よくある、スカウト失敗したトレーナーの話   作:ヒメノリ

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遠い空

「共同通信杯?」

 

日が丁度真上の方角辺りに位置する頃、俺は手に持つ何枚かにプリントアウトしたレースについてまとめた資料を持って、グラウンドの隅、木陰のある位置でジャージ姿の彼女と対面していた。

 

「ああ、次に出るレースの話だ。今からだと少し期間があるが、目標としては十分だろう。」

 

そう言って俺は手に持っていたプリントを彼女に手渡す。紙には一番上に『共同通信杯(G3)』とゴシックの文字が黒く浮いていた。

共同通信杯。一年の挑戦を経たウマ娘たちが、挑む事を許されるレースの一つだ。

 

クラシック級になったウマ娘たちは各々自分に合った道、適正距離のレースへと挑む。

ある者は夢を追いかけ、またある者は勝利を目指し、彼女たちはそれぞれの目標を定めてレースに臨む。

 

しかし、これらは容易なことでない。手強いライバルは増え続け、自分の成長に一喜一憂する彼女たちは、各々自分に合ったプロセスを選ばなくてはならない。

そんな大きな課題の一つがレース選びだ。

 

それぞれの個性を持った脚は多様な走りを見せる。そしてその脚に相応しい舞台(バ場)がある。

俺の担当である彼女を例にすれば、彼女の脚はマイルから中距離の芝レースで最も才能を発揮する。

これに関しては、ここ一年近くの彼女について記したデータが証明してくれていた。

 

つまり、彼女含むクラシック期のウマ娘たちは、これからどのレースに挑むのか検討しなくてはならないのだ。

道筋は文字通りレースの数ほどあり、どのレースにいつ出るべきなのかを考える必要がある。

 

そこでネックになるのはレースの難度の変化だ。

 

「芝、1800、左回り…」

 

彼女は、渡された資料の内容を声にして確認し出した。

今目の前にいる彼女は間違いなく優秀なウマ娘だ。

 

それは、ここまで彼女の走りを直接見てきた俺が下す彼女への評価だ。

そもそも、狭き門である中央の門を潜ったのだ。

 

去年のレースでの結果が表すように、彼女は国内に存在する数多のウマ娘の中でも上位の速さを誇る。

今の所、勝率だけで語るなら、彼女は100パーセント勝ってきた。

なら、このままその数字を維持できるかと聞かれれば、答えはノーだ。

 

彼女が弱くなるからでも、努力を止めるからでもない。単純に周りの環境が変わるからだ。

 

「さて、一通り確認してもらえたか?」

 

「…ま、大体は見たけど…これシンボリルドルフは出ないって、ほら、ここに書いてあるわよね?」

 

表面をこちらに見せるように彼女は右手で紙を突き出し、左手で『出場予想』と書かれた欄を指差した。

そこには、確かにルドルフの名前は載っていなかった。

 

「今まで場慣れするために短いコースのレースとか、アイツ(ルドルフ)のいないレースを走ったのはわかるけど、これからアイツが出場するの、トレーナー調べなら中長距離のレースでしょ?だったらもう少し距離伸ばしたり、対策になるレースにした方が良いんじゃないの?」

 

トントンと彼女が伸ばした人差し指で紙を叩いた。

 

「確かにな。だが今回はルドルフに勝つためではない、と言うか勝てると思ってない(・・・・・)。」

 

その言葉に、彼女が眉と耳をぴくりと動かし、不満げに口を開いた。

 

「…思ってないって、このままじゃ当日までに実力が足りないって事?」

 

彼女は少しだけ目を細めて言った。どうやら俺の言葉に、自分の実力が足りないと判断したらしい。

俺は彼女の考えを否定するように、首を横に振った。

 

「いや、今のままトレーニングを積めば、難なく突破できる実力に至るだろう。」

 

俺がそう言うと、彼女は今度は不思議そうに小首を傾げた。

 

「いやでも、さっき勝てないって…」

 

「ああ、勝てないだろう。」

 

「…」

 

そのやりとりの後、またもや彼女が怪訝そうな表情でこちら見てきた。

 

「…トレーナーってさ、小学校とかで通知表とかに『もう少し伝える努力をしましょう』とか担任の先生に書かれなかった?」

 

「いや、覚えてないな。」

 

はあ、とため息をつくと、彼女はやれやれと言った様子で腰に手を当てた。

 

「ま、いいけど。だったらトレーナーのご自慢の予想とやらを、ぶっ壊してあげるわ。」

 

いつもの様に、自信に溢れた彼女はそういった。

俺はその言葉に頷いて、彼女の意気を見届けることにした。

 

「ああ、その勢いで頼む。」

 

それから、トレーニングへと移り、いつも通りの予定でメニューをこなした。

途中、彼女からの挑戦的な目線や、やってやると言わんばかりの気合いが印象的だった。

 

そうだ、その勢いが良い。そうでなくては意味がないからだ。

数週間後、彼女は知るだろう。『共同通信杯』の横に記されたG3(・・)の意味を。

 

これから挑む世界は、一筋縄では行かない事を。

 

____

 

次に挑むレースが決まった。名前は共同通信杯と言う、マイルのレースらしい。

私は、先月末くらいにトレーナーから貰ったレース資料を、自分の席でぼうっと眺めていた。

 

教室の中、午前中を乗り越えた部屋には平穏な時間が流れていた。

皆午後に備えるべく、昼食へと準備のため、教室の外へと出ていく生徒が殆どだ。

大方、食堂が目的地だろう。

 

なんと、ここトレセン学園は食堂の無料使用を生徒に確約してくれてるのだ。

一般的に、ウマ娘は身体能力がヒトと比べて高い。これは雲泥の差であり、そのため彼等と比べてもエネルギー消費量が多く、それに比例するように補給する栄養も多い。

 

さらに、日頃レースでの活躍を目指して研鑽を積む私たちは、その中でも更に多量の補給を伴う。

中には少食であったり、逆に食欲旺盛だったりするウマ娘もいるのだが、平均的に必要な食費は高く付く。

 

しかし、それら食事に関する問題を根底から解決するシステムが、中央にはあるのだ。

大変有難いこの恩恵を受けない理由もなく、昼休みを告げるチャイムが鳴り終わる頃には、こうやってウマ娘たちが食堂に移動するのは珍しい光景ではなくなっていった。

 

なんて、クラスメイト達の一斉移動を観察してると、奥の方から1人こっちに向かって来た。

 

「おーい、お昼だよー。」

 

今日は青いリボンであった。手を軽く振って此方に向かって来るのは、ここ最近友達と呼べる関係になった、右耳のリボンがチャームポイントのウマ娘であった。

 

「あー、ニシ。悪いんだけど今日は他の娘と食べてくれない?」

 

「えー、良いけど。お昼どうするの?」

 

ニシ、とは目の前で少し不満げに話す友達の愛称である。大体、ウマ娘の名前は長いので、このような愛称で呼ぶ事が多い。

そんなニシからのお誘いは、最近恒例となっていた。初日の出会いから、私たちの関係は続いていた。

授業のペア活動なんかでもよく組む事が多い。

 

「今日は、ほら、これにするから。」

 

そう言いつつ、私はカバンから二段に積まれた弁当箱を取り出す。

 

「へー、お弁当なんだ。でも、なんで今日だけ?いつも食堂で摂るのに。」

 

「私もそのつもりだったんだけどね。今朝、偶然私のトレーナーから貰ったから、今日はこっちにするわ。」

 

事情を説明しながら、私は今日の朝を振り返る。

 

____

 

今朝は、いつも通り朝練としてトレーナーとグラウンドに訪れていた。

共同通信杯への出場を目標としてから、意外なことに私のトレーニングに変化はなかった。

 

実際のコースを意識しての試走や、重点的なトレーニングは無く、あらかじめ予定していたメニューのトレーニングが続いていた。

今朝もトレーナーの指示通りの練習を終え、一度トレーナー室に戻った時だった。

 

いつもならトレーナーが先に部屋を出て、そこから私が着替えてまた次の練習の機会まで合わないのだが。

クールダウンと着替えを済ませた私が部屋を出た時、すぐ側の壁に凭れる様にトレーナーが立っていた。

 

「トレーナー?」

 

いつもはここで会うこともないのだが、待っていた様子を見るに忘れ物だろうか。

そんな風に私が声をあげると、トレーナーは此方の存在に気付いたのか、壁から体を離して近づいてきた。手に持つ鞄に手で探りを入れ、中から緑の布に包まれた直方体の物を取り出した。

 

「すまない、さっき渡そうと思って忘れていた。」

 

そう言ってトレーナーは取り出した箱を渡してきた。

重量からしてただの空箱ではなく、中身があるようだ。

 

「これ、何?もしかして…お弁当?」

 

手包であろう包装された箱を見て、私はトレーナーに中身を尋ねた。

 

「ああ、この間読んだ文献に少し興味が出てな。この間の特訓での事もあるだろう?少しの期間食事によるコンディションの変化を確かめたいと思って作ったんだが…今朝作り終わってから気付いたんだが、君に確認を忘れててな。どうだろうか?」

 

文献、よくわからないが、トレーナーが難しそうな本に目を向けている姿はすぐに想像できた。

にしても、何かに感化されて、朝から弁当を作って来たらしい。

 

「ふーん…ま、良いわよ。せっかく作ってきた物だし、今日のお昼はコレにさせて貰うわ。」

 

特別断る理由も無いし、トレーナーの実験に付き合うことにした。

まあ、これで私の体調も良い方に転がれば、私にとっても願ったり叶ったりだ。私はトレーナーの手から受け取った弁当箱を鞄に収納すると、軽くお礼を言った。

 

「いや、こちらとしても思いつきでやった事だ、何か不都合があったら食べずに返してくれたら良い。それでは、後で。」

 

そう言ってトレーナーは私と入れ違う形でトレーナー室へと入って行った。私はその様子を見届けてから、自分の始業に間に合う用、教室へと歩を進めたのであった。

 

____

 

「と、そんな経緯ね。」

 

私は「え!お弁当?トレーナーから?気になる!」と目を輝かせて問いかけてきたニシに、ここまでの経緯を語った。

私の説明に納得いったのか、ポンと右手を左手の掌に乗せ、口を開いた。

 

「ああ、だから朝あんなに尻尾を…。」

 

納得してくれたのは良いのだが、後半は言葉になっておらずよく聞き取れなかった。

 

「尻尾?ま、良いけど。とりあえず、私はお昼の当てがあるから良いけど、ニシはさっさと食堂行かないと席埋まっちゃうわよ。」

 

私がそう言うと、ニシは時計の方に顔を向け、時間の進みを確認してか教室を後にして行った。

去っていく彼女の背に向け、ヒラヒラと肩肘をつきながら手を振った後、私も自分の食事に取り掛かるべく、机の上の弁当を開いた。中身は色彩豊か、と言うわけでは無かったが、細かに詰められたであろう具材一つ一つからは、確かにトレーナーが作ったであろう完成度が表現されてた。

 

早速隅にある青豆のサラダらしき物に手をつけようと箸を手にした時だった。

 

「おや、手洗いは済ませたのか?」

 

1人だと思っていた教室に、落ち着いた声が発せられた。

声色から大方わかったその人物に、私は持っていた箸を置き教室の入り口に顔を向けた。

 

「……。」

 

浄潔快豁(じょうけつかいかつ)、食前の手洗いは私たちの安全にも必須だ。先に済ませてはどうだろうか。」

 

ここ最近物理的に見る頻度が高くなったシンボリルドルが、教室の扉から私の方、もとい自身の席へと歩いていた。

 

「……。」

 

何でここに、とか、なぜ今日に限って私は1人なのか、とか色々言いたいことはあったけど、事実私も目の前の弁当の中身に手洗いを忘れていたので、ここはおとなしく従うことにした。私は無言で席を立ち、教室を出て手洗い場へと向かった。

 

蛇口のハンドルを回し、水が音を立てて流れる。ノズルから出る水に手を伸ばし、途端に肌が冷たくなる。

 

手を洗いながら、今から教室に行くと隣の席のアイツと2人だという事を思い出した。

時間的に、今から食堂に行ってもまだ間に合うだろう。

私は近くの窓枠に手を乗せ、手洗い場の窓から見えるカフェテリアの屋根を見つめ、そう考える。

 

しかし、私の机の上には、今も私の登場を待っている弁当がいるのだ。

ここで食堂に引く選択はできない。

 

「はあ。」

 

誰もいない状況、私のため息が窓の先の景色に吸い込まれていく。

私は踵を返すと、結局教室での弁当を選択した。

 

廊下を歩く中、アイツ(シンボリルドルフ)の姿を心の中思い浮かべる。

どうにも、私は苦手なのだ。

 

あれから、私の新学期生活は何事も無く過ぎていた。授業中のペア活動はニシと、昼食だって、アイツはどこで食べているのか知らないけど、会った事もなかった。

というか、私はアイツがクラスメイトと仲良くしてる姿を見た覚えがない。

 

生徒会とか、自分のチームでは和気藹々と話してるのかもしれないが、なんとなくアイツ自身が避けているように見えた。

自分から孤立していく、別にそれが悪と断じはしないし、どちらかといえば私も大勢で行動とかはしない。

 

それでも、不意に視線を向けるとどこか遠くを見てたり。

 

「なんだかねぇ。」

 

廊下に日を差し込む窓越しの空には、いくつかの小さな雲が流れていた。

掴みどころが無いと言うか、触りづらい奴というのがこのクラスでのシンボリルドルフの印象だろう。

 

そしてこんなことに微妙に頭を悩ませてる自分が、最もな疑問であった。

多分相性が悪いのだ。水と油のよう、互いにそこに存在するだけで反発し合う。

 

たどり着いた教室に、もしかしたら誰も居ないかもと、部屋の中を覗き込むが、案の定、アイツは自分の机の前に腰掛けていた。

 

観念して、私は自分の席に近づき、隣の席に着く。

私の存在には気付いていたのだろう。私の方を横目に確認しながら、何かを咀嚼していた。

 

野性の獅子は、食事中が最も隙を晒すという言葉が頭に浮かぶ。

しかし、机の上にサンドイッチを置き、カップ付きの水筒で珈琲らしき物を飲む姿には、隙というより気品の様なものが感じられた。

 

結論、訓練された獅子に隙はない。

可愛くないやつ、と思いながら私も一度閉じた弁当に手を伸ばし、再びその蓋を開く。

 

箸を手に、食事を淡々と続けていく。

そこに会話と言える音は存在せず、和やかとも、気まずいとも言えない沈黙が流れる。

半分程度食べ終わり、何か飲もうと机にかけてある鞄からペットボトルを取り出そうとする。

 

一瞬、横に顔を向けた拍子にアイツと目が合う。

 

「…」

 

今度は気まずい沈黙だ。顔を合わせて対話する時、目だけで相手のかなりの情報を得てるという。

言い換えれば、目と目が合ってしまったら、会話は開始されてしまうのだ。

 

このまま見なかったことにするのも気が引かれ、私は話しかけることにした。

 

「…なんか、用かしら。」

 

最初の選択としては、よくはないであろう私の質問に、シンボリルドルフは手に持っていたカップを置き、口を開いた。

 

「いや、トレセン学園(ここ)にはカフェテリアで無料の食事があるのに、君は弁当を持参しているのだと思ってね。」

 

「私のは貰い物よ。普段は食堂で済ませてるけど、今日だけ特別。そう言うアンタはなんでここで食べてるのよ。」

 

アイツの机の上のもう形の無い、容器だけになったサンドイッチと、カップを指差し答える。

食堂で見たりしないし、普段からここで食べているのだろうか。

 

「ああ、これか。普段は生徒会室で活動のついでに食べてるのだが、さっき確認したところ、今日は特に用事もなくてね。そういう日は教室で済ませる様にしてるんだ。」

 

そういってカップを再び持ち上げるシンボリルドルフ。

食事の内容が片手で食べれそうな物であることも納得がいった。

 

「そう…。」

 

適当に相槌を打ちながら、箸の間で卵焼きを掴み上げて口に放る。

その間も、アイツはこっちを見てくるし、見られながらの食事というものは落ち着かない。

 

「そういえば、もうすぐじゃないか。」

 

未だ口を開く事ができず、咀嚼を続ける私に、アイツは唐突に話を振った。

もうすぐ、なんの話か。言葉の意図が分からず、意味を問おうとした時。

私が飲み込む前に、アイツはその答えを述べた。

 

「共同通信杯。」

 

先程と変わらぬ表情、同じく声色で語るシンボリルドルフに対し、私はその言葉に驚きが心を通り過ぎるのを感じていた。

 

止まった食事を再開するように、今度こそゆっくりと口の中の物を飲み込むと、口を開いた。

 

「なんで知って…ま、いいわ。別に、どうもしないわよ。いつも通りに練習して、本番に臨む予定よ。」

 

ーじゃ、これで因縁ついたってことで。

顔合わせ早々、大きく開戦宣言をした事を後悔し始めていた。感情に身を任せたアイツの頬を叩き、意味不明な声明をあげた私は、叩かれた本人からしたら大いに警戒に値するだろう。暴力気質のウマ娘が、自分を狙ってるぞ、と。

 

担当トレーナーの影響で、コイツの出るであろうレースを今年の秋までを暗唱できる。

そんな私が次のレースを言い当てられた位で文句を言える道理はなかった。

 

私が動揺している様子を見てか、シンボリルドルフは小さく笑ってこちらを見ていた。

 

「…何よ。」

 

「いや君にとっては次が初めての重賞らしいじゃないか。心意気は如何かな。」

 

重賞。この際コイツが私のこれまでの出場レースを知ってることはいいとして、私は言われてからトレーナーから手渡された資料に書かれていたG3の文字を思い出した。失念していたわけでは無い。だけど、今の段階で重賞に出る事自体はおかしな事じゃない。

 

「重賞ね。アンタも出たじゃない。去年の秋頃に。」

 

サウジなんとかカップ。話だけトレーナーから聞いた話だ。実際に内容を研究するのはトレーナーに任せたため、私は実際に現地で見たりしたわけじゃ無い。ただ、一着の名前はしっかりと覚えていた。

 

「ああ、サウジロイヤルカップか。あれはいい経験になったよ。1600のレースと聞いていたが、あれは中距離に近いと感じた。事上磨錬(じじょうまれん)、実際に走って得れるものは多かったが、同時に少し危うくも合ったかな。」

 

思い出すように語るアイツの言葉に、少しだけ気になる部分があった。

 

「危うく、ね。」

 

コイツが練習する姿を見ても、焦ったり、しくじるという場面は見たことが無かった。それは、日頃の生活にも通じ、何かにおいて失敗とは無縁そうなのがシンボリルドルフの印象だった。

そんなコイツが危ういという台詞に、少し違和感を感じながら、私は最後の一口を口に放る。

 

気づくと、2人だけだった教室には、何名かのクラスメイトたちが戻ってきていた。そのまま、教室に満ち始めた賑わいに対し、反比例していく様に会話は無くなっていった。私は弁当箱の中身が空になった事を確認する。その後蓋を閉めて、元あったように布巾で包んで鞄にしまう。

 

午後からはトレーニングのコマ割だ。一度昼休みの間にトレーナー室によるため、席を立つ。教室の扉へと向かう直前、シンボリルドルフの方を見ると、さっきまで向っていた私の方とは逆、窓の外を眺めていた。後ろ姿だけで顔の確認できない姿には、危うさは見当たらなかった。

 

私は、教室を後にし、トレーナー室へと移動を開始した。

 

____

 

背中が、私の前方で遠のいていく。

ゴール板が、何バ身か先で、私じゃないウマ娘によって踏み越されて行く。

あれは、誰だ。私じゃない。

 

それだけ確認して、気づくと私の身体はゴール板を超えていた。

息が、苦しかった。

 

脚が万全じゃ無かったとか、体調が優れなかったとか、そういう理屈は当てはまらなかった。

 

惰性と呼べる速度でターフを走り、少しずつ足の動きを緩めていく。少し遠くでウィニングランを行っているウマ娘が見えた。

 

「ニシ…。」

 

出ていることは、知っていた。

負ける気なんて無かった。

 

でも、どうしてこうなったかは自分では理解ができなかった。

それ以上に疲れが全身を襲い、思わず首を上に向ける。

走り終えたターフの上から見る空は、遠く見えた。

 

その光景に、初めて私は自分を客観視できた。

私は、負けたのだった。

 

 

 

 

 

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