よくある、スカウト失敗したトレーナーの話   作:ヒメノリ

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黒い

私のトレーナーは、問題児らしい。

最近、私の担当が彼になってから、生徒間の噂として、そんなことを耳にすることが増えた。

 

詳しい内容は忘れたが、私のトレーナーは学園の中でも手を焼いており、初日以降から二週間、出勤しなかったり。

 

かと思ったら理事長に対して無理難題をふっかけ、クビを切られかけたとか。

 

嘘か本当かも分からない噂が、年若い乙女たちの間でちょっとした噂になっている。

 

しかし、本人が否定もせず、大した興味を持っていないからか、正に噂がひとり歩きし始め、あることないことが付け加えられてる。

 

実際のところ、私にもその噂が本当かは定かでは無い。

二週間無断欠勤したのは本当である。しかし、その理由がスカウト失敗した傷心であることを語られてる場面を、私は見たことがない。

 

噂等、信用ならない。

しかし、私にとって一つだけ信用出来る噂がある。

 

トレーナーは、優秀であるという噂だ。

ここ1ヶ月間、私は彼の担当ウマ娘として練習を続けてきたが、今までの練習とは明らかに成長速度が違うのが実感できた。

 

一言で言えば、私のトレーナーは分析の天才だ。

今の私のコンディションから、疲労の蓄積の状態まで見抜くのだ。

 

その分析力と自分の知識と知恵から有効なトレーニングを考え、尚且つシンボリルドルフとの対比を行い、必要なトレーニングを指導してくれた。

 

一度、何故そこまで的確に私の状況を見極められるのか聞いてみたことがあった。

 

ートレーナーって、なんでそこまで分かるの?

 

もしかして、心眼の持ち主だったりする?

放課後、トレーニングが終了してクールダウンのためトレーナー室でお気に入りのソファに座りながら、冗談半分で聞いてみた。

 

すると、少し考えるように顎に手を当ててから。

 

「勘だ。」

 

と、残したのだ。

もしかしたら、彼なりの冗談だったのかもしれない。

何時も例のファイルと睨めっこしながらトレーニングメニューを考える人だ。

 

恐らく、根っからの理論派だろう。

しかし、最近少しだけマシになったとはいえ、まだまだ暗い瞳で、表情も変えずに言うと、シャレになってなかった。

 

きっと、あんな風によく分からないことも真面目に言うから、彼自身が噂の広まりを助長したのだろう。

 

そんなトレーナーとのトレーニングも心身ともに馴染んできた頃。

今日も、私はトレーナーの指示のもとグラウンドで走っていた。

 

「今日は、フォームの確認がメインだ。」

 

そう言ったトレーナーの言葉に私は内心少し喜んだ。

最近の私のトレーニングは、プールトレーニングが多く。地面を駆けるより、水中で泳いでいることの方が多かった。

 

そりゃ、トレーナーも私の勝利のためにメニューを組んでくれたのだろう。

しかし、ウマ娘としての本能からか、どうしてもこの脚で地面を蹴り進みたくなるのだ。

 

そんな少しの喜びも含め、私はトレーナーの観察を共にグラウンドを走っていた。

 

身体に向かってくる風が気持ち良かった。

フォームの確認だから、速度は意識しなくて良いとの事だったが、私は気づけば脚に力を込めていた。

 

コーナーを回って、走り出した地点に近づく。

どうやら、一周してきたようだ。

スタート地点に近づくと、今日も同じように赤と黄色のファイルを手にしたトレーナーがこちらに近づいてきていた。

 

『皇帝完全攻略ファイル』

 

そう銘打ってここまでトレーナーが主に綴った赤のファイル。

黄色の方には、私の名前が同じペンと同じ筆跡で書かれてるのである。

 

あの二つのファイル。

私が勝つ為に、トレーナーが心残りなく学園を去れるように。

私達の目的と計画を示した二冊のファイル。

 

あの作戦会議を行った日から、作戦会議は私達の習慣となっていた。

 

毎回、トレーニングを終わってからトレーナー室に2人で移動し、その日の反省と今後の練習内容、そして、主に私からしかしないが、たわいも無い会話をして、寮へ帰るのが毎日であった。

 

その時、作戦会議をしながら、トレーナーは2つのファイルへ何かを記入しては、考えながら私と話していた。

 

何を書いているのだろう。

 

私も書込むことが出来るファイルであるが、如何せん何を書くかも思い浮かず、ほぼほぼトレーナー任しになっているファイル。

 

その日も、いつもと同じようにトレーナー室のソファに座りつつ作戦会議をしてる時だった。

 

ーーー

 

トレーナー室は、机や椅子、流し台等、様々な基礎設備が設置されているが、このソファは前にここを使ってた前任者のものらしい。

 

トレーナー室には、元から備え付けられてる簡素な机と椅子があり、何時もトレーナーはその椅子に腰掛け、机の上にノートパソコンと何かの書類を積上げていた。

 

最近私専用のものになってるソファに腰かける私。

この絶妙な弾力が練習後の脱力に丁度いいのだ。

 

カタカタカタと、トレーナーがキーボードを打ち込む音が響く。

今の話し合いの内容から今後の練習メニューでも作ってるのだろうか。

 

机の上に、赤と黄色が重なってるのが見えた。

ことある事にファイルに記入するトレーナーの姿が思い浮かんだ。

 

「ねぇ、このファイルって、私も見ていいのよね?」

 

気になった私はトレーナーに問いかける。

すると、トレーナーはキーボードの音を止めて背面にある私が座ってるソファの方に振り向いた。

 

「あぁ、別に構わないぞ。」

 

そう言いながら、トレーナーは赤と黄色のファイルをそれぞれ私に受け渡す。

 

手に取った二つのファイルの内、私の名前が記された方のファイルをまず捲る。

 

しばらく中身を見て、私は声を漏らした。

 

「…トレーナーって、超人なの?」

 

内容見て、私は思わず表情を引き攣らせる。

てっきり私は、今後のトレーニング予定や、トレーナーの分析力による現状のステータスが書いてあるかと思っていたのだ。

 

しかし、内容は私の想定を超えていた。

その中身は、私の今後の練習予定をクラシックの秋、つまり菊花賞までに事細かに計画されていた。

 

しかも、4通りくらい。

 

「どういう思考回路してたらこんな事できるのよ…。」

 

いや、分からなくは無い。

世にいるトレーナーの中には、スカウト方法として、そのウマ娘の3年間のトレーニング計画を提供する者もいる。

 

しかし、ここまでの密度は如何であろうか。

 

私は、びっしりと書き込まれたファイルの中身を見てそう思った。

あんな逆スカウトとすら言えない契約方法で出来た担当ウマ娘に対して行う熱量だろうか。

 

「…まぁ、ルドルフに勝つためだからな。」

 

たたいていたキーボードの音を止めて、トレーナーがそう言った。

 

もしかして、トレーナーはとんでもない人物なのかもしれない。

どうやら、このトレーナーはシンボリルドルフが絡むと常軌を逸するらしい。

 

「とんだシンボリルドルフ狂いね。」

 

そう言いながら、私はもう1つの赤い方にも手をかける。

 

ファイルに中身を見てしばらく、私は両手でファイルを閉じ、未だに後ろでパソコン作業続けてるトレーナーに向き直った。

 

「前言撤回するわ、トレーナーはシンボリルドルフ狂いなんかじゃなくて、シンボリルドルフの信者ね。」

 

『皇帝完全攻略ファイル』には、シンボリルドルフに関する事が密に綴られていた。

それも、ぶっちゃけ気持ち悪いくらい。

 

模擬レースから始まり、レースの展開から当時のシンボリルドルフのコンディションの推測。

 

更には、時折見えるシンボリルドルフの練習の様子から次シンボリルドルフが出ると予想してるレースの展開、推測される仮想タイム等。

 

これまでのシンボリルドルフから得られる情報を全てこれからのレースに繋げて、その内容を書き込んでいた。

 

「失礼な、俺は信者などでは無い。普通のトレーナーなら誰もがそう考える。」

 

普通、日常生活のほんの一コマを練習に繋げるトレーナーなんていないと思うけど…いや、これが普通なの?

 

私は、トレーナーの話とファイルの内容に頭が痛くなった。

 

ーーー

 

私は近づいてくるトレーナーと持っているそのファイルを見て、そんなやり取りを思い出した。

 

「どうだった?」

 

私は少し息を荒らげながらトレーナーに問いかけた。

 

「いい走りだったと思うぞ。軸がブレてなく、前回言った通りコーナーでの腕の振り方も改善出来ていた。それから…」

 

トレーナーのアドバイスを受けながら、さっきの走りを自分の中でも振り返ってる時だった。

 

トレーナーの後ろ、グラウンドの奥の方で人影がチラリと私の視界に映った。

忘れもしない、シンボリルドルフだ。

 

グラウンドの、私とは反対の方で何人かのチームメイトと共に練習をしていた。

 

それは、当たり前の話だ。

学園施設を同じ学園の生徒として利用してるだけ。

 

しかし、その瞬間、私の中でふと疑問が浮かんだ。

 

今、私の目の前にいるこのトレーナーは、本来シンボリルドルフのトレーナーとなる人物だったのだろうと。

 

彼は優秀だし、シンボリルドルフも同様優秀だ。

何時からだったか明確に覚えてなかったが、彼女は生徒会にも入り、いつの間にか生徒会長となっていた。

 

…本当に、いつの間になったのかしら?

 

とにかく、そんな学業、レース両方においてお手本のような優等生として過ごしてる彼女と、シンボリルドルフに対する熱量が凄まじいトレーナーが組んでいたら、それこそ、文字通りこの世代の皇帝ともなっていただろう。

 

むしろ、トレーナーが赤のファイルの名前に『皇帝』という言葉を使ったのも、本来トレーナーが彼女と組んでいた際の未来を考えて名付けたものだったのだろうか。

 

言うならば、『皇帝』という名自体がトレーナーの心残り。

 

そして、そんな風に名付ける程シンボリルドルフを熱望していたトレーナーが、たった1度スカウトに失敗した程度で諦めたという話。

 

最初、トレーナーが口頭で話した時は全く疑問には思わなかった。

 

しかし、この1ヶ月間この人のトレーニングを受けて、この人と会話をして来て、違和感を覚えるようになった。

 

トレーナーは、割と強かな人物だ。

 

表情が変わらず、あまり人と話さないからイメージとしては考えづらいかもしれないが、トレーナーは私との初対面の時にも激昂しながら自分の実力について問い掛けた時。

 

『いいや、全然。』

 

無神経とするとれる態度でトレーナーは答えたのだ。

 

噂の中では、トレーナーが精神的に弱っていて、今にでもこの学園から去りそうになっているだとか言われているが、この人は全然そう言うタイプではない。

 

トレーナーの人格を理解したと言い切る事は出来ない。

しかし、この人がたった1度スカウトに失敗して諦めて、その上辞職をするとは考えられない。

 

むしろ、何が駄目なのか本人に問いただして次の日からその改善に努めるような人だ。

 

そのトレーナーがシンボリルドルフのスカウトに失敗した理由。

 

私は、本人が語った理由以外に、何か、トレーナーが隠している本当の理由がある気がしてならないのだ。

 

「…ねぇ、トレーナー。」

 

一通りトレーナーからの指導が終わり、いつも通りであれば、この後トレーナー室で作戦会議を行う頃合だ。

 

「なんだ?」

 

トレーナーは、トレーナー室へと進もうとするその足を止めて、こちらを振り返った。

 

トレーナーの顔を見て、ゴクリと喉を鳴らす。

少し緊張しながら声を出す。

トレーナーに私とあの娘の事を

 

「トレーナーってさ、なんで、シンボリルドルフのスカウトを諦めたの?」

 

私の言葉を合図に、場の空気が固まったような気がした。

 

「…その理由については、以前も言ったが、ルドルフ本人から断られたんだよ。」

 

トレーナーの眉がピクリと動いた。

やはり、何かを隠しているような雰囲気がある。

 

それが何かは、私には分からない。

そして、なぜ私がここまでその理由を探りたがってるのかも。

 

それでも、聞かなくては行けない気がした。

 

「でも、なんでそれだけで諦めたの?」

 

私の言葉に、トレーナーが身体をピクリと震わせたのが分かった。

目も少し見開いた様子で、驚いたという所か。

 

「それは…。」

 

言葉に詰まるトレーナー。

あまり見ることの無い、トレーナーが動揺した様子に、私は確信を得る。

 

トレーナーは、なにか別の理由があるのだ。

 

「…もし、別の理由があるなら、それはなんで…」

 

そう、言葉を続けようとした私を遮るように、トレーナーは言った。

 

「君は、勝てるのか。」

 

その言葉に、胸を裂かれたような鋭い感覚に陥る。

 

「っ!それは…」

 

言い返すことは、出来なかった。

私は今、踏み入る必要が無い領域に入ろうとしているのではないだろうか。

 

そうだ、そもそも私とトレーナーは…。

 

「俺と君は、一時的な協力関係だ。君が勝つ為に万事は尽くすが、それまでだ。」

 

私の内心を見透かしたようにそう言った。

私とトレーナーの間に、大きな壁ができたかのように、錯覚する。

 

お互い、なんとも言えない空気を破ったのは、トレーナーからだった。

 

「今日はもう、休んでくれ。しっかり体の疲れを抜いておいてくれよ。」

 

そう言うと、トレーナーは気まずそうに足早にグラウンドを去った。

 

トレーナーが向かう方向は、トレーナー室であったが、何となく、着いていく気にはなれなかった。

 

「一時的な、協力関係。」

 

トレーナーの姿がすっかり見えなくなった頃。反芻するようにトレーナーの言葉を呟いた。

 

そうだ、私たちは互いに利用し合うだけの関係で、そこに異議もない。

 

だけど、どうしてだろう。

 

どうして私は今、こんなにもイラついているのだろう。

 

嫌になって足元を俯いてみると、無意識に脚が地面をかいていることが確認できた。

 

 

ーーー

 

トレーナー室に入り、立ち止まる。

さっきの言葉が、頭の中に繰り返し残り続ける。

 

何処に腰掛ける気にもなれず、一人だとやけに広く感じる部屋の中を彷徨いた後、何となくコーヒーを淹れることにした。

 

流し台の付近。コーヒーメーカーにマグカップをセットしてボタンを押す。

 

いつもは、この2つのファイルをもとに、彼女と作戦会議として話し合うところだが、さっきのこともあったため、今日は無いであろう。

 

何をここまで悲観してるのだろう。

自分でも、そう思う程傷心していた。

 

この痛みは、担当である彼女を突き放してしまったことからだろうか。

 

いいや、違うだろう。

この痛みは、あの日の物だ。

 

ルドルフのトレーナーとなれず、夢が崩れたあの日の物だ。

 

しかし、何故なのだ。

 

そこに心は無いのに、俺の腕は心臓があるであろう辺りに向かって、胸を抑える。

 

「…っくそ。」

 

静かに、吐き出すように悪態をつく。

 

どうして今の方が、あの日よりも痛むのだろう。

 

『もし、別の理由があるのなら、それはなんで…』

 

彼女が俺に残した言葉が思い出される。

 

それは、なんだ?

俺はルドルフに一度断られたことで何故諦めた?

 

俺は、自分の左手に未だ残り続けてる赤のファイルを見つめる。

 

触れて来なかった心の傷を、自分で抉るような気がして、考えるのはそこでやめた。

 

明日、どんな顔をして彼女と会えば良いのだろう。どうせ一時的な関係だ。

 

自分で言ったことだろう?悩むな。

そう言い聞かしても、何故だかソファに座ってる彼女が居るような気がして、どうしようもなかった。

 

気づくと、コーヒーはもう出来上がっていた。

 

マグカップの中身を除くと、黒い鏡の中に、自分の姿が写っていた。




誤字脱字の報告ありがとうございます。
そして今後もお願いします。

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