50話記念番外編 祭りの後のこと。
「──アンタ分かってて自爆サモナーの情報流しただろ。全く、派手にやらかして……カルキ! もう一枚乗せて良いよ!」
「あい……」
「俺そろそろ視線が痛くなってきたんだけどウィレムさんはどう?」
「やらかしの規模的に俺がぶぶ漬けと並べられるのは違う気がするんだよなぁ!?」
公国に存在する闘技場前は、いつになく騒がしかった。公式によるバトルロイヤルイベントも終わり、恒例なら健闘を讃え合って色々話をしたり、はたまたどこか別で盃を酌み交わしたりといった文化が不思議と根付いている物だが、今日は違っていた。
イベントではあえなく入賞せずに落ちた闘技場チャンピオンこと『ぶぶ漬け』*1と、手段が卑劣と罵倒されながらも今回のイベント優勝者となった『ウィレム』。その2人が闘技場を主に遊ぶプレイヤー達に囲まれ、石を抱かされていた。
共にPvPイベントでは名を知られるプレイヤーではあるが、時折やり過ぎてしまう事がある……そういう時は、こうして姐御こと『ティッカ』に正座させられることが多かった。
一種の身内のじゃれ合いではあるが、PvPの強さはぶぶ漬けの方が上であっても、権力もとい人望はティッカの方が遥かに上なのである。
それはさておき、普段ならこのような場にはもう1人居るものなのだが、珍しく今日は不在である。ひとしきり眺めてせせら笑ってからこの場を後にしていた。
「あの子ちゃんと前に私の言ったこと覚えてんのかねぇ……」
「ん? 姐御なんか言った?」
「や、大したことじゃないよ……ほらそこのアンタもスクショ撮りたいなら今のうちに撮っときな!」
戦った後であれば。やらかしは基本的には精算される。あるいは精算させる。それが闘技場の住人達の流儀であった。
なので石抱きは必要な事なのだ……多分。
○
「いらっしゃいませ! 何名様ですか? 今ならどの席もご案内できますよ!」
「2名、奥の個室で」
「ご案内しますねー!」
店員のお決まりの言葉に、着流し姿の青年──『惣右衛門』は、慣れた様子で答えていた。その背後には、眠たげな目つきをした中性的な容姿の少女──『シズナ』が、鴨の子よろしく付いている。
「オニーサンって、案外お店知ってますよね」
「そりゃお前よりDF遊んでるしな。ホラ好きなの頼めよ」
「ご馳走様です」
席につき、各々幾らかの注文を入れてほっと一息。頼んだ物が届くまでの間、何やら眺めていたらしい青年はふと少女の方に目をやり、一言。
「シズ、お前性別バレたっぽいぞ」
「えっ……面倒……」
「いつかはバレたろ。ちょっと早まっただけだとでも思っとけ……だいたいお前普段からアバター変えて影響度3で遊んでるのに面倒もクソもねえだろ…… *2」
「万一捕捉されて絡まれたら面倒じゃないですか」
青年の言葉に少女は口を尖らせて返答する。青年はその返答に、こりこりと顎を掻きつつ口を開く。
「ま、好きに遊んだら良いけどな。そうそう、今日の……」
「ご注文の品をお持ちしました。追加のご注文があれば通路の店員へお願いしますね?」
言葉を紡ごうとした矢先、店員の持ってきた料理に遮られる。少々気の抜けたような顔立ちをする青年に、早速一口摘んだ少女は訊き返す。
「今日の? あ、この料理美味しいです。えーっとデータ提供は……東北……遠いですね」
「美味くてもリアルの腹は膨れんがな。今日のトドメの刺し方は良かった。楽しめたよ」
「オニーサン分かってないなー……リアルに関係ないから遠慮なく味を楽しめるんじゃないですか。今日のウチはめちゃくちゃ頑張りました。正直今ちょっと眠いですからね。もぐ」
「だからさっきから妙に眠そうな顔してんのか。これ終わったらとっとと寝とくんだぞ。空蝉のデバフ無効消えてたのはすっかり忘れてた。普段はロクに当たんねえからな……当たったらそのまま殺されるパターンだし」
「めちゃくちゃ嫌でしたけどぶぶ漬けさんの公開してる動画見て勉強しました。めちゃくちゃ嫌でしたけど」
眉を顰めて少女はそう答える。
「前から気になってたけどお前がアイツの事めっちゃ嫌ってるのはなんかあったの……?」
「いやなんかこう……生理的に無理で……マジで無理で……」
「今度伝えとくわ……冗談だよ。そんな顔すんなって」
「なら良いです」
伝えとく、という言葉を聞いた途端に宇宙猫顔になる少女の様子に苦笑して、青年はついでとばかりに少女に関わる頼まれごとを思い出した。
「そういや姐御……鞭使ってるテイマー居るだろ? アイツがお前とフレ登録したいんだと。お前が嫌なら断っとくけど、どうする?」
「んーあの人なら……でもなー……」
「少し俺と似たタイプだからまあ実にはなるかもしれんぞ」
「あ、ならなります。コード判ります?」
「現金だな。今渡す……ほれ」
「ありがとうございます」
少女が細々と操作をしている間に、青年も適当に取り分けた料理を味わう。DF内でも数多に存在するVRを利用した体験できる宣伝という物は、彼らの年代からすれば当然のようにある物である。これがもう一回り上の世代となるとちょうど現実と仮想の境目になるらしいが、その辺りの年代となると青年の周りにはそう多く居るわけではなかった。
「よし……。今回は、初めて勝ちたいって思えました」
「執念って奴な。そこで引き上がったパフォーマンスをいつでも扱えるくらいだと良いんだが中々難しいんだよなあ……」
「オニーサンはそういうの無いんですか?」
「んー……」
少女の言葉に、青年は幾らか記憶を探っていた。無いでは無いのだが……。
「怒るなよ……? お前に対してはまだ無い」
「オニーサンって、時折デリカシーとか無いですよね……」
「だから先に怒るなよって言ったろ!?」
少々狼狽した様子で青年は弁明した。
「まあ冗談ですけど……ところで、今回はどこ行くんです? オニーサンの方が落ちるの遅かったんでそっちに付いて行きますけど」
くすりと口角を歪ませた少女の言葉に、青年は咀嚼していた料理を飲み込んで答えた。
「そろそろホードの森に行こうと思ってな。今の時期ならアプデで人も少なくなりそうだし、紅葉も良い具合だろ」
「ホードの森って……めちゃくちゃ初心者向けのエリアじゃないですか。今は閑散としてそうですけど」
「だからだよ。散歩する分にはあの辺りの方が楽なんだよ。それと……シズ、猫は好きか?」
「猫は人並みに好きですよ? オニーサンは?」
「好きだぞ。まあそれなら良かった。じゃあ明日……は俺の予定が合わんから……次の週末、13:00ごろにホードの森の入り口な」
「ふーん……猫好きなんですね。分かりました」
「なんだその意味深な表情は」
「いえ特には……?」
と、そんなやり取りを経て、時計の針は幾許か進められる。*3
○
四方大陸は西方に位置するホードの森近辺は、今は静寂に包まれている。メンテナンスによるアップデート直後という事もあり、一年半も前の狩場に今更向かうプレイヤーは殆ど居ない。とはいえ、なんらかの目的によってここを訪れる者はゼロではない。
それは例えば、先日フレンドと待ち合わせをした青年であり、また誘われた少女の事である。
「しばらくぶりですね。元気でした?」
「少なくともこっちじゃ元気だよ。んじゃ、行くか。こないだも言ったが、途中までは通常のルートだが、途中からちょっと移動アーツも使うからな?」
「はーい」
ホードの森は行楽に使われるには少々物騒な場所ではあるが、それもプレイヤーの成長段階により変わる。低く見積もっても中位職開放まで行えば殆どのエネミーは自分から喧嘩を売るようなことはしないし、また戦闘に縺れ込んだとしても得物の一振りで即終了するような有様となる。
「しかし本当に人居ないですねここ」
「俺たちの段階でわざわざここ来るようなのはそれこそ検証組の奴らくらいだよ。奴らも観に来るような物もあるにはあるが……そもそも今は影響度下げてるしな。観測もされない」
「ウチ影響度周りの設定なかったら多分このゲーム早々に辞めてましたからね」
「そういうのはちょいちょい聞くな……もうちょいするとアーツ使うぞ」
「はいはい」
行楽であればホードの森よりも安全な場所は幾つもある。またそのような場所は大抵NPCによる手も入っているので、より美しい光景が観れるのだ。人の手が入る方が人には過ごしやすいロケーションとなるのはDFにおいても変わりはしない。
「このまま中心部から逸れて西の方に向かうんだよ」
「真っ直ぐ抜けないんですねえ」
「そりゃ真っ直ぐ抜けたらエリアの外行くからな……」
紅く染まった木々の小道を行きながら、2人は言葉を気ままに交わす。
「これだけ道険しくて森って言い張るの変でしょ……! 何か、先が開けてきたんですけど」
「ならそろそろお目当ての場所だよ」
「案外わくわくしてます」
青年の言葉を聴きながら進むうち、やがて眼前に広がる、森の中に恐ろしく開けた平原と、抉れて苔むした岩。それと平原を包むように流れる清流の光景に、少女は一時目を奪われた。
「こんな場所あったんですね……」
「メインシナリオに関係してるかもってんでV6開始時からずっと調べられてる地帯なんだ。尤も、今はその原因になってる奴は留守っぽいが……ま、釣りでもして待つか……ほれ、茶だ」
青年はインベントリから水筒を出し、少女へ渡す。
「ありがとうございます……オニーサンってこう……趣味が割と古臭いですよね?」
「俺は趣味に古いも新しいも無いとは思ってるんだがよく言われるな」
「でしょうね……ウチの分の釣竿ってあります?」
「あるぞ。念の為用意しといた」
「じゃあ借りますね」
いつかの保養地での出会いの時のように、穏やかな時間が過ぎていく。どちらともなく声を掛け、時折釣れる川魚に反応し、あとはのんびりと過ごすだけ。
お互いに用意していた食事を半分に分け合い、ふと過去の交流について思った事を口に出し、何らかの意見を出す……そんな緩やかな時間が流れて一刻ばかり経った頃。
「オニーサン、あのめちゃくちゃ大きい虎はなんなんです?」
森の中からのそのそと現れた、空色の毛並みを持つ巨大なネコ科動物を指して、少女は青年に訊ねた。
「虎だが???」
「撃ちますよ?」
「マジな顔になるなよ! あの虎はここが調べられてる原因だよ。今バージョンでなんか重要な奴なんじゃねえかって言われてる……めちゃくちゃデカくて強い虎だ」
「今バージョンって事は、前にも居たんですかあんなの?」
「あそこまでデカくないしデブじゃないし*4友好的でもないがまあ居たぞ。前は……猪だったな」
メジャーバージョン毎に初期から存在する、やたらに強くて巨大な動物はリリース当初からのDFプレイヤーには最早常識と化しつつあるが、それがメインシナリオに関わった事は今まで2回しか無い。つまり、本当に重要なのかどうかはバージョン終盤にならないと判明しないのである。それはそれとして検証組を惹きつける何かがあるのは間違いないと噂だが。
「へぇー……友好的?」
「あの虎一定以上の強さになってるとブラッシング要求してくるんだよ。だから今近づいてきてるって訳。お前にも手伝ってもらうぞ」
「はあ……まあそれは良いですけど……ブラシ用意してるんですか……準備良いですね……」
「まあ月一くらいで通ってるからな……ほら行くぞ」
のしのしと歩いてくる巨虎の姿は太さも相まってユーモラスな印象があった。先に向かった青年に倣い、少女も川を飛び越えて側まで近づいてみると、改めて巨大である事が嫌でも理解できた。
ざっくりとした目算でも体長5mは固いだろう大きさである。巨虎はブラシを持った二人の姿を認めて、ぐるぐると喉を鳴らしてからごろりと横になる。
これは、毛繕いしろとかそういう意味なのだろうか? と少女が疑問符を浮かべるが、先導した青年が特に躊躇する事もなくブラシで豪快に毛繕いを行なっているのを目にして、少女もまたそのようにしたのである。
○
30分程でブラッシングは終了した。目の前でその巨体を丸くして寝こける虎を二人で眺めつつ、ぽつぽつと少女は言葉を紡いでいた。
「体が大きいとブラッシングも大変なんですね……」
「でもコイツ見た目に反してクソ強いからな。以前上位職開放した辺りでぶぶ漬けと2人で挑んだんだが……謎の吸引付き猫パンチでワンパンされたから今でも多分ワンパンだろうな……」
「えぇ……」
困惑した様子で少女は声を漏らした。この人もしかしてものすごい馬鹿なのでは? という思いと、青年の言い方からするに、この巨虎の強さが想定を超えて異常な様子だったからである。
「ま、今日は助かった。次はそっちに付き合うから、行く場所決まったら連絡してくれ」
「……もしかしてなんですが、ウチにブラッシングを手伝わせる為にここに?」
急にジト目になった少女の言葉に、青年は全く気付かず顎に手を当てて答えた。
「1/3くらいはそうだな……待て待てシズ、何で急に武器出した?」
「オニーサンは、バカです。すごく」
銃声は、高らかに森の空に響いた。
薩摩マンクソボケ説にトップ砂が勘付いたので進展速度がちょっと加速しました。
・でっけえ虎
クソ強タイガー。防御無視無敵貫通吸引付き猫パンチで数多の旅人を屠る謎の虎(推定)。公式からの声明は特に出ていないのでマジの謎。