よくある、スカウト失敗したトレーナーの話   作:ヒメノリ

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『皇帝完全攻略』

あらかた掃除を終え、目立つ埃や汚れを取り払った俺は、トレーナー室にてポットでお湯を沸かしていた。

 

昼食は、食堂で食べることも出来るが、問題児扱いの俺が食堂に行っても、どうなるかは容易に想像がつく。

 

熱い視線を浴びながらの食事より、カップ麺でのジャンクな食事を選んだのであった。

お湯を注ぎ終わり、蓋をする。

 

三分待つ間に、携帯電話を取り出して、連絡アプリを確認すると、新着通知が来ているのに気付いた。

アプリを開くと、そこには、家からの連絡が来ていた。

 

『学園での日々はどうだ?シンボリルドルフさんとは上手くやれているか?』

 

そのメッセージを見て、思わず目を逸らしたくなった。

なんと返したものか。向窓家とは、名ばかりの古い家だ。

シンボリ家との繋がりが、自分含む彼等を唯一名家たらしめる要素。

 

そんな彼等は、今年学園の生徒となるルドルフとの繋がりを随時気にしていた。

もっとも、俺が実家にいた頃、俺はルドルフの隣に常に居たほどだ。

 

その様子に、両親は不安を覚えていなかったようだが、トレーナーになるため実家を離れたのだ。

 

こうして定期的に確認の連絡を寄越すようになったのだが、トレセン学園に赴任してからというもの、こうしてルドルフとの関係を聞いて来るようになった。

 

今までは、不安を覚えさせないよう、適当に濁して返していたが、これからは事情が違う。

違う担当を持ったと、伝えるべきか。

 

結局俺は、上手い返事を思いつけず、既読のまま、放置をするのであった。

 

カップ麺は少しのびていて、不味かった。

ーーー

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 

その時には、私は既に第一グラウンドに居た。

四五限目は、トレーニングの時間だ。普段の私だったら、このまま目の前で全員の点呼を始める教官達と一緒に、合同練習を行うのだろう。

 

しかし、今日からは違う。

 

私の視線の先は、隣のクラスであるため、少し離れた所で同じような文言を伝えられるている鹿毛のウマ娘で固定されていた。

 

シンボリルドルフ。

昨日、いや、ずっと前から倒そうと決意した、ウマ娘。

 

生徒の間でも、話題になっているが、トレーナーの間ではもっとだろう。

 

シンボリルドルフがチームに所属する前、彼女のところには常に彼女を担当しようとスカウトするトレーナーが多く訪れていた。

 

漏れなく全滅していたようだが。

 

そして、今日から私に指導をしてくれるトレーナーも、そんなスカウト失敗したトレーナーのひとりだ。

 

「では、各自、トレーニングに励むよう。では、開始とする。」

 

私がそんな風に思考しているうちに、どうやら説明が終わったようだ。

 

そして、それを確認した後、一斉に動き出す他のクラスメイト達。

 

私も、彼女たちに倣い、その場を立ち、トレーナーが待っているであろう第三グラウンドへ向かう。

 

グラウンドから出る直前、ちらりと見たシンボリルドルフは、私とは逆のグラウンドへと向かっているようだった。

ーーー

第三グラウンドには、既に人影があった。

今後のトレーニングの構想を練っているのか、クリップボードとにらめっこしてる者、ドラム缶や、タイヤをグラウンドを用意してる者。

 

俺以外のトレーナー達が、自分達の担当のウマ娘を迎えるべく、準備を進めていた。

 

俺も、彼等と同じように何か準備をしようかと思った時、遠目に目当てのウマ娘の姿を見つける。

 

彼女は、俺の姿をしばらくキョロキョロと見渡すと、俺の姿を見つけたのか。軽く手を振りながら近づいてくる。

 

「あー、お久しぶり?ね。」

 

少し気まずそうに話しかけるそのウマ娘は、今日から俺の担当となるウマ娘であった。  

 

「そうだな。」

 

果たして、昨日会ったばかりの相手に対して、久しぶりと言う挨拶が適切なのか。

俺は、深くは考えず返事を返した。

 

とりあえず、今日は君の走りを見たい。

正確には、昨日も彼女の走りは見たが、軽く見ただけだ。

 

距離適性、走り方の違いによる速度、得意不得意の確認等、何度か違うパターンの走りを見せてもらうことが、これからの練習には不可欠なのだ。

 

そう彼女に伝えると、早速、軽く芝の上を走ってもらうことになった。

 

「悪くないな。」

 

彼女が走る様子を見て、俺は率直に感想を述べる。

まず、フォームが綺麗だ。

 

これは、かなり重要なことである。

 

綺麗なフォームで走れることは、そのままタイム短縮に繋がるからだ。

 

次に、足腰の強さが感じられる。

これも、なかなか良いことだ。

 

しっかりと鍛えれば、末脚の爆発力になる。

 

やはり、基礎的な運動能力は高そうである。

だが、問題もある。

 

一つは、スタミナである。

 

彼女自身の口からも聞かされたが、彼女の適正距離はマイルや中距離と言ったもので、長距離の走行になると、途端にスタミナの無さが露呈されることになる。

 

しかし、適性というものは仕方ないこともある。親の遺伝や、性格に左右されることもあり、中には逃げしか行えない等、極端な適正でない分、彼女は相当器用な方だろう。

 

「と、言う所だな。」

 

一通り、彼女の走りを見て、俺は彼女に評価を伝える。

 

彼女も、概ね自分の脚については理解していた様で、そこまで驚いた様子は無い。

 

「なるほど。やっぱり、そんなところかしら。」

 

と呟くと、今度は逆に俺へ質問を投げかけて来た。

 

「貴方から見て、どうだった?」

 

どう、とはどういうことだろうか。俺は、彼女の走りを見て、しっかり評価したはずだ。

 

俺は、素直に思ったことを返す。

 

「…さっきも言った通りだ。フォームも綺麗だし、走り方に癖もない。今の段階でこれだけの仕上がりなら…」

 

そこまで言うと、彼女の目の色が少し変わる。

 

「それで、シンボリルドルフには勝てそうなの?」

 

その言葉に、先程まで流暢に流れていた言葉の流れが止まる。

 

「…」

 

勝てそうなのか。正直に言おう。

俺は今の彼女が今のままトレーニングを続けても、ルドルフに勝てるところを想像出来ない。

 

それほどまでに、俺はシンボリルドルフというウマ娘の走りを、強みを理解してしまっていた。

 

「正直に言おう、全く勝てる気がしない。」

 

取り繕うのも面倒だ。両親からのメッセージを思い出しながら答える。

 

当然、目の前の少女に強張りが感じられる。

ウマ娘というものは、競争心の強いものだ。

 

目の前で、それも自分のトレーナーから実力不足を伝えられ、いい顔をする者も少ないだろう。

 

「っ!そっか、やっぱりまだ遠いか…」

 

そう言いながら、彼女は、周りで練習をするウマ娘達を見ながら、悔しそうな表情を隠しながら言った。

 

そして、俺は、そんな彼女に用意してた二つのファイルを見せながら、言う。

 

「今の君の実力で、ルドルフに勝つのは厳しいだろう。今のルドルフが、少し歪な走りをしていたとしても、ルドルフは君に勝つだろう。」

 

俺の言葉に、彼女の表情に少し翳りが見える。

 

「…っ、やっぱり、私が挑むのは…」

 

その言葉を遮るように、持っていたファイルを彼女に投げ渡す。

 

突然のことに、驚きつつも二つのファイルを受け取る彼女。

 

「いいか、シンボリルドルフは99%勝つ走りをする。だから、その1パーセントを限りなく確実に奪い取れるよう、俺がサポートしよう。」

 

そう、ルドルフのトレーナーに求められることは、この1パーセントを埋めること。

 

そして、俺は生涯をその1パーセントに捧げようとした身だ。

 

シンボリルドルフの絶対を崩すことも、出来なくはない。

 

「今から作戦会議だ、行くぞ。」

 

俺は、そう告げると、返事も待たずに使用したトレーニング器具を拾い集めながら、トレーナー室へと歩を進めた。

 

後ろから、少し遅れてついてくるように足音が聞こえた。

ーーー

 

「よし、今日はこのくらいにしておこう。」

 

俺がそう声をかけると、彼女は少し疲れたような声で答えた。

 

「ふぅ……わかったわ。今日はありがとう。」

 

「あぁ、こちらこそ、ありがとな。」

 

俺達は、トレーナー室で作戦会議に務めた。

 

長い間話を聞かされ、そこから今後の練習方針について話し合ったからか、ぐったりとした様子でソファーに腰掛ける彼女であった。

 

俺は、適当にいれたインスタントのコーヒーを飲みながら、今日の成果についてファイル整理する。

 

グラウンドで彼女に渡したファイルは二つ。

 

一つは、黄色のファイル。

これまでに彼女の走りを観察して記入した、今後の方針や特徴を記した紙をまとめたもの。

 

そしてもう一つは、赤色のファイル。

こちらは、まだ白紙のままだ。しかし、内容は決まっている。

 

丁度、白紙のままのファイルをソファーに座る彼女が手に取った。

 

「『皇帝完全攻略ファイル』ねぇ…。」

 

今彼女が口にしたものが、この赤のファイルの名前だ。

 

「なんだ?名前が気に入らないか?」

 

カップに入ったコーヒを一口飲み、彼女に問いかける。

 

「いやー、別に文句は無いわよ。けど、なんで皇帝?これ、シンボリルドルフのこと?」

 

まぁ確かに、気になるのも無理はないだろう。

 

「そうだな。シンボリルドルフを打倒するためだけに作ったものだからな。下克上というか、玉座簒奪の意味も込めてな。」

 

そう言うと、彼女は少し笑いながら言った。

 

「ふっ、アンタの中でもう未来の玉座はシンボリルドルフの物なのね。」

 

全く、妬けちゃうわね。そういうと、彼女は突然に立ち上がった。

 

「このファイル、さっきも聞かされたけど、シンボリルドルフの走りや、レースを徹底的に記録するのよね?」

 

俺は、彼女の質問に軽く頷く。

 

「ああ、今後君を菊花賞までに勝てせられるよう、更に、俺の目的としてルドルフの変化を調べるためにな。」

 

『皇帝完全攻略ファイル』と黒の油性ペンで書かれたファイルの中身は、ルドルフについて事細かに記し予定のものだ。

 

これから先、俺は今目の前に立つ少女を勝たせる事と、ルドルフの真意を調べるために、このファイルを議事録のように使う予定だ。

 

「へぇ、じゃあ私もそのファイルに書いてもいいかしら?」

 

俺は、少し考えた後、彼女の提案を受け入れることにした。

 

「いいだろう。実際にレースを走る君の意見も大切だ。今後は、二人共有のメモとしてこのファイルは活用して行こう。」

 

それから、今日は解散となった。

 

今日は走りの確認と、今後の練習の指定、明日からは予定にあったトレーニングとして、場所取りなども行わなくてはならない。

 

帰り際、彼女はトレーナー室を出る時。

 

「あ、トレーナー室。埃とかは良くなってるけど、匂い、何とかしといてね。」

 

と、言われ帰ってしまった。

匂い。

なんの事か、そう思い、備え付けの流し台を見ると、カップ麺が置いてあるままであった。

 

今後は、清潔感も維持しなくては、と一人面倒くさげに息をつくのであった。

 

ーーー

もうすっかり日も暮れて夜が訪れた頃。

 

俺は、あの後、今日の予定を考えていた。

正直、俺のプランとしては、ルドルフのレースの映像を見て、分析し、彼女の走り方からカウンターのようにレース展開を読む事であった。

 

そして、その戦術を元に、彼女の走り方を修正させていく。これが俺のプランだった。

 

しかし、その作戦は、俺には使えないことが判明した。

 

それは、ルドルフの走り方が、俺の想定しているものとは違ったからだ。

 

どうして、ここまで変わったのか。いや、普通に見ればそこまで違和感を覚えることは無いのかもしれないが、昔を知る俺からすると、大きく変わったと言えた。

 

ルドルフの走り方は、俺の知る限り、完璧と言っていいほどのものだった。

 

圧倒的なスピードで、中団から先頭に躍り出て、そのまま後続を引き離す。そんな、理想的な走りを、ルドルフはしていた。

 

そう、変わらずルドルフは完璧なままだと言うのに、何故か違うもののように感じてしまう。

 

何処か必死。何故かそんなに印象を受けた。

 

(まぁ、今俺に出来ることは、これからの練習の様子や、模擬レースの結果から出来る限りルドルフを解析することだけだ)

 

俺は、そう割り切り、思考を中断した。

 

 

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