【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
旅を始めたトレンチ嬢とジャック一向。
昨晩の乱闘から一夜明け、彼らは歩いて次の街・アンコルシティへと向かっていた。
巨大なスイーツブランドの本社を構えるこの街には多くの傘下店が並んでおり、若い女性が多く集まっている。
それと同時に、勝負を嗜む程度の初心者トレーナーが集まる街でもある。
雰囲気的にもトレーナーのレベル的にも、彼らにはピッタリの街と言えよう。
やがて山道を抜けると、遠くに高くそびえる建物が見えてきた。
「ねぇジャック、あれは何!?」
「まねね!?」
「スイーツブランド店『パスティリー・ガトー』の本社ですね。」
そう、この街の大きな特徴は巨大なケーキ……おそらくはウェディングケーキを模した高層ビルが存在する。
この建物こそがそう、ブランド店本社兼アンコルジムなのである。
目の前にそびえ立つ目標に胸を躍らせつつ、彼らは足を進める。
……それと同時に、ジャックはさらなる胃痛を感じていた。
あのブランド店はコートグループの大事な取引先であるからだ。
もし次の街でお嬢が不祥事を起こしてしまえば、企業のイメージダウンに繋がりかねない。
彼の脳内は現在、緊急トレンチ嬢失言対策マニュアルの整理・整頓で手一杯となっていた。
「ねぇねぇジャック!私アレ食べたい!あの、う○こみたいなやつ!」
「まねね!」
「……モンブランでしょうか。とりあえずまずは足りない道具一式を……」
ジャックはそう言って悩む頭を振り切りつつ、フレンドリィショップの方へとお嬢を誘導しようとする。
が、お嬢は相変わらず一切聞く耳を持とうとしない。
「よーーーし!ひとまずケーキ食べに行くわよ!」
「まねねーーー!」
食欲全開、一直線。
街の入口付近に立つと、すぐさま町の中央の高層ビルを目指して走り去ってしまったのだ。
ジャックはすぐにそれを追いかける。
並木が綺麗に揃ったセンターストリートも、少し洒落た大人なスイーツ店街も、若者の集まる繁華街も彼には楽しむ余裕はなかった。
ーーーーー「……駄目です。入れません。」
さて、高層ビルを目指して一直線。
走り抜けていったお嬢とマネネはものの見事に守衛に止められていた。
「ちょっと!どいて頂戴!」
「まね!」
「だからダメですって。ジムチャレンジならばちゃんと予約をして下さい。」
そう、このジムは当然だが予約制であり、挑戦には事前の連絡が必要だったのだ。
そりゃあ毎日多くのトレーナーがリーグ出場を目指して挑んでくるのだから当然である。
「あと、ジムチャレンジはポケモンが2匹以上居ないとできませんよ。」
「ジムチャレンジ?違うわ、私はケーキを食べたいの!あのうんk……」
やがて遅れてジャックが駆けつけ、無駄のないブレーキングと共に謝罪モーションへと移行する。
「申し訳ありませんッ!後ほど予約をし直して出直します!この度はうちの脳みそミルフィーユ馬鹿が大変なご迷惑をおかけしました!それでは失礼しますッ!」
この謝罪文の詠唱にかかった時間はわずか2.4秒である。
そしてジャックはお嬢の手を引き、すぐにUターンで遠くへと駆けていった。
人気の比較的少ない路地へと着いたところで、ジャックは息を切らしながら立ち止まる。
「ちょっとジャック、酷いのよあの守衛!私のことを入れてくれないの!!」
「……OK。まずは順を追って説明しましょうか。」
ジャックはこの何も分かっていないお嬢を説得しつつ、ゆっくりとフレンドリィショップへと向かう。
途中でクレープを買い与えることで、失言防止&逃亡防止を図る。
完全に餌付け状態だ。
いつ何をしでかすか分からないお嬢へ目を光らせながら、彼の胃痛は更に加速する。
ーーーーーモンスターボールや回復薬などのトレーナー装備一式を買い揃えた一行は、店を後にする。
「……いいですかお嬢様。今回は私の奢りですが次からは自分のお金で購入して下さい。」
「えぇ、任せて頂戴!いざとなったらゴールドカードで店のものをまるごと買えばいいのよね?」
「まねね?」
ジャックは眉間に指を当てる。
このお嬢様に一般人の尺度を教え込むのは相当に骨が折れる。
そう悟ったジャックの意思も同じく折れかけていた。
「と、に、か、く!私はこのモンスターボールを使ってポケモンを捕まえれば良いわけね!」
「えぇ、そうです。まずは近くの森あたりに……」
「よし、そうと決まったら早速ポケモンを捕まえに行くわ!出発よ!」
「まねねね!」
お嬢はそう言うと、ジャックがものを言い終わる前に走り去ってしまった。
本日二度目、最早いつも通りの展開である。
ジャックの中の悪魔は、『もうしばらく放っておいても良いんじゃないかな』と囁いていたそうだ。
さて、走り出していったお嬢はというと……案の定近所の森とは真逆の方向へと走っていってしまったのだ。
「さーーーて、私のポケモーーーーン!出てきなさーーい!」
「まねねーー!」
街中を移動するとは思えないほどの足の速さでセンターストリートを駆け抜けていく。
お嬢のあまりの勢いのせいで、付近で自身の危機を察知したヤヤコマやココガラが屋根の下で怯えてしまっている。
路地裏ではその日の飯を巡って争っていたポチエナ達が喧嘩を中断する。
お嬢の爆走は、それほどまでに異様な光景だったのだ。
やがてお嬢は高層ビルの真下を抜けると、その近所に存在する広大な自然公園へとたどり着く。
少し大きめの池がある、開けたのどかな公園だ。
だがそんな都市部の僅かな静寂を切り裂き、ボールを構えたお嬢が横一文字に公園を突っ切っていく。
時を同じく、同じ公園の池の畔にて。
キーボードピアノを携えたトレーナーがポケモンと演奏の練習をしていた。
「……いいかいサルノリ?まずは簡単な曲から奏でるから、お前の好きなようにバチを鳴らすんだ。いいね?」
「きゃっきゃ!」
そう言うと3カウントの後、2人はスローテンポで演奏を始める。
ゆっくり、ゆっくりと。
「…………おおおっ」
「ん?」
トレーナーは遠くから近づいてくる声の存在に気づく。
ゆっくりと耳を傾け、目を凝らす。
「………おおおおおおーーーーーっ、ポケモン発見ッ!!捕獲よーーーッ!」
「まねねーーーッ!」
そこに居たのは、ボールを持ってこちらへ爆走してくる高貴な服装の少女であった。
鬼気迫るその顔と動きに、トレーナーとサルノリは震え上がってしまう。
「うわぁ!なんだなんだ!?」
「きゃきゃっ!?」
「隙ありィッ!」
お嬢はサルノリを目掛けてボールを投げる。
後に判明することだが、ものぐさ生活を極めしお嬢はゴミ箱へ紙くずを投げ捨てる技術のおかげで、ボール投擲には人並み以上の才能があったそうな。
勢いよく飛んでいったモンスターボールはサルノリの頭部へとぶつかる。
だがその直後にボールはV字を描いてバウンドし、逆にお嬢の顔面へとヒットしたのである。
「あだっ!」
そしてそのまま、お嬢はその場によろめき倒れたのであった。
ひとのポケモンを盗ったらどろぼう!
「な……何だったんだこの子……」
「きゃー……?」
そして間もなく、公園を突っ切ってジャックが駆けつける。
本日2回目のブレーキングと謝罪コンボを決め、トレーナーとサルノリに深く頭を下げる。
「本当に申し訳ございません!うちのピアニッシモ思考回路がご迷惑を……」
「あぁ、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど……」
そう言いつつ、トレーナーはお嬢に手を差し伸べる。
「……大丈夫かい?アンタ、名前は?」
名前を尋ねられたお嬢は、いつものドヤ顔スタイルで元気に答える。
「私はトレンチ・コート!最強のトレーナーになる女よ!」
「まねね!」
「お、おう……」
トレーナーは少しだけ苦笑いをしながら答え、後ろにいるジャックの方へ少しだけ同情の目を向けた。
それと同時に、ジャックに言いようのない既視感を抱いたそうだ。
「………あれ?お兄さん、どっかで見たことある……?」
「気のせいでしょう。私はただの使用人です。……それよりアナタもどこかで……?」
「いやぁそんなワケないっしょ!」
2人は互いに納得がいかない、という感じで少しだけ懐疑的な目を向ける。
「まぁいいや。アタシの名前はハオリ。ポケモントレーナーだよ!……昨日ポケモンを貰ったばっかの駆け出しなんだけどね。」
そしてハオリと名乗った少女は、起こしたお嬢の服についた泥を払う。
そう、彼女はトレンチ嬢たちよりも数時間以上早く旅立っていた同期の1人だったのである。
タンクトップにスポーツキャップという中々にボーイッシュな格好ではあるが、明らかにトレンチ嬢よりも2回りくらい年上で大人の風格がある。
ジャックは内心、『これが育ちの違いか』と思っていたらしい。
「……ここで会ったのも何かの縁だ。1曲聴いてくかい?」
「え、いいの?」
「あぁ、アタシも丁度練習してたとこだしな。ちょっと待っててくれ……」
ハオリはスタンドを建てると、その上にキーボードと簡易電源を用意した。
「あっ……あっ……んじゃ、いっきまーーす!」
軽く音取りを終えたハオリは、鍵盤を叩き始めた。
「きゃっきゃ!」
その足元では、サルノリがバチを床に叩きつける。
その歌声は力強く、それでいてどこか繊細な声色であった。
そこに合わさるようなキーボードの音とバチの音が、よりその曲に深みを出していた。
……本当はサルノリが好き勝手に作り出すリズムにハオリが合わせていただけだったのだが、そんなことは観客の2人には悟られない。
それほどまでに彼女らの意思疎通はぴったりであったのだ。
どこの国の言葉かわからない曲ではあったが、それでも確実に彼らの心にこの曲は深く残った。
やがて1分弱の演奏はあっという間に終わり、短い余韻が公園を包む。
そしてその後、ジャックとトレンチ嬢とマネネの拍手によってライブは幕を閉じたのだった。
「ふぅ……いやぁ緊張したーー!」
「……素敵な演奏でした。ありがとうございます。」
ジャックは手を叩きつつ、ハオリとサルノリの演奏を称賛する。
「どうだった?結構イケてたろ?」
ハオリはトレンチ嬢の方にも目を向け、答えを待つ。
「楽しかったわ!なんだかとっても下品な感じで!」
「え」
ジャックは青ざめた表情でお嬢の方を見る。
まさかこの演奏を聞いてそんな感想が出てくるとは彼だって予想だにしていなかったからだ。
しかしその感想を聞いたハオリは怒るどころか、腹を抱えて笑い始める。
「プ……ハハハハハハハ!いやぁいいよいいよ!トレちん、アンタ傑作だよ!」
そうしてハオリはお嬢の肩をバシバシと叩く。
「これね、イッシュ地方の方言でブ【自主規制】【自主規制】【自主規制】野郎に捧ぐ歌って歌詞なんだよ!その感性は正解だよ!」
あまりに聞くに堪えない下品な単語の羅列に、ジャックは思わず耳を覆う。
まさかハオリまでもがお嬢と同じタイプだったとは……と小さく失望する。
「いいわね!特にそのトレちんって呼び方、私は好きよ!」
まさかの所で意気投合してしまったようだ。
ジャックは数歩下がりつつ、密かに現実逃避を始めようとしていた。
「お、そうだ。トレちんもトレーナーだよね?だったらさ……」
ハオリは親指を立てると、公園の開けた場所を指差した。
そのサインの意味を、ジャックは理解する。
「いやー、ジムに行く前に誰かと勝負をしたかったんだけど、丁度いい相手が居なくてさ。バトル付き合ってくれない?」
「……お嬢様、いかが致しますか?」
ジャックは少しだけ心配をしていた。
確かにハオリはトレーナーとしては初心者かも知れない。
だが先の演奏を見るに、ポケモンとの意思疎通を図る才能は並外れていることは明らかであった。
そんな相手にお嬢が勝負を挑んで大丈夫なのだろうか、と。
しかしお嬢はそんなジャックとは異なり、明るい表情で答えた。
「えぇ、喜んでお受けしましょう!【自主規制】にしてあげるわ!」
「ハハハ、元気がいいねぇ!【自主規制】!」
こうして2人は下品な言葉をジャブのように交わすと、公園の広場にて対峙した。
両者は戦うポケモンの名を呼ぶ。
「行くわよマネネ!」
「まねね!」
「よーし、行ってきなサルノリ!」
「きゃきゃっ!」
お嬢と同じポーズにて戦場に立つマネネと、バチを構えて臨戦態勢のサルノリ。
どちらも勝負の準備は万端であった。
そしてそこに挟まるように、ジャックが審判を行うことになった。
「……ポケモンはマネネとサルノリの1on1。戦闘不能の判断は私が行います。よろしいですね?」
お嬢のデビュー戦、戦いの火蓋が切って落とされる。