【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
ーーーーー時は遡ること7年前。
イジョウナリーグの幕が、ジャックの棄権という形で閉じられた。
無敗の王者、エンビはあいも変わらずその称号を剥がされることはなかったのだ。
名ばかりの「優勝」という結果を、エンビは入院中の病室で聞いた。
あのバトルで負傷した鎖骨を治療していたのだ。
しかし非常に複雑な砕け方をした影響で、未だ治らずにいたのである。
そんなベッドの上で、彼は満足行かない結果に未だ燻っていた。
あと一歩……理想的な敗北まであと一歩だった。
否、寧ろ勝負さえ最後まで続いていればエンビの負けでさえあった。
彼は再び、ジャックに勝負を挑みたいと思った。
もう一度、せめてもう一度。
そう思いながら、エンビは隣の病棟にあるジャックの病室へと赴いた。
サンドの訃報を聞いて、深く昏睡したというジャックがいる場所へ。
彼が病室の扉を開いたが、なんてことはない。
ジャックは遠い目で窓の外を見ていた。
既に目覚めた後だったのだ。
エンビはゆっくりとベッドに近づいていき、ジャックに声をかける。
「……見舞いだ、ジャック。……その、サンドの件は……」
慎重に言葉を選び、言葉を紡いでいくエンビ。
しかしジャックはその声に、すぐに振り返る。
「おや、アナタは……エンビ。」
「………!?」
エンビは驚愕した。
声も、眼差しも……何もかも、以前のジャックとは違っていたからだ。
以前までの、貪欲さに満ちてギラついた瞳はそこにはない。
ただ冷ややかな顔をした男がそこにいるのみだった。
「……お前は……誰だ!?」
「何言ってるんですか。私はジャックですよ。」
『ジャック』は乾いた笑いとともにそう答えた。
……無論、この男は既にエンビの知るジャックではない。
彼の精神内で生まれた別人格だ。
「……ち、違う……お前は……お前は………!」
エンビは取り乱す。
嘆かわしかったのだ。
あれほどの強者が、自分が初めて出会えたと思ったライバルが……
既に何者かに喰われた後だったことが。
もう、あの『無敗の英雄』は何処にもいない。
遠く何処かに行ってしまったのだ。
此処にいるのはただの怪物。
生きる目的すら無い、衝動的な貪欲さのみで主を退けた偽りの存在。
……その眼にエンビが求めるものは映っていなかった。
「ふざけるなっ……認めるか……認めるかッ!」
病室の扉を乱暴に開き、エンビは逃げるように駆け出していく。
ジャックの成れの果てを見た彼は、気持ちに整理がつかなくなっていたのだ。
病院の廊下を走り抜ける彼。
ただただ怒りと悔しさに狩られ、走り抜ける。
「クソッ……SDか……SDの力が俺にもあれば……!」
彼はSDの力を望んでしまった。
それさえあれば少なくとも、エンビはジャックと互角な勝負ができたかもしれない。
その上で負ける事が出来たかもしれない。
あるいは、ジャックが傷つく前に勝負をつけられたかもしれない。
……少なくとも、生涯無二の戦友を失うことは無かっただろう。
あまりに感情的になっていた彼は、前が見えていなかったのだろう。
廊下にて、正面から人にぶつかってしまった。
「ッ………!」
彼らは廊下で大きくよろけてしまう。
ふと冷静になったエンビは、目の前の白衣を着たブロンド髪の少女に頭を下げる。
「す、すまん……!」
「痛いなぁ……アンタ、図体デカいんやから気ぃつけなはれや。」
痛む頭を抑えつつ、コガネ弁で説教をかます女。
既に勘の良い読者は気づいているだろう。
彼女はテイラーだ。
既にトレーナーを引退し、数多の物事に手を伸ばしていた時期のテイラーである。
「……ん?アンタあれやん。確か……エンビやっけ?何でこんな所におるん?」
この時期はポケモンリーグが終わった直後だ。
故に、彼の顔を知らぬ者はそういない。
「あ……あぁ。あの時右肩を……痛ッ」
そういったエンビは、今更自らの痛みに気づく。
負傷中の身で走ったのだから、痛むのは当然だ。
「おいおい大丈夫かいな。アンタの病室まで送ったろか?」
「ッ……た、助かる。」
エンビはそのまま、テイラーと共に病室へと向かっていった。
ベッドに就いたエンビは、枕元でテイラーに今までの経緯を話す。
「なるほどなぁ。そんな事があったんやな。」
「………。」
「いやいや、困ったもんやな。アイツはトレーナーとしては一流やけど、人としては半人前以下やから……。」
テイラーはジャックの顔を思い出し、僅かに笑う。
しかしその笑顔の真意は、誰にも見抜けない。
「……お前、一体何を企んでいる?」
「あら、アンタにはウチが悪い人間に見えるんか?」
「……どうかな。少なくとも、マトモな奴じゃないことは確かだろう。」
エンビはやや警戒気味に、テイラーのことを見る。
彼女は明らかに、自身に良からぬ目線を向けていたからだ。
「……ところで気になっとったんやが。アンタのカラカラ、エラく不思議な感じがするなぁ。」
「………。」
「ほんでアンタは、鎖骨に治らん傷を抱えている。」
「……何が言いたい?」
エンビはやや不機嫌そうに答える。
しかし何故だろう。
彼女の言わんとしていることが、なんとなく理解できてしまったのは。
彼女の言葉が、現在の自らが最も欲しているものであると分かってしまったのは。
ーーーーーー現在、地下の礼拝堂。
出入り口を封鎖され、追い詰められるエンビとお嬢。
差し迫るはダフ率いる暴力団員達とクランガ、そしてテイラー。
そんな彼らに立ち向かうべく、エンビは腰元のボールに手を伸ばした。
「ほぉ、あくまでウチらに抵抗するか。SDの力を与えてやった恩を忘れたか?」
「……そうだな、忘れてはいない。このバベル教団の『司教』の席に座らされ、実働要員としてこき使われたことも含めてな。」
「えー、嫌だったん?ウチはアンタの戦力を見込んでの事だったんやけどなぁ。」
テイラーは相変わらずの笑顔を浮かべる。
そんな彼女と対照的に、エンビの顔は歪む。
「……どうせ誰でも良かったんだろう?お前の腕に握られている『ソレ』が何よりの証拠だ。」
彼が目を向けていたのは、テイラーの腕の中にある「包帯で包まれた何か」であった。
まるで生きているかのような……禍々しさがあった。
「……あまり目を向けないほうが良い、トレンチ。俺の後ろに隠れておけ。」
エンビはそう言うと、真後ろのトレンチを僅かに掴んで背中へ寄せる。
「誰でもいいとは心外な。」
「ハッ、トレンチから聞いたぞ。貴様がスエットにしてきたこともな。」
エンビはやや怒り気味に言う。
彼が以前テイラーに感じた違和感は、やはり正しいものであった。
この女は、碌な人間ではない。
そう思ったエンビから迷いは完全に消える。
すぐに彼は、握ったボールを2つ上空に投げる。
「ウラァアアアアアッ!」
「Vennn!」
中から飛び出てきたのはファイヤーとネンドール。
エンビの中でも精鋭のポケモンだ。
「行けっ、ファイヤー!」
「ウラアアアアアッ!」
相手の暴力団員達がボールを出すよりも先に、ファイヤーは先制で攻撃を仕掛ける。
食らった相手の動きがしばらく鈍る攻撃『もえあがるいかり』だ。
「うぉあっ、熱ッ」
「し……痺れるッ!」
広範囲のブレスを喰らい、出入り口付近に居たものはみな悶絶する。
しかし攻撃の合図に気づいた幹部の3人は、すぐに身を伏せてこれを回避した。
「手荒いなァ……おいオニシズクモォ、グソクムシャァ!まずはあのファイヤーを仕留めろォ!」
「ずももももッ!」
「しゅるはーーーッ!」
ダフはボールを投げ、2匹のポケモンを呼び出す。
だが、ファイヤーにとってその程度は予想済みだ。
「ウラアアアアアッ!」
すぐさま体勢を立て直し、『ぼうふう』の一薙ぎで相手を叩きのめしてしまったのだ。
「お、お前らァッ……!」
戦力差・経験共にエンビのポケモンは桁違いであった。
しかも……そもそも、エンビの本命はそこではない。
お忘れだろうか……もう1匹、ネンドールというポケモンが居たことを。
「Ven!」
「よし、準備ができたか……行くぞ、『テレポート』ッ!」
エンビの指示の直後、ネンドールの身体が七色に光る。
相手が動けない一瞬の隙を突き、ここから脱出する算段だったのだ。
空間転移であれば、いくら退路を塞がれようと関係ない。
これでエンビらは逃げ切れる。
「……って、思ってるんじゃないスか?」
「!?」
クランガが呟く。
直後、彼は腰元からパラボラ型の装置を取り出した。
そこからは、大音量のノイズが流れる。
「ぐっ……これはッ……!?」
「Veee!?」
あまりの不快な音に、エンビもポケモンも耳を塞いで悶える。
「転送妨害装置ッスよ。いやぁ、トレンチちゃんが寝ている間に作っておいて良かったッスわ。」
そんな不快な声を上げつつ、クランガはニヤリと笑う。
彼は昨日の祭典以来、ずっとエンビのことを疑い行動していたのだ。
ネンドールは錯乱し、集中力が乱れてしまう。
これでは『テレポート』どころではない。
……が、それでもだ。
「ウラアアアッ!」
ファイヤーがネンドールの前に立ちはだかり、ノイズから庇うように陣取る。
何としても転移を成功させるべく、身を挺して飛び込んできたのだ。
「よし……ナイスアシストだ、ファイヤー!」
「チッ……余計なことを……!」
クランガは舌打ちと共に、装置のダイヤルをひねる。
……しかしもう遅い。
既にネンドールのサイコパワーは最大まで再装填され、彼らを纏めて異空間へと飛ばしたのであった。
「くっ……逃げられたか。」
「いや………見てみクランガ。アンタの妨害も無駄じゃなかったみたいやで。その証拠に……」
テイラーは床を指差す。
するとそこに倒れていたのは……
ジャックとスエット、そしてマネネの3人であった。
そう、ネンドールは完全な転移に失敗したのだ。
無事に逃げ切れたのは、エンビとそのポケモン……そしてトレンチのみだったのである。
「……まぁ、エンビの奴は逃したけど。こんだけいれば上等やろ。」
ほくそ笑みつつ、テイラーは彼らに近寄った。
その場に倒れ伏す者たち……特にジャックの事を注視する。
「しかしまぁ、無敗の英雄が今やこのザマか。」
ため息とともに、テイラーは彼を見下ろす。
そんな彼女に、クランガが語りかけた。
「でも、ソイツには利用価値があるッスよ。」
「……アンタ、ウチが言うのもアレやけどなかなかの悪人やな。鏡見るか?今すごい顔しとるでアンタ。」
「えー、そうッスかねぇ?」
気味の悪い甲高い声が2つ、その場で交わった。
そしてテイラーは踵を返し、礼拝堂の出口へと近寄っていった。
「……とりあえず例の場所に行こか。何、あそこにいればエンビも食いついてくるやろ……クランガ、案内せぇ。」
「了解ッス。まぁ、まだ色々と準備があるッスけどね。」
そう言いつつ、クランガはジャックらの方へと歩み寄っていった。
「さて……これであと一歩や。ウチラはようやく、『扉』を開ける……!」