【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide   作:伊崎つりざお

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【第087話】弱者の報い、雨曝しの傷口

 見覚えのある天井。

木製の壁に、澄んだ空気。

遠くに聞こえるウールーの鳴き声。

それらはお嬢が目を覚ました時、飛び込んできた情報であった。

 

 古びたベッドから身を起こし、周囲を見渡す。

そこは元いた礼拝堂ではないが、明らかに見知った場所であった。

「ど、ドテラお爺さまの家?……痛ッ!?」

お嬢は頭から腰元までかけて襲い来る痛みに悶絶し、すぐにその身を倒す。

 

 その声を聞いたのか、廊下から2つの足音が近づいてくる。

扉の前で2回、ノックが鳴る。

「……入るゾ、トレンチ。」

数秒の間の後に扉が開かれ、入ってきたのはドテラとエンビであった。

 

「ふたりとも……ッ……!」

上体を動かすが、やはり身体に激痛が走る。

「……無理をするな。精神世界と現実を短時間で行き来して、その上テレポートまで使ったんだ。お前の脳は情報過多で疲労を起こしている。」

エンビの言葉の後、ドテラが小皿を差し出す。

「ミルク粥ダ。まだ胃腸は弱っているだろうからゆっくり食べ……」

しかし彼の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 なぜならお嬢が物凄い速さで腕を伸ばし、その粥を奪い取り胃に流し込んだからだ。

「っふぅ……!おかわりッ!」

「え……」

あまりの早食いに、見ていたエンビがやや青ざめる。

 

「……まぁお前には足りんとは思っていたけどナ。なんせ3日も気絶していたんダ……」

「み、3日!?」

お嬢は驚きつつも、身体の感覚でなんとなく納得していた。

要するに腹時計の電池が切れていたからなのだが。

「そうダ。……とりあえずおかわり持ってくるナ。」

ドテラはため息を吐きつつ、空になった皿を受け取って台所のある部屋へと戻っていった

 

 部屋に2人残されたエンビとお嬢。

今までにあったことを徐々に思い出したお嬢は、エンビに語りかける。

「……アンタ、ここに飛んできたって事は、お爺さまと知り合いなのね。」

「まぁ……色々とあってな。避難先でアテがありそうなのがここだけだった。」

エンビは遠い目で答えた。

二人の様子を見るにも、かなり前から見知った仲であることが伺える。

 

 そこで彼女は思い出す。

自分以外にも礼拝堂にいた他の人物のことを。

「そうだ……ジャックは!?あとマネネと……スエットも!」

お嬢はエンビに問い詰めた。

「ねぇ、何処にいるの!?」

「………。」

……が、彼は顔を逸らして表情を曇らせるのみだ。

 

 そう、彼らはこの家にはいないのだ。

ネンドールのテレポートが不完全に終わったため、転送の要領オーバーではじき出されてしまったのである。

「……すまない。」

エンビはただ一言、それだけ呟いて首を横に振った。

 

「そ……そんな……!」

「……もっと万全の状態でテレポートをするべきだった。申し訳ない。」

彼は深く頭を下げ、謝罪した。

力の無さを、猛省していたのだ。

 

「………。」

お嬢は、選ぶべき言葉がわからなくなっていた。

ジャックもマネネもいなくなり、拠り所を一気に失ったからだ。

「あの後、ポケモンたちにスネムリタウンの調査に向かわせた。……だが、ジャックらの姿既に無かったそうだ。俺が、俺が無力なばかりに……」

「……もういいわよ!」

お嬢はやや強めの語気で、エンビの言葉を遮る。

「……。」

「……ごめん。アンタが悪いわけじゃないのは分かってる。でも……」

 

 

 彼女はこれ以上、彼の謝罪を耳にしたくなかった。

それは半ば、自らへの叱責とも感じられたからだ。

無力だったのはエンビだけじゃない。

彼女自身もまた、何も出来なかった己の不甲斐なさを感じていたのである。

 

『……その時が来たとして、力なき貴方に何ができるのですか?』

 

「……ッ!」

ここに来て、再度ジャックの言葉がリフレインする。

そうだ……あろうことか彼女は、ここぞという時にジャックを助けられなかったのだ。

ただ見ていただけであった。

 

 何故あそこで、エンビに全てを任せきりにしたのだろう。

何故あそこで、テイラーたちに牙を剥かなかったのだろう。

そのせいで、とんでもないものを取りこぼした。

 

 ……だが、今からなら間に合う。

「そうだ……ジャックを……助けに行かないと!」

お嬢は立ち上がり、ベッドから飛び起きる。

 

 しかしこんな体調で、まともに歩けるわけがない。

すぐによろめき、エンビに支えられる。

「……無茶だ!ベッドに戻れ!」

「だって、こうしている間にも……!」

お嬢は暴れまわり、エンビの腕を振りほどこうとする。

 

「……!?なんダこの騒ぎ!?」

丁度台所から戻ってきたドテラが、争い合う2人を見て驚く。

しかし彼は状況を大方察すると駆け寄り、エンビと二人がかりでお嬢を押さえつけた。

「離してッ!アタシは行かなきゃ……!」

「落ち着くんダ、トレンチッ……!」

「そうだ……第一何処に行くって言うんだ!?奴らならもうスネムリタウンにはいないぞ!」

2人は必死にお嬢を説得する。

しかし彼女がそれを聞き届けることはない。

 

 ……彼女は本来、それほど愚かな子ではない筈だ。

だが、今の彼女の元にはマネネもジャックもいない。

そのことが、残念ながら彼女から理性を、正常な判断力を失わせているのだ。

実際、彼女自身も自分が何を言っているか分かっていないフシすらある。

誰がどう見ても錯乱している。

 

 

 

 そんな彼女は、ふと冷静さを取り戻す。

突如聞こえた、覚えのある声によって。

「……うるさい。君の声が頭に響いて眠れやしない……!」

「!?」

お嬢は声のした廊下の方へ顔を向ける。

 

 そこにいたのは、青髪の小さな少年……

「れ……レイン!?」

「全く……というか、どうして君がこんな所にいるんだよ。」

「それはこっちの台詞よ!ってアンタ……それより……!」

お嬢は彼を見て、わなわなと震える。

彼女が驚いたのは、レインがそこにいたことだけではない。

 

 無くなっているのだ。

……彼の右腕が。

通すものが無くなった袖が、だらりと虚しく垂れている。

 

「……あぁ、これか。滑稽だろ?」

 

 

 

 ーーーーー時間は遡ること3日と半日。

少年は薄暗い病室で目を覚ます。

(……そうか。確かあのハオリとかいうやつと戦ってて……その後……)

彼は多量出血で倒れた。

SDの感覚共有の負荷に耐えきれなかったのだ。

 

 ゆっくりと目を開き、意識が戻るのを感じる。

しかし身体は動かない。

まるで全身に撃たれた麻酔が、まだ抜けきっていないかのような感覚だ。

 

 だが、それでも。

自分の身体から大切な部位が無くなっていることだけはわかった。

(腕……腕がッ……僕の右腕が無いッ!?)

ピカチュウの尻尾が埋め込まれていたあの右腕が、自身の身体から切り取られているのだ。

痛みを感じることはない。

むしろ呼吸が楽になり、今まで背負ってきた腫れ物が落ちたような感覚すらあった。

 

 ……だが、レインとて馬鹿ではない。

自らの腕が切り取られたことが何を指し示すか、彼は十全すぎるほど理解していた。

「SDの適合者としての資格を失った」のだ。

既にレインとピカチュウを繋げるものはない。

 

 しばらくして彼の病室に、見知った顔の女……

否、レインの腕を切り落とした張本人・テイラーが入ってくる。

何故そんな事がわかるか。

 

 彼女の左腕に、包帯で包まれた細長い『何か』があったからだ。

このサイズといい、タイミングといい……これが何かなど既に自明だ。

……紛れもなく、切り取った彼の腕である。

 

 レインにピカチュウの尻尾を埋め込んだのもテイラー。

であればそれを取り除いくのも、彼女であると考えるのが自然だろう。

「……まだ寝とるかな。この子は。」

そう言って、テイラーはレインの伏せているベッドに近づく。

彼は咄嗟に目を瞑り、彼女と視線を交えないようにした。

 

「……この子じゃもう身体が持たんわ。それに腕は十分に『熟した』。コレだけでも十分器としては機能するわ。」

(……熟した?コレだけでも機能する?……そうか。そういうことかよ。)

レインの想像は、ここで確信に変わる。

 

 彼は見限られたのだ。

テイラーの求める基準に達しなかった彼は、SDの適合者の席から外されたのだ。

 

「……とりあえず、あとで孤児院にでも連絡しておくわ。ひとまずコレとコレを……」

(は……?)

テイラーはそう言いつつ、枕元にあったレインのボールホルダーに手を伸ばす。

そしてそこから数個、ボールを取り外していく。

(おい……どういうことだよ……?)

 

 レインは体を起こして、必死に彼女を止めようとした。

だが駄目だった。

しびれた全身が言うことを聞かない。

片腕を無くした身体の感覚が掴めない。

(やめろ………やめろやめろッ……!)

「……まぁ、これだけは残しといたるか。この子が自分で捕まえたポケモンやし。」

やがて1つを除いた全てのボールは外され、そのままテイラーは部屋を後にした。

「……今までスマンな。」

この一言だけを、虚空に置き去りにして。

 

 (クソッ……クソッ……クッソオオオオオオオオオッ!)

一人で取り残されたレインは、言いようの無い感情に腸を煮やす。

身体が動かない分、その心の動乱はより凄まじいものとなっていた。

……幼い彼にとって、『見捨てられた』という事実はあまりにも強烈だったのだ。

 

 

 

 ーーーーーーこの経緯を、レインは淀みなく話す。

その目は終始乾き、諦めの色一色であった。

「まぁ、その孤児院とやらが来る前にエンビのファイヤーの迎えがきたワケだ。……まさか運ばれた先で君と鉢合うとは思ってなかったけど。」

「そんな……テイラーが……!?」

お嬢は開いた口が塞がらなかった。

知らぬ間に彼は、自らの何もかもを取り上げられていたのだ。

 

「……ほら、笑えよ。僕はもうトレーナーとして終わってるんだ。」

そう言う彼の様子は、鼻につくほどの自信家だったこの間までの様子とは天と地の差であった。

かつてのお嬢のライバルの姿は、そこにはなかったのだ。

 

「終わってるって……何でそんな事を言えるのよ!?アンタまだ……」

「終わってるんだよッ!あの人に捨てられた時点で……僕が生きる意味はッ………!」

レインは怒鳴る。

涙も枯れきった瞳で、トレンチを睨みながら。

 

 

 彼は一呼吸置き、振り返って歩き始める。

「………僕としたことが、取り乱した。少し風でも浴びてこよう。」

そう言うとレインは、そのまま扉の影へと消えていった。

 

「ま……待って……!」

お嬢はレインを追おうとした……が、その身体はエンビによって差し止められた。

「……よせ。一人にさせてやってくれ。」

「でも……でも……!」

お嬢は訴えるが、エンビの首は横にしか振られない。

 

 やがて彼は上から押さえつけるように、お嬢をベッドに戻した。

「………丁度いい。スエットからある程度の話は聞いたんだろ?……レインの話も聞いておくべきだ。」

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