【ポケモン二次創作】ポケットモンスター Soul Divide 作:伊崎つりざお
ーーーー6年前。
孤児院の前に置かれていた赤子を、職員が受け取る前にある女が抱きかかえた。
「……まぁ、この子でええか。身体もそこそこ丈夫そうやし。」
別段、その子に何かを見込んでのことではない。
正直、自分の言うことを聞く人間なら誰でも良かったのだ。
その日は雨が降っていたこともあり、少年には「レイン」という名前が与えられた。
レインは引き取られてすぐ、右腕に手術が施された。
言うまでもなく、『迅雷の秘鍵』を持ったピカチュウの尻尾を埋め込むものだ。
幸い、スエットの時のような拒絶反応は起こらず、手術は滞りなく成功した。
こうしてレインは、生まれながらにしてSDの適合者……『迅雷』の器となったのであった。
SDの影響か否かは知らないが、レインは非常に優秀な子であった。
否、「優秀」というよりは「規格外」と言ったほうが正しかったかもしれない。
生まれてひと月経つうちには既に首が座っていた。
更に9ヶ月を迎える前には既に歩行を行い、1歳の誕生日を迎えるときにはほぼ小学生と遜色ないコミュニケーションが取れていたのだ。
そこから先は正に教育の日々……
座学にて、テイラーから徹底的にポケモンの知識を叩き込まれる。
2歳になる頃には、既にその知識は大学生に劣らぬものとなっていた。
実戦を始めてからも、レインの成長は凄まじいものであった。
彼はテイラーの用意した模擬戦闘用のポケモンの長所を僅か1週間で見抜き、2週間経つ頃にはほぼ全てのポケモンの扱い方を熟知していた。
バベル教団の教徒に協力を依頼して何度かバトルを行ってはいたが、残念ながらレインの練習相手になりうるほどの相手はついぞ現れなかった。
きっとそこには彼の天性の才能もあっただろう。
しかしそれよりもっと大きな要因は、テイラーの徹底的な太鼓持ちにあったのだ。
ただひたすら、彼女はレインの事を持ち上げ続けた。
「アンタは選ばれた人間だ」とか「アンタは誰よりも強い」とか……それっぽい数字と言葉を並べ、とにかくレインのモチベーションを保たせ続けたのだ。
当の本人も徐々に煙たがるようにはなっていった……が、幼少期の教育というのは恐ろしいものだ。
彼には刷り込まれていたのだ。
自らへの過度なまでの肯定感が。
……そして、「自分に敗北は許されない」という責任感が。
彼が4歳くらいになった時、テイラーは自身の目的をレインに語り始めた。
その時には既に小学生低学年程度の体格はあった彼は、椅子に座して彼女の話を聞く。
「ええかレイン。アンタは最強のトレーナーになる男や。」
「……耳にタコができるほど聞いたよ、それは。」
レインは頬杖を突きながら、退屈そうに返事をする。
しかしそれに対し、テイラーは首を振るジェスチャーで応えた。
「いや、アンタは『最強』の名……まだその重さを分かっとらん。」
そう言うとテイラーは自身のケータイを取り出し、動画を表示してレインの前に差し出す。
そこに映っていたのは、黒いベレー帽を被った紫髪の男……ジャックであった。
「……これは?」
「……アンタもそろそろトレーナーデビューなんや。丁度いい、見とき。」
そして彼女は再生ボタンを押す。
そこに映し出されたのは、スエットに見せたものと同じ映像。
無敗の英雄と呼ばれたジャックが、あまりに華麗で精彩に……そして隙なく勝利を成し遂げ続ける映像であった。
「………ッ!」
その様子を見たレインの表情は一変する。
「……彼は一体何者なんだ?」
「ちょっと前まで『無敗の英雄』なんて呼ばれていたトレーナーや。どや?」
「……凄い……凄いッ……!これが、トップクラスの……!」
普段の退屈そうな表情から一変、彼の目はかつてないほど輝いていた。
それは正に憧れ……幼き少年が抱く、純粋な憧れであった。
彼は初めて目にしたのだ。
自分よりも格上の存在を。
「……ええか?アタシがアンタの事を『最強』だと謳うのにはな、『この男をも凌駕する存在になる』って意味も含めてるんや。」
「な、なれるのか!?僕が!?」
レインは食い気味でテイラーに差し迫る。
彼女はため息とともに返答する。
「……その男には唯一の失敗があってな。SDの力を制御しきれんかったんや。」
「え……」
彼女の言葉を聞き、レインの表情が強張る。
右腕を伝って、背筋に悪寒が走るのを感じた。
突如、自分の中に眠る力の恐ろしさを自覚したのだ。
「その点アンタは問題なくピカチュウとSDを使える。そういう意味ではアイツを超えるトレーナーになりうると言っても過言やあれへん。」
「…………ッ」
レインは唾を飲む。
そこで思ったことは何だったのだろう。
賞賛による高揚感か?それとも期待感か?
……違う。
恐怖だ。
彼自身、分かってたのだ。
自分の身体が、そこまで強くないことを。
今まで、先手必勝のバトルスタイルを取ってきたためあまり気づかれなかった。
……が、実は彼のSDには致命的な欠陥があったのだ。
それは、彼の身体が『痛覚』のストレスに異様に敏感なことであった。
SDはあらゆる物理的感覚を共有する力……しかしそこには、痛覚や熱などのストレッサーも含まれている。
通常、SDを発現する以上はある程度この感覚に耐えなくてはいけない。
が……彼にとってそれは非常に難しい問題であった。
彼は未成熟な乳児の時に手術を施された。
お陰で非常に高いシンクロ率のSDを発動することが出来るようになっていた。
しかし……それが諸刃の剣であった。
結果的に彼は、ストレスに対して脆い身体が出来上がってしまったのである。
そんな彼が、果たしてジャックの末路を聞かされたら何を思うか。
そう、自分も同じ様になる……と、恐怖したのだ。
これほどの凄腕のトレーナーが、SDの力を制御しきれなかったのだ。
であれば、果たして自分がそうなる確率は決して低くない。
否……既に悪い兆候は彼自身がその身体で予感していた。
だがそれを分かっていながら、決してその事をレインは口にしなかった。
……口にできなかったのだ。
彼にとって「トレーナーの頂点に立つ」という使命は、言うなれば人生の全てであった。
テイラーに与えられたものこそが……彼女によって示された道こそが、彼にとっての全てであった。
幼少期からテイラーの教育……もといマインドコントロールのようなものを受けてきた彼とって、彼女から与えられた役割はあまりに大きいものなのだ。
であれば今更「SDの力が怖くなった、だからトレーナーを辞めたい」なんて言えるはずもなかったのである。
「……何や?どないしたん?」
「……フッ、なんでも無いさ。要は僕がピカチュウとのSDを使いこなせれば、そのジャックとやらを超えられるんだろ?」
レインはひきつる表情筋を無理やり動かし、なんとか不敵な笑みを作り出す。
そう、恐怖心を食らうには虚勢を張るしか無い。
自分は何よりも強い、だからこそ誰にも負けない……そう信じるしか無いのだ。
「せや。アンタには全人類にSDの可能性を示すという大義がある。アンタにしか出来へんのや……頼むで。」
そう言いつつ、テイラーはゆっくりとレインの肩に手を置いた。
そこに何の感情があったなど、誰も知らない。
当人たちでさえも……。
ーーーーー少年はテイラーの付添のもと、旅に出た。
トレーナーとして頂点を目指す旅に。
彼のデビューは快調で、早くもタントとフウジ………2つのバッジを手に入れた。
そんな彼が次なる目標としてアンコルシティに訪れた時であった。
そこには見覚えのある背中があった。
今まで彼がテイラーに散々見せられてきたトレーナー………ジャックの背中だ。
しかしどうだろう。
あの時のような威厳は感じない。
まるで別人のような雰囲気であった。
偶像と実物のギャップに、レインはひどく肩を落とした。
「……どや?あのトレーナーを見た感じは。」
「大したこと無いね。あのマネネはさておき、トレンチとかいう奴は話にもならない。」
「いや、そっちやあれへん。あのスーツ男の方や。」
「……まぁ、所詮は欠陥品って感じかな。控えめに言って出来は良くない。」
だが、彼は密かに考えていた。
あのジャックを倒せれば……事実上、頂点のほぼ手前に迫れるのではないかと。
ーーーーー時間は少し飛んで、ロメロシティのサボネアドーム。
「……レイン様。残念ながら私はチャンピオンではありません。」
「………は!?」
血反吐を吐き、死にものぐるいでジャックから白星を勝ち取ったレインに……予想外の事実が告げられる。
彼には何を言っているか理解ができなかった。
「………ッ!?おい待てッ、確かにアンタはチャンピオン・ジャックだろう!?どういうことだ……おいッ!」
「……言葉のとおりです。『ジャック』は確かにチャンピオンです。が、私は違います。」
目の前の男はチャンピオンではない……
SDの力を使ってようやく倒した強敵は、自らの憧れでもなんでもない別人だとでも言うのか?
であれば自分は……強くもなんともないトレーナーなのではないか?
朦朧とする意識の中で、レインの心は揺らぐ。
掴んだと思った目標の背中は、ただの幻だと知ったからだ。
SDの影響でただでさえ脆くなっていた心身は、更にその綻びを加速していく。
ーーーーー「………。」
牧場の一角にて、少年は寝転んで空を見上げる。
片腕がないため、思うように体育座りすら出来やしない。
しかし……だ。
不思議と気分は楽だった。
今まで下ろしたかった重荷が全部消えたかの様な気持ちであった。
少なくとも、これであの痛みを味わうことはない。
「……僕も馬鹿だったな。何が『アンタしかいない』だよ。……完全無欠のSDならエンビとかもっとアテがいただろ。」
レインはため息をついた。
冷静になって見返して、初めて気がついたのだ。
テイラーの言葉が、全部都合の良いまやかしであったことに。
「………ま、これでよかったんだ。アイツにとって、僕は必要な存在なんかじゃなかった。」
そう思えば、幾らか前向きになれた。
これは誰もが納得の行く結末だ。
……そのはずだった。
だが何故だろう。
未だ彼の心には不満が残っていたのだ。
何処かに存在する蟠りが、得も言われぬ不快感を醸し出していたのである。
瞳を閉じ、彼は思う。
……本当にそれで良かったのか?と。
自分がフィールドに立った理由は……
リーグへのチャレンジをしていた理由は……
ただの義務感だけだったのか?
「………。」
「………何マヌケな顔してんのよ。」
「!?」
突如聞こえた声に瞳を開き、レインは驚く。
目の前にあったのは、覗き込んできたお嬢の顔だったからだ。
片腕がない彼は、そのままバランスを崩して数回転がり落ちる。
……が、すぐに何事もなかったかのように取り繕い、お嬢の方を向き直した。
「……何の用だよ。」
「聞いたわよ。アンタのこと。」
そう言いつつ、お嬢はレインの隣に座り込む。
「……アンタ、SDのリスクは知ってたのね。」
「……だから何だよ。」
「……いや、アンタもアンタなりに苦労してたのねってことよ。」
お嬢は目を合わせず、言葉を投げかける。
面と向かって言うほど親しい仲でもないからだ。
「………おいおい何だよ。バカにしているのか!?あぁそうだろうよ。あんだけ偉そうな口を聞いてこのザマだ!テイラーにとって『誰でもいい人間』の一人に過ぎなかった……いや、それにすらなれなかったくせに!」
彼は大声を上げる。
その声は酷く乾き、震えていた。
「ほら……嗤えよ。何の価値もなくなった僕を……笑………」
そこまで口にして、レインは固まった。
彼の目に映ったお嬢の顔は、あまりに憐れみに満ちたものだった。
見るに堪えないものを見つめる、そんな目をしていた。
「な……なんだよ……」
「……嗤うわけないじゃない。そんな……そんな………」
お嬢の言葉は詰まり、僅かな沈黙が訪れた。