【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
「下手したら私達……コイツに殺されるッ!」
スエットはお嬢の服の袖を引っ張り、すぐに引き上げる。
膝の真横を間一髪、レイスポスの後ろ蹴りが鋭く通過していった。
「ッ………!」
『オマ゛エ……オ゛マエオマ゛エ゛オ゛マエ゛エエエエエエッ!』
レイスポスは完全に理性を失い、敵意を剥き出しにしながらお嬢らの方を向いている。
その腹の底から怒り狂ったような声は、とても聞くに堪えないものであった。
だが、この声をお嬢は知っている。
それは何より、聞き慣れた声だった。
「………ッ!」
だからこそ、目の前のレイスポスが自分を攻撃する理由がわからなかったのだ。
それに、ここはジャックの精神世界のはずだ。
登場人物がお嬢やスエットに干渉することはありえない。
あるとすれば可能性は唯一つ……。
「ねぇ!聞こえているんでしょ!?アタシよ!トレンチよ!」
お嬢は必死に呼びかけた。
怒りで我を忘れ、レイスポス……否、容貌が変わり果てた『彼』に。
だが、彼女の言葉は届かない。
『……マレ……ダマレ、ダマ゛レエ゛エエエエ゛エッ!』
……否、『届いているが、理解を拒まれている』と言ったほうが正しいだろうか。
どのみち話し合いを望める相手ではない。
「何をしているのトレンチ……!早くあなたも反撃を……!」
「ッ………ッーーーー!」
声にならない声が、お嬢の喉から溢れ出す。
その感情の軋轢は、氷河でマネネを攻撃しなければならなかった時の比ではなかった。
だが、時は一刻を争う。
ちょうどサンドの惨劇を見たばかりだ。
『彼』がああならないとも限らないのである。
腹を決めねばいけない。
「ッ………!お願いマネネ、『彼』を止めて!!」
「まねっ!」
マネネはお嬢の指示を受けるやいなや、レイスポスの方向へと『サイケこうせん』を放つ。
狙うは一点……急所の肘元である。
迅速な不意打ちでの短期決戦を狙ったのだ。
だが攻撃は虚しくもすぐに回避されてしまった。
『ラッ………ラア゛アアア゛アッ!』
「は、速いッ……!」
図体が大きい割に、足があまりにも俊敏すぎる。
「まねっ……!まねねっ……!」
マネネも『サイケこうせん』を連射し、レイスポスを仕留めようとする……が、相手は最小限の傾きで攻撃を掻い潜ってくるのだ。
『オレカラ……オレカラデテイケッ……!デテイケェエエーーーーーッ!』
そして身を屈め、猛突進とともにマネネを踏みつける。
「まねっ……!」
「ま、マネネ!」
体格差が祟り、この『ふみつけ』で大きなダメージを受けてしまう。
しかも1度や2度じゃない……短時間で正確に4発もマネネを踏みつけたのである。
「マネネ急いでッ!『サイケこうせん』ッ!」
「ま……まねっ!」
レイスポスに馬乗りにされている中、マネネは当てずっぽうの『サイケこうせん』を至近距離で発射する。
前足の外側を射抜かれたレイスポスは、ようやくバランスを崩しかける。
その隙を見逃さず、マネネはすぐに相手の懐から抜け出した。
だが相手の復帰はあまりにも速い。
すぐに体制を整えると、すぐに次の攻撃の態勢へと移る。
『デテイケ……デテイケ……』
レイスポスの周囲に浮かび上がるのは漆黒の邪気を纏ったエネルギー弾だ。
喰らえばひとたまりもないことは確実である。
『オレカラ、デテイケェエエエエエエエエエエッ!』
咆哮と共に、エネルギー弾がミサイルのごとく乱射される。
ゴーストタイプの大技『アストラルビット』だ。
「落ち着け………よし、マネネ!右後ろに走って直後に跳んで!」
「ま……まねっ!」
お嬢はギフテッドの未来視と共に、マネネに回避の指示を出す。
軽い身のこなしで、彼はなんとか『アストラルビット』の連撃を回避していく。
だが、いくら未来が見えても物量的な限界がある。
『アストラルビット』の最後の弾が、マネネの肉体に直撃する。
「まねねっ……!」
「くっ、やっぱり避けられないッ……!」
お嬢はコレでも被害を最小限に留める軌道を選択した……が、どうしても致命傷は免れなかったようだ。
マネネはその場で倒れたまま、ほとんど動けなくなってしまった。
「マネネッ……くっ……!」
図体が大きいことに加えて、速度・精度があまりにも高度すぎる。
一筋縄では行かない相手であることは、火を見るより明らかだ。
しかしお嬢はそれ以上に、レイスポスの発した鳴き声に引っかかりを感じる。
「『俺から出ていけ』……?やっぱり……あれは……!」
お嬢が何かに気づいた直後、レイスポスの目線がこちらに向く。
『オレカラ……デテイケ……!』
「ッ………!」
だがお嬢は違和感を感じた。
相手が見ているのは自分よりもっと遠くの何かだったからだ。
「そうか……!」
彼女の中には答えが出かけていたが、今の行動で仮定は確信に変わった。
目の前のレイスポスが何者で、なぜ自分らを襲っているのか。
そして答えにたどり着いたお嬢は、すぐに振り向き叫ぶ。
「スエット……レイスポスの狙いはアンタよ!アンタに無理やり起こされたことで、とてつもなく怒ってるッ!」
「ッ……分かっているわ。でも……私にどうしろっていうの……?」
スエットは後ろで震え上がっている。
そうだ、本来であれば目の前にいるのはそれほどの脅威なのだ。
本来抱かぬ『殺意』を纏ったポケモンがどれほど恐ろしいものか、生物であれば本能で誰もが察知するものだ。
それが自分のせいで怒り狂った相手ともなれば、尚更恐怖心は増幅する。
「戦うのよ!アンタも、トレーナーでしょ!?」
「ッ………!」
お嬢が怒鳴るように諭すと、スエットは腰元からボールを取り出す。
が、その手は何処か不安そうに震えていた。
「……出番よ、フリーザー。」
震えたてからボールが投げられ、ポケモンが飛び出す。
「ろるるるるッ!」
呼ばれたのはフリーザー……黒い仮面をかぶった、菖蒲色の鳥型ポケモンだ。
サイコパワーを操り、目を合わせた者の動きを止めてしまう力を持つ。
ガラル地方の一部地域でしか発見されていない伝説のポケモン……故にその力は凄まじいものである。
……はずなのだが、スエットの様子がどうもおかしい。
「…………!」
「え……?人格は!?」
そう、いつものような豹変が起こらないのだ。
彼女はただ両腕を抑え、震えているのみだった。
そうこうしているうちに、レイスポスの猛攻が始まる。
『ジャマダ……ハヤク、デテイケェエエエエエエエッ!』
『アストラルビット』が装填され、何発もの軌道を描いて発射されたのだ。
一刻も早く行動を起こさなくては、フリーザーはこの攻撃の餌食となる。
「は、早く指示を出しなさいッ!」
「…………ッ!」
だがスエットは動かない。
間もなく攻撃はフリーザーへと迫る。
「ろるるるッ!」
トレーナーからの指示が来ないフリーザーは困惑の元で自己判断を決行し、『ひかりのかべ』の防護壁を展開する。
虹色の障壁は浮き上がる全身を覆い、四方八方からの攻撃を防ぐ。
……が、防戦一方で凌ぎ切れる攻撃ではない。
『ジャマダアアアアアアアアアアッ!』
最後の巨大な数発が壁を叩き割り、フリーザーの本体まで着弾してしまったのである。
「ろるっ……!」
お嬢はいつまでも震えるだけのスエットの肩を掴む。
「何やってるのよ!このままじゃフリーザーがやられるわよッ!」
しかしスエットは首を横に振る。
そして答えた。
「………違う……私の中には、この子に対応した人格がない……!」
「ッ……!」
今まではポケモンごとに性格の合った人格が引きずり出されていた。
……が、フリーザーは他のポケモンとは格が数ランク違う『伝説』のポケモンだ。
扱える人物はそう多くない。
だからこそ、彼女の中から対応した人格が出てこないこともありうるのだろう。
故に、スエット自身の人格がこの戦いを御さなくてはいけない。
だが、彼女は……彼女自身はバトルに関してはズブの素人だ。
それが原因でテイラーから見限られた程なのである。
しかも相手はお嬢ですら瞬殺される強敵だ。
とても勝てる相手ではない。
だからだ。
だからこそだ。
スエットがずっと怯え続けているのは。
しかしそうこうしている間に、フリーザーは徐々に追い詰められていく。
「私じゃ勝てない……私は、弱い………」
涙目になりつつ、スエットは震えた声を絞り出す。
ピンチなのは分かっているのだ。
しかしあの時の惨めな思いが、彼女の足を引っ張って離さない。
そんな時、スエットの視界が揺らぐ。
遅れて頬に痛みを感じる。
「いい加減にしなさい!!このう【自主規制】れッ!!!!!」
お嬢は叫んだ。
スエットの顔を引っ叩き、ありったけの怒りとともに。
「こんな時だけ逃げ腰になってんじゃないわよッ!才能を無駄にする気!?」
「さ……才能?」
彼女には分からなかった。
一体お嬢が何故その言葉を選んだのか。
「ここまでの戦いで、アタシはアンタに散々苦しめられたわよ。それは違う人格の力を借りたからかもしれない。」
「………でも、あれは私の力じゃない。」
「違う!確かに人格は変わってたかもしれない。でもね………人格が変わっても、バトルの腕までは引き継げない。要はここまでのバトルは全部アンタの力!分かる!?」
「………!」
スエットは驚いた表情を見せる。
彼女は一体なぜここまで断言できるのだろう。
多重人格ですらない彼女が、なぜスエットのことを知ったかのように言うのだろう。
………否、その通り………知っていたのだ。
スエットと同じような境遇の人物をひとり。
お嬢の表情は険しかったが、それでもその言葉は何処か暖かかったのだ。
この感触を、彼女は久しく知らなかった。
「確かに昔のアンタは弱かったかもしれない。でも、少なくとも今は違う。……散々苦しめられたアタシが保証するわ。」
お嬢はスエットの手を取る。
「……来なさいスエット。アンタがいないとアイツは倒せない。」
「ッ…………!」
その言葉は、スエットの背中に最後のひと押しを加えた。
彼女は深呼吸を挟み、前へ前へと数歩踏み出した。
「……お待たせ、フリーザー。一緒に、戦いましょう……!」
「……!ろるるっ!」
既に深手を負い始めたフリーザーは、小さく振り返って返事をする。
その声は何処か待ちわびて、嬉しそうであった。
彼女は今、スエット『自身』として立ち上がる。