【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
さて、旅を続けるお嬢たち一向だが、彼女らは険しい山道を登っていた。
遠くにはフウジシティのシンボルマークである巨大な電波塔が見えているが、そこから遠ざかっていくかのように荒れた公道を進んでいく。
段々と人工物が少なくなってゆき、ついには道路標識やアスファルトすらも草むらの影に消えてしまった。
長い草むらをかき分けつつ、逃げていく野生のポケモンを尻目に村を目指していく。
「あの……お嬢様……今からでも遅くはないので引き返しません?ここ、ホントに何もない村ですよ?」
ジャックは心配そうに声をかける。
事実、お嬢はそこまで体力もあるほうでは無いし、服の裾も汚れ始めており息切れも酷い。
ハッキリ言ってここまでして辺鄙な村に訪れる理由は無いに等しいのだ。
しかしそれでもお嬢は譲らない。
「嫌よ!だってジャックの育ったところでしょ?この目で見ておかないと!」
「まねね!」
「えー……」
そんなやり取りをしつつ、彼らの目指す村はいよいよ目前に迫る。
そして歩みを進めていくと、ジャックの胃痛が比例してキリキリと痛み始めたのである。
「………ッ」
彼の脳裏には思い出したくない顔が浮かんでいたのである。
「こ……ここかしら?」
お嬢らはついにヒルミヴィレッジに到着する。
しかしお嬢の頭には疑問符しか浮かんでいない。
「村」と呼ぶにもあまりに建造物が少なすぎる。
ポツポツと民家のようなものは見えるもの、その距離は軽く500m以上離れている。
その間にはだだっ広い丘陵と牧場が広がり、ウールーやメリープ達が草を喰むのみだった。
「これが……村?」
「えぇ、村です。」
本物の田舎村を知らなかったお嬢は、この空間を「村」と認識することすらできなかったのだ。
ジャックはこの昔懐かしい村の匂いを感じると同時に、全身の逃走本能を逆立たせていた。
ここに居ても何も良いことはない、と判断した彼はお嬢を連れて帰ろうとする。
「あの……やっぱり帰りませ……あれ?」
しかし彼の隣には既にお嬢の姿はなかった。
いつものように彼女は忽然と姿を消してしまっていたのだ。
「お……お嬢様ーーーーッ!?」
ジャックは村中を走り回り、行方不明のお嬢の姿を探す。
放っておいたらこの村で何をしでかすかわかったもんじゃない。
干し草をかき分け、畑の作物をかいくぐる。
距離の離れすぎている民家を奔走し、老いた住人達に一軒一軒話を聞いて回っていく。
「あらぁジャックちゃん……久しぶりねぇ……どうだい、お茶でも入れようか?」
「ありがとうございます。ですが少々急いでおりますので……」
住人たちは久しぶりに見たジャックの顔に喜び、様々なおせっかいを焼こうとする。
が、お嬢の身が消えてしまった今ではそれに構っている場合ではない。
「あぁ、そういえばドテラ爺さんが心配して……」
「失礼しますッ!」
ジャックは最後にその名前を聞いた瞬間、民家をゼブライカの如き勢いで飛び出していってしまったのだ。
やがてジャックは村の殆どを回りきる。
そしていよいよ村の最北部にある最大手の牧場を残すのみとなる。
「………。」
しかしジャックの脚は固まって動かない。
どうしてもこの牧場に足を踏み入れたくない、と彼の本能が警鐘を鳴らしている。
だが消去法的に、お嬢の居場所はここしかない。
しかしそれでもやはりここに入るのは……
そんな感じでジャックが牧場の敷地に入りあぐねていると、遠くから声が聞こえ始める。
「…………ーーーックーーーー!」
聞き覚えのある甲高い声が、牧場の丘陵を滑り落ちていきながら近づいてくる。
ジャックはその声を聞こえぬふりして通り過ぎようとした。
彼は受け入れたくなかった。
自分の見知った牧場の丘でトレンチ嬢が転がり落ちているなんて事実は受け入れたくなかった。
しかし事実、彼女はウールーの群れにまじりながら牧場をはしゃいで転げ回っていたのだ。
ジャックは諦めて全てを受け入れる。
「ねぇ見てみてジャックーーー!これ面白いわよーー!」
「まねねーー!」
「お嬢様ーーーーーッ!」
ジャックは柵を飛び越え、転がり落ちてくるお嬢を受け止めると、干し草だらけになった彼女の服を払いのける。
「あーもーこんなに草だらけにして……ってか駄目じゃないですか。他人の牧場に勝手に入っては……」
「大丈夫よ。ここの家主さんには許可はとったわ!」
「や……家主さん……?」
ジャックは背筋が凍るのを感じた。
さっさとこの村を出たいと考えていたが、時既に遅しである。
丘の上を遠望すると、そこにはフォークを抱えた老人が立っていた。
真っ白な前髪が鼻の上まで伸びており、口ひげも濃く顔のパーツはほぼ見えていない超小柄な老父である。
彼は眼下にお嬢とジャックの存在を確認すると、手元にあった段ボール箱を使ってサーフィンのようにスライディングしてくる。
そして中腹あたりで飛び上がったかと思うと、次の瞬間……
そう、老父はジャックの顔を凄まじい勢いで蹴り飛ばしたのである。
「ぶへっ………!?」
なぜ彼はこの数日間で何度も顔を蹴られるのだろうか。
哀れジャック。
ジャックを蹴り飛ばした老人は着弾と同時に凄まじい怒号を浴びせる。
「こぉおおおおおんのバ【自主規制】ンコぉオオオオオオオオッ!いままでどこほっつき歩いとったんじゃァアアアアアアア」
そして続けざまに、倒れているジャックをげしげし踏み続けた。
「い……いだいいだい……許じで……今帰ってきまじだからちょ、痛い゛っで……」
「お前が無断で家を出て一体何年経ったと思っとるんだこのこのこのこのッ!」
老父は完全にご立腹であったが、流石にやりすぎではとお嬢が止めに入る。
そして彼女の説得のおかげでこの場はなんとか丸く収まったのだ。
ーーーーー老父の家に通されたお嬢とジャックは席につき、茶を出される。
そして両者の顔を知っているジャックは互いの仲介役を任される。
「えっと……まずこちらが私が今勤めているお屋敷のご令嬢、トレンチ様です。」
「ふふ、アタシがトレンチよ!よろしく!」
「まねね!」
「………。」
老父はだんまりとお嬢の様子を見る。
表情筋が隠れてしまっているせいで何を考えているのか全く読めない。
「んでこちらが私の祖父に当たるドテラ爺さんです。」
「……どうも、ウチのバカが世話になっているようだナ。」
ドテラと紹介された彼はお嬢に軽く会釈をすると、ジャックの方を睨みつけながら言った。
睨まれたジャックは小さく震え上がる。
「……あの、ドテラお爺さま?ここはジャックのお家ってことで良いのかしら?」
「まぁそうだナ。このバカを育てたのはワシに他ならなイ。」
お嬢はドテラから、ジャックの生い立ちについて詳しい話を聞いた。
どうやらジャックの両親は複雑な事情があったため結果的にはこのドテラが親権者となり、男で一つでジャック少年を育て上げたのだという。
また、ジャックがトレーナーとしてデビューするまでの間に、ドテラがバトルの教鞭を執っていたとのこと。
すなわち、このドテラという男はチャンピオンを育て上げた凄腕の師ということなのだ。
「フン……それがまぁコイツは急に帰ってきたと思ったらすぐ勝手に家を出ていきよっテ……んで今聞いたら見知らぬ屋敷に就職して使用人になってただト!?全く……お前というやつは……」
以後ドテラのジャックに対する説教のようなものがくどくどと続く。
その間、ジャックは申し訳無さそうに縮こまっていた。
こうなるから彼はこの家には踏み込みたくなかったし、この村にも来たくなかったのだ。
「………はぁ。ひとまずお主らの事情は分かっタ。こんな辺鄙な村にわざわざ来たんだ。屋根裏部屋くらいは貸してやる。」
「あ、ありがとうございます。」
「だがその前にジャック。ヨシエの婆さんの家の牧場の柵が壊れたらしくてな。男手が必要なんだそうだ。」
ドテラはチラチラとジャックの方を見つめる。
するとジャックは
「はっ、ただいま向かわせていただきますッ!」
と答え、1秒と経たないうちに服装を整えると凄まじい速度で部屋を後にしたのだった。
この様子からお嬢は、ドテラが今までジャックにどれほど厳しい指導をしていたのか察したのだった。
「……さて、あのバカには席を外してもらっタ。アイツが自らこの村に帰ってくるとは思えんしナ。」
ドテラは腕を組み直すと、改めてお嬢の方へ目を向ける。
「なにか聞きたいことがあってここに来たんじゃないのカ?トレンチ嬢。」
「……ッ」
一瞬にして自らの思惑を全て悟られたお嬢は固唾をのむ。
なんとなくお嬢にも、トレーナーとしての直感的な感覚が身についてきていた。
だからこそ、目の前にいるこの老父が只者でないことを身体で察していたのである。
「……そうね、お爺様。アタシはジャックのことを知りたくてここに来たわ。」
「まねね。」
「……本人にはどこまで聞いタ?」
「チャンピオンだった話と傷跡の話を少しだけ……でも殆ど肝心なところは教えてもらっていないわ。」
「まね。」
そう、確かにジャックは昨日お嬢にSD関連の話を体験談を交えつつ伝えていた。
しかし具体的なことや細かいことは言及されていない。
お嬢だって、ジャック本人に言いたくないことを言わせるのは気が進まなかったのだ。
それでも、彼女は知らずにはいられなかった。
自らが名前を背負う男のことを、自らに願いを預けた男のことを。
……自らが戦う理由を。
お嬢がその旨を詳しく話すと、ドテラは長い溜息の後に切り出した。
「………見せてやル。付いてこイ。」
そう言ってお嬢はドテラの寝室へ通された。
非常に簡素な内装で、ほとんど生活感がない。
あるのは簡易的な布団とスカスカの本棚と幾らかある賞状のようなもの……そして写真立てだけであった。
写真立ての中にいたのはまだ10歳前後と思われるジャックの姿だ。
ジャック本人が持っていた写真よりも鮮明にその姿が写っている。
今と違って髪の毛は紫単色で、目元のも心做しか今より優しげだ。
お嬢であればジャックとわかるが、そうでなければ別人と認識してもおかしくないくらいには雰囲気が違う。
頭に被った黒いベレー帽はまだピカピカの新品だ。
どうやら旅立ちの記念日にドテラが撮影したものらしい。
抱えられているポケモンは、黄土色の鱗と鋭い爪が特徴的だ。
これはサンドというポケモンである。
お嬢が前に見た写真にも薄っすらと写っていた。
「……この子はジャックのポケモン?」
「まねね?」
「あぁ。この家に来たときから一緒にいタ。……正真正銘、ヤツの最初のポケモンだナ。」
お嬢で言うところのマネネのような……いや、それ以上に長い時間を共にしたパートナーである。
しかしお嬢は実際にこのサンドを見たことがない。
いや、それどころかジャックから話を聞いたことすら無いのだ。
「まぁ、そんでもってジャックは10歳になって旅立っタ。そこからはポケモンリーグで優勝するまで一切の無敗だったそうだナ。」
ドテラは少しばかり不機嫌そうに言った。
自分の孫が快進撃をしていたのだからもう少し嬉しそうに話してもいいのに、とお嬢は内心思っていた。
「……そして奴は3回リーグで優勝をしタ。しかしその後ダ。雪山に行った時に雪崩に巻き込まれタ。」
そこから先はお嬢もジャックから聞いていた話だ。
雪崩に巻き込まれてパニックになった自分のポケモンに腹を貫かれた……と。
「もしかしてジャックを傷つけたポケモンって……」
「あぁ、そのサンドだナ。アイツは生まれつき変な癇癪持ちでナ……それが悪い時に発現してしまったんだろウ。」
ドテラは続ける。
「アイツはあの後一命をとりとめたが……戦う度に妙な力に目覚めるようになってしまっタ。」
妙な力……つまりそれがSDだ。
ジャックとサンドは意識の接続が出来るようになった……なってしまったのである。
その直後の写真をドテラが引っ張り出してくる。
髪色は今と同じ銀髪に紫のメッシュ……この外見の大きな変化はSDの発現が原因だったのだ。
思えばレインも銀髪に別の色が混ざった髪であった。
そう、この独特の髪色はSDが発現した人間特有のものなのだ。
しかし目元はまだ今の鋭いものとはだいぶ雰囲気が違う。
ドテラは写真を眺めつつ続ける。
「アイツはその後復帰してトレーナーとして戦っていたガ……4回目のリーグの決勝戦のことだっタ。サンドが発作に倒れたんダ。」
「倒れた……?」
「まね……?」
「自らの力の暴走に耐えきれなかっタ。過呼吸で試合を中断して搬送されて……治療を施したが手遅れだったと聞いていル。」
「そんな……」
そう、これがジャックの言っていた『莫大な負荷』『取り返しのつかないこと』というやつである。
ジャックは最も大切なパートナーを、SDのせいで失っていたのだ。
「まぁ……その後はアイツもトレーナーをやめよっタ。」
「……これだけは見せておかないといけないナ。付いてこイ。」
「………。」
お嬢はまだ何がなんだか訳のわからない状況だった。
流れてきた情報は、あまりに突拍子も現実感もなさすぎたのだ。
理解が追いついていないながらも、ドテラの後について家の外へと出る。
家の裏庭には小さな石が建てられ、その側にボロボロになったモンスターボールが添えられていた。
石には深く『サンド ずっとぼくのともだち』と文字が刻まれていた。
震えた手で書いていたのだろう、几帳面なジャックにしては雑な文字だ。
そう、ジャックのかつての相棒であったサンドの墓である。
お嬢は考えた。
一体ジャックは何を思ってこの墓石を建てたのだろう。
一体ジャックはどれほどのものを失ったのだろう。
……これがもし自分とマネネに起こったことだったら何を思うのだろう。
お嬢は、ようやくジャックの抱えていたものの重さを理解した。
そして彼に背負わされたものの重さが、じんわりと彼女にのしかかってきたのだ。
お嬢は、静かに涙するしか無かった。
ドテラはその背中を見守っていた。
やがてしばらくして。
お嬢は立ち上がる。
「……ドテラお爺様。ありがと。」
「……。」
そして帽子を深く被り直し、決意に満ちた表情で言った。
そこにドテラは問う。
「……自分が戦う理由は分かったか?」
「ええ!アタシは戦わなくちゃいけない。ジャックのために……そしてこのサンドのために!」
「……!まねね!」
しかし一方のドテラは曇った表情のままだ。
顔がほとんど毛で覆われているせいで外見からは判断できないが、それでも彼の顔は確実に明るいものではなかった。
ドテラは言う。
「……トレンチ嬢。また何かあったらここに来イ。その時にまた同じことを聞こウ。」
お嬢は首をかしげる。
彼女この時、まだ知る由もなかったのだ。
ドテラのこの発言に隠された真意を。
ドテラが言いそびれた真実を。
「(……せっかく立ち直ったんダ。この子にはまだ伝えないほうが良いナ。いずれ嫌でも知ることになるだろうが、その時に揺らいで崩れるようならその程度ダ。)」
ーーーーーさて、その夜遅く。
使いっぱしりをさせられたジャックは自らの肩を抑えながらドテラの家へと帰ろうとする。
訪れた家のヨシエお婆さんからは「泊まっていけばいいのに」とおせっかいを焼かれたが、あのお嬢から目を離すわけには行かなかったのである。
「さて……あのお嬢様がお爺さんに心配をかけてなければいいが……」
そんな事を考えながら彼は人気のない田舎道を早足で歩いていく。
……訂正、「人気がない」は誤りだ。
ジャックの歩む道の目の前には、謎の男がいた。
赤髪と銀髪の混ざったロングヘアの男は、長い黒ローブを纏いながら夜道を歩む。
やがてジャックの存在に気づいた彼は立ち止まり、ジャックの方へと振り返る。
そして彼らは互いに驚いた表情を浮かべた。
「……ジャック!?」
「アナタは……エンビ!?」
彼らは互いに目を合わせたまま硬直する。
その硬直を打ち破ったのは謎の男、エンビの方であった。
「……違う。違うな。お前はジャックじゃない……!」
「……!?」