【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
『どこまで無様を晒すのですか、ジャック。』
「………!」
表れたのはレイスポスにそっくりな白いポケモンだ。
しかし全体的に筋肉質で、身体の所々が凍りついている。
「アレは……ブリザポスッ!」
スエットはそのポケモンを知っていた。
ブリザポス……欲するものを奪わんと暴虐の限りを尽くすポケモン。
レイスポスとは対を為す存在だ。
「……しかし何故?レイスポスに加えてブリザポスまで……」
スエットの疑問は最もであった。
レイスポスはジャックが変わり果てた姿……即ちこの世界の宿主だ。
だがそれと対になるブリザポスまでが存在する理由はない。
……否、スエットには心当たりはあった。
先日の礼拝堂で、ジャックの心を聞いていたときから感じていた違和感。
そして何よりも……ブリザポスの存在を決定づける要素があった。
そしてその違和感の答えを知る者もひとり……
「そんな……こ、声が………!」
お嬢は震えていた。
彼女の脳は、指し示すものの理解を拒もうとしていたのだ。
『……えぇ知ってるでしょう。アナタが誰より聞いた声ですもの。』
ブリザポスは笑う。
表情は非常に分かりづらい……が、確かに笑っていた。
「あなたは…………じゃ……ジャック……!」
『えぇ、そうです。「お嬢様のよく知る」ジャックですとも。』
そうだ。彼もジャックだ。
……否、彼『こそは』ジャックと言ったほうが良いかもしれない。
このブリザポスは、今までお嬢が見てきた『無敗の英雄』ではない。
……今日まで彼女自身と旅をしてきた、『教育係の使用人』のジャックだ。
何を言っているか分からないかもしれない。
だがお嬢はその意味を理解してしまった。
或いは薄々気づいていたのが、確信へと変わったのかもしれない。
「ジャックは……2人いる……!」
『……えぇ、その通りです。』
彼の中には、ジャックが2人潜んでいたのだ。
いわゆる多重人格……彼の中には2つの人格があり、その両方がこの世界にて具現化していたのである。
レイスポスとなった、『チャンピオンのジャック』。
そしてブリザポスとなった『使用人のジャック』。
彼らは一人の男の中に混在していたのだ。
「そんな……」
『おやおや、てっきり気づいているものだと思っていたんですがね。』
ブリザポスは低くも優しげな……いつものジャックの声で語りかけてくる。
が、どうしてだろう。
一番安心する声なのに。
一番聞き慣れた声なのに。
……お嬢は怖くて仕方なかった。
目の前のブリザポスが、酷く恐ろしい存在に思えたのだ。
怯えた様子のレイスポスとはまるで真逆の、脅威そのものに見えたのである。
『フ………フザケルナッ!ジャックハ……オレダッ……!』
ブリザポスの言葉を聞いていたレイスポスが更に怒りを顕にし、凍りついた後脚を大きく蹴り上げる。
その反動で、そのまま前足の氷を叩き割る。
そうするや否や、レイスポスはすぐに姿を消す。
次の瞬間、彼はブリザポスのすぐ真横に『ゴーストダイブ』を使って潜り込んだ。
この間僅かに0.5秒。
……が、残念。
ブリザポスが対処するには十分すぎる時間であった。
彼は首を僅かに振り上げると、レイスポスの顎を突き上げるように『メガホーン』の一撃をお見舞いした。
『ガハッ………!』
「じゃ、ジャック!」
レイスポスは弾き飛ばされ、その巨体を側面から地面へと叩きつける。
その瞬間、再度ブリザポスの放った冷気によって四肢を氷漬けにされてしまった。
『……全く。此処でアナタが私に勝てる訳がないでしょう。アナタは7年前のあの日、私に主導権を渡したのですから。』
『ッ………』
『確かに私は、トレーナーの腕ではあなたに劣るでしょう。ですが此処では話が別だ。』
『キサマッ……!』
レイスポスは、存在しない眼でブリザポスを睨みつける。
彼の口元のみが大きく歪み、激しい憎悪の感情を顕にしている。
『アナタが居ると面倒だ。悪いが大人しくしていてもらいましょう。』
ブリザポスは前足を掲げ、『10まんばりき』の態勢へと入った。
トドメを刺すべく、レイスポスの脳天を踏み潰すつもりのようだ。
だが、ブリザポスの脚は一瞬止まる。
目の前に、踏み潰すべき頭以外のモノが現れたからだ。
『……何をしているのです?お嬢様。』
「ッ……!駄目ッ!」
お嬢は腕を広げ、レイスポスを庇うように立ちはだかる。
表情は恐怖に強張り、全身も小刻みに震えていた。
それでも、彼女はこの白き怪物を目の前に一歩も退こうとはしない。
『……退いてください。彼は……』
「彼はジャックよ……!どうして……!?どうして同じジャックなのに傷つけ合うの!?」
お嬢の叫び声に、怒りと嗚咽の色が交じる。
見るに耐えられなかったのだ。
大切なジャックが、誰かを傷つけていることが。
……そして、誰かに傷つけられていることが。
『……不可解ですね。アナタとその男は何の接点もないはずだ。そして何より……』
ブリザポスは擡げた前脚を、さらに大きく振りかぶった。
「うぐっ……!」
直後、お嬢が脇腹を抱えて鈍い悲鳴を上げる。
彼女を痛めつけたのは他でもない。
……ブリザポスの前脚であった。
「……!?」
『……何より、あんな奴を私と同一視ですか?笑わせる。』
ブリザポスの声は、とても冷酷だった。
倒れ込んで悶えるお嬢を見下ろすその目は、憎悪と軽蔑の色を帯びていたのだ。
「そ……んな……」
お嬢はか細い声で呟くが、意識が保てていない。
どうやら弾き飛ばされた時の打ちどころが悪かったのだろう。
その場で眠るように、倒れたまま気絶してしまったのだ。
「ッ………フリーザー!『ぼうふう』ッ!」
「ろるるるるるッ!」
ブリザポスがお嬢を蹴りつけるや否や、その様子を見ていたスエットが激昂する。
そして、すぐにフリーザーへ攻撃の指示を出した。
大量の空気の塊が、ブリザポスの首筋を狙って吹き付ける。
フリーザーは『こころのめ』を用いて、的確に急所を狙ったのだ。
彼の身は、僅かに仰け反る。
「……あなた、よくもそんな事をッ!それでもあの子の隣に立つ人間なの!?」
彼女は憤怒に身を焦がしていた。
大切な者を失う苦しみを知っているからこそ、そういった人間に手を挙げるブリザポスが許せなかったのだ。
フリーザーの攻撃を受けたブリザポスは、ゆっくりと頭をスエットらに向ける。
そしてまた、冷酷な声で言葉を綴る。
『……全く。私のことを「人間」と呼びますか。アナタはすべてを見透かしているようで、その実何も見えていないようだ。』
「……黙りなさい。まずは貴方から始末するッ!」
「ろるるるるッ!」
フリーザーの眼が妖しく光り、ブリザポスの脚に向けて『いてつくしせん』を発射する。
言うまでもなく最大火力、本気の攻撃だ。
……だが、残念。
当のブリザポスに、その攻撃は一切効いていない。
レイスポスとは違い、動きが止まる様子が全く見られないのだ。
「そんな……!?」
「こおりタイプの私にそんな攻撃が効くとでも?」
レイスポスは僅かに脚を引き、全身から冷気を吹き出す。
そして彼の頭上には、氷で出来た鋭い槍『ブリザードランス』が何本も生成されてた。
これがフリーザーに向けられているものだということは、誰の目にも明らかだろう。
「私を……舐めるなッ………!」
頭上の槍が、フリーザー目掛けて一斉に射出される。
こおりタイプの攻撃である以上、『アストラルビット』の時のような視線による停止は見込めない。
「くっ……『ひかりのかべ』ッ!」
「ろるるるーーーーッ!」
フリーザーには、全ての弾を障壁で防ぐことしか、選択肢は用意されてないのだ。
だが、そんな事が叶うわけもない。
用意した壁は尽く叩き割られ、フリーザーの身体を無数の『ブリザードランス』が貫いた。
「ろるっ……!」
「ふ、フリーザーッ!」
効果は抜群……レイスポスとの闘いで消耗していたフリーザーがこの攻撃を耐えられるわけもなかった。
しかし、それだけでこの戦いは終わらなかった。
ブリザポスの攻撃の手はいまだ止まないのだ。
彼の頭上には、更に大きな氷の槍が浮かび上がる。
それが指し示す方向は、スエットのいる場所だった。
「ッ………!」
彼女は此処で、己の危機を悟る。
しかし恐怖心は限界に達し、身動きは取れなくなっていた。
……スエットはその刹那で、自らの死を受け入れてしまったのだ。
『アナタにも一度大人しくなって頂きましょう。』
彼の言葉の直後、槍は目にも留まらぬ速さでスエットに向かい飛んでいく。
そして寸分の狂いもなく、その矮小な身体の心臓を貫いたのであった。
「ッぐ………!」
僅かな断末魔とともに、スエットは多量の出血をする。
そのまま後ろ向きに倒れこみ、彼女は絶命した。
『何、しばらく現実で昏睡するだけです。私達の領域に踏み入った罪を、その眠りで贖いなさい。』
そう言うと、ブリザポスはスエットに関心を失った。
『……これでこの世界の主導権は私のものだ。』
そして倒れこんだお嬢の方へ歩み寄り、冷徹な目で彼女を見下ろした。
『……アナタはこの男の末路を見る義務がある。そうしたら、きっと分かっていただけるはずです。……彼がただの臆病者であると。アナタが庇うに値しない人間であると!』
ブリザポスはお嬢の襟を咥え、彼女を宙へ投げ飛ばす。
そしてそれを、自身の背中で受け止めた。
お嬢を乗せたブリザポスは、そのまま闇の彼方へと賭けていく。
彼が走り抜けていった場所から、世界は白く染まり再び崩れていった。
絶望の中で眠りに堕ちたお嬢は、遂に物語のエンディングへと迫る。
白き怪物の疾走に揺られながら。