【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
虚無の極点へ向かい、どこまでも堕ちていくお嬢。
CCと同化し、「世界」の法則から外れすぎた彼女は、消滅へと向かっていったのだ。
それが他でもない「世界」を救うために取った行動の代償だというのだから……なんと皮肉なものだろう。
無限の距離を落下していくお嬢は、心のどこかで後悔していた。
心のどこかで恨んでいた。
一体何故、身を挺して戦った自分がこんな仕打ちを受けるのだろう……と。
一体自分は何のために、CCに立ち向かったのだろう……と。
その思考が読まれていたのだろう。
お嬢の中に潜んでいたCCの意識の片割れが問いかけた。
『こんなものが貴様の見せたかった世界モノなのか?自らの救い主までをも弾き出すような……こんな理不尽なモノが。』
「……さぁね。」
『やはり……本質なのか。排斥……離反……決別……それがこの世界の正しき在り方だったというのか?』
「……わかんないわよ。」
わからなかった。
本当にわからなかった。
あれだけの非道な行いをしたCCの問いですら……正当なものだった。
決して見返りが欲しかったわけじゃない。
称賛を求めていたわけじゃない。
だが、それでも……救世主はぐれものの名は、年端も行かぬ少女が背負うにはあまりにも重すぎた。
その事を真に理解してなかったのかもしれない。
世界は……秩序は……無情だった。
「でもね、なんだろ……コレで良かったとも思ってるのよね。」
『……何故だ?貴様はこれから消滅するのにか?』
「うん。もちろんそれは嫌なんだけど……でもジャックは無事だったわけじゃない。」
『……。』
「アタシが居なくなっても、彼が生きているなら……少なくとも最悪の事態ではないわ。」
お嬢はそう言って、誰も見ることのない笑顔を浮かべた。
作り笑いだったかもしれない。
そもそも彼女の発言自体、虚偽だったかもしれない。
そう思わないとやっていられなかっただけかもしれない。
だが、そんな彼女の思考は冴えていた。
やりきった後の清涼感だけは、確かにそこにあったのだ。
「ふふっ……何よ。これじゃマネネの事……とやかく言えないじゃない。」
先の戦いで覗き見た彼の記憶を思い起こし、彼女は思わず笑う。
何故……人は、誰かの元から去る時に満足感を得てしまうのだろう。
離別は疑いようもなく、悲しいものだ。
別れる側はそれっきりだが、残される側はその悲しみをずっと背負っていく。
なのに前者は、「誰かのためになった」と考えずにはいられないのだ。
なんて残酷なことだろう。
こんなことは受け入れられるべきではない。
不満を内包した蹄の音が、その運命を切り裂いた。
『お……ま………』
遠くから声が聞こえる。
もうじき音も光もなくなる場所に、懐かしい声が響く。
胸の奥が、熱く痺れるようだ。
走馬灯でも流れ出したのだろうか……。
そう思ったお嬢は、ゆっくりと目を開けた。
『お 嬢 様 ッ!!』
はるか遠く視線の先。
自らの頭上から鬼気迫った勢いで走り迫ってくる白い影。
「じゃ……ジャック!?」
そう、そこに居たのはブリザポスであった。
なんと彼は、落下速度よりも速くこちらに駆けて来ていたのだ。
本来ならば来ることの出来ない、虚無の極点への道。
元の世界に弾かれた者でなければ至れない場所。
一体何故、彼が此処に居るのか。
ーーーーー数分前。
お嬢が突如暗闇の底に消えた時。
『なっ……何が起こったんだ!?』
「まねねっ!?」
あまりに唐突な出来事に、残された3人は困惑していた。
しかしその中でも、ブリザポスはその理由にいち早く気づいていた。
『……禁忌です。お嬢様は禁忌に触れてしまったのでしょう。』
そう言うや否や、彼は自らの身体を光らせ始める。
彼の身体を覆う氷の色が、徐々に変わっていく。
『お、おい……何をしている!?』
『見ればわかるでしょう?SDの起動です。まだお嬢様の反応がある……そこと接続できれば、私もお嬢様と同一視される。即ち、「禁忌を犯した」ことになり元の世界から弾かれます。そうすればお嬢様を助けに……』
そう言うブリザポス。
しかしその首筋に、レイスポスは思い切りタックルを仕掛けた。
『なっ……!?何をする!?』
SDの発動を中断させられたブリザポス。
震える彼を、それ以上に震えた声で止めたのはレイスポスだった。
『馬鹿ッ!お前……そんな身体でSDなんか起動したら……消えちまうぞ!!』
案じていたのはそれだった。
元々ブリザポスは、ザシアン達との戦いの時点で満身創痍であった。
ただでさえ不安定な存在は、SDの力を使ったがゆえに消えかけていたのだ。
『……だからこそですよ。どのみち私は居てはいけない存在だ。どうせ消えるなら、お嬢様にこの命を使う!』
『何が「お嬢様のため」だこの自分勝手!彼女がどういう思いで……どういう思いで危険を犯してCCと同化したのかわからないのか!?』
レイスポスの声は、更に震えを増す。
『アイツは……お前に生きていて欲しかったんだよ!!他でもないお前に!!6年前!!自分を救ってくれたお前に!!!』
「まねね!!」
彼の言葉に共鳴し、マネネも声を上げる。
だが、それでもブリザポスは頑なに首を横に振る。
『……そんなわけ無いでしょう。私は「ジャック」じゃないのですから。』
どこか諦めた口調の彼。
きっとわからないのだろう。
理解できないのだろう。
自分に向けられる感情の形が、分かっていない。
『……あの方に必要なのは「ジャック」であり、私ではない。私があの方の隣りに居てはいけないのです。』
『……ふざけるなッ!!もういい!!お嬢様の元には俺が行く!!』
しびれが切れた。
レイスポスは『アストラルビット』を装填して自らの身体に傷をつけようとする。
彼もまた、SDを起動させようとしていたのだ。
『!!』
だが、ブリザポスがその間に飛び込んできたのだ。
弾と身体の間に、自らを挟み込むようにして。
その跳躍速度は、類を見ないほどのものであった。
『なっ……!?』
身体の急所に『アストラルビット』を受けたブリザポスは、その場に倒れ込んだ。
『お前……そんな体力でダメージを受けたら……!』
事実、ボロボロの状態で彼は倒れていた。
しかしその傷口から、SDの影響が出始めていた。
『……貴方は……戻ってきたお嬢様を……出迎えてあげて下さい。』
身体が赤と黄色に染まっていくのと同時に、徐々に消えていく。
ブリザポスもまた、虚無の極点へと向かいはじめているのだ。
『おい……おいッ……!』
『全く……別れ際まで……見苦しい。喜べば……いいじゃないですか。貴方の中の怪物は……これで……いなくなる……』
『ふざけるなッ!!喜べるわけ……ないだろッ!!』
喜べるわけがなかった。
彼は確かに、この世にあってはいけない存在だった。
本来なら貌すらない怪物だった。
だが、彼はそれ以上に……
レイスポスとマネネが、ブリザポスの身体を揺らす。
しかし消えゆく彼は、誰にも止まらなかった。
『……次こそは……後悔しないよう生きなさい……ジャッ……ク……』
それが、レイスポスに遺した最後の一言であった。
やがて何もかもがなくなり、元の世界に戻ってきたレイスポスとマネネ。
開けた視界に、元通りのフウジの町並み。
虚しい嘶きが、真っ暗な夏空一帯に響いていた。
ーーーーーー虚無の極点へと至ろうとするお嬢を、それ以上の速度で追いかけるブリザポス。
SDを発動させ、『決死の双角獣デスパレイトバイコーン』の形態を取っている。
その媒介先は先の通り、マスターキーであるCCと同化したお嬢。
彼女の胸に先ほど走った感覚は、SDの起動によるものだ。
そして彼もまた、今お嬢と同じように消えようとしているのだ。
「じゃ……ジャック……!!」
『今!!行きますッ!』
ブリザポスは、両の後脚に『クロスフレイム』と『クロスサンダー』を装填する。
ただでさえ全速力で走っている所に、わざを上乗せして加速しているのだ。
当然、普通のポケモンでは不可能な所業……否、SDを使ってすら相当の負荷がかかる。
下手をすれば四肢が爆散してもおかしくない。
だがそんな事はお構いなしに、ブリザポスはありったけの速度で走っていったのだ。
『間に……合えーーーーーーーーーッ!!』
必死の爆走が、両脚の限界を突破する。
やがて遂には、ブリザポスがお嬢の事を追い越した。
お嬢よりも先に、虚無の極点へと向かい始めたのだ。
「じゃ、ジャックーーーーーッ!!」
『よしっ……間に合った……!!!』
ブリザポスは、自らの脚に急速にブレーキをかけた。
摩擦によって、白い水蒸気が発生する。
その煙の中を、彼から放たれた雷が駆け抜けていった。
水蒸気はその組成を変容する。
やがてそこには、多量の粉雪が展開された。
多量の粉雪は、まるで絨毯のようになった。
そして堕ちていくお嬢を優しく受け止めたのだ。
「と………止まった……?」
お嬢は、背中から吹いていた風が急に止まったのを感じた。
同時に、遠ざかっていた何かも止まる。
少し時間を置いて、粉雪は解けて無くなった。
それでも落下は起こらない。
彼女の消滅は、此処で食い止められたのだ。
お嬢はほっと胸を撫で下ろし、真下を見下ろす。
「た、助かったわ……ありがと、ジャッ………」
しかしそこには誰もいない。
ただただ底なしの闇が広がるだけであった。
「ジャ……ジャック……?」
お嬢は自分の胸に手を当てる。
SDの感覚がなくなっている。
彼女はブリザポスを探す。
どこにもいない。
本当に、どこにも痕跡がない。
SDを起動してみようと試みる。
応答がない。
そこで彼女は気づいた。
気づいてしまった。
ブリザポスが自らの身代わりに、虚無の極点に至ったことに。
完全に、この世界から消滅してしまったことに。
「う……嘘でしょ……?」
狼狽するお嬢を他所に、周囲の暗闇は解けていく。
彼女は、元通りの世界に戻ってきたのだ。
ジャックが消えたことで、この世界は誤認した。
CCなるものが、消えたと。
これで全てが終わった、と。
奇跡的に、お嬢は助かったのだった。
辞世の句すら遺さなかった怪物……ブリザポスの命を代償にして。