スモック博士はそう言って、扉の中央部を指差す。

なるほど、確かに片側が僅かに5度ほど傾いている。

これであれば、もしかしたら開くやもしれない。

 

 

 

「ふーん………。」

以前のテイラーであれば、興味津々で食いついていただろう。

しかし……だ。

今の彼女にそれほどの気力はない。

目前にあるのは、ただの『事実』に過ぎなかったのだ。

 

 

 

『こちら重機班です。配備・動作チェック、全て完了いたしました。』

スモック博士の胸に携帯されていた無線機に通信が入る。

どうやらクレーンの運転手からの連絡のようだ。

「了解です。12:00:00のタイミングで一斉に可動して下さい。」

博士は返事をし、無線機の電源を切った。

しばらくして、目前のクレーンがゆっくりと持ち上がり始めた。

「お……そろそろかな。見てご覧……扉が開くよ!」

もうすぐだ……もうすぐ彼らは、この扉の向こうを見ることになる。

その瞬間を、この場の人間全てが固唾を飲んで見守った。

 

 

 

 やがて、扉の片側は大きく開かれた。

 

 

 

「おお、開いた!開いたぞ……!」

そう言ってスモック博士は、ギャラリーからその内側を覗き込んだ。

 

 

 

 ……直後、彼は顔を青ざめさせて言葉を失う。

「う……嘘だろ……!?」

そこに見えたものは、断じて異世界への入り口などではなかった。

もぞもぞと蠢く巨大な黒き肉塊のような……あるいは植物のような生命体が、すし詰めになっていたのである。

白か黒かも分からぬ得体の知れない色をした肉塊は、目にするだけで正気を奪うほどの悍ましさを放っていた。

明らかにこの世にあってはならぬもの……否、最早「もの」だなんて呼べるほど具体的な形すら成していない。

目に見えたのはその生命体のほんの一部……だが、それが危険な存在であることは一目瞭然であった。

 

 

 

 博士は本能的に、自身がパンドラの箱を開けたことに気づいた。

「すっ……すぐに扉を閉じて下さいッ!いや……全員逃げてッ!」

胸元の無線機に向かって、スモック博士は全力で叫び散らす。

そう言う自身の足も、全速力でこの空間から逃れようとしていた。

 

 

 

「て、テイラーちゃん!早く逃げッ………」

スモック博士の脳裏に手を引きそこねた彼女の存在が過り、彼は後ろをわずかに振り返った。

……が、時既に遅し。

 

 

 

 テイラーとマネネは扉の奥から伸びてきた植物の弦のようなもので巻き取られ、声を上げる間もなく飲まれてしまったのである。

「て、テイラーちゃんッ!マネネッ!!!」

スモック博士は叫ぶが、返事は既にない。

そこにあったのは、あらゆるものがグズグズに崩れた空間のみであった。

 

 

 

「ッ……に、逃げないとッ………!」

既に彼に出来ることはなにもない。

無情でもなんでもなく、「事実」として彼は逃げることしか出来なかったのである。

救えなかった自らの姪を悔いながら、彼は残った生存者と地上へと脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーさて、瞬く間に謎の生命に飲み込まれたテイラー。

しかし彼女の意識は生きていた。

「(……何や?ウチ、死んだんか?)」

そんな事を思いながら、彼女は周囲を見渡す。

 

 

 

 そこに広がっていたのは、華々しい光景であった。

木々が生い茂り、花が咲き乱れている。

その場所に存在する万物が、テイラーの五感を心地よく刺激する。

まさに『極楽』あるいは『理想郷(イデア)』とでもいうべき美しき場所であった。

 

 

 

「(……嘘やろ。ウチの行き着くあの世がココとか、冗談キッツいわ。)」

そんな事を考えていたテイラーは、座り込んでいた己の身を起こす。

その時。

彼女の耳に言葉が聞こえる。

 

 

 

『気がついたか……?』

何処からともなく聞こえてきたその声に、彼女は動揺する。

「な……何や!?」

そう思ってふと前方を見ると、そこにはポケモンらしき何かがいた。

 

 

 

 緑色の冠を被った、白いポケモンであった。

「ば……バドレックス?」

そう、このポケモンはバドレックス……かつてガラルの大地を治めていた、王と呼ばれしポケモンである。

こんな場所にいる理由は当然無い、が彼は間違いなく今、テイラーの前に立っているのだ。

『ほう?ここに来て意識を保っていられるとは。貴様は中々に強靭な精神を持っているようだな?それとも逆か?まぁ何でも良い。』

バドレックスは一方的に言葉を話し続け、テイラーの元へと近寄っていく。

 

 

 

『……貴様を見込んでの頼みがある。余はようやく、扉の向こうに行けそうなのだ。しかしあと一歩……あと一歩足りぬ。あの扉を完全に開くには「鍵」が必要なのだ。』

「鍵?扉?……お前は何を言うとるんや……?」

あまりに一方的に話し続けるバドレックスに、テイラーは困惑する。

そんな彼女を見て、バドレックスは笑いかけた。

 

 

 

『……余はな、この素晴らしい庭にあの世界の者どもを招き入れたいのだ。痛みも知らぬ、苦しみも知らぬ、喪失も劣等感も何もないこの場所に!』

彼の選んだ言葉に、テイラーは少し耳を傾けた。

特に最後の2つ……それは彼女にとって、聞き捨てならない単語であった。

それゆえ、彼女は彼の話をより深く聞く気になってしまったのであった。

「アンタの言いたいことはわからんでもない。此処は確かに素晴らしい場所や。……でも何でウチなん?ウチはアンタの見込みほど強い人間やない。」

『「貴様が此処にいる」……理由などそれだけで十分だ。余の力が不完全なのに此処に来られたということは、貴様はさぞ強固な意志を持っているのだろう?』

「………」

まるで皮肉のようにも聞こえる言葉に、テイラーは言葉を失う。

しかしバドレックスの真意は、残念ながら読み取れない。

『何、貴様にとっても悪い話ではあるまい。この理想郷に人間たちを招き入れてみろ。貴様は誰からも注目される「先導者」「救い主」……多くの人の心に残り続ける存在となるのだ!』

「………!!」

『……どうだ?「鍵」と「器」を6つだ。それで再びあの忌々しい扉は開かれる。その時に余と貴様は相見えよう。そう、この理想郷の「王」と「救い主」として!』

 

 

 

 そう言うとバドレックスの身体は途端に崩れだす。

直後……崩れた肉片は花となる。

 

 

 

 そしてその花は、テイラーの身体を全て上から飲み込んだ。

「ぐっ……な、何やこれッ!があああっ……!」

『……今から鍵の在り処を、貴様の心に直接教える。何、普通なら膨大な情報量に正気を失うが……貴様なら問題あるまい。』

「くっ……ああああああああっ!」

自らの脳を直接かき混ぜられていく様な感覚に、テイラーは悶絶する。

一切遠のかないはっきりとした意識の中で、情報の波に揉まれているのだ。

 

 

 

 やがてテイラーを咀嚼する花の動きは止まり、テイラーはその場に吐き捨てられる。

『……さてテイラー。貴様の使命は?』

「……この理想郷に……全人類を導くこと!ウチが唯一の……先導者として……!」

 

 

 

 あっという間……あっという間であった。

テイラーの心は、得体の知れぬ存在に奪われたのであった。

 

 

 

 ここで彼女は生まれ変わった。

……目的のために手段を選ばぬ、狂った科学者に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーしばらく後。

テイラーは見知ったベッドの上で目を覚ます。

そこはカナシバタウンにある研究所の一角であった。

「テイラーちゃん!き、気づいたかい!?」

「……おっちゃん?」

そこには、心配そうに彼女を見つめるスモック博士がいた。

「ごめん………僕が……無責任なばかりに……!」

博士はそう言ってテイラーの手を握ると、悔しさのあまり嗚咽を漏らす。

その様子を、彼女はしばらく黙って見ていた。

何の感情も抱かずに……だ。

 

 

 

 そこから更に時間が経過して。

彼女はスモック博士に問う。

「そういや……ウチが喰われたあの後どうなったん?」

「えっと……あのあと特殊部隊が突入して、地下での騒動が収まったことを確認。その後生存者が何人か発見されて、搬送されたところだ。」

博士が言うには、その『生存者』の中にはテイラーも混ざっていた。

どうやらあの得体の知れぬ何かに飲まれた人間の一部は、地下の空間で気を失っていたのだそうだ。

 

 

 

「でも、未だ尚12名の職員が行方不明。おまけにマネネは……何故か心臓が消えた状態で発見されていたんだ。」

「!?」

そう言われてテイラーが部屋を見渡すと、確かに隅の方に見慣れぬ筒状の機械がある。

数多のポンプやコードが繋がれており、彼女はそれが生命維持装置であることを即座に理解した。

「……今、全力でドナーになりうるポケモンを探している。でも、どこを探しても適合する血液型のポケモンがいないんだ……!」

スモック博士は、膝の上で握りこぶしを作って項垂れる。

マネネはなんとか一命を取り留めている……が、いつ命が途絶えてもおかしくない状態だ。

もし彼の身に何かあっては……と、スモック博士は心を揉まれていた。

 

 

 

「……なぁ、ウチも協力したろか?」

「……!?きょ、協力!?」

「あぁ……心当たりがあるんや。」

そう言うとテイラーは、ニヤリとほくそ笑んだ。

事実、彼女の中にはマネネを救うための適解があったのである。

 

 

 

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