【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
バベル教団の『祭典』1回戦。
お嬢が相手取るのは『無敗のジャック』の名に傷をつけた男・エンビ。
一見すれば勝ち目などほぼ無いに等しい勝負である。
だが、格上との勝負であれば彼女は既に何度も経験済みだ。
越えられない壁にぶつかることには慣れている。
故に、彼女は立ち向かう。
帽子を深く被り直すルーティンを経て、ボールを構える。
「……行くわよ、ポッチャマ!」
「ぴぴっ……!」
「行け、ファイヤー……!」
「ウラァアアアアアアッ!」
お嬢の先発はポッチャマ、対してエンビの先発はファイヤーだ。
共に鳥型のポケモンだが、体格差やスピード、更には可動範囲に大きな隔たりが存在する。
この大きな戦力差をどう埋めるかが、お嬢とポッチャマにとってのキーポイントとなるだろう。
……最も、その差が果たしてどれほどのものか、彼女は知る由もないわけだが。
「………。」
そんな様子を遠方から伺うのはギャラリーとなったジャックである。
周囲の客席が皆エンビを応援する声で埋め尽くされる中、固唾を呑んで勝負の出だしを見守っていた。
「いきなりファイヤーですか。あの人も大人げない。」
彼はいつも以上の胃痛を抱えつつ、明らかな戦力差に辟易する。
真剣な勝負である以上、全力を出すのは当然のことだ。
が、エンビのやり方はあまりにも圧倒的過ぎる。
悪く言えば面白みがないのだ。
「ホンマにそうよなぁ。あの男にはアンタ以上に余裕が足りん。そう思うやろ?」
「………!?」
突如隣から聞こえてきた甲高いコガネ弁に、ジャックは驚き退ける。
いつの間にか隣の空席に座っていたのはいつかの女、テイラーだったのである。
「テ……テイラー……!貴様ッ……!」
レインの一件で一言でも二言でも言ってやりたかったジャックは、憎悪と怒りに駆られて激昂しかける。
その手は再び、危うくテイラーの胸ぐらを掴みかけていたのだった。
「ほぉ、ええんか?一応ここ、観衆の前やで?」
「……ッ!」
テイラーの一声で、ジャックは我に返る。
確かに彼女の言うとおりで、こんな大衆の前で暴力沙汰になればタダで済まないのは火を見るより明らかである。
ジャックは震える己を律しつつ、拳を下ろす。
「ふふっ……まぁお互い仲良くしようや。こうして一緒に何かを見る機会なんてそうそうあらへんし?」
ニヤニヤと笑いつつ、テイラーはジャックの顔を覗き込む。
もしここまでの人混みがなければ、ジャックは今すぐにでもこの場を離れていただろう。
それほどに、彼のテイラーに対する憎悪は凄まじいものであった。
「というかアレやな。アンタ、意外と疑り深いんやな。」
「……どういうことですか?」
薄ら笑いとともに意味深なことを述べるテイラーへ、目線を合わせずジャックは問う。
「どうもこうも、文字通りの意味や。アンタはあのお嬢ちゃんの勝利を疑ってるやろ。」
「……相手はエンビです。お嬢様とは言え、寧ろ勝ちを確信するほうが難しいかと。」
神妙な顔つきのジャックとは対照的に、テイラーは相変わらず陽気な面持ちである。
「せやろか?……ウチは一発あると思うで。」
「………。」
ジャックは黙ってテイラーの話に耳を傾ける。
「ウチが見るに、あの嬢ちゃんはレインやエンビ……否、下手したら全盛期のアンタにも及ぶ逸材や。」
「……えらく買い被りますね。」
テイラーの考察を疑いつつも、心の何処かでは期待をしていたのかもしれない。
ジャックの胃痛はいつの間にか、ほんの少し和らいでいた。
さて、視点をフィールドに戻そう。
エンビは手招きをし、お嬢になにかサインを送っている。
「……先行は譲ろう。貴様の出方を見せろ。」
彼は敢えて先攻を譲る作戦で行くようだ。
「よし、行くわよポッチャマ!バブ……」
「ぴぴーーっ!」
ポッチャマはお嬢の言葉を聞き届けるよりも先に駆け出し、空中に飛ぶファイヤーを目掛けて飛びかかる。
嘴を鋭く尖らせた上で、スクリューのような回転とともに飛んでいく……『ドリルくちばし』による攻撃だ。
確かに、高低差のある相手に対してこの攻撃は比較的合理的かもしれない。
が、今の行動は明らかな命令無視だ。
緊急時にトレーナーの指示を聞いている場合でないケースは間々あるが、それでも今のような初手からの命令無視はあまりにイレギュラーだ。
「…………ッ!」
お嬢は動揺するが、それを悟らせまいと彼女は何事もなかったかのように振る舞う。
まぁエンビがその程度のことを見抜けないわけがないのだが、それでも気の持ちようは大きく違う。
ポッチャマはファイヤーの喉元に素早く差し迫り、一点集中で攻撃を仕掛ける。
「ぴぴっ!」
だが、ファイヤーの反応も早かった。
「ウラアアアアアッ!」
すぐに身を捩り、脚を前に差し出した。
すると、そこへ吸い込まれていくようにポッチャマが接近していく。
そしてなんと、ポッチャマの方が大きなダメージを受けてしまったのであった。
「ぴぴっ………!?」
「う……嘘ッ!?」
ファイヤーの『ふいうち』攻撃だ。
これは本来であれば自ら相手の間合いに飛び込んで放つ攻撃である。
が、ファイヤーは、敢えて相手に接近させることで行動コストを最小限に抑えたのだ。
行動の始点を定められる自発的特攻とは違い、差し返しをするのであれば相手の出方を100%理解していないといけない。
熟練されたポケモンとトレーナーでなければ不可能な芸当だ。
「……中々の『ドリルくちばし』だ。特にポッチャマの独断とあれば尚更……な。」
エンビは一切の無傷であったにもかかわらず、お嬢を称賛する。
そしてポッチャマの命令無視もまた、やはり見抜かれていたのだ。
しかしまだ立て直しは効く。
お嬢は気を取り直し、ポッチャマに次の指示を出した。
「……まだまだッ!ポッチャマ、バブ……」
「ぴぴぴーーーーッ!」
しかし残念、まただ。
またポッチャマは指示を聞かずに、『ドリルくちばし』でファイヤーを目掛けて突撃していく。
描く軌道は最短一直線……速くも愚直な攻撃だ。
しかしここで相手の間合いに無理に突っ込んでいけば、また『ふいうち』の餌食になることは目に見えている。
同じ手札を2回も切ることは、あまりにも愚かなことだ。
「……ファイヤー、わかっているな?」
「ウラッ!」
ファイヤーは身動き一つせずに視線をポッチャマへ定める。
差し返しの『ふいうち』を打つためには初期挙動は要らない。
ただ相手の突っ込んでくる場所を見極めて、脚を差し出していれば良いのだ。
そのため攻撃の兆しを見抜くことは困難なのだ。
が、お嬢にはこれが攻撃の構えであることが分かっていた。
相手の間合いに突入することは明らかな自殺行為なのである。
「ポッチャマ、引き返して!」
お嬢はすぐに攻撃の中止を指示する。
「ぴぴーーーーっ!」
ポッチャマはその指示を聞き届けると、ブレーキをかけてその場で着地する。
やっと彼がお嬢の指示を聞いた……
と思われた束の間。
ポッチャマはジャンプでV字を描き、再びファイヤーの間合いへと飛び込んでいく。
翼に力を込めた強烈なビンタ攻撃……『ダブルアタック』だ。
「ウラッ!?」
ポッチャマの突撃に合わせて構えていたファイヤーは調子を狂わされ、不意の『ダブルアタック』を許してしまった。
初動が短い『ダブルアタック』は、至近距離に置いては『ドリルくちばし』よりも強力な効果を発揮するのだ。
ここまでのポッチャマの判断は、命令無視であるとは言え全て合理的なものと言える。
彼の判断でファイヤーにダメージを与えることが出来たのだ。
お嬢の言うとおりに撤退をしていれば、奇襲のリスク回避はできたかもしれない。
が、相手が空中にいる以上は多少のリスクを背負ってでもダメージを稼ぎに行かなくてはいけない場面であった。
そういう意味ではポッチャマの強気の姿勢は、結果論で正しいものだったと言えるだろう。
しかしここは空中だ。
ファイヤーに攻撃を加えるために飛び上がった……ということは、その後には着地を行わなくてはいけない。
ポッチャマには、残念ながら飛翔能力も滞空能力もないのだ。
……つまりそこまでのタイムラグは大きな隙となる。
通常、このような立て直しは相手が攻撃によろめいている間に行えば問題はない。
が、このファイヤーがそんな隙を許すはずもない。
「そこだファイヤー!『もえあがるいかり』ッ!」
「ウラアアアアアアアッ!」
ポッチャマの落下する刹那、漆黒のブレスがポッチャマを飲み込む。
空中に位置取る……ということは、回避のための足場がないということだ。
過去にウッウと戦っていたヒバニーであれば、相手の攻撃に質量があったため無理やり足場を作ることが出来た。
……が、『もえあがるいかり』はブレス系の攻撃。
気体系である以上、その攻撃は実体を持たない。
故に……
「ぴぴっ……!」
ポッチャマは攻撃をモロに受けてしまう。
あくタイプの高火力わざを無防備に喰らってしまったのだ、致命傷は免れない。
「ぴっ……!」
「ポッチャマ……!」
ブレスの風圧に押し付けられる形で、ポッチャマは床に叩きつけられる。
なんとか側面での着地だったため、最低限のダメージで受け身を取ることが出来た。
が、しかし。
ポッチャマはそれ以上に致命的な傷を負う。
「ぴ……ぴっ!?」
立ち上がるやいなや、ポッチャマは身体を小刻みに震わせながら立ち上がる。
身体が思うように動かないのだ。
読者諸兄は『もえあがるいかり』の効果を覚えているだろうか。
そう、『ひるみ』効果を付与するというものだ。
この効果を受けたポッチャマは、思うように行動をすることが出来ない。
故にそこには更なる隙が生じ、より不利な状況へと叩き落されていくのだ。
「……攻めどきだファイヤー、『ぼうふう』!」
「ウラアアアアアッ!」
ファイヤーは上空から大きく羽ばたき、空気の塊を上から叩きつける。
『ぼうふう』は中距離において最も高い威力を発揮する攻撃……それが位置的な有利を取っていれば尚更だ。
『ひるみ』状態にあれば、最早攻撃の回避は絶望的と言えるだろう。
……最も、それは相手がポッチャマでなければの話だ。
『ぼうふう』が地上に到達するや否や、ポッチャマはすぐに攻撃の構えに入る。
「ぴぴっ………!」
嘴を鋭く尖らせ、姿勢を低くかがめて地面をスクリューのごとく這い進んでいく。
あまりにも斬新過ぎる回避方法に、誰もが驚く。
「ッ……下だとッ!?」
「それにしても早すぎる!ポッチャマはひるんでいたはずでは……!?」
だが、このギミックは至極単純だ。
「……『まけんき』ですね。」
「ほぉ、やっぱアンタには分かるんやな。」
自身に不都合な効果が発生すると筋力を増大させる特性が『まけんき』だ。
ポッチャマは『ひるみ』効果をトリガーにすることで、推進力を無理やり底上げして攻撃を回避したのである。
そこまで来て、お嬢は気づいた。
ポッチャマの今までの猪突猛進の真意に。
彼は何も、彼女の指示を無視していたわけじゃない。
自身が全力を出せるよう、あえて自らデバフを受けに行っていたのだ。
『まけんき』の発動を意図的に狙っていたのだ。
「ぴっ……ぴぴっ!」
ポッチャマはお嬢の方向を向き、翼を仰ぐ。
お嬢に対しての『指示をよこせ』の合図だ。
流石に『ひるみ』状態を抱えた状態での戦闘はポッチャマと言えども辛いものがあるのだろう。
ただプライドが高いだけではなく、あくまで彼は冷静であった。
「………了解。ここからが本番ね!」
お嬢は仕切り直し、ポッチャマへ指示を出す。
「行くわよポッチャマ!『ドリルくちばし』ッ!」
「ぴぴーーッ!」
再びポッチャマは自身の体を回転させ、ファイヤーの中央に特攻する。
身体が痺れているにも関わらず、その攻撃は飛翔と呼ぶことすら不足する勢いであった。
ポッチャマが跳躍した軌道には、音速の壁を破った衝撃波が残った。
通常の移動速度が犠牲になった代わりに、わざによる瞬発力は普段の数倍にも及ぶのだ。
「ウラッ!?」
ファイヤーの認識が追いつかぬまま、『ドリルくちばし』は右翼の付け根を掠って貫通する。
そしてここからの踏ん張りがポッチャマの恐ろしい所だ。
彼は地面に着弾した直後、その場で踏ん張り次の瞬間……
なんと全く同じ速度でバウンドし、再度『ドリルくちばし』を繰り出したのだ。
並の筋力では絶対に為しえない大技だ。
『まけんき』の末恐ろしさを、お嬢も、そしてポッチャマ自身も痛感していた。
さて、2撃目の『ドリルくちばし』が、今度はファイヤーの左翼を狙って飛んでいく。
「この速度なら流石のファイヤーも………!」
そう、避けられないだろう。
一筋の軌道を描いて吹っ飛んでいったポッチャマは、ファイヤーの脇腹を掠める。
確かにその嘴の一撃は直撃したはずなのだ。
「………?」
しかしポッチャマには妙な感触があった。
手応えはあるが、それ以上にもっと気味の悪い感覚を味わっていたのだ。
「……あ、こらアカンわ。」
テイラーは不吉なことを口にする。
そして残念かな、彼女の予言は的中した。
次の瞬間……ポッチャマの勢いは突如として衰え、そのまま吸い寄せられるように地面へと落下したのだ。
なんと、彼は気づかぬうちに謎のダメージを食らっていたのだ。
「そんな……いつの間に……!?」
確かにファイヤー側も無傷ではない。
が、それ以上にポッチャマ側に重度のダメージが与えられていたのだ。
こんな状況で予備動作も何もなく刺さる攻撃があるだろうか。
……否、あるのだ。
そう、このファイヤーお得意の『差し返しのふいうち』である。
ポッチャマとのすれ違いざま、ファイヤーは置きエイムの形で『ふいうち』を構えていたのだ。
「ぴ……ぴぴっ……!」
「ポッチャマ!しっかり……!」
失墜したポッチャマは立ち上がろうと必死に震える。
が、ここにきて先の『もえあがるいかり』による身体の硬直が、より重篤化してきたのである。
こうなってしまうとポッチャマの復帰は不可能に近い。
「……終わりだ。『もえあがるいかり』ッ!」
「ウラァアアアアアアアッ!」
豪速のブレスが、ポッチャマを追い詰めるように焼き払う。
先程よりも火力が上がっており、どう足掻いてもその攻撃を耐えきることはできない。
「ぴ………ぴぃ……」
満身創痍のポッチャマは、ここで力尽きたのだった。
「つ……強すぎる……!」
箸にも棒にもかからなかったわけではない。
……が、それでも目の前の敵は彼女らにとってあまりに強大であった。
エンビはうつむき、小さくため息をつく。
が、直後にお嬢の方を向き直してこう続ける。
「……どうしたトレンチ。お前の実力はまだこんなもんじゃない……だろう?」
「……ッ!」
お嬢はボールへポッチャマを戻す。
そしてすぐに、脇に控えているマネネに『行って来い』のサインを送った。
「まーーねねっ!」
「……えぇ。こんな窮地はいつものこと!こっからでも勝ってやるわよ!」