【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
「………」
遠方の高台から、エンビとトレンチ嬢のバトルを見届けるものが1名。
菖蒲色の髪の少女……バベル教団教皇・スエットだ。
エンビがやたらと期待の目を向けているトレンチというトレーナーは、果たしていかなる人物か。
彼女はまず自身の目で確かめようと、フィールドを注視していたのだ。
そんなスエットに、背後から声をかける者が1名。
「……いよっ、スエットちゃん!」
軽快で不快な声を出すこの男は、彼女の肩を叩こうと数歩近づく。
が、直前で彼女にひらりと躱されてしまった。
彼女は振り返り、凍りつくように冷徹な声でクランガへ問う。
「……何か用?」
「んもう、相変わらず冷たいッスねぇ。」
クランガはにやけ顔で話しかけるが、一方のスエットは大変鬱陶しそうな様子で敬遠している。
「ぶっちゃけた話……」
「……『あのトレンチという子は適合者として逸材だ。キミも気に入っただろう?』……でしょ?」
クランガが話し終えるよりも先に、スエットは彼の心中を全て話しきってしまった。
「えー……そこで『ソレ』使っちゃう?もうちょっと会話してくれても……」
「……嫌。アナタの心からは錆が剥がれ落ちるような音がする。近くにいるだけで耳障り。……用がないならさっさと離れて。」
何を言われようが、スエットはつっけんどんにクランガを追い返そうとする。
よほど彼を毛嫌いしているようだ。
追い返されたクランガは、相変わらずヘラヘラとした薄ら笑いを浮かべてスエットの元を離れていった。
「……どのみち、あのエンビのSDに勝てるとは思えない。」
半ば諦観を交えつつ、スエットはフィールドへ再度目を向けた。
ーーーーーーさて、当のバトルはいよいよ大詰め。
残るポケモンはマネネとカラカラ……互いにラストの1匹だ。
だがエンビとカラカラは禁断の精神融合、SDを発現させている。
SDが発現したポケモンの強さは、既にレインのピカチュウが証明済みだ。
だからこそ、彼女はこの相手を100%以上の全力で倒しきらなくてはいけない。
「行くわよマネネッ、『もえあがるいかり』ッ!」
「まーーーねねっ!」
マネネは腕を振り回し、漆黒のブレスを広範囲に吐きかける。
放射角約150度……射程もそれなりだ。
カラカラはそこまで俊敏なポケモンでは無いため、この攻撃を避けることは難しい。
少しでもブレスに触れれば動きは鈍るため、まずは弱くともヒットさせることを優先する……といった考えだろう。
しかしその考えは甘かった。
確かにカラカラはスピードは遅いかもしれない。
……が、それはあくまでも通常時の話だ。
こと、SDが発現している間はこれに該当しない。
「マーーーーーッ!」
「なっ……!?」
なんとカラカラは、真正面に構えたホネを回転させてマネネの方へと突進してきたのである。
それはさながら、盾を構えて突進する衛兵の如き有様だ。
ホネに直撃したブレスは、全てその遠心力とともに虚しく霧散していく。
目にも留まらない……ほどのスピードではないが、それでもここまで煩雑な手作業を行いながら驀進出来るのは流石としか言いようがない。
そしてカラカラとマネネの距離は僅か1メートルにも満たぬほど縮む。
攻撃を放った直後のマネネの眼前に、カラカラはあっという間に陣取ってしまったのだった。
遠距離攻撃……しかも若干秒の溜めを要する攻撃しか覚えていないマネネにとって、正面からの近接戦は避けるべき手段だ。
が、残念ながら僅かコンマ数秒……
その間に、彼は相手の土俵へと引きずり出されてしまったのである。
「行くぞカラカラ……『ホネこんぼう』ッ!」
エンビはカラカラに指示を飛ばす。
SDはポケモンと意識が繋がっている以上、言葉による指示は必要としない。
……が、これはエンビなりの戦闘スタイルなのだろう。
彼はあくまでも、言葉によるコミュニケーションでのバトルを仕掛けるようだ。
それは余裕からか、はたまたトレーナーの矜持からか。
だが、どのみちカラカラとの連携に無駄はなく、また迷いもない。
「マーーッ!」
カラカラは手に構えたホネを水平に振りかぶり、マネネの脇腹を思いっきり殴りつけた。
防御の姿勢など取れるわけもないマネネは、避けることも叶わず攻撃を食らってしまったのであった。
「ま゛っ……!?」
「マネネ!?」
攻撃を受けたマネネは、そのまま真横にカーブを描いて投げ飛ばされる。
先程の『ぼうふう』のような間接的な吹き飛びと違い、これは直接的なダメージを伴う攻撃だ。
当然、体勢の立て直しには大きな時間と労力を要する。
しかし相手はその隙を見逃さない。
「マネネを狙え……『ホネブーメラン』ッ!」
「マッ!」
カラカラは振り終えたホネを、直後の反動すら押し切って再度振り上げる。
直後、背中に浮いていたホネのユニットが5本飛び出す。
そして空中のマネネを目掛け、ミサイルの如き勢いで飛んでいったのだ。
無防備な空中でこんな攻撃を喰らってしまえば、ノックダウンは免れないだろう。
付け焼き刃でも良い……何か策を講じねばならない。
お嬢はすぐにマネネへ指示を出す。
「マネネッ、真下に『もえあがるいかり』ッ!」
「まっ……まねねっ!」
マネネは指示通り、咄嗟に地面へ向けてブレスを噴射する。
それはまるでロケットの噴射のようにマネネの体を支え、彼を予想外の高さまで押し上げたのであった。
狙いの逸れたホネはマネネの直下……空中でぶつかりあい、後を追うようにして爆散する。
まさに危機一髪、危うい回避であった。
だが、マネネが空中という不利な場所にいることそのものは変わらない。
ここから攻撃を仕掛けるなり着地して体勢を立て直すなりしなくては、状況は改善されないのだ。
落下を待っていればカラカラの餌食になることは間違いない。
しかし、マネネが空中にいては何も出来ないのはカラカラも同じこと。
まさか翼もないのに空など飛べるわけもない……
とお嬢が思っていたのも束の間である。
エンビは間髪入れずに次の指示を出した。
「……そこだカラカラ。『フレアドライブ』!」
「マーーーーッ!」
なんとカラカラは脚に炎を着火して膝を曲げると、直後にバネの如き勢いで上空へと飛び上がっていったのだ。
「なっ……!?」
マネネのようなロケット噴射ですら無い、ただの『跳躍』……決してジャンプが得意なポケモンではないはずだが、それでもカラカラは重力の壁を大きく突き破ったのだった。
あまりにも型破りがすぎる。
SDの力は、己の苦手とする領分さえも軽々と越えてしまうのであった。
空中の遥か高くにて、マネネとカラカラは対峙する。
この距離が近づいた状態での戦い……すなわち、相変わらずマネネには分が悪い。
だが近距離戦であれば、マネネには唯一有利材料と成り得るものがある。
お嬢は迷わず、切り札を切る準備に出た。
「そこっ、『サイケこうせん』ッ!」
「まねねっ!」
そう、切り札とは『近接で放つサイケこうせん』だ。
これを当てることができれば、『こんらん』を誘発する可能性がある。
形成を、多少は逆転させられる可能性があるのだ。
短い距離を、虹色の光線が抜けていく。
だがカラカラとエンビの反応は予想外に早い。
「……させるかッ、ホネで防げ!」
「マッ!」
ホネを正面で回転させると、先のブレスと同様に『サイケこうせん』を弾き飛ばした。
その反応までかかった時間は1秒に満たない……流石の情報共有力だ。
本体への攻撃は、あえなく失敗に終わってしまったのである。
……が、そう悲観する出来事ばかりではない。
カラカラがここで防御の姿勢を取ったと言うことは、その分攻撃をするリソースが割かれなかったということだ。
つまり、マネネは『サイケこうせん』を咄嗟に打つことで、結果的に自身の安全を確保することになったのであった。
両者は互いの作用と反作用にて距離が離れ、それぞれが遠くの地面へと着地する。
状況は振り出しに戻った……が、マネネにはダメージが蓄積されている。
あのSDで強化されたカラカラの攻撃を耐えることは出来ないだろう。
事実上、お嬢側のサドンデス状態。
振り出しよりも更に悪化した状況である。
「いいぞエンビさんッ!」
「もう少しだーーーーッ!」
観客たちはそれぞれ、各々の言いたいように歓声を飛ばして盛り上がる。
一部の人は、無敗の強者が崩れる瞬間を何処かで待ち望んでいた。
が、現状は既にエンビが優勢であり、ほとんどの人はそちらを応援していた。
それもそのはずだ。
この状況からお嬢が勝つことはほぼ不可能だ。
万全で動ける上にSDの力を使うカラカラに対して、満身創痍のマネネ…お嬢の不利は誰の目にも明らかである。
しかし現在の戦況の異常性は、外野のジャックには寒気がするほど分かっていたのだ。
「……嘘でしょう?エンビのSDを相手にここまで戦えるなんて……!?」
ジャックの言う通り。
本来であればSDを発現したポケモンはあまりに規格外……普通のポケモンで太刀打ちできる相手ではないのだ。
しかしお嬢とマネネはそんな戦力差を感じさせないほど、カラカラと互角に戦っている。
お嬢のポテンシャルの異常さは、SDの恐ろしさを知っているジャックだからこそ分かるのだ。
まるで相手側のスペックに共鳴して、マネネが潜在する力を振り絞っているかのような……そんな様子であった。
「せやから言うたやん。あのお嬢ちゃんなら行けるかもしれん、ってな。」
この勝負……確かにお嬢の不利かもしれない。
が、実際はどちらに転ぶかはまだわからないのも事実だ。
少なくとも、彼女には0.1%の可能性をこじ開けるだけの度量がある。
そしてついに試合は最終局面へと差し掛かった。
「……さて、そろそろだな。決着を着けよう。」
エンビは左腕をかざし、カラカラへ次の攻撃の指示の準備をする。
今度は相手が先に仕掛けてくるつもりのようだ。
「マッ……」
ホネを真正面に構えたカラカラは、片足をわずかに後方へ下げる。
その構えから出される攻撃は、お嬢でも容易に想像ができる。
「……正面から『フレアドライブ』ね。」
「ふっ、見事。だが分かった所で避けられまいッ!カラカラ、『フレアドライブ』ッ!」
「マーーーーッ!」
エンビはかざした腕を水平に振り、攻撃の合図を出す。
直後、予想通りホネを振りかぶったカラカラは、『フレアドライブ』の推進力でマネネの方へと突進してきたのである。
こうなってしまえば回避は絶望的だ。
かといってマネネ側に防御の手段があるわけでもない。
事実上のチェックメイトと言えよう。
しかしお嬢は最後まで諦めない。
「……狙うは一点!マネネ、『もえあがるいかり』ッ!」
「まーーーねねねっ!」
マネネは正面から向かってくるカラカラへ、再三のブレス攻撃を吐きかけた。
しかしその程度の攻撃がカラカラに通らないことは先程から結果が証明している。
ここまで愚直な攻撃は、一件愚策のようにも見えるが……
「……カラカラの速度が、減衰している!?」
ジャックがカラカラの異常に気づいた。
そう、先程と比べて相手の推進力が僅かに下がっているのだ。
ホネを回転させて盾のように構えた場合は兎も角、今回ホネが置かれているのは正面の一点のみ……すなわち『もえあがるいかり』を完全に防ぎ切ることは出来ない。
少しでもこの攻撃を食らってしまえば『ひるみ』効果が発生し、カラカラの速度は必然的に下がってしまうのだ。
お嬢だってただ闇雲に攻撃を指示したわけではない。
減速の過程を把握していたからこそ撃った、土壇場の確かな一手だったのだ。
少しでも速さに陰りが見えれば、マネネ側にも勝機が出来る。
カラカラがホネを振りかぶり、マネネへと叩きつけようとするその直前だった。
「そこ、ちょっと左!」
「まねねっ!」
マネネは僅かに身をかがめ、相手の左脇へと潜り込むように移動した。
正面切っての攻撃を最小限の労力で避けるべく、お嬢が導き出した最適解だ。
こうなれば、一度攻撃を出してしまったカラカラはすぐには復帰できない。
攻撃をキャンセルするには、あまりにも加速度がつきすぎていたのだ。
ここでカウンターとして近距離の『サイケこうせん』を繰り出せば、形勢逆転の目がある。
正に一か八かの賭けだ。
その時だった。
「………ふんッ!」
エンビが突如、腕を押さえつけてあらぬ方向に捻り始める。
その直後……
なんと地面に向かって振り下ろされたはずのホネは、超次元的な軌道を描いてマネネへと直撃したのであった。
「なっ……!?」
流石に奇想天外過ぎるその攻撃に、見る者は皆呆気にとられてしまう。
ジャックはそのやり方には見覚えがあった。
「……アレはSDの感覚共有を利用した荒業です。カラカラの筋肉に働きかけ、物理法則を凌駕した……ッ!」
正にそのとおり。
SDの力が突き破るのは己の物理的な領分だけではない。
ときにその力は科学法則すらも平気で無視をするのだ。
「まねっ……!?」
突如、有りえぬ軌道を描いたホネはマネネの後頭部へとヒットする。
こんな攻撃を誰が避けられよう。
誰にもマネネを責めることはできまい。
まさしく致命傷級の攻撃だったが、マネネは奇跡的にギリギリの所で耐えている。
よろめく脚を抑えつつも、彼は膝だけはつくまいとカラカラを睨みつける。
だが、この傷では次の攻撃を避けられないだろう。
ようやくの所でマネネが掴んだ最後のチャンスは、あえなく砕け散ってしまったのである。
「そ……そんな……!?」
「……見上げたものだトレンチ。その気概、称賛に値する。だからこそ、俺は貴様に敬意を持って最後の一撃を見舞おう!」
「マッ……!」
彼らはそう言うと、今度こそトドメを刺すべくホネを振りかざす。
不可避、不可防……手詰まりだ。
「マッ……!」
ホネが振り下ろされ、懇親怒涛の『ホネこんぼう』が繰り出された。
「ッ………!」
ジャックは思わず目を逸らす。
お嬢とマネネは確かに健闘したが、こうなってしまえば彼女らの勝ちは絶望的だったからだ。
最早ここに祈りや願いなどの不確定要素が介入する余地はない。
その時……
「痛ッ…………!」
彼らの負けが濃厚になると同時に、彼の腹が急速に痛みだす。
お嬢の敗北はたしかに恐れていたことだ。
が、それでも彼は、ストレスでは説明ができないほどの尋常じゃない腹痛が走っていたのだ。
大の大人である彼が、苦悶の声とともに蹲る。
しかしそんな彼には気にも止めず、試合には間もなく幕が降ろされるのだ。
「…………マ?」
だが、ここでカラカラの腕に違和感が走る。
ホネが何者かに止められたのだ。
まるで、このホネと同じような棒状の何か……に。
そしてそこで、目を開けたカラカラは目を疑う。
カラカラだけじゃない。
それを見ていた者、全員がだ。
「ま……ねねっ!?」
「そんな!?……な……何よアレ!?」
なんとマネネの手には棒状のもの……冷たく輝く、透明なステッキが握られていたのであった。