【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
……そこは見慣れた部屋だった。
いつもの朝を迎える、アタシの寝室。
まただ……また忙しい一日が始まる。
それでも自然と息苦しくはない。
アタシはこの家の一人娘なのだから、多忙なのは当然だ。
それに今日の教育係にはあのジャックが来る。
アタシが全てを忘れて羽を伸ばせる日なのだ。
寧ろ今日という日が始まるのが楽しみなくらいだ。
やがて時計の針が真上に来る。
丁度の時間で、部屋をノックする音が4つ聞こえる。
この独特のノックは間違いない、ジャックのものだ。
アタシはすぐにベッドから下り、扉の前へ駆け寄る。
そうだ、きっとジャックだ。
自然と気分が上向きになるのを抑えつつ、ゆっくりと扉を開ける。
すると目の前にはいつも通り長身でスーツ姿の男が……
「……….」
「だ……誰っ!?」
違う。
確かに目の前に佇んでいる男は、顔も身長も、服装に至るまでが彼と全く同じだ。
でもジャックの髪はこんな真紫じゃない。
それに目つきだってもっと鋭いはずだ。
「………お前が『お嬢様』か?」
「な……何よ……!?」
ジャックに似た男は私を見下ろすようにして問いかけてくる。
低い声だが、いつもの優しい感触はない。
まるでこちらを威圧するような……もしくは怯えているような。
どちらにせよ、何処か寂しい声であった。
「何故だ……何故お前は折れない。『俺』より弱いのに、何故……何故戦う。」
「………。」
あぁ、分かった。
私はこの瞬間になんとなく理解した。
この男は私の脅威じゃない。
確かに妙な違和感を感じるし、ジャックのように全面的に心を許していい存在ではないかもしれない。
それでも、彼にきっと敵意はない。
質問にも他意はない。
私は答える。
「そうね、アタシにはジャックがいるもの。」
男は少しばかり驚いた顔を浮かべた。
こちらがここまでハッキリと答えを出すとは思ってなかったのだろう。
「……随分と心酔してるようだな。あの男のせいでお前の心は潰れかけたのにか?」
「そうね。でも平気よ。アタシはジャックの期待に応えるために戦う。理由なんてそれで十分。」
「……その『理由』が否定されたとしてもか?」
「知らないわよそんなの。アタシが正しいと思ったならそれでいいじゃない。」
あの男の言う通り。
アタシは確かに一度は迷ったかもしれない。
でも、それでも。
あのアップリューを見て思ったのだ。
超えなきゃいけない敵が強大だからといって、背負った使命が大きすぎるからと言って、……失敗すれば期待を裏切ってしまうからと言って。
それらを逃げる理由にしたくない、と。
彼女はあの状況でも、アタシに応えて戦ったのだ。
であれば今度はアタシだって、ジャックに応えるべきだろう。
たとえそれが、無理難題だとしても。
目の前の男の顔が歪む。
やはり何かに怯えている……アタシの推定は確信に変わった。
「……分からない。本当にわからない。一体何がお前を……!?」
そう言うと、男は廊下を走って逃げるように消えていく。
「あっ……ちょっと!」
アタシは呼び止めようとしたが、彼の背中は既に見えなくなっていた。
もう少し話がしたかったのに。
彼が一体何者なのか、知りたかったのに。
きっと悪い人じゃない。
もしかしたら何かに縋りたかっただけかも……
ーーーーーー「……ッ!?」
お嬢は再び目を覚ます。
彼女の目に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。
彼女は困惑する。
さっきまで自分の屋敷にいたはずなのに、全く知らない場所で寝かされていたのだから当然だ。
「まねっ?」
「ひゃっ!?」
真っ白な視界を、マネネの顔が覆って遮る。
一気に目が覚めた彼女は、自分の置かれた状況を理解した。
ここは病院だ。
彼女は大怪我を負ってセラとの戦いに勝利した後、ジャックの手によってロメロシティ内の病院に搬送されたのだ。
そして彼女は自らの夢から目を覚まし、ベッドの上で事の顛末を思い出した、というわけである。
お嬢が真横に目をやると、そこにはすっかり顔がやつれたジャックの姿があった。
彼は目を覚ましたお嬢の存在に気づくと、飛びつくようにしてハッと目を開く。
「お、お嬢様ッ!気づかれましたか!?」
「………。」
彼女は何も言わずに、数秒の間硬直していた。
先程まで夢の中で見ていたあの男を思い出しつつ、ジャックに重ねていたのだ。
その外見は正に瓜二つ……直前の感覚が残っているこのときだったからこそより鮮明にそう感じていた。
「……お、お嬢様?」
「あ……お、おはようジャック。」
お嬢はバツが悪そうに目を逸らす。
自分の全てが賭かっていたとはいえ、ジャックの目の前でアレだけの事をしでかしたのだ。
彼なら怒りはしないだろうけど、ひどい心配をかけたのには違いない……と感じていたのである。
事実、ジャックはこれ以上ないほどに気を揉まれていた。
それゆえお嬢が目を覚ますまでの約16時間、寝ずにずっとベッド脇の椅子で座って待ち続けていたのである。
だからこそ、せめて無事なら顔くらいは見せてやれ……と、マネネが軽くお嬢の袖を引っ張る。
「まねっ!まねっ!」
「わ……わかったわよ。」
お嬢は改めてジャックの方を向き直す。
彼の顔は確かにやつれていたが、それでも精一杯の笑顔を浮かべようとしていることは誰の名も明らかであった。
「ふふ……おはようござ……いま……」
ジャックはそこまで言いかけると、そこで力尽きて眠りに落ちてしまった。
近くの壁にもたれかかるようにして、まるで死んだように動かなくなった。
ここまでほぼ不眠であったのだ、仕方がないと言えよう。
「ジャ……ジャック……!?」
「まね……!?」
お嬢が心配そうに声をかけるが、ジャックからは返事がない。
完全にエネルギーが切れたのだ。
お嬢はすぐに手元のナースコールを鳴らし、看護師を呼ぶ。
すると数十秒と経たずに担当の者が駆けつけた。
「はいはい、トレンチさ……え?」
「あの、ジャックが……ジャックが……!」
お嬢は訴えるが、肝心の看護師の女性はキョトンとして立ち尽くしている。
それもそのはずだ。
昨日まで重症状態だったお嬢が、一切の傷もなく普通に立ち上がっているのだから。
まさかナースコールが鳴らされた理由が、付き人の過労によるダウンだなどとは夢にも思うまい。
その後、2人はそれぞれ別件で診察室へと連れて行かれることになった。
2人が去った病室には、静寂が訪れる。
「……ふぅ。やっと行ったか。」
隣のベッドから立ち上がり、伸びをする者が一人。
昨日、サボネアドームにてジャックと戦っていた少年・レインだ。
何故彼がここに居るのか。
そう、レインはジャックとの戦いで吐血を催したからだ。
あの後何度かバトルを繰り返したが、その度に体調が悪化していき最終的にはリタイア……大会運営の手によって強制的に搬送されたのである。
しかし本人は自身の体調不良を頑として認めたくない。
ジャックの言うような『SDのリスク』など認めたくなかったのだ。
「……つくづく腹立たしい。僕があんな所で寝ていた奴に勝てないだと?ふざけるな……ッ!」
レインは全身に走る痛みに堪えつつ、唇を噛む。
丸一日、自身が散々見下してきたトレンチ嬢と同じ空間に居るのは、彼にとってさぞ屈辱だっただろう。
おまけに自身はボロボロの状態、負けてこそいないが無様な姿であったのだ。
これでは彼女に何を言われるかわからない。
だからこそ、彼は仕切りの向こう側でひっそりと息を潜めていたのである。
「……こんな所に居られるか。テイラーに連絡して引き取ってもらわなきゃ……クッ……!」
レインはふらつきながらも立ち上がり、自身に刺さっていた点滴を抜き取る。
そして近くにあった窓を開くと、そこから飛び降りるようにして病室から逃げ出してしまったのであった。
……この後さらなる破滅が待ち受けているとも知らずに。
ーーーーーさて、一方のお嬢とジャックだが。
お嬢は奇跡的な回復を見せ、全治1週間と判断された傷はなんと僅か16時間で完治した。
医者は目を疑っていたが、それでも目の前の結果は事実と受け入れることしか出来なかったため、本人の希望通り退院を許可された。
お嬢としても『病院食は美味しくないのでさっさと外に出たい』とのことだ。
ちなみにジャックは過労で死ぬほど怒られた。
哀れジャック。
とにかく様々なことがあったもの、彼らは無事にこの街を出ることが出来たのだった。
サダイジャとラビフットも無事戻り、更には3つめのバッジを入手した。
トレーナーを辞めるか否かで悩んでいたお嬢はというと……
まぁ、今更聞く必要もないだろう。
彼女はめでたく、いつもどおりの彼女に戻ったのだ。
既にその目に迷いの色はなくなっていた。
彼らの旅は途絶えることはない。
これからも続くのだ。
「うーーん、やっぱアレよね。アップリューにもなにか曲芸を教えたほうが良いわね。」
「ふ、ふりゅ……?」
「いや、その必要はないのでは?アップリューも困ってますし……」
道行きながら、アップリューと向き合うお嬢は悩む。
久しぶりに下らないことを考える余裕ができたことが、彼女も嬉しかったのだ。
「……そうだ!アップリュー、『Gのちから』の構えよ!」
「りゅ……」
アップリューは空中で丸まりだす。
その姿は正に浮かぶリンゴそのものだ。
「よし、コレを『きん○まクリムゾン』、略して『きんクリ』と名付け……」
「おやめ下さい。色々不味いしアップリューが可哀想です。」
なにはともあれ、2人はこれからも進んでいく。
立ち止まることはあれど、着実に、一歩ずつ。