【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
マネネの手にはいつの間にか、杖のようなものが握られていた。
先端が曲がった、まるで魔法使いが手にしていそうな長杖だ。
握られた杖は、見るだけでも凍りつきそうなほど強大な冷気を放っている。
今にも折れてしまいそうなほどに細い杖ではあるが、それでもその存在感はSDを発現したカラカラにも引けを取らない。
事実、その杖はカラカラのホネを真正面から受け止めてしまっていたのだ。
「マ……マネネ!?」
「まねっ………!?」
その突然の事象には、お嬢も、そして当のマネネでさえも困惑していた。
気づいたらいつの間にか見知らぬ杖が握られていたのだから。
お嬢は状況の把握のため、図鑑を取り出して確認する。
「……は!?」
……が、図鑑のディスプレイには大きなノイズが走り、目の前のマネネをポケモンとしてすら認識していない。
あまりにも説明のつかなさ過ぎる出来事であった。
そしてその様子を見ていたエンビもまた驚愕する。
否、エンビだけではない。
この光景を見ていたバベル教団の者たちは、皆その光景に心を奪われていたのだ。
目の前に映し出されたその姿の真意は、誰の目にも明らかであった。
「凍雪の……秘鍵………!」
凍りつく雪の如き冷徹なその姿は、マネネの二つ名に真に相応しいものだった。
だが、起こった変化はフィールドだけではない。
「ゼェ……ゼェ……………!」
外野のジャックは、血の気を全て持っていかれるほどの激痛に腹を抑える。
あの時の古傷が、何者かに抉り出されるように痛むのだ。
今までもこういった身体の不調は何度か経験していたが、ここまでの痛みは中々にないことだ。
大粒の脂汗が、彼の額を流れていく。
だがその様子を見ていたテイラーは、彼の身を案ずることすらしない。
ただただ興味深そうに彼の顔を覗き込んでいたのだった。
「……ふふ、やっぱりか。まだあの子の繋がりは切れてないようやな。」
「……テ、テイラー……まさか……貴様ッ!?」
ジャックはテイラーに殺意の目を向けつつ、遠ざかる意識を何とか留める。
目の前でマネネに起こっている変化を、彼は見届けないわけには行かなかったのだ。
フィールドでは、マネネとカラカラが正面切っての鍔迫り合いを繰り広げる。
本来であれば腕力はカラカラの方が圧倒的に優勢なはずだが、それでも勝負は互角……否、マネネのほうが優勢ですらあった。
「まっ……ねねっ!」
「マッ……!?」
マネネはやがて杖を思いっきり押し切り、カラカラごとその身を遠くへ弾き飛ばす。
パワーが自慢のはずの、しかもSDを発現したカラカラが鍔迫り合いで負けるなど前代未聞である。
「ク………強いッ!?」
エンビですら、その未知なる力の前には戦慄する。
だが彼が驚くにはまだ早かった。
「ま……ねねねっ!」
窮地に追いやられていたマネネは、手に携えた杖を正面に向けて回転する。
まるで杖の呼び声に従うかのごとく、本人の随意とは別の意識によって行動を起こしていたのだ。
杖の回転は速度をましてゆき、それに伴って大気の気温も急激に低下していく。
空中の水蒸気が凍りつき、マネネの周囲のみを氷の塊が覆っていく。
やがてその氷塊は具体的な形を為し、爆音の奇声を張り上げる。
『Uraaaaaaaaaaaaaaaaaa!』
そう、それは正に巨大な鳥の生首のような物体であった。
「な……」
「何だよアレ……!?」
見る者は皆、その力に驚愕する他なかった。
その物体……無機質なはずの氷でできたその塊は、なんと意志があるかのごとく、極めて生物的に流動していたのだ。
まるでマネネの手よって、氷の怪物が召喚されたかのようだ。
巨大な首のみの怪鳥はマネネを乗せ、冷たく、されど燃え上がるような眼光でカラカラを睨む。
『Ura……』
「マ………」
あまりの威圧感、存在感に気圧され、流石のカラカラも一歩退かざるを得なくなる。
しかし気圧されていたのはカラカラだけではない。
彼と意識を共有しているトレーナー……エンビもその存在の強大さを体感していたのだ。
彼はこの時、生まれてはじめての感情を味わっていた。
……『恐怖』。
否、今までに感じてきた恐怖とはまた違う『恐怖』だ。
負ける『かもしれない』……やられる『かもしれない』……そんなイフの恐怖ではない。
『気を抜いたら確実に敗北する』という最早確信にすら近い恐怖であった。
「ッ、構えろカラカラ!来るぞ……ッ!」
「マッ!」
エンビがその指示を飛ばした僅か1秒後の出来事であった。
「まねねっ!」
マネネは杖を軽く構え、真下に居る怪鳥の頭を突くように叩く。
『Uraaaaaaaaaaaaaaa!』
怪鳥の口は大きく開かれ、そこからは黒と白の入り混じった光線が吐き出されたのである。
『もえあがるいかり』と、……推定『コールドフレア』と思わしき攻撃が交互に、カラカラの居る地面へと照射される。
カラカラはエンビの指示のおかげで間一髪、攻撃を避けることが出来た。
が、それでもだ。
光線の照射された跡地には、焼け跡と凍りついた跡が同時に残る。
摩訶不思議、あり得ざる事象であった。
熱量の概念すらも捻じ曲がったこの攻撃は、最早ポケモンの出していいものではない。
「まねっ!ねっ!まねねーーーっ!」
『Uraaaaa!Uraaaaa!』
しかしマネネは攻撃の手を緩めない。
逃げ惑うカラカラを目掛け、何度も2筋の怪光線を放つ。
「マッ……!マッ……!」
カラカラもまた、脚に『フレアドライブ』を点火した状態で必死にフィールドを逃げ惑う。
言うまでもなく彼の出せる全速力だ。
それほどに彼は切羽詰まっている。
「………チッ!」
意識を共有しているエンビにも、言葉を話す余裕がなくなっていった。
一手でも誤ればたちまち自身が焦土と化す……まさに逃げ惑う獲物のごとき緊迫であった。
「………!」
完全においていかれていたお嬢は、状況をようやく飲み込んだ。
そうだ、マネネに何が起ころうと自分は彼のトレーナーだ。
であれば常にその目で最善手を探り当ててやるのが仕事ではないか……と、彼女は自分の使命を思い出したのだ。
少なくともマネネは一昨日のような錯乱状態ではないし、見た所怪鳥はマネネの支配下にある。
ならばお嬢の指示とアシストだって間接的に有効なはずだ。
お嬢は目を凝らす。
こういう時、決まって『見える』のだ。
そう、相手の出そうとするわずか一手先が。
「……そこっ、右の正面!」
「まねっ!」
「くッ……方向転換だ、カラカラ!」
「マッ!」
彼らは互いの一手先を読み、その度に打つ手を変え、また読み直す……。
「次は左斜め!」
「止まれカラカラッ!」
光線がカラカラを灼こうとし、それが回避される。
飛び避けたカラカラの行く先を、再度次の光線が焼き払う。
「ちょっと……なんだよコレ……」
「俺ら、とんでもないもの見てるんじゃないか?」
彼ら観衆の言う通り。
それは既に常人の領域を大きく逸脱したレベルの応酬であった。
「はぇえ……なんちゅう戦いや……」
テイラーでさえ魅入られ、動けなくなる。
このギリギリの戦いの熱量は、当人同士にしかわからないのだ。
「……そこっ、真正面にブレス!」
「まねねっ!」
『Uraaaaaaaaa!』
怪鳥は正面に向かい、再度光線を吐きかける。
視界が最も開けた角度からの攻撃ゆえ、最も火力も速度も出やすい。
まさに必殺の攻撃である。
……が、それが誤算であった。
正面切っての攻撃であることは、それは相手にとっても同じことなのだ。
「引っかかったな……!カラカラ、ホネを回せッ!」
「マッ……!」
カラカラは正面に向けたホネを再び回転させ、盾のように構えて一直線に突撃してくる。
光線とブレスはカラカラのホネを傷つけ、カラカラの本体にも凄まじい負担をかけていく。
だが、これは怪鳥との距離を最短で詰められる軌道でもあるのだ。
「しまっ……」
やがてカラカラは隙を突き、怪鳥の首筋直下を陣取る。
真上のマネネにとっては死角となる場所……そしてブレスが届かない場所だ。
ここまで来られてしまえば、怪鳥による攻撃は不可能である。
「行くぞカラカラッ!仕留めろッ……!」
「マーーーーッ!」
カラカラの膝に、最大火力の『フレアドライブ』が点火される。
そして膝をかがめると、その反動で勢いをつけて怪鳥の首を駆け上っていったのだ。
ほぼ垂直の首であったが、最早彼の勢いは重力程度に負けるわけがない。
あっと言う間にカラカラは怪鳥の頭頂に上り詰め、マネネの眼前へと再度差し迫ったのだ。
「終わりだ……『ホネこんぼう』ッ!」
「マーーーーーッ!」
最後の一撃がマネネの前へと差し迫る。
だが無抵抗で終わるわけには行かない。
こうなることはお嬢たちだって完全に慮外だったわけではない。
ある程度の準備はしていたのだ。
杖を携えていない方の手を差し出し、マネネはクイックドロウを仕掛ける。
「そこッ!『サイケこうせん』ッ!」
「まねーーーーーッ!」
両者の攻撃は正面切ってぶつかりあい、局所的な大爆発を引き起こす。
正確には怪鳥の冷気とカラカラの高熱による水蒸気爆発なのだが、兎も角彼らの周囲には凄まじい蒸気が舞い上がった。
『U……rrrr……』
怪鳥は姿を保てなくなり、ボロボロと溶けて崩れる。
あまりにも一瞬で存在が消えていくため、水や氷塊などの痕跡すら残らない。
ただの靄と消えていくのみだ。
まさに刹那の幻だったのだろう。
怪鳥が消え去って数秒……その跡地で向かい合うように、カラカラとマネネは立っていた。
「ま……まねっ……」
「マッ………」
両者は睨み合う。
既に自身の膝のみでは立ち上がれないのか、それぞれホネと杖に頼って立ち上がっている状態である。
息を整えつつ、互いに反撃の隙を伺っているのだ。
「頑張ってマネネ!負けちゃダメ!」
「カラカラ……まだだ!まだ勝負は終わっていないぞ!」
トレーナーは互いにポケモンたちへ声援を送る。
彼らにできる最後の後押しであった。
やがて両者は動き出した。
足を前に進め、次の攻撃へ出ようとする。
その直後……
彼らは互いに膝を折った。
そのタイミング、寸分違わず全くの同時であった。
正面からのめり込むように倒れ、ピクリとも動かなくなった。
彼らは完全な相打ちとしてこの勝負に終止符を打ったのである。
「なっ……なんだと……!?」
「な、何が起こってるのか全くついて行けねぇ……エンビさんが分けるだと!?」
呆気にとられていた観客たちは、決着とともにどよめき出す。
どういう反応をすればいいか、彼らには分かっていなかった。
目の前の情報量は、とっくに彼らのキャパを越えていたのだ。
「……戻れ、カラカラ。よくやった。」
「マッ……!」
エンビは一呼吸を吸うと、瞬く間に元通りの姿に戻る。
カラカラも紫の炎に包まれると、姿を戻しボールの中へと入っていった。
するとその直後、エンビはお嬢の方へ歩み寄る。
お嬢は倒れ伏したマネネを抱きかかえつつ、近寄ってくるエンビの方へ顔を向けた。
「……強いわね、アンタ。あんだけの力で勝てないなんて……。」
「それは俺のセリフでもある。トレンチ、貴様は俺が真に敵とみなすに値するトレーナーだ。」
エンビはそう言うと、手を差し出す。
お嬢もまた立ち上がり、彼と握手を交わした。
トレーナー同士が互いを認めあった瞬間である。
惑っていた観衆たちは、ここで遅れて拍手と歓声を送った。
「……次の試合に進むと良い。俺はここまでだ。」
「え……でも引き分けだったんじゃ……」
「俺はバベル教団……この大会の運営側の人間だ。それに、この初戦でお前と当たったのは俺の勝手でもあったからな。」
「……?」
エンビの言うことに困惑する。
それが『バベル教団の総意として、お嬢の実力を見るべく対戦カードを操作した』という意味だったことは、流石に彼女も読み取れなかっただろう。
兎に角、お嬢は無事1回戦を勝ち上がることに成功したのである。
大健闘をした彼女へ、再度拍手が送られた。
さて、そんな観客たちの中にいるジャックとテイラーは何をしていたのだろうか。
「ほぉ、判定勝ちまで持っていったか。やるやんあのお嬢ちゃん。」
テイラーは小さく拍手をし、お嬢の引き分けを称える。
実際、事実上の無敗を貫き続けていたエンビは、この場で初めて白星以外の結果で終わったのだ。
そういった意味では、お嬢のこの戦績は十分すぎる快挙と言えるだろう。
「ゼェッ……ゼェッ………ひ、引き分け……!」
「……お、痛みは引いたか?」
試合が終わると同時に、意識の遠のきかけていたジャックの顔色が幾らかまともになる。
まさに死にものぐるいであった彼は、ようやく言葉を喋れるほどには回復したのだった。
「ゼェッ……『凍雪の秘鍵』……本当に……!」
「なんや、疑っとったんか。あのマネネは正真正銘本物の『凍雪の秘鍵』やで。」
「…………ッ」
ジャックはテイラーの方を睨みつけた。
彼には聞きたいことが山ほどあったのだ。
息を整え、痛みが引いた所でジャックは開口する。
「テイラー。私はアナタに2つ問いたいことがあります。」
「……何や?」
「1つ。アナタはなぜお嬢様をそこまで買い被るのです?この間まで、散々レイン様について自慢気に語っていたのに……。」
「……アンタの気にすることやあらへん。実際、アンタのとこのお嬢ちゃんは強いやろ?」
テイラーは完全に質問をはぐらかす。
肝心なことには答えたようで答えていない……実に曖昧な応対だ。
しかしジャックは敢えて問いたださない。
次の質問のほうが彼にとっては大切だったからだ。
「もう1つ。
……い つ 『 俺 』 の サ ン ド の 墓 を 荒 ら し た ?」