【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
「……私が……負けた……!?」
スエットはその場で膝から崩れ落ちる。
5本全ての勝負を経ることなく、お嬢はをスエットを見事撃破したのだ。
「………。」
お嬢は座り込んだスエットを、ただじっと見つめるのみだった。
自然と、喜びの感情は上がってこない。
確かにスエットはかなりの強敵であったことは間違いない。
まだ勝利条件の一つを満たしたに過ぎないからだろうか。
否、そうではない。
……いよいよ目前に迫ったからだ。
ジャックの記憶史上、最悪のシーンが。
「……立ちなさいスエット。もうじきこのスタジアムで始まるわ。」
「……何が?」
俯き続けるスエットへ、お嬢は答えた。
「……見なくちゃいけないものよ。アタシたちが。」
お嬢は座り込んだスエットの手を取り、引き上げる。
そしてそのまま、スタジアム脇まで2人は歩んでいった。
彼女らが退いたと同時に、時は動き出した。
大きな歓声に包まれて登壇したのは無敗の来訪者・エンビと、無敗のチャンピオン・ジャックであった。
「……随分と真剣な表情だな。一度くたばったと聞いたときには驚いたが……その分なら心置きなく戦えそうだな。」
エンビは笑顔を浮かべつつ、言葉を並べる。
普段から退屈そうにしている彼としては、非常に珍しい表情であった。
一方の髪色が大きく抜け落ちたジャックも、彼の言葉に返事をする。
「ハッ、抜かせ。元からお前は俺を全力で潰す気の癖に。」
「うぃるる!」
ジャックとサンドの表情は、強気な言葉と対照的に硬直する。
彼は生まれてはじめて、自分に並び立つレベルの強敵を前にしたのだ。
高揚と緊張と期待と不安と……様々な感情が複雑に入り乱れていた。
しかしそんな中でも、ジャックの思いは確かであった。
……勝ちたい。
何が何でも、あのエンビというトレーナーに勝ちたい。
そのためにこの1年、かつて無いほど修練を積んだのだ。
それこそ文字通り、己が身をも削って。
両雄がボールを構えた。
彼らの決戦が、いよいよ始まる。
「ッ………。」
観客のお嬢が固唾を飲むと同時に、試合開始のホイッスルが鳴った。
ーーーーーエンビとジャックの決勝戦は、まさに白熱した試合展開だった。
両者一歩も退かず、凄まじくハイレベルな攻防が繰り広げられていた。
あのジャックが苦戦する、という普段では見られない光景に会場も大きく湧き上がる。
どちらが勝ってもおかしくない、まさに頂上決戦に相応しい戦いだったと言えよう。
そして試合は大詰め。
ついにエンビもジャックもラスト1匹を残すのみとなった。
フィールドではファイヤーとサンド……互いの切り札級のポケモン同士が対峙していた。
「……まさかこの俺のチームがここまで追い詰められるとはな。面白い……実に面白いッ!」
「……それは俺のセリフだぜエンビ。俺だってこんなギリギリの戦いは生まれて初めてだよ。」
両者が浮かべていたのは、もはや狂気と言っていいほどの笑顔であった。
完全に飲まれている……否、この試合会場を喰らい尽くそうとしてすらいる。
「行くぞサンド。俺たちのフルパワーをアイツらに見せつけてやれ!」
「うぃるるッ!」
ジャックは自身のシャツを僅かにめくる。
そして腹部に自身の指を付き立て、やや深くに突き刺していく。
「ッ………!」
ポケモンの肉体が埋まった箇所の自傷……SDの起動動作だ。
ジャックの腹部から凄まじい冷気が溢れ出、サンドの肉体も呼応して真白の霧へと覆われる。
やがて一瞬のうちに肉体が大きく伸長し、姿が変化した。
背中に岩と氷のたてがみが映え、爪と前腕が大きく伸長する。
全身に凍てつくような冷気を纏い、体表は鋼鉄のごとく硬化した。
さらに黄色かった全身は、空色と黄土色の入り混じった体色へと変化したのだ。
ジャックの肉体も、身体の所々が完全に凍りついてしまっている。
サンドと意識が繋がった結果、彼の身にも変化が生じたのである。
それは『凍雪の秘鍵』たるサンドとその器であるジャックが、SDの力を発現させた姿に他ならなかった。
「これが……ジャックの……!」
「………!」
お嬢とスエットが息を呑むや否や、サンドは即座に攻勢に出る。
意識が接続されている故、言葉の指示を必要としないからだ。
サンドの薙ぎ払いで投げ飛ばされた『ストーンエッジ』が、ファイヤーへと襲いかかる。
「ッ、避けろファイヤーッ!」
「ウラァアアアアアッ!」
あのファイヤーが、とっさに高度を上げて回避行動を取った。
それほどにサンドの猛攻は凄まじかったのである。
しかしサンドのこの攻撃はあくまでも陽動。
直後、サンドは大きく跳び上がりファイヤーの喉元まで差し迫った。
「バカな……とても跳躍のみで出せる高度ではない!」
エンビは唖然とする。
当然だ、地面からの高度は数十メートルはある。
しかしこれがSDの力なのだ。
物事の可否は簡単に捻じ曲がる。
「うぃるるるッ!」
そしてありえない高度から、巨大な爪の攻撃がファイヤーを容赦なく切りつけた。
俊足の『メタルクロー』攻撃だ。
「ウラッ……」
「ファイヤー!」
墜落するファイヤーを、サンドパンはさらに真上から攻撃する。
全身の回転を生かした突撃……『ころがる』だ。
「うぃるるるーーーーッ!」
重力を超え凄まじい速度で落下するサンドは、そのままファイヤーを巻き込んで地面まで落下する。
その姿は、さながら蒼き彗星のごとき脅威であった。
既にこの一瞬のやり取りで、ファイヤーは瀕死寸前まで追いやられていた。
ジャックのSDは、それほどまでに圧倒的な力を誇ったのだ。
彼の勝利まであと一手。
決勝戦の最終試合は、あっけなくももうすぐ決着がつこうとしていた。
エンビの頬が自然と緩む。
そしてジャックは最後の一撃を、サンドとともに繰り出そうとした。
……その直後。
「うぃ……るるるるッ!」
サンドが不自然な唸り声を上げる。
「さ……サンド!?……ッ!」
その異変は、感覚を共有しているジャックにも伝わってきていた。
彼の視覚に、聴覚に……大きなノイズが走る。
「せ……接続が途切れかけてる……くッ!」
上空から落下してきたサンドはバランスを崩し、ファイヤーに与えるはずだった攻撃を全く別の場所へと放ってしまったのだ。
「うぃ……るるるる………!」
彼の目線は定まっていない……様子がおかしいのは誰の目にも明らかであった。
サンドはふらつきながら首をもたげ立ち上がる……その後、すぐ一瞬。
投擲した『ストーンエッジ』が、一瞬にして倒れたファイヤーの脚を貫く。
否、ファイヤーだけではない。
「ッ………!」
「え、エンビ……肩が……!」
なんと、流れ弾でエンビが肩を負傷したのである。
トレーナーがポケモンの攻撃で負傷するなど、前代未聞だ。
流石にジャックはサンドを制止しようとする……が。
「おいサンド!トレーナーを攻撃するな……さ、サンド?おいサンド!」
「う゛ぃる゛る………!」
彼は聞く耳を持たない。
ジャックの感覚共有すらも受け付けず、独断でファイヤーの懐まで飛び込んでしまった。
「う゛ぃるッ……う゛ぃる゛るる゛るるる゛ッ!」
鋭い爪が、深く深くファイヤーの身体を抉る。
「ウラッ……!」
苦悶の声を上げて抵抗するファイヤーなど、サンドの視界には入らない。
普通、ポケモンは本気のバトルの際でも本能的に力の一部を制御している。
もし仮にポケモンが100%の本気を出せば、文字通りの『殺し合い』に発展しかねないのだ。
しかしこのサンドの目に浮かぶもの……それは『殺意』そのものである。
SDのせいで体内のエネルギーが暴走し、湧き上がってはならぬ感情に歯止めが効かなくなってしまったのだ。
「サンド……ッ、止まれ!止まれって……!」
ジャックが必死に訴えかけるが、サンドは応答しない。
「クソッ……エンビ、ファイヤーをボールに戻せッ!」
「ッ………!」
尋常じゃない事態と判断したエンビも、やむなくファイヤーを引っ込める。
こうなってしまえばもうバトルどころではない。
「おいサンド!俺だ!俺の声が聞こえるか!?サンドッ!」
「う゛ぃ……るる゛………」
サンドがジャックの方を振り向く。
そしてゆっくりと歩み寄っていき……
「うぃる゛る゛るる゛ーーーーーーッ!」
サンドはジャックの身体を爪で斬りつけた。
「ぐっ………!」
ただでさえ痛む腹部に、更に大きく傷が入る。
「無茶だジャック……殺されるぞッ!」
「し……知るかッ!こうなったら俺しか止められないんだよ……くッ!」
苦痛に表情を歪めつつも、ジャックはサンドを抱きしめて抑え込む。
雪山で彼をなだめた時と同じように……だ。
肌が焼けるほどの冷気を放つサンドに触れ、ジャックは声をかける。
「俺だサンド……戦いはもう終わったんだ。もう帰ろう……な?」
「う゛ぃる………ゔぃるるる゛るるッ!」
サンドの表情がやや緩む……が、すぐに殺意を帯びた表情へと戻ってしまう。
ジャックに押さえつけられていたのを、『ころがる』で無理やり振りほどく。
「ぐあッ……さ、サンドッ………!」
「うぃる゛るる゛るーーーーッ!」
行き場のない殺意が、憎悪が、あろうことかジャックに向けられてしまっていた。
肋骨が数本砕け、彼はその場で倒れ込んでしまう。
最早サンドに正常な判断力はない。
ただただ情動に駆られて暴走するのみだ。
だが、ジャックの目にはそうは写っていなかった。
彼は考えた。
「……俺が……俺がお前をバトルに無理やり連れ出すから……!あの時トレーナーを辞めていれば……!」
……これはサンドから与えられた罰なのだと。
『勝ちたい』という身勝手でSDの力に溺れ、突き進み、サンドの危険を顧みなかった自身への罰なのだ……と。
「すまない……俺が……俺が悪かった……!」
ジャックは既に遅い後悔と共に、言葉を口にする。
傷だらけの身体で無様に倒れながら精一杯の後悔とともに。
決してこんな痛みではサンドの苦しみなど理解できるはずもないと知りながら。
だがその言葉は、奇跡的にもサンドへと届く。
「…………うぃる!?」
一瞬だけ正気に戻ったサンドは、ジャックの姿を目の当たりにする。
自身によって傷つけられ、その場で倒れ伏したジャックの姿を。
サンドは彼の身を案じ、ジャックの方へと駆け寄った。
……その直後。
彼は何もない場所で、前のめりに倒れ伏す。
そして小刻みな痙攣を起こしたかと思うと、全身の鱗がボロボロと抜け落ち始めたのだ。
「サンド……!?お、おいサンド!?」
反動だ。
SDの力が暴走した反動が、サンドの身を一気に襲ったのである。
これまで使ってきたSDで、彼の身には僅かな綻びが生じ続けていた。
そしてその綻びは、先の暴走をきっかけに一気に広がってしまったのだ。
「しっかりしろサンドッ……おい、返事をしてくれッ……!」
ジャックは痛む全身に鞭を撃ち、サンドを抱きかかえる。
そしてすぐに医務室を目指し、バトルフィールドから走り去ってしまったのであった。
会場がどよめく中、『最強無敗』同士の決着はエンビの判定勝ちで幕を閉じた。
「……ねぇトレンチ、このサンドって……。」
お嬢の隣にいたスエットが、不安げに尋ねる。
「……助からないわよ。」
お嬢は冷たく、突き放すように答えた。
自身の知る真実を。
「ジャックは生まれたときから一緒にいた家族をここで失ったわ。アンタと同じでね。」
「………!」
加えて彼女は、スエットの傷口に言葉を突き刺す。
まるで『コレが現実だ』と見せつけるかのように。
「まね……」
隣のマネネは震え上がってしまっていた。
これが、自分と同じ心臓を持つ者の末路だと知って。
お嬢の目には涙が浮かんでいた。
それでも彼女は、至って冷静な声で語り続ける。
「……いい、スエット?アンタが欲しがってた力はこういうもの。自分の大切なものを、尽く不幸に貶める力なの。」
「……何故?何故アナタは他人の事を語れるの?」
スエットは震えながら、再度お嬢に問う。
まるで自分の苦しみのように言葉を綴るお嬢は、彼女にとってはさぞ不可解だっただろう。
「……『彼』が苦しそうだったからよ。」
「……『彼』?」
「そうね。『彼』はずっと罪を背負っていたわ。見てらんなかったわよ……。」
お嬢は答えた。
あの時、夢の中で会ったジャックに似た顔の男を思い出しながら。
「………それってもしかして……。」
スエットが言葉を述べようとした……その時だった。
目に映る視界が徐々に紙屑と化し、舞い上がっていく。
世界が崩れ始めたのだ。
「……!?いや、違うッ……!」
スエットは瞬時に違和感を感じ取る。
今までの崩れ方ではない。
世界の裂け目が、あまりに不自然な形すぎる。
まるで何者かに人為的に引き裂かれているかのような……
「……何かが……何かが来るッ!」
スエットの言葉が、恐怖とともに虚空へ消える。
そして世界は完全に崩落し、彼女らは底なしの奈落へと堕ちていった。
だが意識は途切れない。
彼女らは逸れることもなく。そのまま暗闇の中に立ちすくんでいた。
「こ……ここって……!?」
「まね……!?」
そこは具体的な風景ではない、曖昧な異空間であった。
コレもジャックの記憶だというのだろうか。
「………トレンチ、静かに……!『何か』が来るッ………!」
スエットが恐怖の表情とともに、震えながら周囲を見渡す。
彼女の一言の後、お嬢の背中にも悪寒が走った。
本能が警告している……!
悍ましくも懐かしい『脅威』が、彼女らへと近づいてきていることを……!
やがて闇の中に、僅かな光が走る。
光は形を成し、目の前に生物の姿で現れる。
『………マ゛エ゛………ラ゛ッ………!』
「………こ、コイツは……レイスポス!一体何で……!」
彼女らを震え上がらせていた生物の正体は、レイスポスというポケモンであった。
しかしいったい何故こんなポケモンが彼女らの前に居るのだろうか。
だが、レイスポスを目の当たりにしたお嬢の反応はスエットと違った。
恐怖に震えつつも、彼女は別の事を感じていたのだ。
「ち……違う……これは………!」
彼女はわずかに言葉を紡ぐ。
……が、残念。
それを聞き届けることなく、レイスポスはお嬢へと襲いかかってきた。
「よ、避けなさいトレンチッ……!下手したら私達……
ここで殺されるッ!」