【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide   作:伊崎つりざお

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【第134話】救世主の墜下、白雪の徒花

 虚無の極点へ向かい、どこまでも堕ちていくお嬢。

CCと同化し、「世界」の法則から外れすぎた彼女は、消滅へと向かっていったのだ。

それが他でもない「世界」を救うために取った行動の代償だというのだから……なんと皮肉なものだろう。

 

 無限の距離を落下していくお嬢は、心のどこかで後悔していた。

心のどこかで恨んでいた。

一体何故、身を挺して戦った自分がこんな仕打ちを受けるのだろう……と。

一体自分は何のために、CCに立ち向かったのだろう……と。

 

 その思考が読まれていたのだろう。

お嬢の中に潜んでいたCCの意識の片割れが問いかけた。

『こんなものが貴様の見せたかった世界モノなのか?自らの救い主までをも弾き出すような……こんな理不尽なモノが。』

「……さぁね。」

『やはり……本質なのか。排斥……離反……決別……それがこの世界の正しき在り方だったというのか?』

「……わかんないわよ。」

わからなかった。

本当にわからなかった。

あれだけの非道な行いをしたCCの問いですら……正当なものだった。

 

 決して見返りが欲しかったわけじゃない。

称賛を求めていたわけじゃない。

だが、それでも……救世主はぐれものの名は、年端も行かぬ少女が背負うにはあまりにも重すぎた。

その事を真に理解してなかったのかもしれない。

世界は……秩序は……無情だった。

 

「でもね、なんだろ……コレで良かったとも思ってるのよね。」

『……何故だ?貴様はこれから消滅するのにか?』

「うん。もちろんそれは嫌なんだけど……でもジャックは無事だったわけじゃない。」

『……。』

「アタシが居なくなっても、彼が生きているなら……少なくとも最悪の事態ではないわ。」

お嬢はそう言って、誰も見ることのない笑顔を浮かべた。

 

 作り笑いだったかもしれない。

そもそも彼女の発言自体、虚偽だったかもしれない。

そう思わないとやっていられなかっただけかもしれない。

だが、そんな彼女の思考は冴えていた。

やりきった後の清涼感だけは、確かにそこにあったのだ。

 

「ふふっ……何よ。これじゃマネネの事……とやかく言えないじゃない。」

先の戦いで覗き見た彼の記憶を思い起こし、彼女は思わず笑う。

何故……人は、誰かの元から去る時に満足感を得てしまうのだろう。

 

 離別は疑いようもなく、悲しいものだ。

別れる側はそれっきりだが、残される側はその悲しみをずっと背負っていく。

なのに前者は、「誰かのためになった」と考えずにはいられないのだ。

なんて残酷なことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなことは受け入れられるべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不満を内包した蹄の音が、その運命を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お……ま………』

遠くから声が聞こえる。

もうじき音も光もなくなる場所に、懐かしい声が響く。

胸の奥が、熱く痺れるようだ。

走馬灯でも流れ出したのだろうか……。

そう思ったお嬢は、ゆっくりと目を開けた。

 

『お  嬢  様  ッ!!』

はるか遠く視線の先。

自らの頭上から鬼気迫った勢いで走り迫ってくる白い影。

「じゃ……ジャック!?」

そう、そこに居たのはブリザポスであった。

なんと彼は、落下速度よりも速くこちらに駆けて来ていたのだ。

 

 本来ならば来ることの出来ない、虚無の極点への道。

元の世界に弾かれた者でなければ至れない場所。

一体何故、彼が此処に居るのか。

 

 

 

 ーーーーー数分前。

お嬢が突如暗闇の底に消えた時。

『なっ……何が起こったんだ!?』

「まねねっ!?」

あまりに唐突な出来事に、残された3人は困惑していた。

しかしその中でも、ブリザポスはその理由にいち早く気づいていた。

『……禁忌です。お嬢様は禁忌に触れてしまったのでしょう。』

 

 そう言うや否や、彼は自らの身体を光らせ始める。

彼の身体を覆う氷の色が、徐々に変わっていく。

『お、おい……何をしている!?』

『見ればわかるでしょう?SDの起動です。まだお嬢様の反応がある……そこと接続できれば、私もお嬢様と同一視される。即ち、「禁忌を犯した」ことになり元の世界から弾かれます。そうすればお嬢様を助けに……』

そう言うブリザポス。

 

 しかしその首筋に、レイスポスは思い切りタックルを仕掛けた。

『なっ……!?何をする!?』

SDの発動を中断させられたブリザポス。

震える彼を、それ以上に震えた声で止めたのはレイスポスだった。

『馬鹿ッ!お前……そんな身体でSDなんか起動したら……消えちまうぞ!!』

案じていたのはそれだった。

元々ブリザポスは、ザシアン達との戦いの時点で満身創痍であった。

ただでさえ不安定な存在は、SDの力を使ったがゆえに消えかけていたのだ。

 

『……だからこそですよ。どのみち私は居てはいけない存在だ。どうせ消えるなら、お嬢様にこの命を使う!』

『何が「お嬢様のため」だこの自分勝手!彼女がどういう思いで……どういう思いで危険を犯してCCと同化したのかわからないのか!?』

レイスポスの声は、更に震えを増す。

『アイツは……お前に生きていて欲しかったんだよ!!他でもないお前に!!6年前!!自分を救ってくれたお前に!!!』

「まねね!!」

彼の言葉に共鳴し、マネネも声を上げる。

 

 だが、それでもブリザポスは頑なに首を横に振る。

『……そんなわけ無いでしょう。私は「ジャック」じゃないのですから。』

どこか諦めた口調の彼。

きっとわからないのだろう。

理解できないのだろう。

自分に向けられる感情の形が、分かっていない。

『……あの方に必要なのは「ジャック」であり、私ではない。私があの方の隣りに居てはいけないのです。』

 

『……ふざけるなッ!!もういい!!お嬢様の元には俺が行く!!』

しびれが切れた。

レイスポスは『アストラルビット』を装填して自らの身体に傷をつけようとする。

彼もまた、SDを起動させようとしていたのだ。

『!!』

だが、ブリザポスがその間に飛び込んできたのだ。

弾と身体の間に、自らを挟み込むようにして。

その跳躍速度は、類を見ないほどのものであった。

 

『なっ……!?』

身体の急所に『アストラルビット』を受けたブリザポスは、その場に倒れ込んだ。

『お前……そんな体力でダメージを受けたら……!』

事実、ボロボロの状態で彼は倒れていた。

しかしその傷口から、SDの影響が出始めていた。

 

『……貴方は……戻ってきたお嬢様を……出迎えてあげて下さい。』

身体が赤と黄色に染まっていくのと同時に、徐々に消えていく。

ブリザポスもまた、虚無の極点へと向かいはじめているのだ。

『おい……おいッ……!』

『全く……別れ際まで……見苦しい。喜べば……いいじゃないですか。貴方の中の怪物は……これで……いなくなる……』

『ふざけるなッ!!喜べるわけ……ないだろッ!!』

 

 喜べるわけがなかった。

彼は確かに、この世にあってはいけない存在だった。

本来なら貌すらない怪物だった。

だが、彼はそれ以上に……

 

 レイスポスとマネネが、ブリザポスの身体を揺らす。

しかし消えゆく彼は、誰にも止まらなかった。

 

『……次こそは……後悔しないよう生きなさい……ジャッ……ク……』

それが、レイスポスに遺した最後の一言であった。

 

やがて何もかもがなくなり、元の世界に戻ってきたレイスポスとマネネ。

開けた視界に、元通りのフウジの町並み。

虚しい嘶きが、真っ暗な夏空一帯に響いていた。

 

 

 

 

ーーーーーー虚無の極点へと至ろうとするお嬢を、それ以上の速度で追いかけるブリザポス。

SDを発動させ、『決死の双角獣デスパレイトバイコーン』の形態を取っている。

その媒介先は先の通り、マスターキーであるCCと同化したお嬢。

彼女の胸に先ほど走った感覚は、SDの起動によるものだ。

そして彼もまた、今お嬢と同じように消えようとしているのだ。

 

「じゃ……ジャック……!!」

『今!!行きますッ!』

ブリザポスは、両の後脚に『クロスフレイム』と『クロスサンダー』を装填する。

ただでさえ全速力で走っている所に、わざを上乗せして加速しているのだ。

 

 当然、普通のポケモンでは不可能な所業……否、SDを使ってすら相当の負荷がかかる。

下手をすれば四肢が爆散してもおかしくない。

だがそんな事はお構いなしに、ブリザポスはありったけの速度で走っていったのだ。

『間に……合えーーーーーーーーーッ!!』

必死の爆走が、両脚の限界を突破する。

 

 やがて遂には、ブリザポスがお嬢の事を追い越した。

お嬢よりも先に、虚無の極点へと向かい始めたのだ。

「じゃ、ジャックーーーーーッ!!」

『よしっ……間に合った……!!!』

 

 ブリザポスは、自らの脚に急速にブレーキをかけた。

摩擦によって、白い水蒸気が発生する。

その煙の中を、彼から放たれた雷が駆け抜けていった。

水蒸気はその組成を変容する。

やがてそこには、多量の粉雪が展開された。

多量の粉雪は、まるで絨毯のようになった。

そして堕ちていくお嬢を優しく受け止めたのだ。

 

「と………止まった……?」

お嬢は、背中から吹いていた風が急に止まったのを感じた。

同時に、遠ざかっていた何かも止まる。

少し時間を置いて、粉雪は解けて無くなった。

それでも落下は起こらない。

彼女の消滅は、此処で食い止められたのだ。

 

 お嬢はほっと胸を撫で下ろし、真下を見下ろす。

「た、助かったわ……ありがと、ジャッ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしそこには誰もいない。

ただただ底なしの闇が広がるだけであった。

 

「ジャ……ジャック……?」

お嬢は自分の胸に手を当てる。

SDの感覚がなくなっている。

彼女はブリザポスを探す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこにもいない。

本当に、どこにも痕跡がない。

SDを起動してみようと試みる。

応答がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで彼女は気づいた。

気づいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリザポスが自らの身代わりに、虚無の極点に至ったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に、この世界から消滅してしまったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……嘘でしょ……?」

狼狽するお嬢を他所に、周囲の暗闇は解けていく。

彼女は、元通りの世界に戻ってきたのだ。

 

 ジャックが消えたことで、この世界は誤認した。

CCなるものが、消えたと。

これで全てが終わった、と。

奇跡的に、お嬢は助かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辞世の句すら遺さなかった怪物……ブリザポスの命を代償にして。

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