【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
「…………。」
敗北を知らせるブザー音が鳴り響き、椅子の拘束が解かれる。
だがお嬢は眉一つ動かさず、悔しがる仕草すらもない。
ただ虚ろな目で黙って立ち上がると、カジッチュをボールに戻してマネネを抱きかかえる。
そして電流のせいで覚束なくなった足で立ち上がり、フラフラと歩みだす。
「おっ……お嬢様、お待ち下さい!今病院に……」
「そうだよトレちん!とにかく今日は一旦帰ろ……?ね?」
ジャックとハオリは去っていくお嬢に駆け寄り、呼び止めようとする。
しかし彼女はただ一言そっけなく
「……ごめん。しばらく一人させて。」
と言うだけだった。
結局お嬢は誰が静止するのも聞かずに、フウジジムを後にしたのであった。
ジャックには、その虚しい背中を見送ることしかできなかったのだ。
こんな事が今までにあっただろうか。
「……そんな、どうして……」
ジャックは困惑する。
お嬢が不機嫌になることは何度かあれ、ここまで明白に『心が折れている』のは初めてだったからだ。
「ハハハ、『どうして……』だって?いやぁ面白い冗談ッスねぇ!」
「!?」
悩むジャックを嘲笑うかのような声がフィールドにこだまする。
音のする方向に振り向くと、そこには見知った男の顔があった。
「あ……アナタは……!」
そう、ジムに入る時にゲートで見かけた作業着の男だ。
彼は作業着の上半身をはだけさせ、垂らしていた前髪をもとに戻す。
ガラリと雰囲気が変わったこの男の正体を、ジャックは知っている。
「………!ヒルミヴィレッジの時の……!」
「イェーース!俺ッス!クランガ!メカニックのクランガさ!あ、MA-Ⅰの開発も俺の仕事ね!」
クランガ……そう、彼はヒルミヴィレッジにてエンビを連れ戻した男であった。
クランガは気味の悪い笑顔を浮かべつつ、ジャックの方へと更に近づく。
そして彼の肩に手を回し、こう言った。
「なぁジャックさん?アンタは知ってるっしょ?最後にトレンチちゃんが電流を浴びた理由。」
「ッ………!」
「いやぁ、まさかそんな大事なことを言ってないとはねぇ。アンタあれだろ、やっぱりエンビさんの言う通り『あのジャック』じゃないだろ?」
クランガはニヤニヤとしながらジャックの耳元で呟く。
まるで何か気味の悪い粘り気のようなものを帯びた声が、確実にジャックの心を蝕んでいく。
「なぁ教えてくれよ。アンタの隠し事のせいで大事なお嬢が傷つく気分を!悔しい?やるせない?うんうん、そうだよなぁ。沈黙は時に嘘よりも残酷だ!」
段々とクランガの語調が強くなっていく。
そこにひとつ、破裂音が響く。
間もなくしてクランガの腕がはたき落とされた。
「……ッ?」
割り込んだのはハオリであった。
彼女はジャックに絡みつくクランガを無理やり引き離したのだ。
「……ごめんねメカニックのお兄さん。アタシさ、アンタみたいなタイプはちょっと嫌いなんだわ。」
「ほぉ……。」
両者は睨み合う。
先程までヘラヘラとしていたクランガはハオリの方を無表情で見つめるだけであった。
「うーーん……キミはそこまで面白みがなさそうだな。」
「……面白くなくて結構だよ。んじゃ、アタシたちは行くね。」
そう言い残すとハオリは、ジャックの腕を少し強めに引いてジムを後にする。
「…………その、すみませんハオリ様。」
「気にしないで。ああいうのはホントどうしようもないから。」
足早に去る彼らは、尾を引くように感じていた。
このクランガという男から、言いようのない不快感を。
耳に、脳に焼き付いて離れない悍ましさを。
さて、そうしてジムのスタジアムにはクランガとMA-Ⅰだけが残される。
MA-Ⅰは問う。
『……クランガ様。トレンチ様ハトテモ強イオ方デシタ。客観的二見テモ実力ハ平均以上ト思ワレマス。』
「あぁ、俺も見てたからそこは同意だな。」
『デスガ彼女ハアル質問ヲ境二、一気二戦意ヲ失ッテシマイマシタ。……アレガ心ガ折レル、トイウコトデショウカ。』
「そうだ、心は人の生きるための原動力だ。」
クランガは薄く笑いながら淡々とMA-Ⅰに説明する。
一方のMA-Ⅰの駆動音は徐々に力なきものになっていった。
『……少シダケ分カリマシタ。私モコノ勝負ノ中デ「楽シイ」トイウ心ガ芽生エタヨウニ思イマス。デモ……』
MA-Ⅰは少し間をおいて続けた。
『……ダカラコソワカルンデス。心ガ折レテシマウノハ、ナントモ悲シイコトダト……。』
これが彼女の感じたことであった。
無機質な機械が感情を覚えた瞬間だった。
自らの喜びを、自発的な好奇心を。
そしてお嬢に対しての同情を、憐れみを覚えたのである。
「そうか……いやいや、成長したなMA-Ⅰ。」
クランガはそう言ってポンとMA-Ⅰの頭に手を置くと………
彼女の首を捻り潰した。
『……ガガガッ、ク……ランガ……様……!?』
突如自らの身体を破壊し始めたクランガに、MA-Ⅰの理解は追いつかなかった。
クランガは更にMA-Ⅰの身体を蹴り倒し、加えて何度も彼女のことを踏みつけたのである。
「うん、成長したね。でもなぁ、俺はそんな風にキミを育てたつもりはないんだよなぁ。」
スパークの飛び散る金属のボディを、彼は何度も何度も粉々になるまで踏み潰し続けた。
そんな彼の顔は終始ずっと笑っていたという。
「わからないかなぁ、人の感情を壊す瞬間の楽しみが。君はあの子を見て喜ぶどころか憐れみを覚えるなんて!そっかそっか、わからないかぁ!」
『ガッ……ザザザッ……ピーーーーーーーーーーー』
やがてMA-Ⅰは言語を発さなくなり、醜悪な雑音と共にその機能を完全に停止したのである。
最後に彼はバラバラになった頭部を強く踏みつける。
「うーーん、やっぱ自分で作ったものを壊してもつまらないな。」
クランガは不満げに呟く。
そして誰もいなくなったスタジアムで、一人また笑い続けたのである。
「でもあのトレンチちゃんは壊し甲斐がありそうだなぁ……フフフ、この際あの子が器ってことにしちゃえばいいかな?」
そんな彼のもとに歩み寄る影がまた一つ。
赤と銀の髪に黒いローブ……そう、エンビだ。
「……随分と楽しい息抜きだったようだな、クランガ。」
彼は今までのクランガたちの一連の行動を見ていたのである。
「あ、エンビさん!あのトレンチって子ですけど……」
「あぁ、見ていた。俺は全然可能性はあると思う。」
「っしょ?コレは今すぐにでも俺らで……」
「まぁ待て。……まずはスエットの意見を聞いてからでも遅くはあるまい。」
「えー、でもあの子のハードル結構高そうじゃないッスか。」
彼らはそのような会話をしつつ、スタジアムを去っていった。
ーーーーーさて、時はしばらくして。
街角のポケモンセンターにて受付で問い詰めるのはジャックであった。
「そ、そんな!?」
「えぇ、当院にはそのようなお客様はいらしておりません、」
そう、先に帰ったお嬢の行方を探していたのだが、一向に行方がわからないのだ。
なんとポケモンセンターに聞いても来院履歴がないという。
ジャックの電話が鳴り、ハオリからも連絡が入る。
『駄目だね。西のセンターにも来てないって。』
「そ、そんな……!?」
そしてアーマーガアとパルスワンがジャックの元へと走って戻ってくる。
「グアッ、グアアアッ!」
「わん!わわん!」
彼らはジャックの裾を引っ張って何かを伝える。
「……わかりました!すぐ行きましょう!」
彼はすぐに2匹の誘導のままに街を駆け抜けていく。
しかし彼らの足は交差点の付近で止まってしまった。
どうやらここからパルスワンの鼻が効かなくなってしまったようなのだ。
お嬢の匂いが途切れている。
「くぅーーん。」
パルスワンが鳴いた場所を見ると、わずかにタイヤの跡がある。
どうやらここから誰かの車に乗っていった……あるいは乗せられたようだ。
「……マズいな。」
ジャックはなんとなく嫌な予感がした。
果たして消えたお嬢の行方とは。