【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
羨望も忌避感も、「自らと異質なものに抱く感情」であることに変わりはない。
俺の場合、向けられたものは後者であった。
ポケモンは特に好きでもなく、トレーナーに対しての憧れも抱かなかった俺は、順当に公立学校の小等部へと進学をすることにした。
ガラル地方にある田舎の工場町に生まれたため、常に生活はものづくりと共にあった。
それが原因だろうか。
物心ついた頃には、近所の工場の見様見真似で機械いじりばかりしていた。
だけどそのせいで、周囲には凄まじく気味悪がられていたようだ。
男どもは俺の作ったものを勝手に取り上げては壊すし、女どもは隠す気のない陰口ばかり叩いていた。
別段、その程度のことで傷つくことはなかった。
「あー、暇なんだろうなぁ」くらいには感じていたかもだけど。
……ただ、居心地は良くはなかった。
結果として、俺は自宅に籠もりきりとなったワケだ。
あんな連中と生活するくらいなら、家の中で発明や資格取得の勉強にでも勤しんでいたほうが良い……と考えていただけだった。
実際、それからの俺の生活に不満はなかった。
親父もお袋も、マトモな生活をしない俺には腹に据えかねていたようだが……それでも口うるさく言うようなことはなかった。
しかしある日……10歳の時だったかな。
俺はヘマをして火災を起こした。
ほんの少し、ガスの注入量をミスったがゆえの事故だ。
報知機は鳴るし、消防隊も駆けつけてくるしで……もう散々だったよ。
でも幸い、俺の部屋の隅の床が焦げた程度で済んだ。
が、親たちはそれを良しとはしなかった。
ただでさえ疎まれていた俺は、それはもう酷い叱責を受けた。
「もう機械いじりは辞めろ」とか、「どうして普通のことが出来ないんだ」とか。
なんなら今までの試作品、いくつか蹴り壊されたっけ?
工場勤務の奴らが嫌いだったらしいけど……いやぁ、ひでぇ話だよな。
まるで、人生そのものを否定されたような気分だった。
普通に生きたいように生きているだけで、どうしてここまで言われなくちゃいけないんだろうな……って。
他人が鬱陶しくなった俺は、廃墟同然になった山奥の小屋に籠もることにした。
確か家主は数年前に死んでるはずだし、そもそもこんな鬱蒼とした森の奥に来るやつなんかいない。
霧が酷くて足場も最悪……だからまっとうな人間は寄ってこないんだ。
最低限の水と食料はあるし、電気はまぁ……自作の発電機でそれなりにどうにかなる。
近所には工場の廃棄場もあるから、素材にだって事欠かない。
……俺はここで生きる。
誰の邪魔もされないように。
そこで俺は、ずっと機械いじりに打ち込んだ。
静かな空間は集中するにはもってこいだった。
光の薄い森だったから、昼夜を気にせず熱中できた。
まさに最高の空間だ。
誰も迎えに来やしない。
そりゃそうだ。
俺には友達もいないし、大事にしてくれる家族もいない。
捜索隊のひとりも来やしないんだし、多分俺のことなんか忘れてるんだろう。
それでいいんだ。
この天国で、俺はずっと熱中していた。
熱中していた。
熱中して……
熱……て……
………あれ、俺は寝てたのか?
いかん、こういう単純作業は集中力が切れやすい。
気をつけなくちゃ……
『あ、気づいた?』
「………!?」
俺は聞こえた声の方を向く。
妙に暖かな、女の声だ。
『キミ、駄目だよ。何かに熱中するのは良いけど……ちゃんと休憩は取らなきゃ。』
「うっ……うわあああっ!?」
目が覚めて最初に飛び込んだ光景に、俺は驚いた。
いや、当たり前だ。
だってそこに居たのは……人の言葉を喋るポケモンだったのだから。
大きな青色の身体をした、4足歩行のポケモンだ。
確か名前は『ザシアン』……物凄く強いポケモンだったはずだ。
「なっ、なんでポケモンがここにいるんだよッ!?」
彼女は首を傾げながら、俺の質問に答える。
『え?だってここ私の家だし……』
家!?
不味い、ここはこのポケモンの巣だったようだ。
廃屋を巣にする行為自体は何ら不思議じゃない。
いや、それよりも……
野生の世界で相手の縄張りに入ることは、自殺行為に等しい。
逃げなければ……!
『まっ、待って!』
走り出そうとした俺を、ザシアンは立ちふさがる形で止めに入った。
「……なっ、何だよ?」
『別に怒ってるわけじゃないの。長く家を開けてた私が悪いわけだし、キミがここにいることは悪くは思わないわ。多分事情があってこんな山奥に来たんだろうし……ね。』
あくまでも物腰柔らかな口調で、ザシアンは語りかけてくる。
『でもね、自分を大切にしないのは駄目だよ。ちゃんと寝る時間は決めて寝ないと!わかった?』
「っ………」
『返事っ!』
ザシアンはまるでおせっかいを焼くように、俺に迫る。
その勢いに飲まれるように、俺は渋々と返事をする。
「……わーったよ。」
『うん、よろしいっ!』
彼女は笑いかけた。
初めての感覚だった。
誰かに心配されるのは、多分この人生で初めてだった。
皆、俺のことを忌み嫌っていた。
だから、この感覚は初めてだ。
まさか相手がポケモンだなんて、思ってもいなかったが……
ーーーーーそれからは、俺はこのザシアンと共にこの小屋で過ごすことになった。
とはいえ俺はずっと機械いじりに没頭していたし、ザシアンは家を空けることが多かった。
だからふたり暮らし……というには少し違う感じだ。
それでも、孤独での生活ではなくなっていた。
「そういやアンタ、伝説のポケモンじゃなかったっけ?あの、3000年前のブラックナイトや、ガラルのムゲンダイナと戦ったとかいう……」
『んー?それ多分ご先祖様と親戚じゃない?私はずっとこの森に住んでるから知らないよ。』
「へぇー……」
そりゃそうか。
彼女には威厳がなさすぎる。
覇気とか狂気とか、そういったものが全然感じられない。
ポケモンに関してはズブの素人である俺だが、それでもわかる。
……彼女は明らかに戦闘の経験が少ない。
全く戦えない、というわけではないだろうが、そこらへんの野生ポケモンと大差ない程度の力しか無いだろう。
人の言葉を話せる……という点を除いては、全くもって「伝説のポケモン」とは思えない容貌だったのだ。
「しかし……いつもどこまで言ってるんだ?この森ってそんな広くないだろ?」
『え、えーっと……それは、内緒!』
「……?」
焦るような様子で、彼女は何かを隠していた。
何が理由かは気になったが、無理に問い詰めることはない。
『そんなことよりもう寝なさい!キミ、まーた私の留守の間に徹夜したでしょ!しかも2徹!』
「うっせ!アンタは俺の姉貴か!!」
『え、そうでしょ?私のほうがキミの10倍は生きてるもん。』
そう言うとザシアンは、俺の首筋に顔を寄せてくる。
「だーわかった!寄るな寄るな!もう寝るから!」
『よしよし。あ、でもちゃんとそこの川で水浴びを済ませてからね。結構臭うぞ。』
「言うな!」
そんな感じだ。
俺らは姉弟のように過ごしていたのである。
ーーーしかし半年ほど経った時。
彼女は家を1週間ほど空けた。
2、3日程度の留守なら日常茶飯事であったが、流石にこの日数は初めてだ。
一応無事だったから良かったとはいえ、俺はついに彼女に問い詰めることにした。
「なぁ……何があったんだよ。」
『え、べ……別に……』
「いや、怒ってはいねぇよ。でもさ、そろそろどこに行っているかくらいは教えてくれてもいんじゃねぇのか?」
俺の問いかけに、姉貴は躊躇う様子を見せる。
『……。』
ためらう、というよりは何かを恥じらっているような様子だ。
「……なぁ、教えてくれ。」
『わ……わかったよ……。』
姉貴は遂に観念して、口を割ることにした。
『……あのね、私1年くらい前から街の方に行ってたの。ガラル地方のエンジンシティってとこ。』
「……。」
『そしたらね、すっごく素敵な男の子を見つけちゃって……』
「お、男の子?」
俺が尋ねると、彼女はそっぽを向いて顔を赤らめる。
まさか……とは思いつつ、俺はその話を聞いてみる事にした。
「あの……その『男の子』ってどんな?」
俺が質問をした瞬間、姉貴はこちらにずいと差し迫って語り始める。
『気になる!?もうね、凄いの!エンビくんって名前なんだけど、ルックスも素敵だし、頭もいいし、優しいし……」
「ちょ、近い近い……」
手を差し出して遠ざける動作をするが、彼女はお構いなしだ。
『この間なんか悪い人に攫われた子供を、本拠地まで身一つで助けに行っていたんだよ!それはもうドカーン!バゴーーン!って感じで!』
「擬音語が多すぎて伝わらねぇよ……」
そう語る彼女の語気は、明らかに勢いを増していた。
『他にも演奏会とか絵画の賞でも最優秀!しかも外国語や古代文字も読める!まだ18歳だって言うのに凄いんだよ!!』
嬉しそうな彼女の語りはまだまだ続く。
それはまるで好きなものを語るオタク……いや、もうこれは明らかに……
「……なぁ。姉貴、あれだろ。それは『恋』ってやつだよ。病的なレベルの。」
『え……そ……それは……』
言ってはいけないことを直接言及してしまってからか、姉貴は急にしおらしくなる。
自覚が無かったのか否かは知らないが……悪いことをしたかも知れない。
だが、ここは真実を言ってやったほうが身のためだ。
「姉貴はそのエンビって男に惚れてるんだ。これが『恋』以外の何だって言うんだよ。」
『…………』
前足で頭を抱えて背を向け、完全に押し黙ってしまった。
もうこりゃ確定だわ。
「……でもよ、話しかけたりしねぇの?気になってるんだろ?一週間も付け回すほど。」
『そ、それはそうなんだけど……』
「なんだけど?」
『……あの子は人間で、私はポケモンじゃない。それが……恋だなんて……おかしくない?』
あぁ、そうだ。
彼女の言う通り、ポケモンと人間は根本から違う種族だ。
仮に互いが結ばれる事が恋愛の終着点と仮定すれば、その完成は絶対にあり得ない。
それは叶いもしない無謀な恋なのだ。
……だがそれで良いんだろうか。
生命の最も根本的な衝動である恋という感情が、「種族の壁」を理由に否定されることが。
俺は許せるのだろうか。
「生きたいように生きられない」ことを誰より忌み嫌った筈の俺が……これを受け入れて良いんだろうか。
否……断じて否だ。
別に恋だの愛だのをマトモに語れるような人生は送ってはいないが……それでも、彼女にまでそんな思いをさせることはどうにも許せなかった。
そして気づけば、俺は自作の簡易パソコンに文字列を書き出し始めていた。
「……ちょっと待ってろ。」
『な……何を……?』
「後押ししてやるよ、姉貴のその想い。」
俺は初めて、他人のために機械を作ろうとしていた。
自分でも驚いたよ。
でも、不思議なもんだ。
俺の腕は、今までにないほど心地よく動いていたんだから。
ーーーーーそこから約10ヶ月間。
俺はその発明をするために、試行錯誤を繰り返していた。
「そもそも姉貴は、一体どうやってその姿で人里に降りてるんだ?」
『えっと、こう……周囲に霧みたいなのを出して……存在を消す、的な?』
「マジかよ……そのやり方、もっと具体的に。」
まずは問答。
「ザシアン」という種族の生態についての根本的な理解からだった。
驚くことにこのポケモンは、身体から「相手の認識を阻害できる霧」を出すことが出来るのだそうだ。
しかし彼女に出来ることは本当に「自らの姿を消す」程度のことで、外見の詐称までは不可能だったようだ。
だが、それなら話が早いし簡単だ。
その認識阻害の範囲を広げてやればいい。
元からある能力を後押しする装置……それさえあれば良いのだ。
あとはその外見と造形だが……いかんせん、サンプルが少なすぎる。
仕方がないのでそこは俺のデータを流用することにした。
まぁ、本気で発明に取り組んだよ。
今までに生かした技術と知識をフル活用して、全力で装置の開発に当たった。
人生でこれほど真剣に発明に向き合うのは、後にも先にもこの時が最後だったんじゃないかな。
それくらいには熱中していた。
そして遂に完成した。
ザシアンの体型に合わせた、首輪型のプロジェクター装置……『Machines that deceive Appearance No.001(以下:MA-1)』が。
長い開発期間を経たこの装置の完成に、俺と姉貴は互いに喜びあった。
「っしゃあ……長かったァアア………!」
『凄いじゃないクランガ!ありがとう!』
「いやぁ……さっっすがにキツかったぞ……!」
『と、所でコレ……どうやって使うの?』
首に装置を巻き付けた姉貴が、首を傾げて問いかけてくる。
「スイッチを押すんだよ。ちょいと右に首をひねるだけだ、姉貴でも押せる。」
『こ……こうかな?』
言われたとおり、彼女は首を捻って装置のスイッチを押す。
すると、彼女の全身から白い霧が吹き出し始める。
あっという間に霧はザシアンの巨体を包み、部屋中が真っ白になる。
そしてそこから間もなく……霧の中からそれは現れる。
そう、10代半ばの人間の少女が。
『おおおお!凄い!何これ!?何これ!?』
前代未聞の変身を遂げた彼女は、子供のように興奮してはしゃぐ。
突然二足歩行になった自分の全身を、あちこち動かしながら眺めているのだ。
「『姉貴を人間だと思わせる装置』だ。アンタ自身を含めてこの周囲の生物は、姉貴を人間と認識するようになる。……要は大掛かりな催眠機みたいなもんだな。」
『す、凄い……!我が弟ながら鼻が高いぞ!』
そう言いつつ、彼女は新しく開いた前足……もとい腕で、俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
速くも人間の姿に慣れ親しんでいるようだ。
「まぁ……外見はサンプルの俺に似せてるから、あんまり可愛くないかもだけど。許してくれ。」
『そんなことないよ!私はこの姿、すっごく好き!』
そうだ、彼女は純粋に喜んでいたのだ。
これで一時的にではあるが、彼女は人間のフリをすることが出来る。
きっとそのエンビとかいう男に近づくことも可能になるはずだ。
だが、この10ヶ月間で頑張っていたのは俺だけじゃない。
彼女もまた、奮闘していたのだ。
そう、俺がネットから探し出してきた教材と。
というのも、彼女いわくそのエンビという男は来年からガラルの名門スクールの高等部に進学するらしい。
であれば、その高校に姉貴も入学すればいいのでは?と俺は考えたわけだ。
実を言えば半分くらいは冗談のつもりだったのだが……彼女はその提案を受け入れた。
受け入れて、必死に受験勉強をしたのだ。
人間ならざる身で、口に木の枝を加えて毎日毎日筆記に勤しんでいた。
俺もMA-1開発の合間合間にその様子を見てやったりしたが……
『えっと……この直線のグラフが二次関数……だっけ?』
「違ぇよ!一次!」
『ひぇえ……』
……まぁ酷いもんだった。
もともと頭はそこまで良くない方だったみたいで、特に数学なんかは覚えるのにとても苦労していたようだ。
その上で教師も教材も不足している状態。
環境は劣悪だった。
だが、その数々のハンデを……彼女はただならぬ努力で乗り切ったんだ。
恋という病は、時に凄まじい副作用をもたらす……俺はそう知ったね。
ーーーーこうして迎えた受験日。
彼女は新しく手に入れた人間の姿で入試に臨んだ。
そしてそこから更に2日経過し、発表の当日……
「ねぇねぇクランガ!受かった!!私受かったよ!!!」
番号が発表されるや否や、獣の如き駆け足で俺の方へと迫ってくる。
そして俺を押し倒す勢いで抱きついてきた。
「だっ……重い重い!!」
『だってだってだって!!』
彼女は涙を流しながら、俺に向かって喜びの感情をぶつけてくる。
いや、そりゃそうだ。
本当なら絶望的な挑戦だった。
何もかもが可能性の低いチャレンジだった。
しかしそれは功を奏したのだ。
俺だって嬉しかったよ。
今まで生きてきた中で、一番嬉しかった。
そうだ、これで晴れて彼女は通うことが出来る。
エンビとやらが通うスクールの高等部に。
ここから彼女の恋路が始まる……
………そう思っていた俺は、甘かったんだろうなぁ。