ペリーヌ下位互換現地オリ主
1945年某日 ガリア共和国 ディジョン基地
「整備は順調でして?」
501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズによってガリア上空のネウロイの巣が壊滅され、ガリア共和国は解放、さらに連合軍の手によって、セダンが解放されてから暫しの時が流れた。
解放後に設立されたガリア防衛の為の新たな統合戦闘航空団。A部隊とB部隊、二つのチームからなる506、そのB分隊の基地であるディジョン基地の格納庫。
一人の少女が自らのストライカーユニットの整備の様子を見守っていた。
「中尉」
「そのままで結構」
少女の存在に気付き、整備兵が敬礼の為に立ち上がろうとするが、中尉と呼ばれた少女はそれを止めた。
「それで、どうです?」
「はい。もう終わりますが……リベリオン製のパーツを組み込んでいますのでやはり今までと多少は勝手が違うものになるでしょう」
「そうですか……それも仕方ない事ですね」
彼女の駆る魔法の箒、ストライカーユニットはMiG60。オラーシャ製のそれは彼女がウィッチとしてこれまで共に戦ってきた愛機であるが、中身は最早別物と言えた。主な構成パーツはブリタニア製、それに加えて今はリベリオン製の物が組み込まれ、オラーシャ製の物はほとんど使われていない。
「物持ちは良い方ですが、それも限度がありますものね。構いません、あのシャーロット大尉のようなチューンでもない限り、使いこなしてみせます」
「心配しなくともあそこまでにはしませんよ」
「それを聞いて安心しました」
少女の冗談に苦笑しながら、整備兵は最後の点検を終え、改めて少女の方を振り向いた。
「ふむ、見た目には変化はないんですね」
「あくまで中身ですからね。外側は歴戦のストライカーとは思えない程綺麗なものですよ」
「当然です。私が履いているのですから」
オラーシャ人では珍しくないプラチナブロンドの長髪を優雅にかきあげながら言う少女。その言葉の通り、彼女のストライカーはこの基地の他の物と比べても、まるで新品のようだった。もっとも兵器であるストライカーユニットにその美しさがどれだけの意味を持つのかはともかくとして、だが。
「ご苦労様。下がっていいですよ」
「はっ、失礼します──クライン中尉」
整備兵を見送り、クライン中尉は自らのストライカーユニットに触れた。
「たとえ中身が変わったとしてもあなたの美しさは変わりません。むしろより美しく気高く見えますわぁ……」
うっとりとした様子でストライカーを撫でる、いや撫で回す少女の顔は恍惚としていて、瞳は潤み、頬を赤らんでいる。その姿ははっきり言えば乙女がして良い顔ではなかった。
一頻り撫で回した後、少女は優雅に踵を返し、ハンガーを出ようとした──が、
「きゃうん!?」
その優雅な足取りは床に転がっていた空き瓶に挫かれ、強かにお尻を打ち付けた。
「な、なんなの一体……」
涙目で打ち付けたお尻を擦りながら、少女は自分の傍に転がっていた空き瓶を掴む。
それは見慣れたコーラの空き瓶であった。
「……ふ、ふふふっ」
それだけで自分がこうなった原因を察し、少女は沸々と怒りを燃やす……が、
「……ふぅ。落ち着きましょう、これは事故。彼女にも悪気があったわけではないでしょう」
大きく息を吐き、自らを律し、少女は立ち上がろうとした。
「変な声が聞こえたかと思ったら、そんな所で座り込んで何してるんだ?」
「何でもありませんよ、ルクシック中尉」
格納庫の出口からこうなった原因──同じ部隊、同じ基地に所属するルクシック中尉──カーラ・J・ルクシックに声を掛けられ、少女は立ち上がり、汚れを払った。
「そうか? ならいいけど……でもさ」
「何でしょう」
「その汚れはどうにかした方がいいんじゃない?」
カーラの視線は下に向けられていた。不思議に思い自らも視線を下に下げると……コーラの中身が僅かにだが残っていたのだろう、それが床の汚れと重なり、彼女の純白のズボンを茶色く染めていた。
「流石にそれはちょっとなあ」
「……」
プチン、と少女の中で何かが切れる音がした。
「一体誰のせいだと思ってるんですの!? このコーラ狂!!」
格納庫内に少女の怒りの叫びが響き渡った。
◇◆◇◆
「ふぅ……」
シャワーを終え、新しいズボンを履いて脱衣所を出る。まったく、ルクシック中尉は困ったものですわ。コーラが好きなのは別に構いませんが、ゴミを投げ出すのはやめてほしいものです。普段はキチンと片付けていますし、今回はたまたまだったのでしょうが……だとしても片付けるのが普通、二度とないようにしてほしいものです。
「おう」
「ルクシック中尉」
脱衣所を出た私を待っていたのはルクシック中尉だった。その手にはコーラの瓶が二本。
「悪かったよ。お詫びにこれ」
「……ありがたくいただきます」
コーラの謝罪にコーラというのはどうかと思いますが、彼女が反省しているのは伝わってきますし、良しとしましょう。
コーラを受け取り、私たちは控室のソファに腰掛け、互いにコーラに口をつけた。
「……ぷはっ」
「シャワー上がりのはまた格別だろ?」
「ええ、確かに」
良く冷えたコーラは火照った体には丁度いい。嬉しそうに語るルクシック中尉に、私も表情を緩める。
もう一口、瓶に口をつけたところでルクシック中尉が私の顔を窺っている事に気付く。
「何か?」
「あ、いや……なーんかクライン中尉って貴族っぽいなって」
「ごほっごほっ! ……な、何を根拠にそんな事を仰るのかしらっ」
思わず咽てしまうが、平静を装ってそう聞き返す。
「えー、いやなんかそういう喋り方とか?」
「そっ、そんな事ないです……ぜ?」
「ま、そうだよな。貴族様がこんな所でやっていけるわけないし」
ないかー、と歯を見せながら笑い、ルクシック中尉は残ったコーラを飲み干した。
「本当に悪かったよ。それじゃ」
「い、いえ。もう気にしてないです……ぜ?」
「ははっ、なんだその喋り方」
今度は瓶を投げ捨てる事をせず、しっかりと握りながらルクシック中尉は去って行った。
…………大丈夫、大丈夫。バレてない……。
──
リベリオン陸軍と海兵隊に所属するウィッチで構成された506JFW B部隊において、唯一のオラーシャ空軍所属である私は本来此処に居るべき人間ではない。そう、B部隊ではなく──A部隊に配属されるべき人間なのだ。
ガリアが解放され、その後の防衛の為に設立されたこの統合戦闘航空団は変則的に本隊であるA部隊とB部隊に分かれ、それぞれがセダンとディジョンに基地を構えている。リベリオン軍で固められたこのB部隊、そして各国の貴族たちからなるA部隊。部隊が分かれている理由については政治的な意図が絡んでいるのだけれど、それは置いておこう。
ともかく私は本来、この506JFWの通称通りのA部隊に居るべき人間。ブランク大尉のように末裔というわけでもなく、今も脈々と受け継がれる高貴なる血筋、それが私なのです。B部隊ではなくA部隊に相応しい血筋である事に違いない。
……ああ、お父様、何故私をセダンではなくディジョンへと配属したのですか。
今でも鮮明に思い出せる、あの日の記憶を。
◇◆◇◆
「久しいな、娘よ」
「は……はい! お久しぶりでございます、お父様!」
オラーシャ帝国に残り、軍人として戦い続けたお父様とお母様。私は一人の執事と共に避難し、その先でウィッチとなった。そしてある日、ロストフの基地に居た私はとある基地の副司令となっていたお父様に呼び出され、数年ぶりの再会をした。避難後、二度目の再会だった。
「お前のウィッチとしての活躍は聞いている」
「ありがとうございます! お父様に言われたように本来の家名を名乗る事はしていませんが、貴族としてその名に恥じぬ戦いを、幼少期、お父様に教わった通り、実践しております!」
私を逃がす直前、お父様は私に家名を名乗る事を禁じた。その理由は多分、敵を前に逃げる事が家名を傷つけることになるからなのだろう。もし私の正体が公になるような事があれば、その時は家名を名乗る事は二度と許さないとも言われた。
今日私をお呼びになったのはきっと貴族の名に恥じない、私の戦いぶりを聞いて、その許しを下さる為に違いない! まだ故郷に戻る事が叶わなくても、もう一度あの名を名乗れるなら私は……!
「ソーニャ」
「はい!」
「お前にはディジョンへと行ってもらう」
「は──え?」
「ガリアが解放され、新たな統合戦闘航空団が結成されようとしているのは知っているな?」
「は、はい。ですがそれはセダンでは……?」
「セダンともう一つ、ディジョンに部隊が置かれようとしている」
「そ、それは存じております! ですがそれは……」
「お前はそこに行け」
久しぶりに再会したお父様は、私の記憶のままの、厳格な方だった。有無を言わせぬその瞳に、言い返す事など出来なかった。
「ソフィア・クライン中尉、貴様に第506統合戦闘航空団への異動を命じる」
「……謹んで、お受けいたします……ウスティーノヴァ副司令……」
お父様たちと同じ姓を名乗る事も許されず、父称を名乗る事も許されず、私はディジョン基地へと異動した。
◇◆◇◆
単なる異動であれば書面で十分、そうはせず、直接私をお呼びになったのは何か意味がある、そう思っていた。だけれど命じられたのは軍人としての命令だけ。お父様、何故ですか……。私は、ソーニャは……もうお父様をお父様とお呼びする事も叶わぬのですか……?
「浮かない顔だな、クライン中尉」
「……プレディ中佐」
いつの間にか執務室から出てきていたプレディ中佐に、少し驚きながら敬礼する。
ジーナ・プレディ。B部隊の隊長を務めるリベリオン空軍中佐。B部隊の私にとって一番の上司と言える方。……本来であれば私の上司はグリュンネ少佐であるはずなのに。
「まだ此処には慣れないか?」
「いえ、そのような事は。ただ、まだ少し欧州に慣れていないだけですわ……だけです」
「慣れていないんじゃないか」
「……そうですね、やはりまだ少し」
嘘ではない、嘘ではないけれど、その程度で辛い顔を見せる程ヤワではない。
このB部隊に配属されたのは私が一番最後、それも唯一のオラーシャ人という事もあってか中佐は気にかけてくれる……けれど。
「まだ来て二日とはいえ軍人なんだ、それが言い訳にはならないよ」
「分かっております。戦闘に影響など出しませんわ」
「ならいいけど」
「何でしたら模擬戦でもしてみせましょうか?」
着任して二日、ネウロイは出現していない。それは勿論良い事なのだけれど……私の実力を示す機会がないのは不満だ。
「まあその内ね」
聞いているのはいないのか、心ここにあらずといった様子で中佐は窓の外を見ていた。それに僅かに腹を立てながら彼女の視線の先を見ると、ふらふらと一人のウィッチが滑走路に降下して来るのが見えた。
「ウィッチ……? まさかA部隊の?」
「いや、見た事ない顔だな」
この距離でもきっぱりと中佐は断言する。ホークアイの名は伊達ではないという事でしょう。
「では何か緊急事態が?」
「そうは見えないけど」
整備員たちが慌てた様子でウィッチに駆け寄るのが見えた。今なら私からでも見える。あの軍服は……扶桑?
「とりあえず行ってみるか」
「あ、私もっ」
首を傾げながらもウィッチが消えた格納庫へと向かう中佐の後を私も追った。
「また増員か?」
その途中、同じように窓から様子を窺っていたマリアン・E・カール大尉も合流し、中佐にそう尋ねた。
「いや聞いてないな。本人に聞いてみるさ。辞令がこちらに届いてないだけかもしれない」
「クラインの時も辞令とほぼ同時に本人が来たからな」
「まだまだその辺りの整備が必要なようですね。正式稼働は遠そうですわ」
ブランク大尉と同じリベリオン海兵隊、聞けば部隊も同じだったというカール大尉。その実力は私の耳にも届いている。扶桑との連絡任務の折、扶桑のウィッチ、リバウの貴婦人の異名を持つ竹井大尉との模擬戦を行い、勝利を収めた、と。
そして多分、最も私の正体を知られてはならない方。元々このB部隊の方はA部隊、ひいては貴族に良い印象を持っていないですが、カール大尉はそれが特に顕著だ。その理由は定かではないけれど……リベリオンに貴族は存在しない。軍での任務中に何かあったのだろうが……一体何処の国の貴族が何をやってくれたのか。
「今度、この基地に配属になった
格納庫には私たちを含め、隊員たち全員が集まっていた。ルクシック中尉とジェニファー・J・デ・ブランク大尉の二人。その中心で敬礼をする扶桑のウィッチ、黒田邦佳中尉……聞いた事はありませんわね。
「ども!」
そこに近づく私たちに気付き、黒田中尉はペコリと頭を下げた。
「隊員の増強があるという知らせは来ていないんだが……ま、いいか」
中佐が肩をすくめながら挨拶を返す。
「私はジーナ・プレディ中佐。一応隊長。で、こちらがマリアン・E・カール大尉とソフィア・クライン中尉」
一応って……プレディ中佐は真面目な方なのにどこかとぼけた所があります。
「よろしく。マリアンでいい」
カール大尉が固い握手を黒田中尉と交わす……貴族が絡まなければとても親切で良い方ですのに。ああ、もしバレたらと思うと……。
「クライン? どうした?」
「はっ、い、いえ何でもありません。ごほんっ、ソフィア・クライン中尉ですわ。以後よろしくお願いします、黒田中尉」
カール大尉と同じように握手を交わす。
「よろしくです!」
以前お会いした犬房曹長に少し似た、人懐こそうな笑顔。彼女のような人物なら此処でもうまくやっていけるでしょう。逆にA部隊ではそうもいかないでしょうが……。
「念のため、確認してくる」
中佐が頭を掻きながら執務室へと向かった。隊長職というのもやはり大変ですね。
「ところで黒田中尉は以前は何処に?」
「欧州のペルシアの辺りだよ。所属は陸軍の第33戦隊中隊」
ペルシア方面は激戦区だと聞いている。それなりに修羅場を潜って来ているのでしょう。この余裕も生来のものもあるのだろうが、そこから来るのだろう。
「……?」
「? どうしたの?」
何か違和感がある。黒田中尉の名を聞いたことはないけれど……何でしょう。
他の扶桑のウィッチとは何か違うような……。
「中尉、その袴なんですが……」
見覚えのない
◇◆◇◆
「黒田中尉にこちらの事を良く知ってもらった上で、そちらとの懸け橋の役を務めてもらおうということですか?」
『うまくいくかもと思っちゃうのは楽観的すぎるかしら?』
何の連絡もなかった黒田中尉の増員を不審に思い、ジーナは506JFW名誉隊長であるロザリー中佐に連絡を取っていた。そこで明らかになったのは黒田中尉の本来の配属先がセダン基地、A部隊である事。つまり貴族──扶桑の華族の娘である事だ。
ロザリー中佐は黒田中尉の勘違いによるこの着任を利用し、A部隊とB部隊の緩衝役になってもらおうという思惑をジーナに明かした。
「私も黒田中尉には興味があります。引き受けましょう」
『ありがとう、助かるわ』
「黒田中尉と彼女がきっかけとなってくれればいいんですが」
『そうね。彼女──クライン中尉の様子はどう?』
ロザリーの問い掛けにジーナは電話越しに肩を竦めた。
「今のままでは難しいでしょう。彼女はウィトゲンシュタイン大尉と少し似ていますから」
『それは……難しそうね』
電話口から聞こえた溜め息にジーナは苦笑する。
「良い機会です。黒田中尉のストライカーの整備が済み次第、クライン中尉も一度そちらへ寄越します。挨拶もまだですから」
『分かったわ。私の方でも隊員たちに伝えておきます』
「ええ。お願いします」
電話が切れると、ジーナとロザリー、二人の隊長は同じ憂いを帯びた溜め息を吐いた。即ち、こんな気苦労をするなら隊長など引き受けるんじゃなかった、という溜め息を。
それからその溜め息の原因の一つであり、それを解消してくれるかもしれない彼女たちが待つ控室へと向かった。
「黒田中尉、念のために確認を取った。君の勘違いだ」
控室でミルクティーのカップを片手に寛いでいた黒田中尉にそう伝えると、彼女はきょとんとした顔になり、反対側に座っていたクライン中尉はまさか、という表情を見せる。
「勘……違いって?」
「君が配属されたのはセダン。このディジョンではない」
「えーっ! だってここ506JFWの──」
黒田中尉の勘違いを訂正しながら、もう一度横目でクライン中尉を窺うと、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で黒田中尉を見ていた。例えるならペリーヌが坂本少佐と仲良く話す宮藤を見るかのように。
(このままだと緩衝役同士が衝突するのが先かな)
そう思いながらもジーナは特に行動しようとは思わなかった。セダンとディジョンでの衝突ならともかく、今はディジョンの中だけ。それならむしろ一度、彼女のガス抜きになればという考えからだ。
以前、クライン中尉の扱い方を心得ているとある少佐に言われた言葉がある。
『躾けたければまず叩きのめせ』
そしてその少佐はそれを実践していた事も聞いた。そこまで苛烈にするつもりはないが、これぐらいならいいだろう。もっとも黒田中尉はそういったタイプには見えないが。
黒田中尉が貴族と知り、雰囲気の固くなった隊員たちを眺めながら、ジーナはこれからの未来に思いを馳せた。
──ガリア解放の後、パリ防衛の為に創設された第506統合戦闘航空団。
ノブレス・オブリッジを掲げ、この空を舞う魔女たちを人々はノーブルウィッチーズと呼んだ──のか?
ノーブルウィッチーズがアニメ化したら起きます。