よくある、スカウト失敗したトレーナーの話   作:ヒメノリ

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先輩とか、後輩とか。

「ルドルフちゃんのデビュー戦が決まったよ。」

 

暑さが少しづつ日常の中から顔を出しつつあるこの頃。

夜だと言うのに、昼間の暑さが残照の如く残っているのかと思う程、蒸し暑い時だった。

 

トレセン学園の付近にある、どう見つけたのか分からない、知る人ぞ知ると言った雰囲気の小洒落たバー。

 

酒の飲めない奴が来ていい場所かは不明だが、ツレが飲むのなら問題は無いのだろう。

 

「…なに?」

 

しかし、そんな暑さも、何処か小洒落た雰囲気も今は関係なかった。

 

「そ、ルドルフちゃんのデビュー、七月の三週にね。」

 

俺の横に座る、長めの黒髪を下ろしたスーツ姿の彼女は言った。

 

「…先輩、どういう意味かご存知で?」

 

嫌な予感はしていた。この人から誘われた時点でこんな事であろうとは思っていた。

 

「ふふ、宣戦布告ってところね。」

 

悪戯が成功した事を密かに喜ぶ子供のように笑みを浮かべてそう言うと、彼女は一口グラスの中のアルコールを口に入れた。

 

ーーー

 

あの日、あの娘と一悶着あってからも、彼女との日々は何事もなく続いていた。

 

想定通りタイムは縮み、彼女の実力は成長を続けている。

 

『君は、勝てるのか。』

 

お互い、触れない事が正解でも、間違いでも無いことを理解した上で、その事については扉だけ閉めて、鍵をしないままで放っていた。

 

しかし、彼女のように成長出来るウマ娘ばかりでは無い。

学園でトレーナーとして働いていると、他のトレーナーや、その担当のウマ娘はよく目撃する。

 

彼等にも目標があり、その為の練習だってある。

それが上手くいかなければ、行き詰まり、衝突することもあるだろう。

 

そして、そんな関係の数が正に星の数程ある悲劇をこのトレセン学園で目撃することは珍しいことではなかった。

 

「私!強くなりたい!」

 

何時だったか、何処かで見知らぬウマ娘と、そのトレーナーが泣きながらお互いに決意を漲らせる場面を目撃した。

 

泣いてるその娘の近くでそっと寄り添うトレーナー。

 

何故だろうか、いいや、答えは出てるが俺はそう言った場面を見ると何となく居心地の悪さを感じる。

 

きっと彼等は、健全なのだ。

真っ当な理由で、真っ当な完成で、真っ当な勝利を目指してる。

 

ー強くなりたい

 

何時から自分の担当からも伝えられたその言葉。しかし、その言葉を真摯に受け止めるには、些か俺達の関係は不健全すぎた。

 

一時的な協力関係。

それにしか過ぎないのだ。終わっても美談にも悲劇にも転ばないエゴで満ちた関係。

 

トレセン学園に、レースに光を見る者たちはその光を追うだろう。

 

きっと、もう俺はその光を追いかけるには影に慣れすぎてしまった。

 

目を開けることも、ままならないから、その現場をそっと後にするのだ。

 

そんな歪なままの関係で何回もトレーニングと軽いミーティングを重ねてく日々。

 

時折見かけるルドルフの姿を赤色のファイルに記しながら、その度に彼女の言葉が頭に浮かび、消す毎日。

 

『なんでそれだけで諦めたの?』

 

「っ!」

 

ハッとして身体が軽く震えるのを感じる。

どうしてか、この言葉が離れなかった。

 

「…クソっ。」

 

ファイルを握る手に力が篭もる。

ままならない現実に憤る様は、おもちゃコーナーで目当ての玩具を買って貰えない幼児と同じだろう。

 

そんな時、後ろから思いもよらない衝撃が加わった。

 

「っ、なんだ?」

 

少し身体をよろけさせ、この小さな攻撃の犯人を探るべく後ろを振り向く。

すると、そこには意外な人物が居た。

 

「じゃーん!」

 

唐突に背後から奇襲を仕掛けてきたその人物は、俺のよく知る人物だった。

 

「久しぶりだね、向窓後輩。」

 

ニコリと微笑むその姿、整った容姿も併せて、一般的な感性であれば、思わずドキリとしてしまうだろう。

 

「げ。」

 

しかし、俺はそんな魅惑的笑顔を前にして思わず憂いを含む声を出した。

 

なぜなら、今目の前で笑っているこの女が、とんでもない正体のである事を知っているからだ。

 

「むっ、相変わらず態度が悪いねー向窓後輩は。」

 

俺の漏らした言葉に、先輩が頬をふくらませて反応をする。

勿論、天然等ではなく、計算した上でだ。

 

「久しぶりですね、樺咲(かさき)先輩。それ、気色悪いですよ。」

 

俺は嫌そうな声色をそのまま、先輩に対してかなり無礼なことを言う。

 

もし、これを第三者がみていたら目つきの悪い不気味な男が、可愛らしく美人な女性に対して暴言を吐いてる現場になるのだろうか。

 

しかし、今暴言を吐かれた当の本人が嬉しそうに笑っているのだから、不気味なことこの上ない。

 

「あら、バレてた?」

 

最初から隠してる気も無いくせに、先輩はこれまたニコニコと嬉しそうに話す。

 

「じゃ、改めて久しぶりね。また会えて嬉しいわよ、向窓後輩。」

 

そういうと、先輩はこちらに手を差し出してきた。

 

改めて、この人は先程からの言動でもわかる通り、俺にとっての先輩である。

 

数年前、俺は中央トレーナーとしての資格取得に励んでいた。

しかし、中央の門は狭い。

 

これは、ウマ娘だけの話では無い。

トレーナーの世界でも、中央のトレーナーは優秀とされ、その分トレーナーとなれるものは少なく、さらにそこで活躍するウマ娘の育成を成功させるトレーナー等、ひと握りだ。

 

そして、そんなひと握りになるためには、効率の良い勉強というものが必要不可欠だ。

 

学生時代、倍率の高いトレーナー養成学校への進学を決めた俺は、そこで資格の取得や、ウマ娘への知識を深めるために通っていた。

 

この人は、その当時俺の二年先の先輩として出会った人物であった。

 

どんなきっかけだったか。たしか、トレーニング経験をするための特別講義で、三年の先輩達と組んで希望する小学生のウマ娘に指導をするという活動だったか。

 

その時、初めてこの人と出会った気がする。

 

当時、この人は1000人に1人の逸材と言われており、俺の耳にも入っていたが、そんな事はどうでも良かった。

 

俺は、ルドルフのトレーナーとして相応しい活躍ができるよう、それだけを考えて当時を過ごしていた。

 

そして、周りの奴らはその為の利用出来る人物としか考えてなかったため、先輩への遠慮など俺の思考にも無かった

 

その結果、樺咲先輩との合同講義でも、彼女の行う指導に対して、自分なりの口出しや文句を言い、最終的には俺が主導となってウマ娘への指導を行っていた。

 

先輩からしたら、まだまだ未熟な一年から口出しをされ、挙句自分の出番を奪われ、面目も潰されたのだ。

 

その為、樺咲先輩と少し口論となった時があった。

そこから、何故か俺は先輩に気に入られ、事ある毎に構われることになった。

 

そんな彼女は、俺より先にトレーナー試験に合格し、無事中央トレーナーとして活動を始めた事で会うことは無くなっていたのだが。

 

「…で、何の用ですか?先輩。」

 

俺は、出された手を怪しげに見ながら、先輩に問う。

 

「あらら、私って警戒されちゃってる?」

 

およよ、なんて分かりやすく嘘泣きをする先輩。

この人に絡まれる時は、大抵厄介事である。

 

「なんも無いなら、俺もう帰りますけど。」

 

俺は今までの人生において、この人程天敵と言う言葉が似合う人物を見た事がない。

何か厄介事に巻き込まれる前に、足早にその場を去ろうとする俺。

 

「ああ、ごめんごめん。つい、久しぶりに向窓後輩に会えたから嬉しくなっちゃってね。」

 

俺が去ろうとするのを遮るように先輩が言った。

 

「今日声を掛けたのは、他でもない、向窓後輩に用があってね。」

 

その内容はなんなのか、俺が聞く前に先輩は俺の横を通り過ぎるとそのまま振り返って言った。

 

「さぁ、再会の祝杯としようか!」

 

先輩はそう言って笑った。

 

ーーー

 

「で、なんでこんな所に連れてきたんですか?」

 

俺、酒は飲めないんですけど。

そう言いながら、俺は手元のオレンジジュースの入ったグラスを持ち上げて、抗議する。

 

「知ってる。」

 

先輩もまた、自分のグラスをこちらに見せつけるように言った後、一口あおった。

 

…成人してからこの人とあったことは無かったはずだ。

俺が下戸であることを何処で知ったのか。

 

樺咲先輩相手にそんな事考えても無駄だと思い、俺も諦めてオレンジジュースに手をつける。

 

というか、酒が飲めない俺は、こんなバーに来ることも無いため分からないが、本当にオレンジジュースをくれる様なバーがあるとは。

 

「で、結局の所何が目的ですか?」

 

あの後、俺は先輩に無理矢理連れていかれる形でここに来た。

下手に断っても後で自分に返ってくるだけなのは、目に見えてたため、別に構わなかったが。

 

「んー?別に、ここを紹介したかっただけだよ?」

 

酒を飲み、ほんの少しだけ顔を赤くした先輩はそう言った。

 

「酒が飲めない俺に?」

 

「そう、後輩に。」

 

どうやら、素直に教えてくれる様子では無かった。

先輩は、何時も遠回りな表現も好む。

 

むしろ、俺にこうやって探り当てさせようとする節があるのだ。

 

「…最近どうですか?」

 

仕方なく、先輩のこのやり取りに興じることにする。

先輩は、俺の質問に顔を正面に向け、目だけを向けて答えた。

 

「そうねー、好調かしら?」

 

その反応を確認した後、続けて質問をする。

 

「そうですか、最近はチームの指導で忙しそうですからね。」

 

俺の言葉に、先輩が動きを一瞬だけピクリと止めてその後自分の人差し指を顎に当てる。

 

「…そうね。最近は嬉しいことにチームに入ってくれる娘が多いからね。」

 

少しづつ、先輩の言いたいことに近づいてる感触がある。

 

「それゃ、チーム加入条件として模擬レースを行うくらいですからね。」

 

さぞ、多いんでしょう。

わざとらしく、俺が先輩に言うと、先輩は何が嬉しいのかニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ええ。」

 

短く、先輩は返事をすると、何かを求めるように先輩が、目線をよこす。

 

どうやら、回答の時間のようだ。

 

大方見当のついたその答えを、先輩に伝える。

 

「ルドルフは、元気ですか?」

 

そう言うと、その発言がトリガーとなったのか、先輩が笑い出す。

 

「アハハ!正解!」

 

どうやら正解だったようだ。

樺咲先輩は、ただの母校の先輩であるだけでない。

 

俺よりも先にトレセン学園へと訪れた先輩は、新人からその才能と実力で活躍をし、去年クラシック三冠バを輩出した事がきっかけでその名を大きく広げることになった。

 

その結果、彼女は他の担当も持つことになり、また、そのウマ娘も重賞勝利を重ね、今年までに一気に彼女のチームを一強の状態にまでしたその本人だ。

 

たしか、アルファだとかそんな名前のチームだったか。

 

奇しくも、そのチームは今の俺の担当。彼女との契約を結ぶのにも影響を与えたチームであった。

 

そして、ルドルフが加入をしたチームでもある。

 

「はぁ…。で、今日はスカウト失敗した俺を慰めにでも来てくれたんですか?」

 

冗談半分で聞く。

この人は、シンボリルドルフ以外に興味のない俺の人生の中でそこそこ長い間関わってきた人物だ。

 

彼女は、俺とルドルフの間柄も、家の事情も知っている親族以外の数少ない人物でもある。

 

流石に、樺咲先輩は、俺がスカウトに失敗した事を掘り返すような人物ではない。

 

そんな彼女が、実質的にルドルフの現担当である先輩が俺に、それもこんな場所で話すのには理由があるはずだ。

 

「うーん、半分その通りかな。」

 

一頻り笑ったのか、先輩は少し落ち着けた後に、そう言った。

 

「半分、ですか。」

 

半分とは、どういう意味か。

気になり、俺は続きを促すように問いかける。

 

「そ、最近、懐かしの後輩の黒い噂を聞くし、その上、実際に会ってみたら元々悪かった目つきをもっと黒くしてるんですもの。」

 

どうやら、この人なりに俺の事を気遣ってくれてたらしい。

 

「先輩…。」

 

俺の言葉に、先輩が呼応するように少しドヤ顔を浮かべる。

 

「人の心、あったんですね。」

 

そして、俺の続ける言葉にその顔を一気に崩す。この人にしては珍しい反応なので、1本とった気になる。

 

「はぁ…。少しは素直に先輩を敬いなさいよ。」

 

全く、という先輩、しかし、何処か楽しげだ。

 

しかし、先輩は不意に辺りをぐるりと見渡すと、顔つきを真面目なものに変え、声のトーンを少し下げて話した。

 

「ルドルフちゃんのデビュー戦が決まったよ。」

 

ーーー

 

「宣戦布告、ですか。」

 

先輩は、少し寂しそうに笑顔浮かべていた。

 

「うん、今、向窓後輩にも今担当の娘が居るでしょ、それもルドルフちゃんと同じ位の年の娘。」

 

先輩は、両手でグラスを持ちながら話した。

 

「…それが分かってるなら、何故?今後、ルドルフの障害になるかもしれませんよ?」

 

それとも、今後俺達が壁にすらならないと、暗に伝えているのだろうか。

しかし、それを伝えてるにしては、今の先輩は少し真面目すぎる。

 

「そうね。でも…。」

 

先輩は、持ってるグラスを両手で少し傾けて話す。

グラスの中の氷が、グラりと揺れる。

 

「いや、やっぱなんでもないわ。こんな事、向窓後輩に伝える事じゃないわね。」

 

先輩は、ハッキリしない物言いで濁そうとした。

 

「…らしくないですね。先輩が渋るなんて。」

 

気になった俺は、そのまま口にすることにした。

 

「…。」

 

先輩は、真面目な顔のまま、コチラを見つめる。その後、少し考えた風に顔を俯かした後、席を立った。

 

「マスター、お会計で。」

 

そう言うと、先輩は自身のバックから財布を取り出し、バーテンダーらしき男に語り掛ける。

 

「…。」

 

俺は、何も言わずに先輩の背後を見つめる。

すると、会計を済ませた先輩は、店の出口でチラリとこちらを見た。

 

また、さっきと同じ様に、少し渋った様な表情をした後、一息ついてから言った。

 

「…助けてとは言わないわ、でも、あの娘を…ちゃんと、見ててあげて。」

 

それだけ言うと、先輩は店を後にした。

 

あの娘、とは誰であろうか。

今、俺の担当の娘を指しているのか、全く関係ない誰かなのか。

 

シンボリルドルフなのか。

 

結局分からないまま。

しばらく呆然としてると、後ろでカランと、樺咲先輩の飲んでいたグラスの氷が、ひとりでに動く音が聞こえた。

 

そのままでいる訳にも行かず、俺もオレンジジュースの会計を済ませるべく、席をたちマスターに話しかける。

 

「会計は、いいですよ。たかが、オレンジジュース1杯です。」

 

マスターはそう言ったが、流石に払わずに帰るのも申し訳なく、俺が財布を手にした状態で固まっていると、マスターは続けた。

 

「それと、これは本来話すべきでは無いのですが。」

 

マスターは、そう言って俺に背を向けながら言った。

 

「樺咲さん、貴方のことを心配しておりました。それから、シンボリルドルフさんと言う生徒さんも。」

 

それだけ伝えると、マスターはそれ以上は喋ろうとしなかった。

 

何となく、話しかけづらくなった俺は。

 

「ありがとうございました。」

 

それだけ告げると、店の出口へと向かった。

 

ルドルフ。

 

先輩は、何を伝えたかったのか。

ルドルフの身に、何が起きてるのか。

 

そして、頭に思い浮かぶ吊り目で担当の彼女。

 

彼女は、証明するために。

俺は、何のために勝つのだろうか?

 

宣戦布告、された事を伝えなくてはかもしれない。

 

色々と、頭の中で考えながら、店の扉に手をかける。

 

「お気をつけて。」

 

扉をくぐる前、店の中からマスターの声が、確かに聞こえた。

 

 

 




未だにネームドが皇帝以外登場してないウマ娘二次創作。

投稿時間は何時がいい?

  • 朝(6:00〜8:00)
  • 昼(12:00〜14:00)
  • 夕方(16:00〜18:00)
  • 夜(19:00〜21:00)
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