【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
「見るなッ……おれを……『俺』を見るなぁああああああああああああッ!!」
頭を抱えて蹲り、ジャックは発狂する。
そこにはチャンピオンの威厳も、使用人としての面影もない。
『彼』は、ただただ惨めで矮小な存在と成り果てていた。
「ま……まねね?」
マネネが必死に背中を擦るが、彼の叫び声は徐々にひどくなるばかりだ。
「あーあ……スエットちゃん、急に『ジャック』を起こすからッスよ。可哀想に、外側に出てきてアレルギーを起こしてやんの。」
クランガが呆れるジェスチャーを出しながら、ヘラヘラと笑って言う。
だが、スエットは一切意に介さない。
ジャックが発狂している真の元凶であるにも関わらず……だ。
「嫌だッ……嫌だ嫌だッ………!!うわあああああああッ!!」
叫ぶジャックを見下ろし、スエットは言葉を続ける。
「……おはようジャック。はじめまして……ね。」
その声は酷く冷たいものである。
眼前で苦しむジャックの様子など、眼中にもないようだ。
「早速だけどアナタ、てき……」
スエットがそう続けた……その時だった。
彼女の服の胸ぐらを、誰かが掴む。
その手の主は……祭壇に駆け上がったお嬢であった。
「ッ……!?」
「ッッッざっけんじゃないわよ!!ジャックに一体何をしたのよ!!」
お嬢はスエットを強く掴むと、大きく揺さぶる。
その表情は酷く歪み、かつてないほどの憤怒に焦がれている。
スエットは両手で抵抗しようとする……が、その腕力はお嬢すら振りほどけない。
「痛い……離して……」
「えぇ離すわよ……ジャックを開放したらね……ッ!」
お嬢の腕に籠もる力は更に強まっていく。
最早あまりの怒りに、自身をコントロールしきれていなかった。
そんなお嬢の肩に、ポンと手が置かれる。
彼女がゆっくり振り返ると、そこには神妙な表情のエンビがいた。
「そこまでだ、トレンチ。」
「でも……でもコイツはッ……!」
「……ジャックを見てみろ。」
そう言われたお嬢はスエットを掴んだまま、ジャックの方へと目をやった。
「ハァ………ハァッ……うっ……!」
ジャックは大きな息切れと共に、一声呻いて倒れ込む。
そしてそのまま、死んだように動かなくなってしまったのだ。
スエットが何かの呪縛から彼を開放したことは、誰の目から見ても明らかであった。
「………じゃ、ジャック!」
お嬢はスエットを突き飛ばし、ジャックの方へと駆け寄る。
尻餅をついたスエットは軽く咳き込んだ後、お嬢の方をきつく睨みつけた。
そんな彼女を、エンビが諭す。
「災難だったなスエット。だがお前も悪い。すぐにサイコパワーを使うのは控えろ。」
「ケホッ………何が悪いわけ?適合者になるなら『ジャック』しかいないじゃない。」
そう言いつつ、彼らは倒れ伏したジャックに目を向ける。
白目を剝いており、すっかり生気が抜けてしまっている。
「ちょっとジャック!しっかりして!」
「まねね!」
お嬢は開放されたジャックに声をかける。
しかし、一切反応がない。
何度も呼びかけるが、ジャックは振り向く動作すら見せようとはしない。
「……これはダメ。『内側』から呼び起こさないと……。ひとまず別の場所に運ぶわ。クランガ、手伝って。」
「へいへい、了解ッスよーーっと。」
遠くの席に座っていたクランガは、気怠げな伸びと共にジャックの方へと歩み寄る。
「……ん?」
しかしそれは、お嬢が立ちはだかることによって阻まれた。
「……アンタ達、ジャックに何する気!?」
お嬢はクランガを睨みつける。
決してジャックには近づかせまい、と威嚇した。
「……どきなさいトレンチ。」
スエットが冷徹な声で言うが、お嬢が引くわけがない。
彼女はスエットの方を向き吠える。
「嫌よ!」
「……どきなさい。『ジャック』は今から『凍雪の秘鍵』の適合者になるの。」
「何よ、ジャックはとっくの昔に適合者になってるわ!これ以上ジャックが苦しむ必要なんか……」
「……その通りよ。そのジャックとマネネは既に鍵と器として成立している。正確にはマネネの心臓が……だけどね。」
「……!?」
お嬢は驚愕した。
困惑し、そしてその果てに答えへとたどり着く。
あり得ざることだが、この答えが真と仮定すれば全てに辻褄が合う。
『マネネの心臓はサンドから移植されたものであること』
『マネネがエンビとの試合で謎の力発揮したのは、ジャックと共鳴した擬似的なSDであったこと』
これらは皆、マネネとサンドとジャックに関係があったからに他ならないのだ。
「……そう。私達はこれから、ジャックとマネネの接続を確固たるものとする。真理と平和の探求者・バベル教団の名の下に……!」
スエットはそう凄みつつ、トレンチを冷たい視線で睨みつけた。
しかし彼女も負けじと言い返す。
「何が真理と平和よ!そんな訳のわからないこと言う奴にジャックを渡すわけないでしょ!」
「……わからない。その男が協力すれば、多くの人とポケモンが救われる。なのにどうして、そんな一人の男に執着するの?」
軽蔑の表情が、スエットの顔に浮かぶ。
彼女には本気で分からなかったのだ。
大切な人を危ない目に合わせたくはない、というお嬢の至極単純な言い分が。
「……信じらんない。こんな奴に私が劣るなんて……」
「……?」
わけのわからないことを呟くスエットに、お嬢は首を傾げた。
スエットはすぐに咳払いをする。
「……なんでもない。とにかく、ジャックはうちの教団が預かる。さぁ、大人しくそこをどきなさい。」
「嫌って言ってるでしょ!」
スエットとお嬢の言い合いは続き、完全な平行線となる。
最早どちらも、譲ろうという気は無いようだ。
そんな彼らの間に、エンビが仲裁へと入る。
「……そうだな。貴様らはトレーナーだ。ならば問題の解決のためにやることは1つしかあるまい。」
「……どういうこと?」
「バトルだ。元々トレンチはジムに訪れたのだろう?ならばジャックの是非はその結果で決めても問題はあるまい。」
エンビは最もらしく提案する。
だが、スエットは首を横に振った。
「……どうして?こんな正誤が決まりきってること、賭ける価値もない。」
「そうか。つまりお前は認めるんだな。『SDの適合者に選ばれなかった自分は、このトレンチよりも弱い。だから負けるのが怖い、戦いたくない』と。」
「ッ……!」
エンビはスエットの弱みを、ストレートに攻撃する。
彼女の逆鱗を探り当てることは、彼にとって造作も無いことだったのである。
「……そこまで言うなら仕方ない。癪だけど付き合ってあげる。」
「フン……アンタなんかに負けないッ……!」
両者はにらみ合い、憎悪を含んだ激しい視線をぶつけ合った。
ジャックを奪い合わんと、彼女らの間に緊張が走る。
「ではルールは俺が策定する。勝負はシングルバトル。手持ちポケモン5対5の入れ替え式。3本先取での勝利としよう。」
「3本先取……」
いわば団体戦。
一強のポケモンが勝負を左右することを防ぐ目的のルールである。
ポケモンバトルでは比較的頻繁に用いられる形式だ。
ここまでであれば普通の勝負。
だが、ここから先に特殊ルールが加わることになる。
「そしてもう一つ。チャレンジャーの勝利条件に、『スエットより先にフィールドから帰還すること』を追加しよう。」
「き、帰還?」
「まぁ、今にわかるさ。」
エンビがそう言うと、スエットが瞳を閉じる。
そして彼女はジャックの方を向き、大きく目を見開いた。
するとどうだろう、ジャックの存在が徐々に黒ずんでいく。
そして彼の形は徐々に崩れていき、油のごとくドロドロと溶け出していった。
「ちょっ……これは一体……!?」
黒い液体はものすごい速度で礼拝堂を侵食していき、やがてはお嬢の視界すらも塗りつぶしていく。
「……これから私達はジャックの精神世界に足を踏み入れる。私を倒し、先にこの世界を抜ければあなたの勝ち。」
「せ……精神!?」
スエットはそう言うと、液体の中へと飲み込まれて消えていく。
お嬢の意識は理解より先に遠のいていき、やがて溺れるように途切れてしまう。
………かつて無いほど異例な戦いが、今始まる。