【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
その場にいた者は皆どよめき出す。
それもそのはずだ。
トレーナーが自らフィールドに躍り出るなど前代未聞だからだ。
しかも最大限に攻撃力が上がったポケモンの前に立ちはだかるなど、どう考えても自殺行為……とてもじゃないが正気の沙汰ではない。
「……っ!」
背中に深い傷を負ったお嬢は、失血により目眩を感じる。
しかしそれでも彼女は自らの意志のみで立ち上がり、前を見据える。
「りゅ……!?」
まさかトレーナーが自分のことを庇うだなどと思ってもいなかったカジッチュは困惑する。
自身の真上を見上げれば、汗だくで震えながら立っているトレーナーがいたのだ。
彼女からしてみれば理解が追いつくわけがない。
お嬢はカジッチュの方を向き
「……大丈夫。アタシは最後までアンタを信じるわよ。」
とだけ言った。
「お、お嬢様ッ!」
ジャックはフィールドに駆け寄る。
誰がどう見てもお嬢の命の危機なのだから、当然の反応だ。
しかしお嬢はそれに気づくと小さく振り向き、『待った』のサインを送る。
「……。」
「ッ……!」
お嬢は言葉は発さなかったが、それ以上に意味を込めた眼差しがジャックを捉える。
その熱意に気圧された彼が出来ることは何もなかった。
「……どういうことかしら。トレーナーがバトルに参加するなんて聞いたことがないんだけど。」
セラは呆れ、不機嫌に……更には半ば恐怖にすら染まった顔で言う。
今まで何度か窮地に追い込まれたトレーナーは見てきたが、こんなケースは当然初めてである。
お嬢は笑いながら答えた。
「……ッ、アンタ風に言えばそうね。『使えるものは全部使う』って奴よ。っ……」
全身に走る激痛に堪えつつ、彼女はそれでも前を向くことを辞めない。
そしてデスバーンの前に立ちはだかり、大の字でお嬢はこう告げる。
「……カジッチュを倒すなら……まずはアタシからにしなさいッ!」
目の前の全てを威圧するが如き勢いで、彼女は吠えた。
「で……へぇっ……!?」
デスバーンもまた困惑する。
流石に目の前の人間を殴ることは、どんなポケモンであれ躊躇うものだ。
デスバーンは振り返る。
すると視界に飛び込んできたのは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるセラであった。
「……何よソレ。諦めたんじゃなかったの?物凄く不愉快なんだけど。」
セラは初めて、吐き捨てるような露骨な罵倒を投げかける。
が、お嬢はそれでも怯まない。
「フッ……褒め言葉よッ!」
「……デスバーン。構わないわ。まずはそいつからヤっちゃいなさい。」
「で……へへへーーーーッ!」
始めは困惑していたデスバーンであったが、やがて思考を放棄しヤケを起こす。
理性を失ったまま、勢いに任せて『シャドークロー』を繰り出す。
爪の一撃がお嬢の腹部を直撃する。
幸い致命傷は免れたが、それでも出血は更に酷くなる一方だ。
「………っつ……!」
お嬢は目の前のデスバーンを睨み続ける。
両の膝が笑っているが。それでも尚彼女は折れない。
通せんぼの構えをしたまま、カジッチュを庇い続ける。
「で……へぇ……!?」
流石のデスバーンもこれ以上は殺してしまいかねない、と攻撃を辞めることを訴える。
が、セラがそれを聞き入れることはない。
「迷うなデスバーンッ!殺りなさいッ!」
抗えぬデスバーンは更に腕を上げ、追撃を加えようとする。
「……これ以上は無理だッ………!」
流石に見かねたジャックは飛び出し、お嬢を逃がそうとする。
その時。
デスバーンの腕がお嬢の直前で止まる。
違和感を感じたがゆえに攻撃の手を止めたのだ。
「……でへっ?」
デスバーンは自身の腹部に目をやる。
するとそこには、突撃してきたカジッチュがいたのである。
自身を守るものが何もない中で、彼女は僅かな勇気を振り絞って抵抗を見せたのである。
彼女は思っていた。
何故自分が戦わなくてはいけないのか。
何故自分がポケモン、というだけで戦わされるのか。
こんなのは理不尽だ……と。
しかし彼女は感じた。
自分のせいでトレーナーが傷つくことはもっと理不尽である……と。
カジッチュは初めて、己の意志で戦いの場に赴いたのだ。
お嬢を背に、戦うことを決めたのだ。
が……残念ながらカジッチュの突撃はわざにすら該当しない攻撃なので、僅かなダメージすら入らない。
本当に、本当にただ一瞬デスバーンの気を引いただけに過ぎないのだ。
しかしそれでもお嬢は笑いかける。
笑ってカジッチュのことを褒め称える。
「ッ……よくやったわ、カジッチュ!ッ……」
やがて腹部の傷のせいで吐血が溢れ始めるが、それでも彼女は表情を崩さない。
「………何なのよ。ホント、アンタたち何なのよッ!!!!!」
セラの顔はお嬢と反比例して歪んでいく。
髪をかきむしりながら、耐え難い不快感に悶えだす。
「もういいわ……初戦相手はカジッチュよ。デスバーン、全力で『シャドークロー』ッ!」
「でっへっへーーーーーーッ!」
デスバーンは今度こそ躊躇なく、爪の攻撃を3度に渡って繰り出していく。
「りゅっ……りゅりゅっ!」
最初の腕のスイングを上に、次のスイングを伏せでなんとか回避する。
しかし元々俊敏でないカジッチュも、3回目の攻撃を受けることは出来なかった。
最後の縦方向の攻撃が思いっきりカジッチュの頭部を切り裂く。
「りゅっ………!」
腕の勢いにて、カジッチュは真下の床に叩きつけられる。
床にリンゴの破片があったためソレをクッションにしてギリギリで受けきることが出来た。
が、既にカジッチュは満身創痍だ。
勝ちを確信したセラの口角が上がる。
しかし先ほどとは違い、その顔に余裕の色はない。
まるで一刻も早くこのバトルを終わらせたい……とでも言わんばかりの様子だ。
「ふふ……これで終わりよッ!やりなさいデスバーンッ!」
「でへーーーッ!」
最後の一撃が繰り出される。
これにてこの勝負は決着……
……するかと思われた、その時だった。
カジッチュの身体が七色に光り出す。
思い出してほしい。
先程カジッチュが叩きつけられたのはリンゴの真上であることを。
そして彼女は追い詰められたことで、そのリンゴを喰むことを覚えたのだ。
ただの殻であったリンゴを、自らの体内に取り込んだのである。
……こうなったカジッチュは次の段階に進展する。
すなわち、進化の時だ。
「そんな……ここで進化ッ!?」
やがて七色の光は収まり、カジッチュは姿を変える。
殻を纏った翼が生え、飛行能力を手に入れた。
身体はお嬢の顔と同程度のサイズしか無いが、放つ威厳はまさにドラゴンと呼ぶに相応しいソレである。
カジッチュはアップリューというポケモンに進化したのだ。
「ふりゅーーーッ!」
「ふふ……や、やれば出来るじゃない……アンタ!」
「チッ……ここで進化するなんて!」
セラの表情が一気に青ざめ始める。
アップリューはカジッチュとは異なり、れっきとしたくさタイプのポケモン。
じめんタイプのデスバーンにとっては十分に脅威となりうる敵だからだ。
「ッ……さっさとやらないとマズそうね……!デスバーンッ、『シャドークロー』ッ!」
「でっ……へーーーーーっ!」
デスバーンは一撃に力を込めて腕をスイングする。
しかし飛翔能力を得たアップリューにこの攻撃を避けることは容易い。
大きく飛び上がり、デスバーンから上方向に距離を取る。
羽ばたいたアップリューは、瞬間的に自らの身体を丸める。
そしてそのまま垂直に、重力を超える速度で落下をしたのである。
「ふりゅーーーーーッ!」
「でへっ!?」
アップリューの渾身のタックルがデスバーンの頭部を叩きつける。
効果抜群の火花が上がり、ダメージの大きさを伺わせる。
これは進化して新たに取得した攻撃『Gのちから』だ。
『ボディプレス』と似た攻撃だが、それをさらに下方向に特化させたわざである。
重力と同一の方向に攻撃したこのわざは、凄まじい威力を発揮する。
以下に防御力が高いデスバーンと言えど、喰らえばひとたまりもない。
デスバーンがよろめいた隙に、アップリューは再び飛び上がる。
もう一度デスバーンの上を取り、トドメの『Gのちから』を繰り出そうとしているのだ。
「ッ……デスバーン!『てっぺき』で受け止めなさいッ!」
「で……へへッ!」
デスバーンは全身を畳み、硬化させて受身の態勢を取る。
このわざを繰り出されてしまえば、物理攻撃はほぼ弾かれてしまう。
しかしアップリューは怯まない。
『てっぺき』の構えを見た瞬間、アップリューは体勢を変える。
「りゅ……ふりゅーーーーーッ!」
アップリューは小さく浮上する。
直後、目を血走らせて彗星の如き軌道を描き、デスバーンの懐に飛び込んだ。
「ふふ……手を変えても一緒!硬化したデスバーンに物理攻撃は効かないわッ!」
セラの言う通り、このアップリューが繰り出した攻撃も別軌道のタックル……すなわち物理攻撃に変わりはない。
だが一つ、デスバーンには誤算があった。
それは……
「ふりゅーーーーーーーーッ!」
「でへッ!?」
このアップリューの攻撃は相手のあらゆる防壁を貫通する……ということだ。
万全の防御態勢を取っていたデスバーンは虚を突かれ、姿勢を大きく崩す。
アップリューが出したこの攻撃は『げきりん』。
自身の正気を犠牲に、何物にも邪魔されぬ猛攻を繰り出すドラゴンタイプの大技だ。
相手の懐にさえ飛び込んでしまえば最後、凄まじい火力の防御負荷攻撃がデスバーンを襲うのだ。
「ふりゅりゅりゅりゅりゅりゅーーーーーッ!」
「でっ………へっ……!」
無抵抗のまま、デスバーンはアップリューのタコ殴りの餌食となる。
体力の限界が近づいたデスバーンは、その身体を僅かにふらつかせる。
そこにアップリューは最後の一撃を加える。
「りゅーーーーーーーッ!」
「でへ………!」
ダメ押しで致命傷の『げきりん』が、デスバーンの急所を鋭く貫いた。
「へ………。」
これにてデスバーンのノックアウト……お嬢側の逆転勝利だ。
アップリューはお嬢の方に駆け寄り、勝利を知らせる。
「りゅっ!ふりゅっ!」
「あ……アンタ、よくやった………わ。」
お嬢はアップリューを一撫ですると……
そのままその場に倒れ込んでしまった。
あれだけの出血をしたのだから当然だ。
「お、お嬢様ッ!?」
ジャックは駆け寄り、倒れたお嬢を抱えて起こす。
血まみれの彼女は、彼の腕の中で笑う。
「お嬢様ッ、なんて無茶を……!」
「……ふふ、大丈夫……ではないけど平気……よ。」
そして震える声で、言葉を綴る。
「アップリューがアタシに答えて立ち上がったんだから……アタシも……ジャ……」
お嬢の言葉はそこで途切れる。
彼女はここで力尽きてしまったのだ。
「お、お嬢様ッ!?しっかり!?」
その様子を見ていたセラ。
彼女は自身の敗北を受け止められず、呆然としていたのだ。
「なんで……なんで……諦めたんじゃなかったの?」
彼女はすべてを諦めて生きてきた。
才能も人望も何もない彼女は、それ故に全てを諦めた。
何も持たないがゆえに、何もかもを奪い続けて生きていた。
自らの遊び相手である大人が、自らに溺れ、甘んじ、そして大切なものを失っていく姿を幾度となく見てきた。
持つ者が持たざる者になる……そんな瞬間を見届けることを愉しみに生きてきた。
特にプライドの高い相手の落ち様であれば、その喜びは至高のものとなる。
お嬢のような人物は彼女にとって最高の見世物だったはずだ。
しかし現実はどうだろう。
目の前のお嬢は己の背に背負ったものを、最後まで降ろさずに戦ったのだ。
お嬢からはどれだけ奪おうとも、最も大事なものは何も奪えなかったのだ。
そこで彼女は気づく。
自分はここで負けたのだ、と。
バトルにだけではない。
抱えているものの重さでも、覚悟でも。
自らのしてきたことが如何に惨めかを思い知らされたのだ。
セラはため息をはさみ、ソファから立ち上がってお嬢たちの元へ歩み寄る。
ジャックとアップリューは彼セラを睨むが、彼女は臆さずに口を開く。
「……大丈夫。致命傷じゃないわ。それより、約束のものよ。」
そう言うと、手元のボール2つとその他お嬢の私物をジャックらの元に差し出す。
この勝負でお嬢が賭けていたものだ。
ジャックはそれを受け取り、自身の鞄にしまう。
「……それと、一応ジムだしね、此処。」
そう言うとセラは腰元から扇形のアイテム……ロメロジムのバッジ『ジャルジーバッジ』を取り出す。
そしてそれを横たわっているお嬢のブローチに嵌めた。
「……使用人さん、アナタにお願いがあるの。」
「……」
ジャックは無言でセラを睨む。
セラは続けた。
「トレンチちゃんに伝えておいて。『アナタが羨ましい』って。」
「………承知しました、セラ様。」
ジャックはそれだけ伝えると、お嬢を抱えてその場を後にした。
このジムを後にし、一刻も早くお嬢を病院に連れて行かなくてはいけない。
「………。」
ジャックは抱えたお嬢を見て思う。
こんなに小さくて脆弱な彼女だが、それでも彼女はこの戦いから逃げなかった。
トレーナーを辞めるための戦いだったはずなのに、それでも最後には全てを背負い直して戦い抜いたのだ。
見上げた責任感……敬意に値する勇猛さだった。
何処かの誰かとは違い、現実と向き合って戦っていたのだ。
やがて彼らは階段を登り、外に出る。
暗くなった街に、冷たい夜風が吹き抜ける。
空を見上げ、『彼』は小さく呟いた。
「お嬢様は逃げませんでしたよ………忌まわしき『ジャック』。」