【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
12年前。
ジョウト地方のある医者の家。
家主の名前をエプロンといい、開業医をしていたそうだ。
ここには2人の子供が居た。
名前は兄がキルト、妹がテイラーと言った。
この家では妻が早くに亡くなり、エプロン氏は男手一つで2人の子供を育てていた。
妹のテイラーは非常に優秀な子で、まさに才色兼備……ケチのつけようがないほどの才女だった。
しかしそれとは対照的に、キルトは非常に内気で平凡な子であった。
ブロンドのくせ毛と病的に白い肌のせいで、その陰気さは更に際立っていたと言えよう。
……否、ほとんどの能力は凡人にすら劣っていた。
僅か3歳にして最愛の母親を亡くしたキルトは、己の精神的支柱を無くしてしまう。
そのせいか、自己肯定感が……引いては実際の能力さえも極端に低くなっていたのだ。
6歳の頃から12年制のエリートスクールに入れられたものの、周囲の子供と比べてあまりに進展が遅かった。
「じゃあキルト君。この文字はどう読みますか?」
「…………。」
「キルト君、黙ってちゃわかりませんよ?」
「…………。」
彼は無視を決め込んでいるわけではない。
単純に、頭の回転が鈍いだけだったのだ。
しかし「たったそれだけのこと」と周囲に認められるには、流石に度が過ぎていた。
また、会話能力にも難があった。
これは同級生の子に昼食に誘われた時の話。
「ねぇキルトくん!お弁当たべよ?」
「あ……………」
「ねぇキルト君!?」
返事をしない彼のもとに、同級生は強く差し迫る。
するとその圧に押され、キルトは泣き出してしまったのだ。
こういったことが多発していたせいで、ついに同級生たちは誰ひとりとしてキルトに話しかけなくなっていた。
教師たちはそんなキルトの状況を危惧し、あらゆる手を彼に施した。
この学校から落ちこぼれを出すわけには行かないと、補修や個別カウンセリング……あの手この手を駆使して。
しかしそんな彼らの試みも虚しく、キルトはついぞ落ちこぼれのままであった。
彼自身、自分が落ちこぼれであることは痛く理解していた。
他人が自分を避けるのも仕方がないことだと、幼いながらに納得もしてしまっていた。
だが忌避されること以上に、彼には耐えきれないことがあった。
……「自分が誰かの足を引っ張っていること」だ。
彼はその愚鈍さ故に、多くの人間に迷惑をかけた。
それは同級生然り、教師然り、果てには自分のせいで評判が下がる父親然り……
その事実が、何よりもキルトには耐えきれなくなった。
彼は自分の居場所に困っていた。
どこに身を置いても誰かの迷惑にしかならない気がしていた。
9歳を迎える頃には……既にキルトは学校に通わなくなっていた。
では彼はこの後どう過ごしたのか。
朝に家を出た直後、その足で彼が向かっていたのは……街の中の修道院だ。
ここは様々な事情を抱えたポケモンなどを一時的に保護している施設であった。
ペット用として飼えなくなったポケモン、心身に傷害を負ったポケモン、未熟なトレーナーの手に負えなくなったポケモン。
そして、不要と判断されて捨てられたポケモン。
その背景は多種多様であった。
キルトは裏庭のフェンス越しに、ポケモンたちを眺めていた。
彼はポケモンが好きだった……わけではない。
が、それでも。
彼らの様子を見ていると、いろんな事が忘れられた。
少なくとも「自分の居場所がない」なんてネガティブな事は考えなくてよかった。
誰にも気付かれないように……そう考えてひっそりと遠くからその様子を眺めていたのだ。
しかしある日、キルトはシスターの女性に見つかった。
中年の女性は彼の存在に気づくと、10mほど先から声をかけてくる。
「ちょっと君?こんなところでどうしたの?学校は?」
「……!」
彼はその場を走って逃げ去ろうとする。
しかし鈍い彼は立ち上がるや否や、足元の枝に躓いて転んでしまった。
「おいおい……大丈夫?」
「ッ………」
女性に身を起こされたキルトは、自分の膝を酷く擦りむいたことに気づいた。
「……とりあえず、膝の手当をするから来なさい。」
これが、キルトがこの施設と関わるきっかけであった。
建物に入ったキルトは、手当を受けながら自分の内情を打ち明けた。
「……そうか。」
「怒らないの?」
「何、君みたいな子は珍しくないわ。」
「………。」
「明日からまた来なさいな。何、ポケモンたちも遊び相手が増えて喜ぶはずよ。」
それ以来、シスターによって開放された修道院に、毎日のように通うようになったのだ。
キルトはそこから、学校に一切通うこと無くこの修道院で過ごした。
その事実を、親のエプロン氏は知らなかった。
否……薄々感づいてはいたものの、息子の現状を知っていた彼はそこまで咎めることはしなかったのだ。
半ば諦めていた、と言っても良いかも知れない。
どんな無理強いをしても、キルトに医者の道は目指せないと判断したのだ。
さて、修道院に通っていたキルトであったが。
ポケモンとの仲はぼちぼち……といった感じであった。
少なくとも学校のときほど忌避されてはいないが、積極性に欠ける彼はその輪の中にどうしても入っていけなかったのだ。
結局……彼は裏庭を眺める場所が、フェンスの向こうからベンチに変わっただけだった。
しかしそんな彼をしつこく気にかけるポケモンが1匹。
「まねね?」
「うわっ!?」
紺の帽子にピンクの体色をしたそのポケモンは、キルトの隣に座って語りかけてくる。
そのポケモンはマネネといった。
あらゆる物を模倣し、学習していくポケモンだ。
この修道院に住むポケモンの中では一番明るい性格で、中心人物の様な存在であった。
マネネはキルトのブレザー服の袖を強く引っ張る。
「まねっ!まねねねっ!」
「『サッカーの人数が足りないからお前も来い』だって?でも僕……そういうの苦手だし……」
「まーーねーーー!」
「『突っ立ってるだけでいい』って……でも……」
キルトは全く乗り気じゃない。
しかしそれでもマネネは折れなかった。
「まねっ!」
「痛っ!」
マネネは軽くジャンプをしたかと思うと、キルトの後頭部にドロップキックをかましたのだ。
「……もう、わかったよ。」
痛む頭を抑えつつ、キルトは渋々と返事をする。
そうして彼は、半ば無理矢理にコートに立たされることになった。
当然、ポケモンたちの身体能力に追いつけるわけもなく……彼は常に翻弄されっぱなしであった。
キルトは『二度とこんな遊びには参加しない』と決めたそうだ。
……が、その翌日も。
そのまた翌日も。
キルトはマネネに強引に連れ出される形でポケモンたちと遊ばされた。
その度にキルトはくたくたになっていた。
しかし……だ。
マネネのお陰で彼は居場所を得ることが出来た。
それはひとえに、マネネの社交性とカリスマ性があってのことだったと言えるだろう。
彼の存在を介して、キルトは他の修道院のポケモンたちとも打ち解け合えるようになったのだ。
だが、キルトはある時に疑問を感じた。
そんなマネネのようなポケモンがどうしてこの修道院に居るのか……と。
別段心身に傷害があるわけでもないし、手が付けられないほど気性が荒いわけでもない。
ある日、彼はシスターにその理由を尋ねることにした。
隣のベンチに座っている彼女は、思い出しつつゆっくりと答えた。
「彼はね……賢すぎたの。」
「賢すぎた……?」
「えぇ。彼はあるトレーナーのポケモンだったのだけど……トレーナーのバトルや育成のやり方が気に食わなかったようでね。かなり色々と意見をしていたみたい。」
彼女は手元の新聞を読み進めながら言葉を綴る。
「まぁ……実際酷いもんだったみたい。進退の判断は鈍いし、技の選択は間違えっぱなしだし……特に負けた時の八つ当たりがひどかったらしいわ。ま、要は彼のトレーナーは三流だったってことね。」
「……。」
ポケモンに対して酷い接し方をする人間の存在は、この修道院にいれば嫌でも知ることになる。
しかし実際に聞いてみると、おおよそ小さな人間も居るものだ……とキルトは幼いながらに感じていた。
「んで、最終的に反発を続けていたマネネはトレーナーに捨てられた。そして今に至るってワケよ。」
「………」
マネネの生い立ちを知ったキルトは、溜息をつく。
彼は一体今、何を思ってここに居るのだろう……そんな想像をしながら。
ーーーーーある時、キルトが14歳になった頃。
その日はコガネの近所の自然公園で、小規模なバトル大会が開かれていた。
それなりの実力を持ったトレーナーが集まる、そこそこのイベントだ。
だが地方のテレビ局や新聞社なども押し寄せており、盛り上がりに不足はない。
その様子は、修道院内のテレビでも中継されていた。
キルトもシスターも普段は殆どテレビ番組など見ないが、この日はマネネがどうしてもとせがむので、電源をつけることにしたのだ。
画面には、ポケモン同士のバトルの様子が映し出されていた。
熱い技が飛び交い、互いが切磋琢磨して勝負をしている。
ポケモンリーグなどの勝負に比べるといささか迫力に欠ける……が、見ごたえは十分だ。
「まねっ!まねねーーっ!」
そして事実、マネネはこの場の誰よりも盛り上がっていた。
大声を上げて野次を飛ばし、参加者とともに感情を分かち合っていたのだ。
「しかしポケモンがテレビを見たがるとは珍しいわね。他の子たちは目もくれないのに。」
シスターはそう言いつつ、画面にべったりと張り付いているマネネを両手で引き離す。
「こらっ、近い!」
「まねねーーっ!」
シスターの注意など気にも止めず、マネネはずっと一人で野次を飛ばしていた。
その様子を見ていたキルトは、ただひたすらに黙っていた。
「…………。」
否、『言葉が出なかった』と言った方が良いだろうか。
マネネの言葉がわかる彼にとって……その内容は驚かざるを得ないものだったのだ。
なんとマネネは、驚くほど正確に野次を飛ばしているのだ。
例えば先は「そこは『ほのおのパンチ』で押し切れば勝てる!」と叫んでいた。
彼のその言葉の直後、エビワラーは捨て身覚悟の『ほのおのパンチ』を右ストレートでぶっ放し、相手のサワムラーに逆転K.O.を決めた。
……無論、その展開を予想できた者は殆どいない。
他にもマネネは、その戦場の様子をあまりに的確に分析していたのだ。
そう……シスターの言う通り。
彼はあまりに賢かった。
最早その叡智は、ポケモンの範疇に収まりうるものではない。
マネネの才は、トレーナーそのものであった。
その日の夜。
キルトが家に帰る時刻になった頃。
去り際に彼は、マネネに尋ねた。
「……なぁマネネ。君はもしかして……また旅をしたいのか?」
「んー……まねっ!」
マネネはしばらく考えた後、キルトの顔を見て元気よく返事をした。
「……そうか。」
そう言い残し、キルトは修道院を後にした。
ーーーーーその日の夜。
キルトは父のエプロン氏と話をすることにした。
「……父さん。僕は学校を辞めてトレーナーになりたいんです。」
「………。」
しばらくの沈黙が流れる。
「うーん………まぁ、ええやろ。」
エプロン氏は少し考えたが、最終的には首を縦に振った。
「ほ、本当ですか?」
「まぁ、お前出席不足で3留しとるらしいしな。このままダラダラと学校に在籍するよりよっぽど有意義や。あとの手続きはワイがやっとく。好きにせぇ。」
「ありがとうございます!」
向いてないことはやらせないほうが良い……それがエプロン氏の考え方であった。
旅立ちの許可が降りたキルトは、翌週には支度をして旅に出ることが決まった。
ーーーー旅立ちの日、キルトは修道院に訪れた。
マネネを連れていくためだ。
その旨は予めシスターに伝えていたので、修道院のポケモンたちは総出でマネネたちを出送った。
そしてマネネを連れたキルトは、その脚である場所へと向かうことにした。
それはカントー地方のハナダシティと言う場所だ。
この街の北にある岬には、ある科学者が住む家がある。
なんでもその科学者は、今までにとんでもない実験の数々を行っていたそうだ。
……その科学者の元へ、キルトはあることを聞きに行った。
しかしその家は空き家となっており、鍵も開けっ放しとなっていた。
が、近隣の人の話によれば、書類の山とダンボールが散らかるだけのゴミ屋敷なので、勝手に入ってもさほど問題はないそうだ。
その言葉を信じ、キルトはその空き家に入ることにした。
が、すぐに彼は違和感に気づいた。
「……噂通りだ。やっぱり、ここに『あるべきもの』がない……!」
「まね!」
そしてその裏付けをするべく、彼は本棚に詰まっている書類を読み漁る。
学校に通っていない彼にとって、それは難解な文字であった。
しかし……だ。
あるフォルダの中に、その文字は明確に刻まれていた。
その文字を、キルトは見逃さなかった。
「『VCO(Violated Collection Organization)』……これだ!」
「まね……?」
確信を得た彼は、そのまま空き家を後にした。
その足で次に向かったのはクチバシティという港町。
そこから出港する船でイジョウナ地方に向かい、そのままカナシバタウンへと赴いた。
この街は、スモック博士……キルトの叔父に当たる人物の研究所がある場所だ。
「やぁキルト君。随分と大きくなったね。……ほう、マネネを連れているのか。中々に元気そうなポケモンじゃないか。」
心優しい彼は、キルトの来訪を歓迎した。
一応、兄のエプロン氏からキルトが旅に出たことは聞かされていた。
しかしジョウト地方とイジョウナ地方ではあまりに距離が離れている。
その事に疑問をいだいた博士は、彼に問いかけた。
「ところで……突然こんな所までどうしたんだい?」
キルトはその質問に、単刀直入に答えた。
その返答に、博士は思わず言葉を失う。
キルトの口から告げられたのは、あまりにも突飛すぎる内容だったからだ。
「な……今、なんて?」
「叔父さん……
僕とマネネの身体を入れ替えてほしいんだ。」