【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide   作:伊崎つりざお

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【第041話】繕う笑顔、大きな存在

 ーーーーーー6年前、コート家の屋敷にて。

トレンチ嬢、御年8歳の時のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 アタシは笑う。

とにかく笑顔を浮かべる。

「凄いわねぇトレンチちゃん。初出場のピアノコンクールで最優秀賞を取ってしまうなんて!」

「先月も絵画で優秀賞、でしょう?まだ8歳なのに……」

「いやぁ、流石ガウン様のご息女。将来有望ですね!」

人々がアタシを褒め称える。

親が、使用人が、先生が、口を揃えてアタシのことを持ち上げる。

アタシに期待して、投資して、それで予想通りの結果が帰ってきて……きっとその言葉を贈りたくなるのも当然だろう。

そして、それに対して期待される返答だってきっと皆同じだ。

 

 

 

 だからアタシは笑う。

笑って次の「期待」にしがみつく。

アタシは期待に応えなくてはいけない。

だってアタシはこのコート家の一人娘なのだから。

アタシの代わりは誰もいないのだから。

 

 

 

 笑わなきゃ。

笑って全てに応じなきゃ。

笑わなきゃ。

笑って全てを越えなきゃ。

少なくとも、笑って全てをこなせるくらいの人間にならなくちゃ。

少しでも気を抜けば、アタシはきっと置いていかれる。

失望される。

悲しまれる。

だからこそ笑って全てを成し遂げなきゃ。

笑わなきゃ、笑わなきゃ………笑……わ………なきゃ………

 

 

 

 

 

 ーーーー「……ま?……じょうさま……?」

あ、誰かが遠くでアタシを呼んでいる。

遠く……否、声の主は目を覚ましたら思ったよりも近くにいた。

「お嬢様?大丈夫ですか?」

声の主はアタシの真横で語りかけてくる。

あぁ、そうか。

アタシは古典の課題をやっていて……気づいたら眠ってしまっていたのだろう。

なんたる不覚だ。

誰かに起こされるまで居眠りをするなんて、とんだ恥晒しである。

 

 

 

 アタシを起こしに来たこの無愛想な男は……先週あたりからこの屋敷にいる使用人だ。

教育係の一人で、確か名前は『ジャック』とか言ったっけ?

恐らくなにか小言を言いに来たのだろう。

仕方がない。

それが教育係の仕事だし、失態を犯したのはこちらの方だ。

何を言われても仕方がない。

アタシは腹を括り、教育係の男の言葉を待つ。

 

 

 

「……お休みならベッドをお使い下さい。身体を痛めます。」

「……ふぇ?」

アタシにはわからなかった。

普通ならここで軽いビンタか怒声の一つでもあるものだからだ。

しかしこの男は、違う。

そのような厳しい発言をするどころか、寧ろいそいそとベッドメイキングを始める始末だ。

 

 

 

「ちょ……何をしてるのかしら!?アタシはこれからこの課題を……」

「……お嬢様、一度鏡で自分のお顔をご覧ください。」

そう言うと、彼は部屋の棚に置いてあった手鏡を取り出してアタシの前に置く。

 

 

 

 改めて自分の顔を見直す。

客観的に見ると随分と酷いものであった。

顔は青ざめ、目は血走っている。

何故誰も指摘してくれなかったのだろう……そう考えるが結論は明白だ。

アタシはいつも作り笑いをしていたのだから、こんなところまで目には留まっていなかったのだろう。

 

 

 

「……そんな状態で何かをしても身には付きません。分かりましたらお休み下さい。」

彼は机の上の冊子を無理やり閉じ、無愛想にそう言った。

しかしその目はどこか悲しげなものであった。

まるで脆弱な存在を憐れむかのような……そんな目だ。

 

 

 

 恐らくこのタイプの人間は何を言っても譲ろうとはしないだろう。

アタシはしかたなく折れることにした。

「わ……分かったわよ。15分だけ寝るから起こして頂戴……。」

「かしこまりました。」

そう言って彼は部屋を後にした。

何なんだ……本当に何なんだ。

 

 

 

 

 

 ーーーその次の日。

私が家庭教師の先生たちの授業をこなして部屋に戻ると、そこにはいつものように山積みの課題が……

消えていたのだ。

否、正確には課題の殆どがアタシに似た筆跡で既に埋め尽くされていた。

そしてふと近くを見ると、そこに居たのは昨日と同じスーツの無愛想な教育係……ジャックだ。

「おかえりなさいませ、お嬢様。」

「……ねぇ、もしかしてコレ、全部アンタがやったの?」

「はて?何のことやら。」

ジャックはとぼけた声で言うが、これは誰でも分かる。

間違いなく犯人は彼だ。

 

 

 

「ッ……ふざけないでよッ!これアタシの……」

「えぇ。大半は理不尽なレベルの高難易度問題です。現状のお嬢様のレベルでこれを解いても力になることはないでしょう。ですので私の独断で。」

「ッ……!」

言葉にならなかった。

一体どこまでこの男はアタシの責務の邪魔をするのだろう。

いくら教育係とは言え、明らかに彼は己の領分を越えている。

 

 

 

 アタシは憤慨しつつも、いつもどおり椅子に座って、残っている課題に取り組もうとする。

しかしその次の瞬間……ジャックはまたも信じられない行動に出る。

「………。」

ジャックは左腕をアタシの前にかざし、通せんぼをする。

左右に退けて通り抜けようとするが、全ては尽く防がれる。

何が何でも座らせまい、という意志を感じる。

 

 

 

「ホンッッット何なのよアンタ!いい加減にして!」

アタシは声の限り怒鳴った。

正直この声の音量にはアタシ自身も驚いている。

ここまで誰かに対して怒りをぶつけたことなど無かったからだ。

そりゃそうだ。

これほどアタシのやろうとすることを邪魔してくる人間など誰も居なかったからだ。

 

 

 

「……。」

しかし彼は怯まない。

ただただいつもどおりの愛想のない顔を此方に向けるだけだ。

寧ろ、こちらの主張を聞かずに一方的に話を切り出してくる。

「……ではお嬢様、こちらの書物はどうでしょうか。」

そう言って彼がスーツの胸元から取り出したものは文庫本……のようなものだ。

 

 

 

 しかしそれにしてはイラストが随分とポップで、色使いも派手である。

表紙には『ボケットモンスター~代金は俺のきん○たまで勘弁してくれや編~』と書かれている。

「……あの、これって?」

「えーとですね。今のお嬢様に最適な教材……とでも言えば宜しいのでしょうか。」

そうして彼は本の表紙を開く。

中には多くのイラストで描かれる物語が広がっていた。

アタシが普段読む文字ばかりの堅苦しい作品とは全く違った本だ。

 

 

 

「コレを読めばお嬢様は更に賢明になること間違いないでしょう。ささ、全部で100巻ほどありますので……あ、ベッドで寝そべりながら読むのがおすすめです。」

本を寝ながら読むなど何たる不作法だ……それにこんな本がアタシのためになるとはとても思えない。

しかしジャックはものすごい形相で無理やり己の道理を押し通そうとしてくる。

此処はおとなしく言うことを聞いてやらないとかえって面倒なことになるだろう。

この時間だけはやり過ごして、あとでお父様に告げ口してクビにしてもらえば良いのだ。

「し……仕方ないわね……そこまで言うなら。」

アタシは彼の言う通り、ベッドに寝そべりながら渡された本に目を通し始めた。

 

 

 

 そしてどれくらいの時間が経過したのだろう。

「プ……ハハハハハ!何よコレ!ミュウスリーって!ハハハハ………あっ!?」

気づけば窓の外はすっかり暗くなっている。

もう夕食の時間が目の前に迫ってきている。

部屋に戻ったのが昼下がりだったので、かなりの時間が経過したことになる。

普段ならここまで時間の経過に気づかない、なんてことはないはずなのに……

 

 

 

 振り返ると、ジャックが先ほどと同じ顔でこちらを見つめている。

そう、彼にはずっと見られていたのだ。

アタシがベッドでだらしなく寝そべりながら漫画本を読んでゲラゲラと笑い転げている姿を。

「………ッ」

何たる失態だ。

いつの間にかこんな姿を人に晒してしまうことになるとは……

「随分と楽しんでいただけたようですね。私も嬉しい限りです。」

顔は変わらないが、その語調はどこか優しいものだった。

他の使用人たちのトーンの高い声ではないが、それでも心地の良い言葉であった。

やがて彼はベッドの上に散らかった漫画本を回収し、ベッドの下の奥深くに隠してしまう。

 

 

 

「ちょ……」

「続きはまた明日、ということで。さて……お食事の時間です。あ、その本のことは他言無用で。」

そう言うとジャックはこの部屋を去っていった。

何故だろう、使用人が居なくなった後はいつも開放感が訪れるはずなのに……

 

 

 

 

 

 ーーーその日以降、ジャックが担当の日にはアタシは彼から手渡された漫画本を読むことが習慣となっていた。

それだけじゃない。

「でねー、数学の先生がホンッット酷いのよ!問題を解く時間が少しでも遅いとすぐ怒り出すんだから!」

「ハハハ、それは災難でしたね。」

気づけば様々な鬱憤や愚痴をジャックに対してぶつけていた。

自分の中に抱え込んでいた何もかもを、彼の前では平然と曝け出すようになっていたのだ。

酷いときには人前では言えない暴言を吐くこともあった。

「ホント信じらんないあのうん【自主規制】れ!巻き【自主規制】ジイ!」

「ハハハ、言葉遣いにはお気をつけ下さい。」

しかしジャックは注意をしつつも、顔色をほとんど変えない。

それでいて重く優しい声で返事をしてくれる。

 

 

 

 おかげでこの屋敷で生きていくのが楽になったし、今までより顔色も良くなった気がする。

全てはジャックの計らいの賜物だろう。

今思えば、ジャックの『今のお嬢様に最適な教材』という言葉はあながち嘘でもなかったのかもしれない。

彼に教わった様々な息抜きのおかげで、アタシはふさぎ込むこともあまりなくなった。

 

 

 

 何が違ったのだろう。

彼はアタシの領域にズカズカと入り込んでくる……それでいて決してアタシに何かを期待するようなことはしない。

ジャックが見ていたのは社長令嬢のトレンチではない。

ただの人間であるトレンチだったのだと思う。

だからこそアタシの中で、ジャックの存在は何よりも大きな物、大切な拠り所となっていたのだ。

 

 

 

 

 

 ーーーーーー数日前、ノロポートのホテルにて。

 

 

 

「だからお願いです、お嬢様……レイン様になんとしてでも勝って下さい。レイン様を……否、今後SDに騙されてしまう多くのトレーナーを救ってはいただけないでしょうか。」

ジャックは目の前で頭を垂れる。

今までに聞いたことがないほど必死な声で、アタシに懇願する。

そこにいつもの優しいジャックは居なかった。

 

 

 

 アタシに何の期待も寄せてなかったはずのジャックが……あの時の他の大人と同じように見えた。

その姿にほんの少しの恐怖を覚えてしまう。

悍ましさを感じてしまう。

 

 

 

 しかしそれでもだ。

いちばん大切なジャックの信頼を裏切ることだけはもっとあってはならない事だ。

だからアタシは、使い慣れたあの笑顔で答える。

「あ……当たり前じゃない!アタシはトレーナーの頂点に立つ女なんだから!あんな小生意気な奴なんかまとめてコテンパンにしてやるわよ!」

「お……お嬢様……!」

「だから、ね?顔を上げなさいな。」

アタシに向けられた彼の顔は笑っていた。

アタシに期待していた。

大切なひとの笑顔が嬉しくないわけがない。

期待されたのであれば応えなくてはならない……はずだった。

 

 

 

 

 

 ーーーーーーロメロシティ・サボネアドームにて。

会場にはジャックの敗北を疎む怒号があちこちから飛び交う。

期待を裏切られ、賭けた金銭が全て泡と消えた大人たちが叫び声を上げている。

「ふざけんなーーーーッ!」

「バカヤローーー!俺の100万返せーーーーッ!」

その情景はまさに地獄というに相応しいものであった。

 

 

 

 先程までチャンピオンだ英雄だと讃えていた者に、まるでゴミのような扱いをしているのだ。

本当に文字通り、用済みで捨てられたゴミのような。

 

 

 

「な……何なのよ……」

アタシは怖くなった。

今、目の前でジャックはレインに敗れ、多くの期待を裏切った。

誰かの期待を裏切ってしまったのだ。

あの嘗て最強と謳われたジャックが……だ。

 

 

 

 これが自分だったらどうだろう。

ただでさえ実力不足のアタシが、あの化け物のようなレインに勝負を挑んで、最後まで勝てなかったとしたら……

ジャックはアタシに何を思うのだろう。

 

 

 

 今度こそ、アタシのことをゴミのように捨ててしまうのだろうか。

そんなことは耐えられない。

だったらいっそのこと、自ら潰えてしまったほうがマシだ。

アタシはこっそりと、隣のスモックおじ様の目を盗んで会場を後にする。

人混みが凄まじかったが、今のアタシにはそれを気にするほどの余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 ーーーーー会場から遠く離れた駐車場の裏手。

ここなら誰も居ないし、近くに山のような環境もある。

「まね……?」

一緒にいるマネネがアタシの顔を覗き込んでくる。

そうか、彼がそのような仕草をするということは、アタシはよっぽど酷い顔をしていたのだろう。

なんてことだ。

……まさかポケモントレーナーの最後の日がこんなに嫌な日になるとは。

 

 

 

 アタシはマネネに告げる。

「……良い?アタシたちは今日で終わり。アタシは今日でトレーナーを辞めるわ。」

「まねっ……!?」

マネネは驚き、慌てる。

でもきっとそれで良いのだ。

アタシと一緒に叶わない夢を追うよりは、ここで別の人生を歩んだほうが彼らのためだ。

 

 

 

 それに、アタシが今までジャックのためにと歩んでいた道も嘘だと断じられたのだ。

丁度いい機会だ。

であればアタシがトレーナーである理由はどこにもない。

アタシは最後の別れを告げるべく、鞄の中のボールをすべて取り出す。

 

 

 

「………ん?」

だがここで違和感に気づく。

そう、鞄の中にボールが殆ど入っていないのだ。

中に入っていたのはカジッチュのボールのみで、サダイジャとラビフットのボールは消えている。

ボールだけではない、財布や図鑑や身分証などの貴重品も軒並み紛失しているのだ。

 

 

 

「ま……まさか、スリ……!?」

「マネッ!?」

スモックおじ様も言っていたが、この付近にはスリが多発するらしい。

しかしそれを警戒せずに人混みを通ってしまったためにこんな事になってしまったのである。

 

 

 

「そ……そんな……」

アタシは焦るが、すぐに別のことに気づく。

でもそうか、どうせトレーナーを辞めるなら、彼らが何処に行こうと関係ないのでは……と。

寧ろアタシ以外のトレーナーに拾われたのならそれはそれで幸せなのでは……と。

 

 

 

 そんな事を考えていたときだった。

真後ろから聞き慣れた声がする。

振り返るとそこに居たのは………

 

 

 

 

 

「お……お嬢様!?」

「ジャック……!?」

疲弊しきった顔のジャックだった。

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