【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide   作:伊崎つりざお

36 / 134
【第036話】トレンチの疲弊、深夜の逃避行

 時は少し遡る。

ジムを去って行ったお嬢はどこに消えていったのだろうか。

答えはそう、宛もなくフラフラと街を歩いていたのである。

本当に宛もなく、ただただ遠くに向かっていく。

「………。」

いつものように無鉄砲に駆けていくお嬢の姿はそこにはない。

ただただ口をつぐんで彷徨うのみであった。

 

 彼女はわからなくなってしまったのだ。

自分が戦う理由が。

自分が目指すものが。

そしてここで折れてしまった自分が、ジャックの使命や名誉を背負えるのかどうかすらも……

彼女はわからなくなってしまったのだ。

 

 だからこそ、彼女はジャックに合わせる顔が無かったのである。

今この時は、一秒たとも彼の顔を見たくない……もとい彼に顔を見せたくなかったのだ。

「………。」

故に逃げる。

彼女は逃げるように遠くへと向かう。

ポケモンセンターへも行かず、傷ついたマネネを抱きかかえたまま。

彼女は逃げる。

それはトレーナーとしての己の矜持からか、それともジャックの期待からか、真相はわからない。

ともかく彼女は自身の近くにのさばる何かから逃げ出したかったのだ。

 

 フラフラと千鳥足で歩く彼女は、誰の目にも危なっかしく映ったのだろう。

おまけに深夜の街に未成年の少女……危険な状況としてはほぼすべての条件を満たしている。

だからこそ、彼女は呼び止められたのだ。

 

「おや、君は……トレンチちゃん?」

お嬢は声のした方を振り返る。

そこにはゆっくりと夜の街を走る黒のワンボックスカーがあった。

車窓から顔をだしてお嬢に話しかけてきたのは、白髪交じりで七三分けの中年男性だ。

「……スモックおじ様?」

そう、彼はカナシバタウンの研究所にいたポケモン博士のスモックだ。

仕事の事情で彼はこの科学都市・フウジシティへと訪れていたのである。

その帰りに、危なっかしい様子のお嬢を見かけたから声をかけた……という次第だ。

 

「どうしたんだこんな夜遅くに……あれ、付き人のジャックさんは?」

「………。」

お嬢は黙ってうなだれるだけだった。

ジャックのことはしばらく忘れていたい案件……彼女に今最も聞いてはいけない事項の一つである。

博士は図らずも空気の読めない質問をしてしまったのだ。

彼自身も、お嬢の反応からそのことを何となく察する。

スモック博士は自動車後部の扉を開ける。

 

「とにかくこんな夜遅くに女の子が一人で歩くもんじゃないよ。さ、入りなさい。」

彼に諭されたお嬢は一瞬だけ周囲を見渡す。

ビルの電灯の下には何となく不穏な空気を漂わせる大人が数多く見える。

今まで下を向いて歩いていたせいで気づかなかったが、何となく何者かに見張られているような気さえする。

そう感じたお嬢は、スモック博士の車に乗ることにした。

 

「………。」

「とりあえずポケモンを見せなさい。その様子だとバトルの後にちゃんとポケモンセンターに行かなかったね?」

そう言われたお嬢は、スモック博士にリュックの中身を全て渡す。

彼女はあまりにも色々なことがありすぎたせいで、「傷ついたポケモンを治療しに行く」というあたり前のことすら思慮の外にあったのである。

博士は車内の簡易的な治療装置にボールを3つ嵌め、次いでマネネにスプレー薬を吹きかける。

「まねっ……!」

ぐったりしていたマネネは薬の痛みで目を覚ます。

「もう少しだからね……はい、おしまい。」

あっという間にお条のポケモンたちの治療が完了する。

その一連の様子を見ていたお嬢は、トレーナーとしての責を放棄していた自分にようやく気付かされる。

 

「……ごめんなさい。」

「まぁ、その様子だとよっぽどの事があったんだろうけど……。」

スモック博士は運転席から、心配そうに覗き込む。

前に見た時はとにかく天真爛漫で怖いもの知らず……といった様子だっただけに、目の前にいる抜け殻のようなお嬢の異常さが際立っていたからだ。

 

「……アタシ、分からないの。ジャックに期待されて、この帽子を被って戦えることが凄く嬉しいはずだったのに……嘘なんだって。アタシが戦う理由は、意志は、全部嘘なんだって。」

「……なるほど、あのジムの仕掛けか。」

しばらくの間を空けて、お嬢はゆっくりと続ける。

普段からは考えられえないほど跡切れ跡切れの言葉であった。

「そしたらね、分からなくなっちゃった。どうしてリーグを目指すのかも、本当に勝てるのかどうかも。」

 

「……そうか。」

スモック博士はただ頷く。

少しずつ、己の胸の内を語るお嬢に少しずつ頷く。

 

 やがて全てを話し終えたお嬢は、後ろの座席に倒れ伏すように寝そべりながら言う。

「……アタシ……トレーナーやめたほうが良いのかしら。」

定まらない視線でポツリと呟く。

溢れたその言葉は、決してでまかせでも大袈裟でもなんでもなかった。

彼女は本気でそう思っていたのだ。

 

 だがスモック博士は首を縦には振らなかった。

代わりに少しだけ振り返り、優しく語りかける。

「……、そういう時は少しばかり立ち止まって考え直すのもアリだと思うんだ。」

「……?」

お嬢には何を言っているのか理解できなかった。

その様子を確認した博士はニヤリと笑い、再びハンドルの方へ目を向けた。

 

 そして彼は車のエンジンを点火する。

「……!?」

いきなりの行動にお嬢は驚愕する。

が、気づいたときにはもう遅い。

博士の車はもう公道を走り出してしまっていたのだ。

「しばらくトレーナーとしてのジムチャレンジや街巡りはお休みだ。たまにはフラっと、色んな遊びをしてみるのもいいと思うんだよね。」

「あ、遊び!?」

「まね!?」

驚くお嬢を置き去りにして、車は夜中の路面を爆走する。

 

「ちょっとおじ様!?どこに行くつもりなの?」

「ま、ジャックくんと一緒じゃ絶対に行けないところさ。……僕の同伴だ、思いっきり楽しもう。」

博士は口の前に人差し指を差し出し、もう片方の腕でハンドルを切る。

当然だがこれはジャックには内緒だし、彼のいる方とは真逆の方向へ進んでいる。

これは『しばらくお嬢には考え直す時間を与えるためジャックと離したほうが良い』というスモック博士なりの判断である。

こうしてお嬢はジャックの知らないうちに遠くの街へと行ってしまうことになったのであった。

 

 

 ーーーーーさて、そこからしばらく経って。

「ふむ……匂いでの追跡はここが限界ですか。」

お嬢とスモック博士が先程までいた交差点にて遅れてやってきたのは、ジャックとそのポケモンたち一向である。

しかしアーマーガアとパルスワンの力だけではここまでの追跡が限界であった。

手詰まりの状況に誰もがため息を吐いた。

 

「……仕方ありません、お願いしますイエッサン。」

ジャックはやむなく新たなボールを投げ、ポケモンを呼び出す。

「みわっ……」

中から飛び出てきたのはイエッサン……相手の感情を読み取る事に優れたエスパータイプのポケモンである。

「イエッサン、ここであった出来事を辿れますか?」

「みわ……」

イエッサンは軽く頷くと、タイヤ跡の付近に腕を当てる。

物体から過去の記憶をたどる……いわば『サイコメトリー』というやつだ。

全神経を集中させ、1分ほどしてイエッサンはジャックに反応を示す。

どうやらお嬢の行方を掴むことに成功したようだ。

 

 ジャックは自身のホロキャスターを取り出し、イジョウナ地方のタウンマップを画面に提示する。

そこに映し出されていたのは……

「えっ……ロメロシティ……!?」

フウジシティから真北に進んだ先の街、ロメロシティであった。

その街の名を聞いた瞬間、ジャックの顔は青ざめる。

同様に、イエッサンや他のポケモンたちも渋い顔をした。

それもそのはずだろう。

 

 ロメロシティは世界各地のカジノや競艇場が軒を連ねる、この地方最大のギャンブル都市だ。

その上毎日のようにありとあらゆる犯罪が発生し、日夜問わずに治安が最悪な無法都市でもある。

お嬢が向かった先の街がそのロメロシティ……つまり単刀直入に言えば超危険地帯だ。

「……マズいマズいッ!あそこは……あそこだけはマズいッ!」

ジャックはすぐにアーマーガアに飛び乗ると、ロメロシティを目指して風を切って行った。

 

 果たして。次なる街で起こる事とは……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。