【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
テイラーと名乗る女性研究員は、スエットの元へと躊躇なく近づいていった。
スエットは怯え、後退りをする。
相手が何を考えているのか、非随意的に読み取ろうとする……が、上手く行かない。
彼女の思考は、悪意とか善意とかそんな尺度で測れるものじゃあない。
……狂気だ。
異次元の狂気を目の当たりにしかけたスエットは、本能的に相手の思考を読み取るのを止めてしまったのだ。
「怖がらんでもええ。ウチはな、アンタをトレーナーにスカウトしに来たんや。」
「……私を?」
「せや。スモックのおっさんからアンタのこと聞いてな。そないに凄いサイコパワーを持っとるのに、持て余すなんてもったいない。……アンタにはトレーナーの才があるとウチは踏んどるで。」
テイラーはニヤニヤと微笑みながらスエットに語りかける。
その表情からは、何の感情も読み取れない。
しかし彼女にとってこの言葉はどこか懐かしく耳触りの良いものであった。
『才能がある』……それは彼女が亡き両親に言われてきたことの1つ。
長らく存在を肯定されてこなかった彼女にとっては、どうしても気になってしまう言葉だったのだ。
「ウチも2年前まではトレーナーやっとったんやけど……まぁちょい難しかったんやわ。やっぱり才能の無いモンにあの稼業はキツいわ。」
「………。」
テイラーは諦めのジェスチャーとともにそう言う。
……本人の言う通り、彼女は残念ながらトレーナーとしては酷く凡庸な能力しか無かったのだ。
同期にジャックという規格外の化け物がいたことを差し引いても、やはり無才だったと言わざるを得ないトレーナーであった。
「でもアンタは違う。アンタならあのジャックを越えるトレーナーに育つで。」
「……ジャック?」
テイラーは一時間弱かけて、ジャックのことを話す。
彼が兎に角才覚あふれるトレーナーで、引退直前のエンビとの試合まで1度たりとも敗北を味わったことがない……という旨をだ。
実際の映像資料も交えつつ、彼の勇姿をスエットの目に焼き付けていった。
「す……凄い……!」
普段はあまり感情を表に出さないスエットであったが、そんな彼女ですら思わず息を呑んでしまうほどにジャックの戦いぶりは精彩なものであった。
「せやろ?……だけどまぁこの男、散り様はエラく無様なもんでなぁ。」
テイラーは更に、末期のジャックについて話す。
SDという強大な力を手に入れたにも関わらず、最後にはその力に逆に食われてしまった……ということを。
「アイツがあの強大な力を使えていたら、まさに唯一無二の比類なき実力者になっとったんやがな……ホンマもったいない話やで。」
テイラーはため息をついた。
「だがな、アンタにはこのSDの力が使えると踏んでおる。どや?ウチと一緒に来んか?」
「………。」
「今まで誰の目にも止まらずひっそりと生きてきたアンタが、あのジャックみたいに誰からも称賛される最強のトレーナーになれるんや。悪い話ちゃうやろ?」
スエットの耳元に迫り、テイラーは彼女を説き伏せる。
称賛、才能……その言葉が徐々にスエットの内に潜む野心を掻き立てていく。
そしてついに、彼女は折れた。
テイラーに着いていくことを決めたのだった。
ーーーーーそしてスエットは13年ぶりに地下施設を抜け出し、陽の光を浴びることとなる。
その後はテイラーのポケモンに護送され、フウジシティにある別の施設へと行く運びとなった。
まずは基本的なポケモンの相性の記憶や技の効果についての基礎知識などをテイラーから教えこまれる。
これは難なくクリアした。
しかし問題なのは実践訓練。
彼女は普段から相手の思考を読み取って会話をして来たため、口頭でのコミュニケーション能力には大きな欠落があった。
そしてこれは実際のバトルにおいてかなり致命的な欠陥となる。
「何してるんやスエット!はよ指示を出さんとポケモンが困惑するで!」
「……ラルトス…………ねん……りき……。」
スウエットは、まるでゴニョニョが鳴くかのようにか細い声で呟く。
当然、ポケモンには届かない。
何度も何度も模擬戦で訓練を行っていたが、彼女の腕が上達する気配は一向に現れなかった。
「……ふぅ。今日はここまでやスエット。ったく、作戦を講じる力はあるのに会話がからっきしやもんなぁ……。」
「………ごめんなさい。」
スエットは項垂れる。
何日も何日も訓練を重ねたが、一向に上達しないことに彼女は歯がゆさを覚えていたのだ。
超能力であれ、その制御訓練であれ、彼女はいままでこういった挫折を経験したことは一度もない。
……ここに来て「才能がない」という事実を飲み込むのは、あまりにも恐ろしいことであったのだ。
「せやな……順番は前後するけどしゃあないわ。ちょいこっち来てみ。」
そう言ってテイラーは、スエットを別の部屋まで案内する。
彼女が通されたのはテイラーの研究室……書類と数多のモンスターボールが山積みにされた空間であった。
テイラーは棚の中からモンスターボールを1つ取り出し、中からポケモンを呼び出す。
「出てこい、ピカチュウ。」
「じじっ!」
そして中から呼び出されたのはピカチュウ……否、ただのピカチュウではなかった。
尻尾が切り落とされたのか、極端に短くなっている個体だったのだ。
読者諸兄は恐らく既に予想がついているだろうが、このピカチュウは後にレインのポケモンとなる個体である。
「コイツはピカチュウ。『迅雷の秘鍵』と呼ばれる特別な心臓を持ったピカチュウや。」
「……『秘鍵』ってもしかして……」
「せや。このポケモンは、『適合者』になるトレーナーがいればSDを発現させることが出来る。」
テイラーはピカチュウの頭を軽く撫でてそう言った。
SDの過程に関しては、ある程度のことはテイラーから聞いていた。
しかし実際に目の当たりにすると、『特別なポケモン』とやらは本当に何の変哲もないピカチュウであった。
「アンタの問題点はコミュニケーションのみや。しかしな、SDの適合者になればその問題もなくなる。なんせSDはポケモンと意識をシンクロさせられるんやからな。」
「……でも、それは私でいいの?」
「SDの発現に関しては、特殊な体質の持ち主じゃないとまず上手くいかん。その点アンタはサイキッカー……可能性は十二分にあるで。」
当時、SDに関しては報告例がほとんど存在しないため明白なことはわからない。
しかし共通点として、先ほどテイラーが述べた事実があるのもまた間違いない。
「ホンマならアンタをある程度トレーナーとして鍛え上げてからSDの適合者にするつもりだったんやが……まぁしゃあなしや。」
テイラーはそう言った後、『迅雷の秘鍵』……ピカチュウをボールへと戻した。
「明日、アンタの腕にピカチュウの尻尾の皮膚片を埋め込む。そしたらアンタは晴れて迅雷の秘鍵の器……適合者の仲間入りや。」
「適合者……私が……!」
スエットは期待に息を呑む。
これで自分はトレーナーとしての第一歩を歩める……と。
ようやく、他人に認められる才を手に入れられる……と。
ーーーーーその翌日、スエットはテイラーの手術の元でピカチュウの皮膚片を埋め込むこととなった。
いよいよだ、いよいよだ……と期待に胸を躍らせつつ、スエットは麻酔の吸入を受け付ける。
「ほな、暫く寝とってな。目が覚めたらアンタは晴れて『迅雷の秘鍵』の適合者や。」
遠のくテイラーの言葉に、スエットは小さく頷く。
そのまま彼女は深い眠りに堕ちた。
数秒の闇の後……スエットは再び目を覚ます。
否、無理やり現実に引き戻された……とでも言ったほうが良いだろう。
「…………?」
彼女はゆっくりと目を開く。
その直後だった。
彼女は自身の頭に猛烈な重量感を感じる。
「…………!?」
視界にノイズが走り、巨大な雑音が聞こえ、空気が酷く臭う。
あまりに多様な不快感が襲ってきたため、スエットはそのまま手術台から転落して床を転げ回る。
「あ゛ッ………ああ゛ああ゛ああ゛あ゛あああ゛あ゛ああ゛あッ!!?」
痛いとか苦しいとか……そんな言葉で形容できる感覚ではなかった。
スエットは自分の意志とは反してのたうち回る。
……否、既に彼女自身の意志などそこに存在はしていなかった。
「あ……アカン。拒絶反応か……!おい、大丈夫かスエット!?」
テイラーは暴れるスエットをなだめようと、声をかける。
「だああ゛あああ゛あっ……俺はこんなものッ!………ダメだ、ワシは嫌だッ!離せ、これは僕のッ……うわああ゛あああ゛あああ゛あああッ!」
しかし彼女がそれを聞き入れることはない。
支離滅裂な言葉を叫びながら、ただただ断末魔のような叫び声を上げ続ける。
「チッ、多重人格か……!」
すぐにテイラーはその症状を見抜いた。
何が起こったかを端的に説明すると、まずスエットはピカチュウの皮膚片に対して拒絶反応を起こした。
つまり、適合者としての適性が存在しなかったのである。
しかもその拒絶反応と併用して、彼女の中から目覚めてしまったのだ。
……嘗て彼女が食い潰した者達の魂が。
それぞれが別の人格となって、スエットの表層に這い出てきてしまったのだ。
這い出た魂は外気の不快感に悶絶し、宿主である彼女の意志と関係なく暴れまわってしまっている。
加えて、抑えていたはずのサイコパワーまでもが再発してしまっている。
「ちいッ……頼むでイオルブ!『さいみんじゅつ』で押さえつけたれ!」
テイラーはすぐに棚からボールを引きずり出し、ポケモンを呼び出す。
「しゃりりっ!」
ボールから勢いよく飛び出したイオルブは、暴れまわるスエットの眼前へと飛び出す。
彼女の目を見つめると、一瞬のうちに彼女を……否、彼女の意識を落としてしまったのだ。
「………。」
スエットは死んだように大人しくなり、その場に倒れ伏す。
「……ふぅ、コレはアカンわ。とてもじゃないけど適合者どころの話じゃあらへん。」
ーーーーー結局、再度の手術に寄ってスエットの右腕からは皮膚片が取り除かれた。
しかしこの手術の失敗は、彼女に大きな傷跡を残すこととなる。
まず、彼女の中に眠っていた『飲み込んだ人間の魂』が顔を表すようになってしまった。
……正確に言えば、「近くに居る生命体に呼応して特定の人格が呼び出される」ようになってしまったのである。
これで彼女はただでさえ抱えていたコミュニケーションにさらなる問題を抱えることとなってしまった。
常に多重人格に悩まされ、情緒不安定な状態で会話をするのだから当然だ。
この結果を知ったテイラーは失望した。
彼女は本気でスエットを最強のトレーナーに仕上げようとしていたのだ。
しかし結果はこのザマだ。
「アカン……これじゃジャックを超えるレベルのトレーナーにはならん……!」
少なくとも、SDも使えずまともなバトルの才能も開花しない以上は、テイラーの求める基準には到底追いつかない。
頭を抱えるテイラーの姿……
それをスエットは、扉の陰から息を潜めて覗き込んでいた。
「………。」
彼女は初めて、はっきりとテイラーの心の声を聞いた。
期待を裏切ったスエットに対しての失望……諦観。
とても、とても悲しいものであった。
誰も責められない。
全ては自分に才能がなかったから起こったことだ。
無才が、無能が、彼女たちを悲しませた。
結局、スエットはこの後自主的にトレーナーを目指すことを断念することとなる。
ーーーーーしばらくして、手術の傷跡が消え始める頃。
テイラーはスエットに提案をする。
「せや、スエット。……アンタ、『人を救いたい』とは思わんか?」
「………救う?」
つまりはこういう事だ。
「『宗教』ってあるやん?『神』っていうわかりやすい基準を作ってそれに人が縋り付くんや。」
「………知ってるけど。それが何?」
「あれをな、アンタが作るんや。ほら、アンタが飲み込んだ人格の中に『教皇』っておるやろ。アレを使うんや。」
テイラーは脚を組み替え、更に続ける。
「アンタは確かに、トレーナーの頂点には立てないかもしれない。でもな、別の形で人を救うことは出来ると思うんや。」
このやり取りが、のちのバベル教団の始まりとなった。
ーーーーーテイラーの計画はこうである。
知り合いであるダフが率いる暴力団を介し、社会的に困窮した者へ声をかける。
借金で追われた者、薬漬けで精神が壊れかけていた者、暴力団内に居場所がなくなった者……
そんな人々を、テイラーは更地となったスネムリタウンの跡地へと集めた。
そこに集落を作り、彼らの生活を保証させる。
……そして夜。
彼らが寝静まった時。
スエットはある超能力を展開する。
『他人の精神世界を展開し、その中を旅する』という能力だ。
心の奥深くにまで侵入し、ある程度の制約の下で自由に動くことが出来る。
しかしそんな人々の精神は脆く、完全に荒れ果てていた。
そこでスエットは、曖昧な『神』の像を心の中に映し出す。
加えて幾らかの不安要素を取り除いてやる……いわば『実働的なマインドコントロール』とでも言える行動だ。
これをスエットは住人たちに毎夜毎夜、抜かりなく行っていたのである。
こうすることで、作為的な『信仰心』を植え付けていったのだ。
やがて彼女のマインドコントロールによって支配された人間は、新興宗教『バベル教団』の啓蒙活動に駆り立てられる事となる。
バベル教団の知名度は密かに広まっていき、やがては集まった信者たちに寄って1つの街を形成するほどの規模となった。
こうして再興されたのが今のスネムリタウンなのである。
スエットは体よく、バベル教団の長として君臨することとなった。
悩める信者たちを教え導くものとして、でっちあげの『神の教え』を掲げ続けた。
テイラーが何故このような宗教を設立したのか、スエットには知る由もない。
……そもそも興味などなかった。
心の底では、こんな偶像に縋り続ける人間をどこか馬鹿にしていたフシすらあった。
しかし同時に同情もした。
何かに縋らないと生きていけないのは、彼女も同じだったからだ。
「自分には『教皇』という役割がある」
「これは立派なことだ」
「決して落ちこぼれなどでは、ましてや誰かの劣化などではない」
そうでも思っていなければ、そんな盲信に縋っていなければ、彼女は既に正気を保てなかった。
……だが現実は残酷だ。
しばらくして、テイラーはスエットに見切りをつけた。
そして何処からかレインという少年を拾ってきて、『迅雷の秘鍵』……ピカチュウの器へと仕立て上げた。
加えて、志願者として新たな男が名乗りを上げた。
エンビというトレーナーの所有していたカラカラが『獄炎の秘鍵』の所有者だったため、彼もまた適合者へと成り果てた。
結局、テイラーが手掛けた人物の中で、選ばれなかったのはスエットただ一人だったのである。
『教皇』なんてものは、落ちこぼれの受け皿に過ぎなかったのだ。
名義上のジムをスネムリタウンに開設したのも、ジャックが離席した『凍雪』の器の代理人を探すための撒き餌だったのである。
先に「祭典」を挟むのも、その作業の効率化のためだ。
そして最終的に目標は果たされ、トレンチという人材が見つかった。
だがトレンチが適合者であると認めることは、それ即ち……スエットが彼女に劣ることを認めることとなる。
ジャックに負けるのであればまだいい。
あれは規格外の天才だ。
だがトレンチは違う。
ただ生まれが裕福だっただけの、凡庸な人間だ。
そんな人間に負ければ、彼女の誇りはいよいよ失われる。
だからこそ……だからこそ、この戦いで彼女はなんとしてもお嬢に勝つ必要があるのである。
ーーーーー自身の過去を、吹雪の中語り終えたスエット。
そんな彼女の言葉を、お嬢は最後まで真剣に聞いていた。
「……笑わないのね。」
「……笑えるわけないじゃない。」
当たり前だ。
テイラーに都合よく扱われ、最終的に彼女は見限られたのだ。
それはまさに、お嬢が最も恐れることであった。
同情の念の1つや2つ、湧くのも無理はない。
「でも……アンタはそこまでして適合者になりたいの?」
「……。」
お嬢の問いに、スエットは黙って頷く。
彼女が強さを求める気持ちも、今ならばわかる。
だからこそ非難はしない。
……代わりにお嬢はこう告げた。
「じゃあ、最後までこの世界でジャックの事を見ておくことね。それでも答えが変わらないなら、好きにすれば良いんじゃない?」
彼女の顔は、いつになく険しかった。
若干の引きを見せるが、スエットは相変わらず
「……変わらない。答えは……きっと変わらない。」
とだけ述べた。
「……あっそ。」
お嬢は木の洞の外へと目をやる。
すると荒れていた吹雪が晴れ、陽が顔を見せようとしているところだった
気温は相変わらず酷いものだが、それでも前が見えるだけマシというものだ。
ゆっくりと穴から出たお嬢は、周囲を見渡す。
驚くほど静かで、雪だけの斜面は非常に見通しが良い。
……だからこそだ。
お嬢の目には、すぐ彼の姿が飛び込んできた。
腹部から大量の流血をしている……彼の姿が。
「じゃ……ジャック!?」
胸に抱えているのは、ぐったりとしたサンドであった。
そしてそれ以上に青ざめたジャックは、おぼつかない足取りで下山をしている。
そう、これは7年前……雪山の時の記憶。
サンドが雪崩で癇癪を起こし、ジャックを傷つけた時の記憶。
……ジャックが『凍雪の秘鍵』の適合者として変容してしまったあの時の記憶だ。
「もう少しだからな……頑張れよ、サン……ド……」
しかしこんな怪我を負いながら、まる一晩も山を下っていたのだ。
体力が持つわけがない。
ジャックはすぐにその場でよろめき、倒れ伏してしまった。
「ッ………!」
お嬢は目を逸らしたかった。
この後ジャックは助かることは知っている……が、それでもだ。
ここが彼とサンドの破滅の始まりであることを考えると、辛くなってしまうのだ。
「………。」
木の中から様子を見ていたスエットは、息を呑んでジャックらを見つめていた。
お嬢はそんな彼女の方を振り返り、一言。
「ここからよ。……ちゃんと見ておきなさい。」
スエットを諭し、同時に逃げ腰の自分の心に鞭を打つ言葉であった。
「ッ………。」
スエットは押し黙る。
お嬢の表情に、彼女が返せる言葉はなかったのだ。
その瞬間、世界の崩落が始まる。
ちょうど場面が変わるところだ。
いよいよだ。
ジャックの破滅劇はクライマックスへと突入する。