【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide   作:伊崎つりざお

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【第108話】卑劣な交渉、重ねた罪状

『扉』のある広間に入ったお嬢は、短い悲鳴の後に卒倒しかけた。

 

 

 

 彼女の目前に転がっていたのは、エンビ……否、それすらもわからない。

彼の肉体は食いちぎられ、踏み潰され、服装以外での判別はほぼ出来ないほどになっていた。

周辺には血肉や骨の欠片が飛び交う悲惨な状態となっていたが……それほどの詳細をお嬢は目の当たりに出来なかった。

否……ソレだけではない。

 

 

 

 そこに倒れ伏しているのは、多くの配線で雁字搦めにされた信者たちと、体毛がごっそり抜け落ちて息を荒げているサンダー。

そして血反吐と脂汗まみれのレイスポス。

あまりの惨状と情報量に、お嬢は目を背けるしか出来なかったのである。

 

 

 

「い……嫌ッ……嘘……嘘よ嘘よッ……!」

「ッ………!」

目前の事実に言葉を失うお嬢とレイン。

まだ幼き彼らが知るには、あまりにも残酷な出来事であった。

心的傷害を負う可能性すらあっただろう。

だが、それでも……彼女らは見据えていた。

この惨状の元凶たる男の顔を。

 

 

 

「やぁ、来てくれたんスね!トレンチちゃん!」

「ク……クランガッ!」

クランガ……バベル教団の司教にして、メカニック。

6年前の事故で崩れた「扉」を再建した男。

誰よりも悪辣な、教団の幹部だ。

……その手には赤黒く染まった細長い骨と、モンスターボールが握られている。

その正体はエンビの鎖骨とカラカラ……そう、彼は目的通り、『獄炎』のツーピースを手に入れたのだ。

 

 

 

 お嬢は彼の顔に、嫌悪感を抱いた。

その姿は氷河で会ったときや、礼拝堂で会った時の……数倍以上は悍ましく映っていた。

 

 

 

「あ………アンタ……何をしたのよッ!」

「何を……あぁ『コレ』ね。」

そう言うとクランガは、既に意識のない重症のエンビの方に近寄り……

 

 

 

 そして片足で蹴り飛ばした。

「ッ!?」

「お客さんを迎える前には部屋のゴミ掃除!基本ッスよね、いやぁ失礼!」

まるで人を人とも思わぬ言動……まさに鬼畜の所業であった。

 

 

 

「ッッッッ…………!」

お嬢の背筋を、様々な負の感情が駆け抜けていく。

怒り……恐怖……憎悪……

その一つ一つを全身の神経で感じながら、自らの頭に血が登っていくのを感じた。

 

 

 

「アンタ……よくも……!」

前に一歩出たお嬢……その服の袖が、レインによって掴まれた。

「落ち着けトレンチッ!」

「でもッ……!」

「……冷静になるんだ……!一刻を争うこのときだからこそ……れ、冷静に!」

お嬢を諭すレインの声は、酷く震えていた。

彼も同じく、負の感情に呑まれかけているのだろう。

だが、それでも……彼はお嬢の姿を見て、自らを押し殺した。

 

 

 

「ッ……まずは怪我人の治療だ!」

テイラーから取り返したばかりのボールホルダーから、レインは自身のポケモンたちを呼び出す。

中からはワタシラガ、ダイオウドウ、セキタンザンが飛び出す。

「ふわー!」

「ずももッ!」

「しゅぽっ!」

 

 

 

「……?」

その時、レインは違和感を感じる。

そう言えばボールホルダーに付いてるボールの数が足りない……と。

しかし今それを気にしている時間はない。

「ワタシラガは『アロマセラピー』で応急処置!その後ダイオウドウとセキタンザンは地上まで彼らを運ぶんだ!」

振り切ったレインは的確に指示を出し、ポケモンたちをエンビらの救援へと向かわせた。

 

 

 

 

 

 その様子を、腕を組んで眺めるクランガ。

彼はボソリと呟いた。

「……まぁ、確かにそこのエンビとサンダーはまだ助かるかもな。だけどソイツは無理だ、諦めな。」

そう言って彼は、レイスポスの方を一瞥する。

「むっ……無理ってどういう事よ!?」

「うーん、助ける方法なら教えてやってもいいけど……そこのレイン君は邪魔ッスね。」

「ッ………。」

レインはクランガを睨みつけるが、彼は少したりとも反応しない。

そこらへんの弱者が吠えている……程度に考えているのだろう。

 

 

 

「何故だ?僕が居ると不都合なことでも?」

「少なくとも今、そのレイスポスの生殺与奪は俺の一存で決められる。コイツの命が惜しいんなら、俺に歯向かう選択肢は無いと思うんスけどねぇ?」

そう言ってクランガは、自らの周辺に置いてあったアクリルケースを拾い上げる。

 

 

 

「ま……マネネッ!?」

そう、そこに入れられていたのはバベル教団によって攫われたマネネであった。

「ま……ね………」

ケースの中でぐったりとしており、見るからに弱っている。

「あ……アンタ、マネネに何をしたのよッ!?」

「何をって?こうしたんスよ。」

クランガはその一言と共に、アクリルケースのスイッチを押す。

 

 

 

 するとケース内部が蒸気で激しく曇り、周囲の空気が高熱に歪み始める。

「まっ……!」

息苦しさからか、マネネの表情から更に生気が奪い取られていく。

そう、マネネはこのケースの中で蒸し焼きにされているのだ。

熱は思考力も体力も奪う。

電流などの一時的なものよりもタチが悪い拷問手段だ。

「ッ……クランガッ!!!」

 

 

 

 だがここで負荷がかかっていたのはマネネだけではない。

『ゥ……ェエ゛エ゛………!』

……そう、近くで倒れていたレイスポスが、僅かながらに苦しみ悶えているのだ。

まるでマネネと連動しているかのように……。

 

 

 

「……そうか、分かったぞ!クランガ、お前はレイスポス……否、ジャックとマネネの間のSDを無理矢理に再起させたんだな!?」

「ッ!?」

「おぉー流石ッスねレイン君。」

クランガは全く感情のこもっていない笑い声と共に、軽薄な拍手を送る。

 

 

 

「そしてマネネに負担を与えることで、間接的にジャックの古傷を痛めつけていた……!そりゃそうさ。そんな拷問でもかけなきゃ、アイツがお前らに従う道理なんて無いッ!」

「そゆこと!んじゃ、コレでコイツの命が俺次第ってことは分かったッスかね?」

彼は満面の笑みでニヤリと笑う。

優位に立った者の、これ以上なき嘲笑だ。

 

 

 

「ッ……!」

恐喝……クランガの卑劣な恐喝に、お嬢もレインも反論の言葉を失う。

ジャックどころか、マネネまでもが彼の手中に在る。

その状況が如何にお嬢にとって絶望的か……最早説明の必要はないだろう。

 

 

 

「ッ………!」

彼女は切実な思いでレインを見つめる。

こうなっては彼も、クランガの言う通り従うしかなかった。

「……わかった。行くぞ、皆!」

彼は後ろ髪を引かれつつも、自身のポケモンたちに号令を出す。

エンビとサンダーだけを運び、彼らは広間を後にした。

 

 

 

 

 

 ……さて、そこに残されたのはお嬢とクランガの2名のみである。

「さーて……やっとゆっくりお話ができるッスね!ようこそトレンチちゃん!」

「ふざけないでッ……!さっさとマネネとジャックを返しなさいッ!」

「おーっと……?」

クランガは再びアクリルケースのボタンに手をかける。

脅しのアクションだ。

 

 

 

「ッ………!」

「……そうそう。いい子ッスよ。」

そう、お嬢はこうするしかない。

本当は今すぐにでも、目の前の男を殴り飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいだが……それでも彼女は堪える。

 

 

 

「ホントにアンタの言うことを聞けば、ジャックは助かるんでしょうね!?」

「そりゃあ勿論!」

再度、クランガは満面の笑みを浮かべる。

そしてレイスポスの方を指差しながら続けた。

 

 

 

「治療法は簡単!アイツとマネネの間のSDのためのパスを上書きすれば良いだけッス!より強い繋がりを持つ存在がいれば、アイツはこれ以上苦しまなくて済むッス!」

「……!それってつまり……」

彼の提示している考えが、お嬢には分かってしまった。

否、始めから彼が言っていたことだ。

 

 

 

「そう!トレンチちゃんには『凍雪の秘鍵』の適合者になって欲しいんスよ!」

つまりはそういうことだ。

バベル教団は元より、お嬢をその空席に座らせようとしていた。

その目的に対する利害が今、クランガの手によって一致させられてしまっただけの話だ。

 

 

 

「………分かったわよ。アタシがSDを受け入れれば……ジャックは助かるのよね?」

「流石トレンチちゃん!素直で良い子だ!」

甲高く気味悪い声で、クランガは賛辞を述べる。

 

 

 

「だけどねぇ。実は『凍雪』だけじゃあ間に合わなくなっちまったんスよねぇ。」

「は……?」

「ほら、レイン君は『迅雷』の席を降りたし、エンビは非協力的だったしで……だからさ……」

そう言ってクランガは、自身の腕に握られていた『エンビの鎖骨だったもの』を、『レインの右腕だったもの』にねじり込む。

 

 

 

「ッ……!?」

真っ黒な腕だったものは、その場で赤黒い炎を上げて燃え上がる。

そしてあとに残ったものは、すべての光を飲み込むほどに黒く染まり上がった……禍々しい「腕のような何か」であった。

 

 

 

「よし……これで完成ッス。この物体にはカラカラのホネとピカチュウの尻尾……更にはマネネの皮膚の一部が含まれてるッス。」

「……!?」

お嬢はその言葉の直後、アクリルケース内のマネネの方を見る。

よく見ると彼の腹部の球体が、見事に切り取られている。

そう……レインのピカチュウと同じようにだ。

 

 

 

「つまりこの腕をトレンチちゃんに移植すると、『獄炎』『迅雷』『凍雪』全ての器を兼ねることになるッス。」

「なっ……!?」

「まぁ普通の人間なら無理な話ッスけど……トレンチちゃんは類稀なる『ギフテッド』ッスからね!」

クランガから提唱された話は、あまりにも突飛なものであった。

 

 

 

 3つのSDを同時に引き受けなくてはならない話……腕を移植しなくてはいけないという話……何もかもが飛躍しすぎていた。

しかしそんなことに疑問を抱く余地は、彼女にはない。

ジャックとマネネの命を握られている以上、一刻も早く首を縦に振らなくては行けなかった。

「……いいわよ。それでジャックが助かるなら……!」

 

 

 

 恐怖心はあった。

怖くないと言えば嘘だった。

しかし……それ以上に、お嬢にとってはジャックは大切な存在だった。

ジャックがいなくなることは、彼に救われた……否、「生かされた」彼女にとって、何よりも受け入れがたい運命であった。

 

 

 

「ふふ……喜べトレンチちゃん!君は人類最強の、完成された生物になる!」

そう言うとクランガは足元の工具箱を開く。

そこから取り出されたのは折りたたみ式のデスクと……刃渡40cm以上のレーザーナイフ。

刃こそ無いものの、生命体を焼き斬るには十分すぎるほどの熱を持つ道具だ。

 

 

 

「ッ………」

それが今から何に使われるか……お嬢は否が応でも分かってしまった。

彼女の右腕は、今から切り落とされるのだ。

流石の彼女でも、脳裏に嫌な想像が駆け巡る。

 

 

 

「なーに!痛いのは最初だけッスよ!ギフテッドならすぐに融合するッス!」

そう言いつつクランガはお嬢の右腕を取り上げ、デスクの上に押し付ける。

その真上にレーザーナイフを高く掲げ……今まさに彼女の腕を切り落とさんとしているところであった。

「ッ……!えぇ来なさいッ!適合者でもなんでもなってやるってのよッ!!!」

お嬢は自らの恐怖心を抑え込むように、ありったけの音量で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーー駄目だ。

やめてくれ。

せめて彼女だけは。

こちら側に送らないでくれ。

 

 

 

 薄れゆく意識にしがみつきながら。

今にも瞼が閉じてしまいそうなのをを堪えながら。

「俺」は目の前で、腕を切り落とそうとする「彼女」の姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 話は俺が目を覚ましたあの時に遡る。

肌が空気の温度を感じている。

瞼の向こうに光を感じる。

呼吸をしている。

久しぶりの感覚とともに瞼を開き、俺はそこで気づいた。

 

 

 

 ここが現実世界であると。

精神の奥底ではなく、紛れもない表層の現実である……と。

うっすらと目を開くと、そこには見覚えのある顔が2つある。

片方はテイラーで……もう片方は、確かクランガとかいう男だ。

そして床に捨てられたように転がっているブリザポス。

更にはクランガの手元のケースに入っているポケモンはマネネ……「お嬢様」のポケモンだ。

あたりを見渡すと、そこは手術室のような空間であった。

そして自分の胸の方に薄っすらとした痛みを感じる。

 

 

 

 それらの情報から、俺は今置かれた現状を全て理解した。

そうだ……俺はコイツらの手で、無理矢理に現実世界へと引きずり出されてしまったのだ。

それも人ならざる……レイスポスの姿で。

 

 

 

「よぉ、お目覚めかジャック?」

「起きて早々悪いッスねぇ。アンタには早速仕事をして貰う必要があるんスよ。」

どうにも色々と好き勝手なことを言っているようだ。

なるほど、彼らバベル教団はあくまで俺を道具の一つとしか思っていないのだろう。

 

 

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

俺は既に生きることを諦めた。

今更俺に出来ることはなにもない。

当然、奴らの話を聞く道理というものも無い。

 

 

 

「おいおい、コイツちょっと反抗的すぎやしないか?」

「大丈夫ッス。レイスポスとの間には微弱ながら、ちゃんとパスが繋がっていることは確認済みッス。」

パス……?確認済み……?

一体何を言っているんだ?

 

 

 

 そんな俺の疑問は、突如走った衝撃に置き去りにされた。

『がああッ………!?』

体が熱い。

まるで内臓を焼き尽くされるかのような、気色の悪い感覚が全身を走り抜ける。

加えて腹部の古傷が酷く痛む。

苦しいとか痛いとか、そんな安易な言葉で表せる感覚ではない。

 

 

 

 パス……そうか、コイツはマネネを通じて俺の命を握ってやがるんだ。

全くもってとんでもない死神である。

「まぁ、俺らに歯向かうとこうなるって事ッス。」

『ッ………!』

屈辱だった。

俺は今この瞬間、完全に恐怖に負けた。

 

 

 

 あの苦しみは二度と味わいたくない。

俺は精神世界の奥底で、ただ孤独に終わりを待ちながら生きていたいだけなのだ。

……もし、あの檻の中にもう一度戻れるのであれば。

……もし、この息苦しい現実世界から逃げ帰れるのであれば。

 

 

 

 そう願ってやまなかった。

……俺は彼らの意思に従うことにした。

 

 

 

 

 

 だがその結果がどうだ。

俺は自らの苦しみから逃れるために、バベル教団の傀儡となった。

自らの意志を殺しながら……自分の感情を殺しながら……ただひたすらに走り続けた。

地下に来たパティシエールを跳ね飛ばした。

他にも逃げ回る信者を黙らせるべく、武力として駆り出された。

 

 

 

 ……その結果がどうだ。

マネネは人質となっている間に衰弱し、それにつれて俺の身体はボロボロになっていた。

遂には音が聞こえなくなり、視界がぼやけ始めた。

……そこでようやく、俺は気づいた。

俺の命は教団に使い捨てられているだけだということに。

 

 

 

 そこに気づいてからは遂に苦痛すら感じなくなっていた。

死に対する希望すらも抱いていた。

既にテイラーやクランガの声すら聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 でも、そんな中でも……

彼女の体温だけは「そこ」にあった。

 

 

 

「ごめんなさい……アタシが弱かったから……アタシがダメだったから……!」

自分の頭に、小さな手が触れている。

すすり泣く声が聞こえる。

 

 

 

 ……違う。

弱いのは俺の方だ。

俺がまた逃げようとしたから……その罰が下ったのだ。

 

 

 

 そうか……俺はこの姿で、更に罪を重ねたのか。

今、彼女を泣かせている。

アイツが大切にしていたものを、傷つけている。

 

 

 

 

 

 ならばもう俺は許されなくていい。

この身がたとえ、滅びよりも酷な結末を迎えても甘んじて受け入れよう。

 

 

 

 だか彼女だけは駄目だ。

彼女に罪はない。

彼女にその力を渡してはいけない。

 

 

 

 駄目だ。

駄目だ。

止めろ。

彼女を止めろ。

 

 

 

 動け

動け……

動けこの足……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーその時だった。

命の灯が消えゆくレイスポスの目の前に、一筋の風が駆け抜けていく。

 

 

 

 その後に残ったのは黒い羽。

見覚えのあるその姿を、彼は薄れゆく意識の中で捉えていた。

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアッ!」

「がるるるるるるッ!」

「みわわわっ!」

 

 

 

「おいおい……なんだよコイツら……!?」

「じゃ……ジャックのポケモン!?」

 

 

 

 そう、そこに駆けつけたのはアーマーガア、パルスワン、イエッサンの3匹であった。

 

 

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