【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
『ソレ』は最高の材料だった。
「何かに依存して生きている」奴は特に良い。
その生き様は非常に無様だが、俺は大変に趣があると思っている。
そしてその依存先が消えた時……あるいは役割を失った時。
ソイツの心が砕け散る瞬間は大変に美しい。
……まぁ、コレは俺の無能AIにはついぞ分かってもらえなかったが。
以上の事を鑑みて、目の前にいる『ソレ』……コート家の社長令嬢は最高の材料だった。
「ジャック」という存在が彼女の人生にとって全てであり、更には彼女のアイデンティティそのものですらある。
……それが事実かどうかは重要じゃない。
彼女の主観でどう判断するかが問題だ。
ではこのトレンチという少女は、「ジャック」が壊れた時にどんな反応をするんだろう。
そのために「ジャック」をどうやって壊してやろう。
俺はソレを考えた。
……そうだ、丁度いい大義名分があるじゃないか。
アイツにもう一度繰り返させてやればいい。
大切な存在を救えなかった過ちを。
ジャックの目の前で、トレンチを適合者に生まれ変わらせてしまえばいい。
白いほうの人格じゃ駄目だ。
黒いほうが望ましい。
無力なアイツの目の前で、トレンチを死のレールに乗せてやる。
彼女はきっと、ジャックを盾に脅せば2つ返事で受け入れるだろう。
そして後で彼女に告げてやるんだ。
「お前のせいで、ジャックが壊れちまったぜ?」
と。
そう考え、俺はこのバベル教団の計画を工面した。
最終的には『扉』が開くようにしつつ、俺は俺の望むことが出来るように……と。
結果は見事うまく行った。
あろうことかジャックは既に瀕死状態……このまま彼女の腕を切り落とせば、最悪の場合ショックで死ぬやも知れない。
『また俺は、大切なものを失った』なんて後悔しながら、息絶えるかも知れない。
……絶望のエネルギーはそれほどに大きいものだ。
そうなればトレンチはどんな反応をするだろう。
考えただけで興奮が止まらなかった。
そんな俺の悲願の成就まで、あと一歩の所まで迫っていた。
……迫っていた、はずだった。
ーーーーー「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
地下の広間へ向けて、3匹のポケモンが突入する
「パルスワン……イエッサン………アーマーガアも!」
ジャック……否、ブリザポスの命を受けてお嬢の後を追っていたポケモンたちだ。
彼らは駆けつけるや否や、お嬢の危険を察知。
そして本能の赴くままに、クランガの元へと飛びついていったのである。
……そう、レーザーナイフが握られている彼の手元へと。
「がるーーーーーーっ!」
まずパルスワンがクランガの腕に噛みつき、お嬢を押さえつけている腕を離させた。
「痛ぇッ!っざけんなコイツッ!」
咄嗟にパルスワンを振りほどこうと、彼は腕を振り回し続ける。
だが本気で食らいついたパルスワンは、人の力では到底抵抗は出来ない。
「グアアアアッ!」
その隙に、と言わんばかりにアーマーガアがお嬢の二の腕を掴んで飛翔。
クランガから大きく距離を離させたのだ。
そしてアーマーガアはレイスポスのすぐ近くにお嬢を下ろす。
「………!」
お嬢は言葉が出なかった。
責任感と焦燥感から気丈に振る舞ってはいたが、いざその場所から降りた途端……
張り詰めていた意識がどっと緩んでしまったのだ。
全身の力の一切が抜けていた。
冷や汗が止まらなかった。
そんなお嬢の背中を、アーマーガアは優しく撫でた。
……ここに来れなかったブリザポスの思いを添えて。
「チッ……鬱陶しいなクソがッ!」
クランガはパルスワンの執念深さに苛立ちが限界を迎えたようだ。
手元のレーザーナイフを振りかざし、パルスワンを切りつけようとした。
あらゆる生命を一刀両断するこの刃を喰らえば、たちまち胴体は真っ二つだ。
「みわっ……!」
しかしそうは問屋が卸さない。
『ワイドフォース』で刃を生成したイエッサンが下側からスライディングで割り込み、ナイフを叩き落とした。
「ッ……下からだとッ!?」
「みわわっ!」
そしてすぐ、イエッサンは念動力の形を作り変え、鞭を生成する。
鞭で全身を巻き取られたクランガは近くの柱に投げつけられ、縛られたまま失神した。
「ッ………!」
「みわっ……!」
「わわんっ!」
彼が身動きを取れなくなったことを確認したパルスワンは、すぐにマネネが入っているアクリルケースの方へと直行する。
そして鋭い牙を突き立て、『サイコファング』の一撃を繰り出した。
瞬間、透明なケースが溶けるように砕け散る。
中に居たのは衰弱しきって動かないマネネだ。
「わむっ……」
パルスワンは自分の背中にマネネを載せると、すぐにイエッサンと共にレイスポス達の方へと駆けていく。
「わむっ!?」
「ぐわっ!」
レイスポスの病状を、アーマーガアが具体的に伝える。
どうやら先程の状況から比べれば、少しずつではあるが容態は安定してきているようだ。
『ハアッ……アッ………!』
何よりも目がうっすらと開いている。
「みわわっ!」
イエッサンはすぐに『アロマセラピー』を繰り出し、レイスポスに応急処置を施した。
『ッ……ウッ……ッ……!』
呼吸が落ち着いたのか、レイスポスはゆっくりとその身を起こす。
『オ……オレハッ……』
「ジャック!た……立てるの……?」
『………。』
長い悪夢を見ていたレイスポスは、自らの置かれた状況を再度噛み砕く。
……そして、理解する。
自らが犯し続けた過ちの数々を。
思い出して再び、狂気に苛まれる。
『ウッ……オレハ……マタッ……』
言葉を紡ぎかけたレイスポスの首筋を、お嬢がそっと抱きしめた。
「大丈夫……大丈夫よジャック……今はまだ……大丈夫だから……!」
そう言葉をかけ、お嬢は涙ながらに何度も彼の頭を擦った。
今だけでも、その苦しみを忘れられるようにと……彼の記憶を押さえつけるように。
彼がここに生きている……その喜びを噛み締めながら。
「おかえり……ジャック……!」
だがレイスポスは、軽く首を振ってお嬢を解く。
その顔は焦りに満ちていた。
『……ち、違う……今……俺のせいで……マネネが……!』
「ッ!?」
ジャックのその言葉を聞き、お嬢はマネネの方を見る。
「そんな……マネネッ!?」
マネネの顔色が、酷く青ざめているのだ。
「みわっ……みわわわっ!」
イエッサンは何度も『アロマセラピー』をかけていくが、マネネの容態は一向に良くならない。
クランガの拷問を長く受けていたからだろうか。
……違う。
少なくともつい先程までは、ここまで生気の宿らぬ顔ではなかった。
「ねぇマネネ!マネネってば!どうしちゃったのよマネネ!」
マネネは少したりとも反応しない。
呼吸すらも薄い……否、ほぼ無いに等しかった。
……まるで、自らの命を諦めているかのように。
ーーーーーーさて、彼はちゃんとあの子に会えたんだろうか。
少し強引ではあるけど、大切な存在の近くに居られるようになったのかな。
それならいい。
トレンチとジャックが幸せならば何よりだ。
僕の人生にも意味がある。
今度こそ、少しは誰かの役に立てたってわけだ。
いやぁ、慣れないことはするもんじゃない。
重労働で身体がクタクタだ。
………でも、楽しかったよ。
この1ヶ月、僕は満ち足りていた。
逃げてばかりの人生だったけど、ジャックまでそうなってほしくはなかったからさ。
だから僕の生きる『領域』や『活力』を、全部ジャックに分けることにした。
まぁ、それで僕は死ぬけどね。
これで終われるなら最高の幕引きだ。
……ああ、なるほど。
こういう時に流れるんだな、走馬灯ってやつは
……さて、取るに足らないエピローグの始まりだ。